友達の奪還・2
散乱したゴミ。綺麗に清掃され集められた王都のゴミは、ゴミ捨て場の存在なくして存在せず、そのゴミ捨て場のひとつに、貧民街が存在していた。なにぶん王都中から集められたゴミの中には、まだ使えるものも存在する上に、集めて転売すればその日一日の食費を賄えることもあるために、ゴミ捨て場から離れるのも馬鹿らしいのであった。
そのゴミ捨て場に火が放たれていた。その燃える火の山の上を、バサリバサリとコウモリの翼を生やしたズベンが飛んでいた。
「けっ、けっ、けっ……ほんっとうにくだんないことすんのね。ズベンちゃんを壊そうだなんて心底くっだんねえわぁー」
ルーナの精神的拷問により、過去のトラウマを発掘されて、それを傷口に擦り込み、傷口が広がったところで抉りにかかる。こうしてルヴィリエは壊されたのだし、スピカももうちょっとでその毒牙にかかりかけていたのだが。
図太い神経を誇るズベンにとって、トラウマを引っ張り出されることイコール「あ、こいつは敵にしてもいいんだな、よし殺そう」にスイッチを入れてしまうものだったために、こうしてズベンのトラウマの象徴たる故郷を模したゴミ山が燃えている。
ルーナからしてみれば、この訳のわからないものに土足で自分のテリトリーに踏み入られたのだから、心底嫌であろう。本来ならばズベンの相手はルーナよりもタニアのほうが向いているのだが、現状のゾーンの主はルーナなのだから、もうどうしようもあるまい。
「ズベン、無事……?」
その燃えるゴミ山の安全圏から、ひょっこりとシェラタンが出てきた。そもそもゾーン使いのシェラタンでは、ゾーンに取り込むことはほぼ意味を成さない。ゾーンが使える人間ならば、ゾーンの中にゾーンをつくって避難してしまえばいいのだから、ルーナから精神的拷問を受けるよりに早く、さっさと待避してしまったがために、ゾーンから空間移動してズベンを探し回っていたのだった。
シェラタンに視線を向けると、ズベンが「無事ぃー」と手を振った。シェラタンは燃えるゴミ山に視線を向ける。
「……燃えてるね」
「燃えてるわねぇー、ズベンちゃんたちの故郷。本当に小癪よ、【月】は」
「そう、だね」
貧民街では、放っておいたら簡単に人が死ぬ。死なないためには、どんなことでもするのだが、それは貴族どころか平民ですら鼻白む手段すら選ぶ。それで何度抗議の的にさらされたかわからないが。
「だからどうだっつうの。代替案もなしに、よく人の生き方を悪し様に言えたものね」
適当なことを言われそうだったから、それより先に燃やした。
わかってもらおうなんて思っていない。わかってもらえるとも思っていない。
ただ、あの地獄をズベンとシェラタンは生き残り、学園アルカナへの召喚に応じたのだ……生きたいと願って、貴族や平民を出し抜きたいと思って、なにがいけない。
そんな自分たちの生き方を肯定したのは、王族である【世界】だけなのだから……もっとも、ズベンは【世界】に心酔しているものの、シェラタンは【世界】も貴族も変わらない生き物としか見ておらず、信用していないが。
気まぐれで処刑対象であり、差し出せばたちまち大金に換えられるはずの【運命の輪】を助ける気になったのだって、他でもない。【運命の輪】の友達が、完全に貴族の被害者だったからに他ならない。
どれだけ卑しい生き方をしていたとしても、ズベンもシェラタンもひとりで生きることは不可能だということを、身をもって知っている。だからこそ、【運命の輪】がひとりでは絶対に生きられないことも、友達を助けようとあがいている様にも、心が動いたのだ。
「じゃあ、行こっか。後輩たち、【月】にいじめられてないといいけど」
「うん……ねえ、ズベン」
「なによ」
「あなたは、あの子たちが好き……?」
「……なによ、ズベンちゃんが手を貸してやるのはここまでだわ。【月】と【星】はなんとかできるにしても、【太陽】と【審判】にズベンちゃんたちが対処できる訳ないじゃない。そんなの革命組織の連中にやらせなさいよー」
「そんな意地悪言わないの……ズベンがいい子だって知ってるのに、もったいないよ……」
「ほんっとうにそういうとこあんのよね、あーたはさあ」
「けっ」と舌打ちしてから、ズベンはシェラタンを抱えて、そのまま翼を羽ばたかせた。
「あいつらどこよ。友達見つかったの?」
「さあ……でもこれだけ燃えてたら、【星】も慌ててると思うから、対処すると思うよ」
「まあ、そうねー」
通常、ゾーン内を燃やすなんて発想は、まず出てこない。身内に水使いがいるためさっさと消火できるカウスだったらいざ知らず、普通は慌てて魔力を使って鎮火を試みる。おそらくはこちらに神経が集中している間に、スピカとアレスは探し出しているだろう。
【月】は本当に厄介なゾーン使いではあるが、弱点も多い。そもそも【星】が厄介が過ぎるためにアレスが挑発して【月】にゾーンを塗り替えさせたのだから、【月】がゾーンの主のままでないと困る。
自分たちはさっさと合流し、革命組織の到着を待った方がいいだろうと、後輩たちを探すことにした。
外の状況は、全くわからない。
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ルヴィリエをがんじがらめにしている縄を、スピカとアレスは一本一本解いていた。本当だったら、【魔法使い】なり【正義】なりをコピーして剣を取り出して切ってしまったほうがいいようにも思えるが、アレスはなんか嫌な感じがして、剣で縄を切らなかった。ただ解きやすいようにと、縄の隙間に入れるために錫杖を取り出して、それを縄の隙間に突っ込んで、どうにか解きほぐしていた。
