審判来たりて笛を吹く・1
ソールは引き渡されたルーナを、ぎょっとした顔で眺めていた。
新入生が訴える。
「どうぞ!!」
「……君たち、一応聞くけど本当にわかってるのかい? 僕がそんなことしたら……」
「ソール先輩は自分の家とルーナ先輩とどっちが大切なんですか!? そもそもルーナ先輩がこうなったの、誰ひとりとしてルーナ先輩を優先しなかったせいじゃないですか!!」
【運命の輪】の少女が訴えるのに、言葉を詰まらせる。
本来、公爵領と公娼のひとり。どちらが大切なのかは考えるまでもないが。そもそもソールが公爵らしい考えであったのなら、ルーナを選ぶ訳がなかった。
性格に全く合わない悪役を演じるくらいには、ソールはルーナに惹かれていた。そうでなかったら、新入生たちが彼に彼女を運んでくることはしない。
「……もうちょっとで、【世界】と同じになるところだった。僕、彼みたいに生きるのが一番嫌なのに。ルーナはいいの?」
「……本当に、連れて行ってくれるの?」
ルーナは抑揚のない声から、初めて怒り以外の感情が滲んでいた。彼女自身、現状を理解できないという、途方に暮れた迷子の声を上げていたのだ。
それにソールはふっと笑うと、ようやく新入生たちが降ろした彼女の手を取った。
「……いいよ。【世界】に見つかる前に、行こうか」
「……うん」
そのままふたりが手を取って立ち去ろうとする中、ソールが振り返った。振り返った先には、気付けば革命組織がゾーンの一部を破壊して全員揃っていた。
「カウスくん、せいぜい気を付けなよ。君たちが一番苦戦するのは、【審判】だろうからね。あれは……【世界】のことが大好きだから」
「ご忠告感謝。まあ……そのためにとっとと貴様を退場させたかったんだよ」
「そう……でも新入生をいいように使うのは賛同しかねるなあ」
「貴様は元々五貴人の中で一番のお人好しだ。貴様の性格を考えれば、ガキ共に大人げもなく力を行使するとは思わなかったからな」
どこまでカウスが読んでいたのかはわからないが、少なくとも新入生は全員怪我ひとつなく助かったということでいいのだろう。時間を稼いでくれていたアルは、既にアセルスにより魔力と体力の回復を図られていた。
ゾーンが徐々に薄れ、皮膚が焼き爛れるんじゃとおそれるような熱量を帯びた日差しも薄れていった。
ソールとルーナが立ち去っていった中、カウスが「さて」と辺りを見回した。
「アレス、貴様【月】を追い出しただろ。もうそろそろ危ないから、帰ったほうがいいんじゃないか?」
「それずっと言ってますよね、カウス先輩。【太陽】のソール先輩も帰ってくれたじゃないですか」
アレスの言葉に、カウスは寝そべっていた戦車から起き上がって、じっと金色の瞳でアレスを見つめた。それは普段ソファーやら戦車やらで寝転がっている人からは想像つかないほどに思慮深い目だった。
それは後輩たちを守ろうとする先輩であり、平民の盾になろうとする、剥奪されてもなお騎士だという誇りを持った眼差しであった。
「次の戦うのは、神官長と、王族だ。他は貴族とはいえども、俺たちと同じ道理で動けた。が、神殿でもっとも発言力を持つ人間と、国に発言力を持つ人間を相手取るから、どうなるか想像も付かねえ。俺たちはそもそもそいつらと戦争やりに来たからいいんだが……貴様らは既に用事が終わっただろう」
そう言って、ルヴィリエを一瞥した。
それに新入生たちは全員見つめ合う。そもそも、スピカは【世界】に唯一対抗できるアルカナなのだから、彼女が力を行使したら最後、【世界】を敵に回す。その場で処刑もあり得るのだ。
そんな中、新入生の中で代表してスカトが「カウスさん」と一歩前に出た。
「僕はあなたについていきたい」
「えっと……助けてくれて本当にありがとうございます! スピカやアレスのことを……それに私も、やっと【月】のゾーンから抜け出せたんで……」
ルヴィリエはペコリと頭を下げると、ブルーブロンドの髪が揺れた。そしてスピカは言う。
「……本当だったら、もうここで帰るのが一番だと思います。さっきので、もうとっくの昔にズベン先輩もシェラタン先輩もいなくなってしまいましたし。でも。もうずっと逃げ続けるのは疲れました。それだったら、もういいや戦おうと思いました」
実際問題、もう五貴人もあとふたりなのだ。
このふたりを倒し、【運命の輪】の力を行使したら、決着がつく。もうそれでいいやとスピカは思っていた。
アレスは三者三様の意見を聞いて、「はあ……」と頭を掻きむしった。
「本当は俺は今すぐにでも帰って寮でご飯食べて寝たいですけどぉ、こいつら置いてひとりで帰るのも目覚めが悪いんで。特にこの馬鹿、ひとりで突進すんなと言っても本当に聞きやしねえし」
そう言ってアレスはスピカのストロベリーブロンドのハーフツインを掴むと、スピカは「なんで掴むの!?」と吠えた。
それを見て、カウスは深く深く「はあ……」と息を吐いた。
「俺も次は守ってやれるかわからんぞ」
「はいはい、あんたもいっつもそうじゃないか。下の奴ら、可愛いんだろう?」
デネボラにそう茶化されたが、カウスは答えなかった。
