友達の奪還・3
スピカとアレスが、ルヴィリエを無事に眷属として繋ぐ縄から解放していたその頃。
生徒会執務室で行われていた防衛戦も、ようやく決着が付きそうになっていた。
物量作戦になってしまったら、革命組織には彼女の魔力量さえ底を尽きなければ無限に回復してくるアセルスがいる。だから早期決着を付けるためにエルナトが自身のゾーンに革命組織を巻き込んで展開しようとしたが。
カウスの火を噴く戦車から、すごい勢いで飛び降りたデネボラに、鳩尾に一気に拳を沈められて、そのまま気絶してしまった。
「あんたがいたら、そのまま決着付けられられないからね。悪く思うんじゃないよ」
「……グッ」
エルナトが倒れたのに、イシスが顔を引きつらせる。
「……いったいなんなんですか、今回の一件は。あなた方は、【世界】と戦うために組織されていたように見えますが、今回のことと【世界】に、なんの因果があるというのですか!?」
彼女の激高と共に、土壁の土が崩れ、それと同時にゴーレムがつくられる。
イブのつくるゴーレムはすぐにデネボラに粉砕されたものの、イシスのほうが魔力量も多い上に練度が高い。魔力でみっちりと圧縮された土は、デネボラの怪力をもってしても、すぐに倒せるものでもあるまい。
ゴーレムの存外早い腕の振りを受け止めながら、デネボラはイシスを睨んだ。
「あんたたちが、【世界】や五貴人と交渉を重ねていることくらいは知ってるさね」
「でしたら……!」
「だけどね。それだけだと、あたしたちの後輩を助けることはできないからね。残念だけど。あんたたちは正しいさ。でも、早くはない。心の傷は、できる限り未然に防がないと、修繕するまでに月日を要するってことくらい、あんたたちだってわからない訳じゃないだろう?」
「……っ!!」
イシスとデネボラの激しい攻防戦の中、土壁が崩れたのを機に、カウスが後方を向いた。
「今から、ここの扉を破壊する。五貴人の区画に用のある奴は、さっさと戦車に乗れ」
「あの、カウスさん……!」
そのまま、生徒会執行部に混ざっていたスカトが、それを気に走って行った。当然ながらイブが悲鳴を上げる。
「ちょっとスカトくん!? 裏切るんですかぁ!?」
「イブ先輩、すみません。ルヴィリエが中にいるんです」
「……ルヴィリエちゃん、ですかぁ」
規律に厳しい猪突猛進娘ではあるが、イブも後輩は可愛い。しかし革命組織は駄目だ。規律を乱す。
彼女は大きな矛盾を前に、固まってしまった。それにスカトは少しだけ笑う。
「大事な友達なんです。僕は、彼女を連れ戻してきます」
「あーうーうーん……私だってぇ、五貴人をなんもかんも正しいとは思ってませんよぉ。会長は庇いますけど、一番正しいのは、生徒会だって思いますもん……」
「行ってきます」
「うー……スカトくん、私、後輩ができて嬉しかったんです。それは本当に本当なんですよ?」
それはわかる、とスカトは思った。
イブは敵に回すと怖過ぎるくらいに猪突猛進だが、身内にはとことん甘く優しい人だった。だから革命組織の面々も彼女を嫌いになりきれないのだろうし、生徒会執行部の面々も彼女を可愛がっているんだろうと思う。
いい人だが、スカトの優先順位は、今現在進行形で、五貴人のゾーンにいるはずの皆のほうが上という、それだけだ。
「イブ先輩。僕がもし、ルヴィリエを連れて帰ってきたら、まだ生徒会執行部にいてもいいですか?」
「うーうーうー……会長がいいって言ったら、いいですよ……」
「ありがとうございます! 行ってきます!」
そのままスカトはカウスの待つ戦車へと走って行った。
既にそこにはアルとアセルスも乗り込んでいる中、スカトも慌てて飛び乗った。
「デネボラさんは乗せないんですか?」
「あいつは後から追いつくだろうし、どの道俺とデネボラ、一回ずつ分けておいたほうがいいだろうさ」
その言葉の意味がわからず、スカトが黙り込んでいる中、黙ってアセルスが自身の壺から水を出すと、それをコップに入れてカウスに差し出した。それを喉を鳴らしてカウスは飲んだ。
「……すまねえな。貴様の魔力は?」
「わたくしはまだ大丈夫ですわ。それに、そろそろ中の子たちが心配ですわね」
「まあ……【星】や【月】はあいつらだけでなんとかなるだろうが……」
「問題はその先よの」
戦車の車輪が炎を噴き出し、廊下に焦げ付く匂いを湛えた。
デネボラとやり合っているイシスが、それに気付いて悲鳴を上げる。
「会長! 会長!」
「……貴様たち、本当に【世界】を敵に回すつもりか!?」
「端からそのつもりだったからな。ガキ共のおかげで、順番が早まった、それだけだ」
オシリスが土壁をつくって扉を閉鎖するより先に、戦車が勢いを付けて、生徒会執務室に体当たりをした。乗っている皆が一斉に身を竦めるが、操っているカウスは気にする素振りもない。
「せいぜい、舌を噛み切らないよう歯でも食いしばってろ」
「は、はい……!」
狭い執務室の机という机を戦車が薙ぎ倒し、スピカたちが開けたまま入っていった階段を駆け下りていく。もうその勢いは急流を滑り落ちるボートのようだ。