「ルヴィリエ、苦しくない? 待っててね。全部解くから」
スピカの言葉に、うつろの瞳をしたルヴィリエは答えない。貴族階級と以外口を聞けないようにされていた関係で、今もしゃべれないのではないかと察する。
「あのね、ルヴィリエ。私、学園アルカナに来るまで、大アルカナの友達がいなかったの。ううん、友達はいたけれど、なんとなく後ろめたくって、腹を割って話したことなんて一度もなかったなあ……ここにいたら、命がいくつあっても足りないってくらいに危ない目にも遭うし、なんか知らないけど死にかけるけど、悪いことばっかりじゃなかったんだよ」
「つうか、普通は入学先でそう何度も死にかけねえし」
アレスはスピカと一緒に手を動かしながらも、口を挟んでくる。
「見つかったら殺されるって聞かされて育った人間は格が違うのです、格が」
「どんな格だよ、ばぁーっか」
「ばぁーっか」
ふたりの訳のわからない会話は、今にはじまったことではない。最初に会ったときから、ずっと軽口の叩き合いを続けている。
「私たちがこうやってやり合ってたら、だいたいはスカトが止めに入るんだよ。スカトは優等生だから」
「優等生なのかあ、あいつ? 不良貴族だけどな。で、お前がだいたい俺に噛み付いてくるの」
「単にルヴィリエは私の味方なだけだよ」
「俺、ワルモンかよ……」
「いいじゃない、私たちはいっつもそうやってしゃべってきたんだからさ……ルヴィリエがタニア先輩やルーナ先輩に、こうやって閉じ込められてるって、私たちちっとも知らなかった。四人で一緒にいるのが、当たり前だって思ってたからさ」
今は外にいるはずのスカトだって、その内ここに到着するだろう。それまでに、ルヴィリエをなんとしても取り戻したかった。
一本、二本、三本……いったいこの縄はなんなのか、少しずつルヴィリエを縛り上げていた縄が解け、彼女が自由になっていく。
その中で、ルヴィリエは繋がれたまま、ピクリと反応を示した。
「……ルヴィリエ?」
「……して」
「えっ?」
縄のどれか一本が、貴族以外としゃべることを禁じるものだったんだろうか。それが解けたせいか、やっとルヴィリエがスピカたちに口を開いたのだ。
「どうして……そこまで優しくしてくれるの? 私は……五貴人の……」
「それって、悪いことなの? 悪いのはタニア先輩とルーナ先輩であって、ルヴィリエじゃないじゃない」
「私……ずっとあなたたちのこと……監視してて……預言内容を……全部五貴人に……明け渡していた……」
何度も何度もスピカたちにスキンシップを取っていた。すぐ抱き着く。すぐバシバシと肩を叩く。貴族令嬢とは思えないほどに大袈裟に。
オーバーリアクションされてしまったら、【正義】の力により、預言を引き抜かれていても、まず気付かない。
それにアレスは「ああ……」と顔をしかめるものの、スピカは小首を傾げた。
「だとしたら、余計に私、ルヴィリエを嫌いになんてならないよ?」
「ええ?」
アレスは嫌そうな顔でスピカを見るものの、スピカは平然とルヴィリエに絡んだ縄をまた一本解きほぐす。それにルヴィリエは困惑した顔で彼女を見ていた。
「どうして……?」
「私、弱いもん。アレスに脅されて通報されていたら一発アウトで処刑されてたし、アルカナ集めに放り込まれたら、勝手に死んでたと思うよ? 実際にエルメス先輩とレダ先輩に何度も殺されかけたし……風使えない人間は、高いところから浮かされて解除されたら、普通に死ぬよ」
「ああ……」
アレスがぶんぶんと首を振る中、ルヴィリエは困った顔で「で、でも……」と瞳を揺らす。やっとルヴィリエの吊されていた腕が縄から自由になったが、手首には可哀想なほどに麻縄の痕がついてしまっていた。
それが消えるようにと撫でながら、スピカは言ってのけた。
「だから、ここを出たらちゃんと友達になろうよ。私はルヴィリエが好きだよ。別にいいよ、私のことを利用したって。私だって、普通にアレス利用しないと生きていけないし」
「おい」
「ルヴィリエはこれ以上タニア先輩やルーナ先輩にひどいことされないように、私たちのことを利用してただけじゃない。ねっ、おんなじおんなじ」
「あのなあ、スピカ……ええっと、ルヴィリエ」
アレスがじっとルヴィリエを見ると、彼女は怯んだように背筋を縮こまらせた。日頃の気丈な態度は、つくっていたのか単純に罪悪感なのかは、アレスでは区別付けようもなかったが。
「俺ぁ、お前がこいつを利用してたこと、あんまり納得してないけど、スピカがそれでいいって言うんだったらこれ以上はなんにも言わない。俺はお前のことそこまで好きじゃないけど、別にお前がこいつの友達になるって言うんだったら、俺はこれ以上なんにも言わないよ。どうする?」
「……スピカ」
ルヴィリエは、やっと自由になり、スピカの背中に腕を回した。
いつものように力強くはなく、怖々と。探るような様子だった。
「……友達になってくれる?」
「もう友達じゃない。だから助けに来たんだよ。アレス、全然素直じゃないけど、普通に心配してたからね」
「違うし、ただルヴィリエの説教を聞かないと、なんか調子出ないだけだし」
「ほらぁー」
そう言っていたら、やっとルヴィリエは心からの笑みを見せた。




