そして世界へ至る道・3
ズベンにとって、【世界】は綺麗で尊くて、汚したくて、穢したくて、救いたい象徴のようなものであった。
ズベンの中では、【世界】の元に辿り着くために後輩たちと手を組むのも、【世界】のために戦うのも、なんの矛盾もなかった。
それに付き合っているシェラタンは何度も「やめようよ」と言ったところで、ズベンは聞きやしなかった。
【世界】がこの国のために犠牲になるというのなら、国のほうが間違っているから滅んだほうがいい。そこまで極論に思い詰めているが、ズベンであった。
ヨハネの場合は幼馴染ゆえの情だったが、ズベンのものはなにもかもを間違えているし、常軌を逸している。
彼の気持ちも全く無視して、精一杯の愛情を注ぎ押しつける。
恩着せがましい愛情ではあるが、あくまで恋に生きるのが、ズベンの生き方であった。
何度も何度も対峙し、既にやり口もわかっているからこそ、シェラタンの意思を切り離して彼を使いはじめたズベンに、スカトとルヴィリエはカードフォルダーを向ける。
既にアシストとして、アレスとスピカがズベンに罵詈雑言とも野次ともわからない声をかけ続けている。
「つうか、手加減されてるってわかってますかー!?」
「アレス、本当のこと言っちゃ駄目だって」
「ムッキャー! 本当に好き勝手言って!!」
ズベンの意識が、アレスとスピカの方向に行けば、日頃からやる気がなく、意思を飛ばさなかったら後輩と戦うことすらできないシェラタンの動きが鈍くなる。折角の空からの火の玉も、スカトとルヴィリエにすら当たらなくなり、代わりの溢れた火の玉を、スカトは少しずつ少しずつカードに溜め込みはじめた。
そして、溜め込んたものをスカトは構える。
「ルヴィリエ、いけるか?」
それにルヴィリエは答える。
「放っておいたらスピカに火の玉当たるじゃない」
「そうだな、ふたりは【世界】と対峙するときの切り札だ。今はアルカナを使うべきじゃない」
「スピカはわかるとして……アレスも?」
スカトはルヴィリエの問いに答えることなく「先輩!!」と声をかけた。
「もう、本当になんなの、あーたたちは……」
「何度も何度もご指導、ありがとうございました!!」
途端に【隠者】のアルカナに溜め込んだ火の玉が放出する。それにズベンは「ギャー!!」と悲鳴を上げて避けようとするが。それにルヴィリエは「よっと!!」と剣を投げた。それにズベンはまたしても「ギャー!!」と叫ぶ中。
火の玉と剣の位置が入れ替わった。火の玉が、ズベンに命中する。
「あっち! あっちあっちあっちあっち!!」
見事なまでの、負けっぷりであった。
三回戦って、一度目はアルカナすら使わないスピカにしてやられ、二度目はスカトとスピカのコンビにやられ、三度目はこの有様だった。
今回はシェラタンの意思すら奪ったというのに。
それを可哀想だと少しだけスピカは思ったものの、宙を浮いてバタバタしているズベンを残して、皆で移動していった。
「ごめんなさい、ズベン先輩。助けてもらったのに」
「……弱くっても、みじめでも……全然相手にしてもらえなくっても……それでも、それでも好きなのぉぉぉぉ……」
グズグズと泣き出したズベンに、スピカはペちゃんとなったが、すぐにアレスにはたかれた。
「あの人なりのけじめだろ。黙って受け取っとけよ」
「なにが? だってズベン先輩、【世界】のことを」
「惚れた相手のとこに行って欲しくないのが半分、惚れた相手にこれ以上ひどいことをして欲しくないのが半分。どっちかだけを選べないから、突撃してみじめに負けたんだろ」
「……うん。私、あの人がどうしてそこまで【世界】のこと好きなのか、最後まで理解できなかったけど……」
「んなもん決まってんだろ」
アレスは面倒臭がりながらも、赤い髪をボリボリ掻いて言った。
「理屈で言えたら誰も苦労しないわ」
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しばらく歩いた先。
デネボラがヒクリと鼻を動かした。
「もういるみたいだね。既に【審判】のゾーンは解けてる」
「まあ、あいつはさんざんのしたからな。しばらく起きるのは無理だろ」
それにスピカは戦慄を覚える。
あの……綺麗でおそろしいと思った人と、直接対峙するのは、これがはじめてなのだから。
その中で、ちょいちょいと裾を突っつかれた。振り返るとナブーだった。
「今、【世界】が荒れているみたいだからね。わたしの後ろにいるといいよ」
「えっと……はい?」
「あと君も」
「俺ぇ?」
スピカとアレスは、怖々とナブーの後ろに入ると、ナブーは杖を揺らした。
そして、それは突然来た。
雷が落ちたかのように見えたが、それは一瞬だった。カウスが唐突に倒れたのだ。それをデネボラが抱き留めて支える。
「……やられたみたいだね」
「やられたって……」
デネボラがチェーンからカウスのカードフォルダーを取り出した。そこに描かれていたはずの【戦車】の絵は完全に消え失せ、白紙になってしまっていた。
そして自分たちの正面。
金色の髪を揺らし、こちらを見ている、驚くほど儚い青年──【世界】がカードを剥き身で持って立っていた。
「ようこそ、革命組織の面々。そしてナブー、まさか君がここにいるとは思わなかったよ。君は舞台鑑賞が好きなのだと思っていたけれど」
「ええ、好きですよ。主人公が公演を重ねて主人公になっていく様を愛しています」
「君は本当に、舞台の主人公に求めるものがヨハネと違うね。さて──……」
その整った綺麗な顔は、天使にも神にも見えたが、スピカは腕にポツポツ粟立つ感覚に、自分を抱き締めて耐えた。
「【運命の輪】、君の処刑をしないといけないね」
告解天使の声で、彼はそう告げた。




