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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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月の涙と太陽の激高・5

 ソールのゾーンで、新入生たちがルーナを人質にすべく行動を開始している頃。

 ゾーンの外では、デネボラとタニアがやり合っていた。

 互いに引き締まった体、繰り出される技の数々で、とてもじゃないがキャッツファイトなんて生ぬるい言葉じゃ済まない肉弾戦が続いていた。

 タニアが寝技に持ち込もうとデネボラの腰を掴もうとすれば、デネボラがタニアのドレスの裾を掴んで投げ飛ばそうとする。タニアがラリアットを仕掛けようとすれば、デネボラは鳩尾を狙う。とてもじゃないが、これが貴族間の技の応酬には見えない。

 タニアも【星】のアルカナにより、デネボラの次の行動は読めているのだ。だが、対応できない。

 予知はできても、力のごり押しのせいで、予知抜きで殴り合ったほうが、まだ勝機があった。それが余計にタニアの体力魔力を共に削っていた。


(とてもじゃありませんが、手出しができませんわ。でも……)


 アセルスはデネボラの体力と魔力に気を配りながらも、ソールのゾーンを見て、そして五貴人の居住区画を見る。

 未だにソールのゾーンが解除されていないということは、中にいる面々は苦戦を強いられているのだろう。

 カウスの切り札を、デネボラなしで使うとはアセルスも考えられない以上、カウスが動けないとなったら、アルと新入生たちだけでやり合わなければならないと考えると、自然とアセルスも唇を噛む。


(デネボラさんを無事にカウスさんの元に送り届けなければ……まだ【審判】も【世界】もこちらに向かっておりませんが、いつこちらに来てもおかしくありませんし……それに【世界】の前に立ち塞がるのは【審判】でしょう。あの方には、革命組織総動員で当たらなければ、とてもじゃありませんが勝てません)


 回復特化のアセルスでは、とてもじゃないが女同士の肉弾戦に手が出せず、せいぜいデネボラに対して彼女の【節制】のアルカナで彼女の体力魔力の回復に勤しむ以外にできることがない。

 もし【審判】と【世界】が現れたとき、彼女はなにがなんでも【力】のアルカナを持つデネボラと【戦車】のアルカナを持つカウスを伴って逃げなければならない。

 そう、アルと話は付けていた。


(アルさんもカウスさんも……ご無事だとよろしいのですが)


 アセルスが心配している間にも、タニアにデネボラの拳が飛んだ。鳩尾にヒットしたその拳に、タニアも「くっは」と口からポタリと唾を吐き出す。


「……いい加減観念をし」

「……誰がするのですか。あなた方を許す所存はなくてよ」


 タニアの毒吐きに、デネボラが口元を歪める。彼女もまた、さんざんタニアとやり合っているのだ。怪我や魔力こそアセルスにより治癒されるが、それでも痛みがすぐに引く訳ではなく、痛みが痺れとなって彼女の中を回っていた。


「知ってるさ。あんたが辺境伯を継ぐために、それだけ鍛錬してたってことくらいさ。あの頭でっかちの下で唯一生まれた【星】があんたじゃ、それだけ技を極めたところで、容易に認められなかっただろうしね」


 デネボラの言葉に、タニアの端正な顔つきが歪む。

 女が当主を継ぐのはそこまで珍しいものでもないが、こと辺境伯となったら紛争や小競り合いの指揮を執る必要があり、女だと舐められるということが多かった。

 しかしアウストラリス辺境伯に、いつまで経っても【星】の大アルカナが生まれなかったのである。焦ったアウストラリス辺境伯は、本妻だけでなく、妾を何人も囲って子をつくったが、それでもなお大アルカナが生まれない。

 大アルカナが生まれなかったら、貴族は爵位を剥奪される。この国で面々と続いている法律は、かつて【死神】を玉座から追いやった五貴人を冠する【星】の一族にも受け継がれる。やっとのことで生まれた大アルカナの【星】であるタニアが生まれたときには、アウストラリス家には、数え切れない程の小アルカナの兄弟姉妹が生まれていた。

 頭を下げて【世界】により、兄弟姉妹には大アルカナが宛がわれた。その中で唯一の正式な【星】たるタニアは、この上の兄弟姉妹を束ねるべく帝王学を学んだのだ。

 他の貴族たちは、まさか五貴人により大アルカナの売買が行われているなんてことを知る訳もなく、女が辺境伯を継ぐ経緯など知る訳もないから、好き勝手言う。

 舐められたくない──だから技を磨いた。

 馬鹿にされたくない──だから魔力量を増やした。

 女が辺境伯になれば、戦争になる──ふざけた言う者たちを全て力でねじ伏せた。

 貴族らしく典雅であれ。貴族らしく優雅であれ。

 そして舐められないよう馬鹿にされないよう、常に上であれ。

 これがタニアがタニアたる由縁であった。それにデネボラが鼻息を立てる。


「わかっちゃいるよ。この国は小アルカナか大アルカナだけじゃない。男女でもそれぞれに偏見があるし、あんたの苦労を苦労じゃないって言う奴だっているだろうさ」

「……あなたになにがわかりますの? そもそもあなたは、大アルカナだから貴族になった口でしょうが……!!」

「ああ、そうさ。あたしがなにを言っても、それは上から目線になっちまう。望んでなくとも、力を持っちまったらどうしてそれを行使しないと責められる。でもさ」


 デネボラは溜息をついてから、大きくタニアに足を踏み込んだ。力いっぱいの頭突き。それでタニアの視界が上下にぐわんぐわんと揺れる中、同じく視界が揺れているだろうデネボラはタニアを思いっきり蹴り飛ばした。

