そして世界へ至る道・2
既に【悪魔】のアルカナ能力は割れている上、ふたりがかりなために、こちらにイニシアチブがある。
そう思っていたのだが。
ズベンが空を飛びながら、ちらりと「シェラタン」と尋ねる。
「……なに?」
「まだ戦ってくれないの?」
「……やだよ。だって【世界】怖いし、あの子たちは知り合いじゃない」
「じゃあ質問変えるけど。シェラタンはズベンちゃんを許してくれるの?」
「……もういつものことだから、どっちでもいいよ。どうでもいいんじゃないよ。本当に、どっちでもいいんだ」
シェラタンは諦めたように溜息をついた。途端にぱっとズベンは華やいだ顔をしたと思ったら、本当にいつもの調子でカードフォルダーを手にしたと思ったら、シェラタンの頭にペタンと乗せたのだ。
「あっ」
「はあああぁぁぁぁ!? 普通、味方に使う!? それ……」
スカトは顔を引きつらせ、ルヴィリエがオーバーリアクションする中。
シェラタンはいつぞやのアレスや食堂にいた生徒たちと同じく、ピョコンと悪魔の尻尾を出して、目をうつろにさせた。
それを見て、アレスは「なんか違う」と言う。
それに隣にいたスピカは尋ねる。
「なんか違うって……シェラタン先輩、ズベン先輩の下僕になったんじゃ……」
「ああ、思い出しただけでクソムカつくけど……でもあのときは頭真っ白でなんも考えられなかった代わりに、アルカナカードを使う頭もなかったんだけど、でもシェラタン先輩、カードフォルダー出してるじゃん」
「あっ」
よくよく見たら、今までゾーンを使える癖して内緒話程度にしか使わない、本当にズベンにおんぶに抱っこ状態だったシェラタンが、カードフォルダーを出しているのだ。たしかに前にズベンが大量に下僕を使役していたときは、誰ひとりとしてアルカナの能力を行使していなかったというのに。
そういえば、どうもこのふたりの付き合いは長いらしいことは、やり取りを聞いていても察することができる。
「……まさかと思うけど、シェラタン先輩が全然戦う気がないけど……基本的にズベン先輩のことを優先させるから、【悪魔】の能力使って、無気力を飛ばした……?」
「あいつらの常套手段だよ。本気で戦うときゃ、【塔】のやる気のなさは、死に繋がるからな。【塔】もわかってて、【悪魔】の能力を許容してんだよ」
カウスにあっさりと言われて、スピカとアレスは口をあんぐりと開く。
そもそもシェラタンがまともに戦ったところなんて一度もないというのに、どうするつもりなのか。
やがてシェラタンは空を飛ぶズベンの脚に捕まり、そのままカードフォルダーをかざした。
飛んでくるのは火の玉。それに慌ててスカトとルヴィリエは避ける。
「くっ……!」
「もう! あっちも飛び道具な訳!?」
「ズベン先輩ひとりだったらまだ太刀打ちできるが……シェラタン先輩とふたりがかりになったら厄介だな……」
シェラタンは無表情のまま、カードフォルダーをかざして火の玉を出し、ズベンが彼を精密コントロールで火の玉の位置を変える。
時にはシェラタンをわざと手放したかと思いきや、ズベンが彼をキャッチして飛ぶので、もうサーカスのショーを見ているような感覚だ。これで逃げ回っているがスカトとルヴィリエでなければ、見とれているところだったが。
「これじゃあ【隠者】の力を使って、アルカナの力を反射させることもできないよね……」
「そもそも、現状じゃ【正義】の預言も意味ないだろうしなあ……」
ふたりが苦戦している中、スピカは自分の鞄を確認する。まだエリクシールは残っている。
(今エリクシールを飲んだら、まだ手伝えることがあると思うけど……でも、私が戦えないからって、アレスに戦えって言える?)
