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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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審判来たりて笛を吹く・5

 ヨハネはさんざんデネボラの爪で引っかかれてもなお、気丈に立ち尽くし、ラッパを手にしていた。そして吹く。

 するとデネボラの体が裂けるのが見えた。


「グラァァァァァァァァァァ!!」


 獣の嘶きが、この場にいる面々には悲鳴に聞こえた。それでも、彼女の姿が元に戻ることはない。

 アセルスはカウスに振り返る。


「治療に行ってもよろしいですか?」

「貴様はここで待機だ、アセルス。貴様がやられたら、こちらが終わる」

「……っ、ですが!」

「エリクシールを瞬時につくれるような女、あっちが放置してる訳ねえだろ。だからデネボラをひと思いにやらねえんだからな」


 口調は淡々としているが、カウスの戦車を操る手綱を掴む手は、握り続けて血を流していた。それにアルは溜息をつく。


「そちも落ち着くがいいよ。ヨハネは【世界】に心酔してるからの。さしずめ、デネボラをやってから、アセルスを葬り、我々を葬るという寸法だろうさ。デネボラをいたぶれば、それで動くと思っているのであろう。現に、あれはまだ事切れてはおらぬ」

「……ああ、わかっているさ。アル」

「なんだ?」

「俺たちは、【世界】に似ていないか?」


 大事のための小事と、この国の歪な魔力構造のためにつくられた階級で、上ばかりが富み、下は搾取され続けている。

【世界】を倒すことで、現状の五貴人に全ての権力が集中している現状を打破することはできても、彼を倒すためにデネボラを見捨てる。

 それは、【世界】が今まで学園アルカナで行ってきたこととなにがどう違うのか。

 利用された末に切り捨てられたレダをはじめとする偽りの大アルカナの生徒たち。五貴人と一般生徒の狭間で、必死になって秩序を守ろうと奔走する生徒会執行部。

 その指摘に、アルが押し黙った中、カウスは溜息をついた。


「あの女は俺のだ。ちょっと撥ねてくる」

「えっと、デネボラ先輩を撥ね……!?」


 思わずスピカが悲鳴を上げたが、それにユダがボソリと指摘した。


「【力】が人間に戻るためには、一度強い衝撃を与えなければいけません。それこそ戦車で撥ねられるほどの」

「あ……」


 それと同時に、カウスは戦車を走らせはじめた。

 ヨハネはラッパを吹きながら、慈愛の眼差しで辺りを見ていた。


「素晴らしい舞台ですね。愛に溢れていて、いささか歪で情緒がある……しかし、中心人物がいない舞台というものは、注意力散漫になってしまい、興が削がれたら一気に霧散してしまいます。それが残念ですね」


 視覚。聴覚。嗅覚。味覚。触覚。

 潮水を味覚に流し込まれ、嗅覚で潮のにおいを流し込み、海の幻覚を見せる。すると溺れているような錯覚に陥り、そのまま苦しくて息ができなくなる。

 ガポガポ、ガポガポ。

 人の姿であったのなら、手で抑えて耳を塞ぐことが可能でも、ライオンに耳は防げない。ヨハネの踊るような攻撃は、徐々にデネボラの心身を蝕んでいった。

 それでも、彼女は本能だけでヨハネに襲いかかっていた。血塗れでもなお立ち上がるヨハネに怖れと嫌悪を感じながら。


「大変申し訳ありませんね。私の最優先は【世界】ですから」


 そのひと言のまま、ラッパを再び吹こうと口元に先端を付けようとしたとき。

 戦車が勢いよく走ってきて、そのままデネボラごとヨハネを跳ね飛ばした。体がリバウンドして、ヨハネは転がる。そしてライオンの姿をしていたデネボラもまた、「ガウッッ!!」と悲鳴を上げたあと転がり、あれだけ毛むくじゃらだった体がつるりと皮膚を見せてきた。

 ナブーとユダは黙って視線を逸らし、アルは地面に視線を落とした。アレスはそのまま見ようとしたがスピカに首を絞められて渋々後ろを向いた。そもそもスカトは顔を真っ赤にして手で顔を押さえてしまい、見ることはなかった。

 裸のデネボラに黙ってカウスは、自分のジャケットを被せる。


「……馬鹿だねえ、あたしを使い潰しておきゃよかったのに。せめて【審判】の魔力くらいは削れただろうさ」

「たわけたことを言うな。俺は【世界】になりたくなかった、それだけだ」

「馬鹿だねえ」


 言っていることは辛辣だが、デネボラは目を細めて嬉しそうにしていた。ボロボロのヨハネすらも、なぜかその場を嬉しそうに見つめている。

 その中、カウスは黙って自身の戦車にデネボラを乗せると、倒れたままのヨハネの髪を掴んで起こした。


「……ひとつ確認したいことがある。【世界】は死にかけているのか?」


 カウスの質問に、面々はぎょっとした顔で目を見開いた。アルだけは苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしていたが。

 ヨハネは笑みを浮かべたまま、小さく頷いた。前髪が少しばかり血の塊と共に抜け落ちた。


「あの方、体弱いですからね。定期的に私のゾーンで痛み止めの魔法をかけてなければ、歩くことすら支障出ますよ」

「なるほど……だから貴様はゾーンを【世界】に与えたまま来たってところか」

「ええ。ええ。あの方、魔力はあれども、体は不自由でしたから。せめて学園アルカナの生徒たちの意思統一のために、【運命の輪】の処刑をしたかったようですが……それも難しいやもしれませんね」


 ヨハネは意外なほどあっさりと吐いたのに、スピカは戸惑った。


(あの人……自分が死にかけているのに、それでも国のために私を処刑しようとしていたの? 私は……死にたくない。でも、あの人は死にかけていて)