白亜の柱の中、皆はそれぞれ歩きはじめる。いったいどこに【審判】と【世界】はいるのか。いつ襲ってくるのか。
緊張がみなぎっているものの、一歩歩くごとにこの場の浮世離れした空気に飲まれる感覚に陥り、プレッシャーが解けていく。それが誰かのアルカナの力なのかと考えたものの、どうもアルカナの力ではなく、この五貴人の居住区がそうなっているだけなのだろうと結論づけた。
「古代魔法の力だろうな。この居住区、地下にあるにもかかわらず昼間のように明るく、歩くたびに気が散るのは、誰かにとって都合のいい空間のつくれるゾーンのようなものだ」
「ああ……ユダ先輩の隠し部屋」
かつて廊下の途中で忽然と姿を現した、ユダの隠し部屋を思い返しながら、スピカは歩いていた。
「でも……これだけ派手に暴れていたら、【世界】だったら彼のアルカナで全部把握していてもおかしくありませんのに、いらっしゃいませんね?」
アセルスの指摘はもっともだった。
【世界】であったら、学園アルカナで行われていることは全て把握している。さすがにゾーン内のことは全て把握できずとも、ゾーン内での戦闘が行われているという事実だけは確認できるはずだ。なのに、いつまで経っても現れない。
カウスはそれに「デネボラ」と尋ねた。彼女はひくひくと鼻を動かす。
「……そのままぶっ倒れてくれてりゃ、こっちもわざわざ五貴人の縄張りで戦う必要はなかったんだけどねえ」
彼女がそう言った途端。
壮大な音楽がこちらに響き渡ってきた。鼓膜を滅茶苦茶にするような分厚いハーモニー。その音楽を聞いた途端に、スピカは鼻血を噴いた。
「へっ?」
「……【審判】のアルカナだ。さっさと耳を塞げ」
「へっ? へっ?」
「おやおやおやおや……まさかまさかの展開ですねえ」
そう甲高い声が聞こえてきて、全員は耳を塞いで声の主を見た。
男か女かわからない姿の美しい長髪のカソックの人が、手にはラッパを持ってその演奏を行っていたのだ。
彼の声に、カウスは「ちっ」と舌打ちをする。
「全部見ていただろうに」
「失礼ですねえ、私は【世界】ではありませんし、全てを把握するなんて真似できませんよ。まさか、あなた方が恋に溺れるソールくんを利用して、我らの尊きルーナさんを排除するとは思ってもみなかったですからねえ……すごいですねえ、偉いですねえ、心のなかった少女に心が生まれる瞬間というのは感動ものでした。涙がちょちょぎれましたねえ」
その言葉はあまりにも長い上に無駄が多い。その上本心なのかこちらをおちょくっているのかがさっぱりわからない。
なによりも。
(……あの人、ゾーン使ってないじゃない)
鼻血を噴いたため、てっきりゾーンによるなにかしらの攻撃が行われているのかと思ったが、この廊下一帯にゾーンによる侵食は見受けられず、自分たちがゾーンに閉じ込められた訳ではなさそうだ。
スピカは鼻血を手で押さえて塞き止めようとしている中、アレスはカードフォルダーに手を当てていた。
「おいスピカ、大丈夫か!?」
「びっくりしたけど平気。いきなり鼻血噴いたけど、なんでだろう……」
「……多分これ、ゾーン関係ない。音だ」
「へえ?」
「ヨハネ先輩、音を使ってこっちを攻撃している」
アレスがそう言う中、「スピカさん」とアセルスに声をかけられた。アセルスは壺を取り出すと、その中から水を一杯汲み、器をスピカに差し出した。
「エリクシールです。飲んでください」
「あ、ありがとうございます……」
稀少価値の高い万能薬を、そんなにカパカパと飲んで大丈夫なんだろうか。そう思いつつ、スピカは無味無臭で味が全くないエリクシールを飲み干した。鼻の奥の不愉快さも薄れ、血も止まったように感じる。
「ありがとうございます」
「いえ……しかし困りましたわね」
「なにがですか?」
「……【審判】だけですもの。【審判】がゾーンを出さずに攻撃してくるということは、この光景を【世界】にお見せしているのでは?」
アセルスの言葉に、スピカは内心ぞっとした。
人に戦わせておいて、これを高見の見物するつもりなんだろうか。そう思ったが。ヨハネは屈託ない笑みを向けてくる。
「ただいま【世界】はお加減が悪いですからねえ……大変申し訳ありませんが、お引き取りを。だから私が出てきました」
「……なら、なおのこと引く訳にはいかんな」
「おやおやおや、あなたならそうおっしゃるとは思っていましたが」
「当たり前だ。通常時の【世界】はどうやって倒すかと考えあぐねていたが。弱っていると教えてくれるのならば、それに乗るしかあるまいよ」
それにスピカは思わずアレスを見た。
「……カウス先輩って、前々から思ってたけど、アレスみたいなこと言うね?」
「バァーッカバァーッカ。弱いもんが強いもんに勝つには、弱ってるところを大人数で押しかけるしかねえじゃん。そもそもカウス先輩は俺らより強いっつうの。それでもあんな反則級のアルカナ持ちに勝てるかどうかわからないとなったら、本当に弱ってるところをやるしかねえじゃん」
アルカナの剥奪と授与なんてでたらめなアルカナの使い手、弱っているとき以外は誰も相手になんてしたくはない。




