そして世界へ至る道・1
パイプオルガンの荘厳な音が響く。
普段であったらルーナが歌を歌い、その周りでタニアやソール、ヨハネがお茶を飲んでいるが、今は誰もいない。
先程まで温かく優しい羽根が舞う空間がつくられていたものの、それは唐突に途切れてしまった。
「……ヨハネがやられちゃったんだ。だとしたら、もう僕ひとりか」
ポツリと漏らす。
この国の王族にして、次期国王。【世界】のアルカナを持つ者として生まれた以上、孤高であることは当たり前のことだったが。
体の弱い彼は、ヨハネのゾーンに助けられなければ、一日の半分をベッドで寝て過ごすしかなかった。果たして成人してもどれだけ生きられるのかすら、わからない。
どれだけ国民に恨まれていても、憎まれていても、既に魔力の枯渇で詰んでいる世界でやれることは限られている。
この世界の延命のために、時間稼ぎをする。
【運命の輪】を処刑し、反逆しようとする人々全ての心を折る。
だが。
【世界】は。自身のゾーンたるこの学園アルカナの中で起こっていたこと全てを見ていた。
彼女は弱い。彼女は魔力が乏しい。彼女は平民。学園アルカナの時折起こすエラーで選ばれたような、小アルカナとほぼほぼ代わり映えがしない存在。
特に体力が優れている訳でも、取り立てて美しい訳でもないが、なぜか異様に諦めが悪かった。
何度も殺されかけても、生きることを諦めない。友達の少女が壊されていた事実を知ってもなお、彼女を取り戻すことを諦めない。必要とあらば、敵対していた相手とだって組む。
小さな頃から、ヨハネが魔力を込めてつくってくれたゾーンがないと、まともに動くことができなかったため、【世界】は常に死と隣り合わせの生活をしていた。
同じく生まれながらに処刑される運命を持つ【運命の輪】が、あそこまでその運命に抗うのが、彼には理解ができず、彼女の行動をマジマジと眺めていた。
取るに足らない存在。【運命の輪】たる彼女は戦う力も、全ての力を行使するための魔力も、全てを物言わせる財力も後ろ盾も、なにもない少女。
なのに革命組織と通じ、誰も口説き落とせなかった【吊された男】を落とし、愉快犯で中立を貫くはずの【魔法使い】すら味方に付けた。
気付けば【世界】は、自然と彼女を畏怖していた。
たとえ【運命の輪】でなくても。
スピカ・ヴァルゴは間違いなく、自分にとっての天敵だと。
****
どこもかしこも真っ白な廊下を、皆で歩いている。
「あ、あのう……もう大丈夫なんですか? カウス先輩とデネボラ先輩は……」
一応既にアセルスとアルにより治療は施されているものの、先程の戦いのせいで、デネボラの服は裂けてしまってカウスのジャケットを着ている状態。カウス自身もボロボロになってしまっている。
「まあ、十中八九【世界】のアルカナを抜かれておしまいだろうな」
その言葉に、全員引きつる。それにデネボラが「あんたもむやみに怖がらせるんじゃないよ」とペチンとカウスの頬を叩く。
「あたしたちは多分取られておしまいだろうさ。でもね、あんたたちはそうじゃない」
デネボラがアレスとスカトに振り返ってそう言い切る。
「……どういうことっすか?」
「はっきり言って、あんたたちのアルカナは汎用性が高いけど、そこそこ普及されている分だけ内容も割れている。舐められているんだよ。でもね、カウスとあたしは真っ先に抜かれるだろうさ」
片や火を出す戦車で突撃してくる。片や最終的にライオンに姿を変えて暴走してくる。体の弱いとされている【世界】が彼らの暴力に真っ先に警戒して、大アルカナを抜くのは道理である。
「それ以前に【世界】の魔力も万能ではないんですよ」
そうボソボソと言ってきたのはユダだった。
「【世界】がどうして日頃から【審判】のゾーンに篭もりっきりかというと、体力の温存は元より、彼が常日頃発動させているアルカナの力は、どれもこれも魔力を食らい過ぎるんです」
「たしかに……」
普通学園ひとつをゾーンになんてできない。
おまけに人にコピーしたり一度使ったりしたらすぐに使えなくなる【愚者】のコピー能力と違って、【世界】のアルカナの剥奪、譲渡能力は永久的なのだ。
常人であれば、魔力枯渇が原因で死に至ってもおかしくはない。
元々の魔力量のおかげで死なないだけだ。
「今は【審判】がいないですから、彼に魔力回復能力の手立てはありません。そして元々強力なアルカナを剥奪する場合は、それらのコストを伴います」
「強いアルカナには、強い魔力量……ってことですか?」
スカトの言葉に、ユダは頷いた。
「だからガキ共は、俺たちのことは気にするな。魔力がなくなった【世界】だったら、なんとでもなるだろ」
「自分まで捨て石にするんですか……?」
ルヴィリエがおずおずと尋ねると、スカト含めて革命組織の面々は軽く頷いた。
「他の奴らに、生徒会執行部を五貴人の居住区に潜入しないように動かしてんだ。あいつらに死ねと言っている奴らが、死ななくってどうする?」
「アルカナを抜かれても……死にませんよね?」
「さてね」
そこら辺を耳にして、スピカはグルングルンと考える。
(カウス先輩たち、平気でそんなこと言うけど……でも。私が最後の力を使ったら、皆助かる……?)
