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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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星の瞬きに抗い 月の溜息に耳を塞ぐ・4

 アレスがスピカと合流して、彼女の悪夢から抜け出す少し前。

 剣を力いっぱい振るうルヴィリエとどうにか錫杖でやり合っていたアレスは、気付けばひとりで路地裏に立っていた。

 人形のような顔をしたルヴィリエの姿は今は見えない。

 アレスはぐるりと辺りを見回す。

 白亜の王都にそぐわない、薄汚れた壁面。ゴミが散らばった地面。あちこちに張り巡らされたロープには洗濯物が干されて風でたなびいていた。

 王都の路地裏であった。


「ここで、俺を壊そうって魂胆かあ……あの人、本当に底意地が悪いな」


 この場はたしかに、アレスの記憶から再現したものなんだろう。

 だが、ここには王都の路地裏を表す土埃の匂いも、甘い腐臭も、なによりも王都の路地裏にすら響き渡る喧噪も、なにもない。

 全てつくりもの。まがい物。路地裏で日常を送ってきたアレスは、それに惑わされることがなかった。

 ゾーンの支配から逃れるには、ゾーンの持つルールに打ち勝つ必要がある。それは何度か他人のゾーンに足を突っ込んだことのあるアレスもよく理解している。

 カウスから教えてもらった限り、ルーナのゾーンは精神的拷問を行ってくるものなのだから、それに勝つしかないのだろう。だが、それでアレスは無事だとしても。

 ズベンは大丈夫だろう。シェラタンはよくわからないが。


「……スピカ、大丈夫なのかね」


 アレスはぼやく。

 彼女は自分と同じ平民ながら、生まれ持ったアルカナのために人生を振り回され続けたせいで、やたらめったら秘密主義になっているし、変なところでネガティブだ。健常なルヴィリエですら、ゾーンに突っ込まれて三日間で人形状態になってしまったくらいなのだ。はっきり言ってスピカは三日も持たないだろうと考える。

 だが残念ながら、現在のアレスでは自分ひとりだったらルーナのゾーンを打ち負かすことができても、他人の分の精神的拷問を討ち果たすことなんてできない。

 だとしたら、外からの助けを待つしかできないし、その間にこのゾーンに閉じ込められている面子を回収するしかない。

 とにかくまずは皆の心配よりも自分の心配。どうにかしてここを脱出する方法を考えないといけなく、とにかくここを走り回ってみることにした。

 はりぼての王都ながら、アレスの記憶を再現しているのだろう。見知った場所ばかりに、故郷に帰ってきたような錯覚を覚えている中。


「おい、聞いたか?」


 路地裏で見知った近所のおじさんたちが話をしているのを耳にした。この緊迫した雰囲気には、アレスは覚えがあった。


「……学園アルカナに召喚されたマルスが、死んだらしいな」

「本当に……あそこはどうなってんだ。死因がなんにも降りてこねえし」

「お貴族様は俺たちをなんだと思ってるんだ……!」


 アレスが兄のように慕っていた、同じ【愚者】のアルカナを持つ友達のマルスの訃報が聞かされたのは、本当に突然だった。

 学園アルカナは治外法権らしく、何度学園側に抗議の連絡を入れても、役所に直談判しても、死因は教えてもらえず、冷たくなった遺体だけが家族の元に返された。

 神殿の神官に粛々と葬儀をされた中、アレスは苛立ちながら、その葬儀に並んでいた。


(……あいつら、人の死をなんだと思ってるんだ)


 元々平民は、まともに王都の表通りで生活なんて、家賃が高過ぎる、物価が高過ぎる、それでいて自分たちの稼ぎでは全てまかないきれないという三重苦により、路地裏で暮らすしかなかった。

 そこで楽しく暮らす術を覚えても、なにかにつけて見下されるのだ。

 王都は貴族の住む美しい白亜の都市だと宣伝されるたびに、忘れられた人々が唾を吐く。自分たちだって住んでいる。自分たちだって暮らしている。勝手にそんな崇高な場所にするんじゃない。

 学校に通うと、大アルカナで調子に乗って力を行使する生徒が、小アルカナをいじめる。それに腹を立てたアレスが、何度相手のアルカナの力をコピーしてやり込めたかはわからない。そのたびに力を先に使ってきたほうが親を巻き込んで怒鳴り込んできて、最終的に揉め事は全て教会で神官に採決を任せないと手が出る足が出ると話にならない状態にまで陥った。

 もう中等学校に入る頃合いには、すっかりとアレスも王侯貴族嫌いが板についてしまい、この辺りで一番たちが悪い大アルカナだと知れ渡ってしまっていた。手癖が悪い、相手の力をコピーしてくるとなったら、周りもうかつにアレスに喧嘩を売ることができなくなっていた。

 アレスのその喧嘩っ早さに「まあまあ」と声をかけてきたのが、ちょうど学園アルカナに召喚が決まったマルスだったのだ。

 路地裏を生きる人間はとにかく我が強く、身内には優しいが、それ以外に対してはとことんとドライだ。そんな人間ばかりの中で、マルスのような穏やかな人間は滅多にいなかった。