 タニアの体が、大きく床に跳ねる。

 そのあまりにもの光景に、アセルスは困惑で口元を抑えた。しかしデネボラは手加減をしない。


「あたしにはあたしの地獄がある。あんたにはあんたの地獄がある。人には人それぞれの地獄がある。もうそれでいいじゃないか。どうして相手のことをわざわざ妬んだり僻んだりしなきゃいけないのさ。もうそんなのはこりごりだよ」


 デネボラの言葉に、タニアは「くぅ……ううぅ……」と呻き声を上げる。


「……ますます理解ができませんわ。ならどうしてあなた……革命組織にいらっしゃるの……? 現状に……不満を感じてないんでしょう……?」

「そんなの、決まってるじゃないか」


 タニアはアセルスに「そろそろあたしたちのリーダーのところに行くよ」と声をかけてから言う。


「あの男の隣に立てるのは、あたししかいないからだよ」

「……本当に、色ボケしかいませんのね」


 タニアが唾を吐いて、そのまま苦痛で歪めた顔のまま、床に転がる。負けを認めての、精一杯の毒付きであろう。それにデネボラは目を細めた。


「そんな生ぬるいもんじゃないさ、あたしたちは」


****


 ソールとアルの戦いを、抑揚のない顔でルーナが眺めていた。

 自力回復できるアルと、どこまでもゾーン内に太陽を増やして追い詰めていくソール。魔力の底が尽きたほうが負けとなるが、エリクシールなどの魔道具があれば、それも無効。意地の強いほうが勝つ。

 本来ならばそのような戦いを見れば気分が高揚するものだが、ルーナの醒めきった感情が浮揚することはなかった。

 なにもかもが馬鹿らしい。あの【愚者】の少年ですら、ルーナが苛立っただけで、彼女の気分を慰めることはなかった。

 この茶番を早く終わらせたい。そうぼんやりとしている中。こちらにバサリバサリと音がすることに気付いた。

 コウモリの羽を生やしたアレスが、「お、も、い……!!」と三人を抱えて飛んでいたのだ。意味がわからず、ルーナはそれを見上げる。


「こ……れで……いいんだよな?」


 アレスは重い千切れる腕千切れるイタイタイタイタイと言うのを必死に堪えて、スピカとスカト、ルヴィリエを見る。それに三人は頷いた。


「うん、タイミングを合わせる。あんまりアル先輩だけに任せるのもな」

「そうね……それに、暑いし!」

「アレス大丈夫?」


 スピカの心配の声に「なら……一度で決めろよ……」とぜいぜいと息を切らしている。

 ルーナはそれを見上げる。


(……私を捕まえて、ソールを戦闘不能にするの。そう……無理よ)


 ソールはルーナに執着している。ルーナは自身のアルカナで簡単に人を壊せるゆえに愛情を全く信じていない。だからそう表現するしかなかった。

 新入生たちがなにやら空から落ちてこようとしている。三人落とせばなんとかなるとでも思っているんだろうか。

 意味がわからないと思いながら、ルーナは空飛ぶアレスと捕まる三人を無視して、安全圏まで歩いて行こうとしたが。

 次の瞬間、剣が鋭く飛んできた。ルーナを刺そうとする勢いだ。投げつけてきたのはルヴィリエだ。ルーナは驚いて小走りに走り出す。


(……生意気。今まで私の人形だった癖に)


 そう思って走っていたが。次の瞬間今度はスカトがルーナの走る先に先回りして立ち塞がってきたのだ。そのまま後ずさって逃げようとするが。

 その先にはスピカが、カードフォルダーをかまえて待ち伏せしていた。


(……あの【愚者】……なんの力を【運命の輪】にコピーしたの……?)


 エリクシールを飲んでいた以上、この場にいる全員の魔力は回復している。太陽の日差しを受け続けて体力は消耗しているものの、まだ全員、走れるだけの力を持っているのだ。


(……また、【月】のゾーンでこのゾーンを侵食する? 無理。そうなったらすぐにソールは【死神】と【戦車】にやられる。外には【力】と【節制】が残っているから、今ゾーンを破られたら……もう私の魔力が残らない)


「ルーナ先輩、ソール先輩のところにまで、来てもらってもいいですか?」


 スピカが迫る。カードフォルダーを持って。ルーナは怯む。


(生意気……なにもできない【運命の輪】の癖に。誰かにおんぶに抱っこしてもらわなかったらなにもできない癖に。徒党を組まないとなにもできない癖に。自分は可哀想だからなにをしてもいいって思っている癖に)


 ルーナの稚拙な脳内の暴言は、直接彼女にも跳ね返ってくるということを、彼女は気付きもしない。思ってもいない。


(どうする? どうする? ……ああ、簡単なことだった)


「もう、疲れた」


 ソールを激高させて、彼のゾーンにいる全員を全滅させることができる、たったひとつの方法。

 ルーナは自ら舌を噛んだ。

 ──自分が死ねばいいのだと。【月】なんて代わりの効く道具でしかないのだから。

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