スピカは自身の魔力量を考える。
今回ははっきり言って、まともに自分の魔力を使っていない。せいぜいソールのゾーンに閉じ込められたときに喉が渇き過ぎて体力が削られたのを、エリクシールを飲んで抑えたくらいだ。
入学当初よりも増えた。
使うとしたら、【世界】が先輩たちのアルカナを剥奪した、そのときを狙うしかない。
そう意を決してスピカがぎゅっと手を握ったとき。不意に手を掴まれた。振り返るとアレスだった。アレスがまたも呆れた顔をして見ていた。
「お前またなんかやる気か?」
「やるって……私、そこまでなにも考えずに行動してないけど?」
「嘘つけ! ついでにあそこ!」
「えっ……ええ?」
そこには空を飛んでいる、ズベンの姿が見えた。
「ズベン先輩……無事だったんですね」
「ばーか、どう考えたって、あの人たち敵だろ!?」
相変わらずなにか言いたげなものの、言いそびれているシェラタンをよそに、ズベンが人差し指を突き出して言い放つ。
「そこまーで! もう帰ったらいいのに、なんでまだ一年ズいる訳!?」
「というより、先輩がどうしてここにまだ残ってんですか……」
「決まってるでしょ、【世界】ちゃん助けるためだって! 革命組織の奴らはもう捨て鉢だから、どうにかなるかなあと思ってたのに……なんで変人のナブーちゃんとぶら下がり男のユダちゃんまでいるの!? ズベンちゃん聞いてませんけど!?」
……要は、革命組織だけだったら放置していたところを、学園の有名人たるナブーとユダまで着いてきたために、心配して【世界】の味方になったらしい。シェラタンの意見は無視して。
「ズベン、止めようよ。いくらなんでも分が悪いよ……」
「もーう、シェラタンってばいっつもそうじゃないのよっ! だって、【審判】までやられちゃったら、いよいよ【世界】ちゃん、ひとりぼっちになっちゃうじゃない……」
全く相手にされてないとは言えど。ズベンはあくまで【世界】の味方だった。
弱い。問題児。生徒会執行部には風紀を乱すと目を付けられている。それでも。
その気持ちだけは尊いものだった。
カウスは心底嫌そうな顔して「お前ら、あいつと遊んでやるか?」とスピカたちに尋ねた。スピカは正直、【世界】のために温存しておきたいため、もう魔力は使いたくない。
アレスは「俺パース。もうこの人たちと戦い飽きた」と真っ向から放棄した。
それに対して、スカトとルヴィリエは、ふたり揃ってカードフォルダーに手を当てた。ふたりは五貴人居住区での戦いにおいて、未だに余力が残っている。
「……ズベン先輩、ここまで助けてくださり、感謝しています」
「そこ、どかせます……私のためにさんざん皆を振り回したんだから、これくらいさせて」
無意味な戦い。
【世界】を目の前にして、全く意味がないが、ズベンにとっては意味が有り余るため、ズベンの気持ちを無下にはしたくなかった。
床が、大きく蹴られた。