その様子を見届けてから、デネボラも「さて」と言ってから、イシスを見つめる。
「あたしはこれから、五貴人を殴り飛ばしてくるけど。あんたたちはどうするんだい?」
「……許容できません。ですが」
イシスは倒れているエルナトを抱きかかえる。彼はデネボラの拳のせいで、未だに意識が戻らない。イシスは深く深く溜息をついた。
「学園の不法侵入者のせいで、これだけ荒れているんですから、生徒会執行部としては閉鎖及び調査に当たらなければなりませんわね。怪我人だって出てしまいましたし、わたくしたちの後輩たちだって、行方不明になりましたもの」
「そうかい。で、あんたたちは?」
デネボラが視線を向けた先を見て、イシスは驚いた顔をした。
愉快犯のナブーが、騒ぎを嗅ぎつけて見物のためにやってきたのはわかるとしても、普段は陰鬱なことばかり言って天井にぶら下がっているユダが、本当に珍しく廊下に足を付けていたのだ。
「あなた方まで……五貴人を敵に回すつもりですか!?」
「なに。最前席で観劇に行くまでさ。わたしが全てを解決してしまっても、なにも楽しくはないだろう?」
「……僕はただ、これからアルカナカードの不具合が起こるんじゃないかと思って、一応開発責任者の家系として、確認しに行くだけですよ……不具合が起こったら、すぐに対処しないと大変なことになりますし」
それにイシスは困り果てた顔で、オシリスを見た。
オシリスの顔色はすっかりと青白くなり、放っておいたら倒れるか死ぬかしそうであった。これなら現在進行形で気絶しているエルナトのほうが、まだ顔色がいい。
「……イシス、先にエルナトを保健室に運ぶぞ。それから、不法侵入者の洗い直しをせねばならんな」
「はい、会長」
イシスの抱えているエルナトの肩を、片方オシリスが抱えると、そのままここを去ろうとする中。
それらを見届けていたデネボラが「イシス」と呼ぶ。彼女が驚いて振り返ると、彼女が小瓶を差し出しだのだ。透明な液体で満たされている。
「あの、これは……」
「あたしたちを見逃してくれたから、賄賂さね。それアセルスのエリクシールだから、そいつを派手にぶん殴っちゃったからお詫びも兼ねて。それじゃあ、行ってくるよ」
そう言って、スカートを翻して彼女は走り去っていった。そこを走ることなく、淡々と歩いて彼女に続くナブーとユダ。
それを見送りながら、イシスはオシリスを見た。
「……よろしかったんでしょうか、これで?」
「……あとは、【世界】の問題だろうな。あれも、慕われもすれば嫌われもしている」
「それは普通のことでは? 全員賛成も反対もありませんもの」
「そう……だな」
ふたりで保健室に向かいつつ、イシスがオシリスに告げる。
「次期宰相として、大変なのは存じております。わたくしたちでは話せないこともあるかもしれませんが、それでもどうぞ頼ってくださいまし。そのための生徒会執行部でしょう? あなたの疲労も、たまには分けてくださいまし」
「……すまんな」
「いいえ」
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ルーナは今までになく苛立っていた。
普段、全てにおいて諦観の念を向けている彼女が、ここまで感情を露わにすることも、激しい憤りを抱えることもなかったために、ここまでわかりやすい表情を出すこともなかった。
しかし今の彼女ならば、整い過ぎて誰も顔が覚えられない彼女の表情を、ありありと記憶に留めることができるだろう。
「どうして……【世界】の言うことを聞かないの……? どうして、ルールを守らないの? どうして、私の邪魔をするの……? どうして……! どうして……!!」
普段淡々として抑揚のない声を出すルーナは、本当に珍しく激高していた。
それにタニアが溜息をつく。
「精神的拷問でどうにもならないのなら、わたくしが全員始末しますから、早くゾーンの権限を返し……」
「私は! あいつらが憎い! 殺したい! なんで死んでくれないの!?」
「ルーナ、本当にあなたらしくもありませんわ。今のあなた、全然典雅でなくてよ?」
「言うことを聞かない奴らは、皆……敵だ……」
ルーナは不満を一気に吐き出した。
【月】は代々、王家の公娼がそれを所持する。基本的に女しかおらず、王の公娼となっても、男は何故か生まれなかった。
【月】の所持する力は、あまりにも強く、それでいて人道から外れていた。だからこそ、それを貴族が持つのを嫌がった。王が直々に管理するのも憚られた。さりとて、平民に持たせるには邪悪が過ぎた。
だからこそ、代々王に管理される公娼が持っていた。
貴族と同列でいて、貴族ではない。
平民と同列でいて、平民ではない。
貧民とは遠く、王族には及ばない。
人として生きているのか、家畜として生きているのかわからない。
そんなルーナだからこそ、簡単に人の心を壊すことができた。
なのにそれにひたすら逆らう人間が、自分のゾーンにいることが、彼女は未だに理解できないでいた。