 スピカは混乱したが、アレスが手を伸ばしてきて、彼女の肩を叩いた。


「あのなあ……優先基準がそもそも違うだろ」

「アレス……」

「俺らは、ルールつくった奴らにいいように利用されて、それで怒ってここまで来たの。ぶっちゃけカウス先輩たちが革命組織つくって【世界】や五貴人倒そうとしてんのだって、そのルールに異議申し立てしてんだろうが。で、あっちはルール遵守のためにお前に死ねって言ってんじゃん。話がそもそも噛み合ってねえんだよ」

「あ……」


 人死にを巡った話ではあるが、そもそも五貴人側と革命組織側では、命の優先順位が違う。

 五貴人にとって、ルール準拠側の立場であり、ルールの強化のために見せしめにスピカを殺そうとしていたのだ。革命組織の心を折り、現状の階級社会に異議を持つ人間を黙らせるために。

 そして革命組織側は、貴族階級のつくったルールのせいで既に人死にが出ている。この戦いで【世界】を倒せとやってきたのだって、そもそもが【世界】が無茶苦茶な力を行使して、あちらの都合がいいように勝手にルール変更をしてきているのだから、それに文句を付けようとしているのだ。

 なにもそれで【世界】を殺したい訳じゃない。勝手に死にかけているからと言って、そこで迷っていい話でもない。

 スピカが押し黙っている中、ヨハネの前髪を掴んでいたカウスが、「そうか」と彼の前髪を話した。途端にヨハネはべしゃりと倒れる。


「一応確認するが、どうして話した? 【世界】を守るためだったら、黙秘するんじゃないのか?」

「そうですねえ……もし、以前のカウスくんでしたら、黙っていたやもしれません。ただ、あなた後輩好きなんでしょう?」


 ヨハネは倒れたまま、にこにこして言う。


「もしあなたがデネボラさんを助けに入らなかったら、このままあなた方の全滅を狙いました。ですがあなたは後輩の前では格好付けますからね。それなら無茶な道理は通さないし、【世界】にとっても悪いことにはならないでしょうね」

「勝手なことを……」

「私何度も言ったでしょう? 私は世界と【世界】を愛しています。【世界】を殺すような世界だったらいっそ滅んだほうがいいですが……あの人を許してくれる世界だったら、滅んだらいささか困りますから」


 ヨハネはにこにこしたまま続ける。


「私の教わった教義では、あの人を助けることはできませんでしたから。この国が歪で、どうしようもなくって、それであちこちで既にボロが出ていても、大丈夫だと言い続ける以外に、上のほうもすることがなくなっていたんですから。あの人のこと、よろしく楽しみますね」

「……俺はやりたいことしかやらん」

「それで充分ですよ」


 言いたいことだけ言って、そのままヨハネはスコンと気絶してしまった。失血多量だ。今までさんざんライオンに嬲られていたのだから、それでペラペラしゃべれたほうがおかしかったのだ。

 アセルスは躊躇った結果、エリクシールの量を調整して怪我だけを治した。魔力を回復されてしまったら、彼のゾーンが残ってしまい、【世界】が完全復活されても困る。

 スピカは倒れているヨハネを、困惑した顔で見ていた。


「あの人、どうしてそこまで【世界】が好きだったのかな」

「さあな。俺らにはさっぱりわからんが、俺らだって、どの人がどうして仲いいとか悪いとかなんて考えねえじゃん。それとおんなじで、なんかあっても知る方法なんてないだろ。好きっていうのはさ、ルールも道理も曲げて押し通しちまうから。それに巻き込まれたほうは大迷惑だし、俺らだってこの人たちのせいで迷惑こうむったんだろうが」

「うん……そうだね」


 実際にスピカは【世界】の宣言のせいで、学園アルカナに入学早々アルカナ集めに巻き込まれてさんざんな目に遭ったのだ。

 同情していいものかというと、気持ちの上では嫌悪感が勝り、とてもできそうにはないが。

 ヨハネの滅茶苦茶な理論も、ズベンやエルメスみたいな前例を見ていたら、なんとなくわかるのだ。

 傍から見ていれば支離滅裂な行動だし動機だが、本人の中では筋が通ってしまっているのだ。たとえ第三者が「変だよ」と言っても、それで止められるものではあるまい。

 ズベンはその愛情ゆえに味方をしてくれたし、エルメスはその感情ゆえに退学処分を食らった。理屈で行動なんてしちゃいないのだ。

 アレスは「それで」とスピカを見た。


「お前は【世界】と対峙したとき、【運命の輪】の最後の力、使えそうなの?」

「えっと……」


 スピカは毎晩毎晩鍛錬を積んで魔力を増やし、ルヴィリエを助けに来てからの疲労もエリクシールで回復しているが。最後のアルカナの力は、体力も魔力もきっと空っぽになる。


「わかんない……全部使い切っちゃうかもしれない」

「そっか」


 アレスはスピカの手を握った。


「お前忘れてねえだろうな。俺、お前に言うことがあんだわ」


 アレスの発言に、傍で見ていたルヴィリエが目を釣り上げたが、スカトは「そっとしておいてやれ」と彼女の肩を叩いて押し留めた。

 スピカはそれに、小さく頷いた。


「死にたくないよ。でももう乗りかかった船だし。ルヴィリエ連れて帰るつもりだったけど、もうここまで来たのなら帰らないし。それに」


 姿が見えなくなったズベンとシェラタンの様子も気になる上、ヨハネが言い残した好き勝手言った言葉も気になる。


「私、あの人がどんな人なのか、少しだけ気になるの」


 同情してはいけないし、許してもいけないが。

【世界】に興味が湧いたのだ。

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