アレスのコピー能力があれば、まだ状況を打破できそうだが。さすがに【世界】を目前にして、彼にまた無茶をさせるのも気が引けた。ならスピカが彼にコピーされた力を譲ってもらって戦うとしたら。
使える力は、限られてくる。
(ゾーンはいくらなんでも魔力を食い過ぎるから駄目。せめてスカトとルヴィリエの力になるものにしなきゃ……)
スピカがそう考えている中、アレスはズベンにヤジを飛ばしていた。
「汚いぞー、先輩ふたりがかりで後輩ふたりを痛めつけるなんてー」
「はあっ!? ズベンちゃんいっつも単独でやられてますけどぉっ!?」
「だって先輩強いですしぃ、後輩はアルカナでの戦い慣れてないですしぃ」
いつもの調子で、アレスがズベンを煽る煽る。
それにハラハラしつつも、スピカもアレスが大量に煽りを入れて状況を引っかき回すのはなにかしら策を考えているからだとは、いい加減に知っている。
(なに考えてるんだろう……ズベン先輩の意識をこっちに向けてる? ……ああ、そういうことか)
アレスの煽りの意図に気付いたスピカは、手をメガホンのようにしてから叫ぶ。
「ズベン先輩! いっつもいっつも本当にしつこいです!」
「はあっ!? 助けてやった恩義忘れた訳ぇ!?」
「忘れてないです! 先輩すごいすごい!」
「馬鹿にしてんでしょー!?」
ズベンがギャーギャーとがなりはじめたとき、シェラタンの火の玉が緩んだ。今まではズベンがコントロールしていたというのに、外野の野次馬で、集中力を欠いたのだ。それに気付いたスカトは、ぱっと火の玉の火の粉を、自身のカードに集めはじめた。
「……火の粉ばっかり集めて、足りるの?」
できる限りズベンに悟られないよう、ルヴィリエは声のボリュームを下げて尋ねると、スカトは頷いた。
「足りない分は、気合いでカバーだ」
「はあっ、もうスカトはそういうのばっかりなんだから」
文句を言いながらも、ルヴィリエは自身のカードフォルダーから剣と天秤を取り出した。そして剣を構えて尋ねる。
「どのタイミングで?」
「ズベン先輩が、アレスたちを狙いはじめたところで」
「スピカに攻撃当たっちゃうじゃないぃ」
「それはアレスをもう少し信用してやれよ」
「……まあ、信じてやってもいいけどさ」
ルヴィリエは唇を尖らせながらもタイミングを計った。
新入生たちだけで、ズベンとシェラタンコンビとやり合っていても、カウスたちはちっとも横やりを入れない。
既に観戦モードに入っているカウスに、アルはちらりと視線を寄越す。
「珍しいな、お節介をせぬのは」
「いーや、ありゃ餞だよ」
「餞」
「……ガキ共はここであいつらに勝てなきゃ、【世界】とやり合ったところで、アルカナを奪われておしまいだ。【運命の輪】のガキからはさすがにアルカナを奪うこたあできねえだろうが、処刑されておしまいだろ。それに、【悪魔】は【世界】に惚れ抜いてるからな。数の暴力にゃ負けるこた、あっちだって承知の上だろ。だから、あれと仲いいガキ共が餞をやるべきだろ。俺たちじゃ、ただの弱い者いじめだ」
「窮鼠猫を噛むとは知らぬか?」
「【世界】目前で、俺があいつらを轢き殺さないとでも?」
そもそも空も飛べる戦車を使えば、簡単に轢殺できるからこそ、カウスはなにも関与しないのだ。
そして、それらはこの光景を見学しているナブーやユダも同じであった。
「賭けるべきタイミングで自分を賭けられないというものほど、つらいものはありませんしね」
ユダのぽつりとした言葉の中、工作をしているスカトとルヴィリエが、互いのカードフォルダーを構え直した。
チャンスは、一度だ。