 アレスがあちこちで喧嘩をするたびに、庇ってくれたのは、親以外だったかマルスくらいのものだったのだ。


「お前さあ、喧嘩っぱや過ぎ。もうちょっと気を楽に持てよ」

「……舐められたら、すぐ負けるじゃないっすか。だって、俺ら、全然強くないアルカナだし」

「そりゃな。でも普通に考えて、魔力量さえ足りたらなんでもコピーできる能力は強いだろ。でもさ、相手に【愚者】だってばれたら対策立てられるじゃん? だからもうちょっと頭使えよ」

「頭……頭突き?」

「あはははは……あんまり脳筋な考え方はよくないぞ」


 マルスはそう言って笑った。


「学園アルカナを卒業して、箔を付けたら。ちょっとは平民の価値も上がるじゃん。多分お前は俺より才能があるから、絶対に召喚状来るだろうし。そのときまでに、アルカナの使い方学んでおけよ」

「……でもあそこって、貴族ばっかじゃないっすか」

「俺もお前も路地裏育ちの平民だろう? あそこにだって貧民街出身の連中だって、そもそもどこに住んでたのかわかんない奴だっているって噂だし。貴族だろうが貧民だろうが平民だろうが、あそこでは治外法権なんだから、不敬とかで殺されることもないだろ。だからさ、お前も入学が決まるまで頑張れよ」


 マルスは、アレスにとって兄貴分であり、今のアレスをつくったのは間違いなく彼のおかげだった。

 もっと狡猾に。もっと頭がよく目端を鋭く動かして。ただ力任せに相手の力をコピーしない。自身の魔力量を見定める。

 やらないといけないことが多過ぎるが、やってやれないこともなかった。元々アルカナの使い方は上手かったアレスは、マルスに言われた通りに小賢しさを学んできた。

 もし学園アルカナでマルスに再会したら自慢しよう。そう思いながら、胸を膨らませて召喚を待っていた。

 しかし……そんな中で、彼の訃報を聞いたのだ。


「……っ」

「あなたはいてもいなくても、なにも変わらない」


 ふいに、背後から声をかけられた。


「あんたっすか。俺、今気が立ってるんですけど」


 ルーナらしき淡々とした感情のこもっていない声が、アレスの神経を逆撫でするような言葉を選んで投げつけてくる。


「あなたがいても、世界は変わらない。あなたがいなくても、【世界】はちっとも困らない。諦めて、【世界】の箱庭で残りの学園生活を謳歌し、卒業を待てばいい。なにも考えなくってもいいのだから」

「……それ、喧嘩売ってんですか? 冗談じゃない」


 ルーナの言葉を、アレスは切って捨てた。

 彼は大事なものなんて、もうとっくの昔になくなった。貴族なんて糞食らえだと思っていた。でも、中等学生で葬儀に参列した少年は、もうとっくの昔にいなくなっていたのだ。


「惚れた女も、頼りないダチも、お節介な腐れ縁も捨てて、なにをどう謳歌しろってんだよ。お前ダチいないだろ!? ふざけるのも大概にしろよな!?」


 惚れた女は、ちっとも守らせてくれない癖に、目を離した途端に死にかけるような、選ばれてはいけないものに選ばれてしまった女だった。

 頼りない脳筋な友達は、わざわざ生徒会執行部に潜入捜査するような肝の据わったことをやってのけ、【運命の輪】のことでもなお頭を悩ませるような、性根の優しい貴族だった。

 正直なぜか自分に対して当たりが厳しいし、優等生だし、いけ好かない女ではあるが、あれでも惚れた女を第一にしてくれた義理堅い人間だ。それが人形のように扱われて腹が立たない訳がない。

 教会で参列した葬式。そんな大切な友人よりも大切なものなんてできないだろうと思っていたアレスの、大切なものにすっかりと収まってしまったんだから、それを捨ててひとりだけ安全圏で生きていられる訳がない。

 そのアレスの言葉に、ルーナは醒めた声を出した。


「そう……それが偽りだとしても?」

「あのなあ……偽りのなにが悪いってんだよ。スカトも言ってたけどな、人間、悪い面なんてそうそう誰にでも見せる訳ねえんだよ」


 アレスは自分自身に言い聞かせるように、ルーナにこれ以上余計なことをしゃべらせないように、声を荒げる。


「見せたら嫌われるかもしれないって面は見せないし、言わないし、わざわざ嫌われる真似をしない。嫌われる面をわざわざ見せて『友達だから許してくれるよね?』なんて言ってくる奴ぁ、そんなもんダチでもなんでもねえわ。都合よく利用されてるだけだっつうの! 人間、外面よくすんのは、普通に嫌われたくない、好かれたいからだっての! 言いたくねえ奴からわざわざ余計なことを言わせておいて『それが本性』って見え透いたこと言う奴なんざ、信用できないね!」


 アレスは一気にまくし立てた。

 そもそも人間、外面がよくてなにが悪いというのか。どんな姿でも愛しているなんていうのは、甘ったるい恋愛小説だけで充分だ。

 好かれたい、嫌われたくない、だからルールを守るし、悪いことはしない。そんな当たり前なことをして「それは自分の本質じゃないから」といじける必要なんてどこにもないし、悪いことして平然と人に「あなたが許してあげないから」とかのたまう人間のほうがよっぽど信用できない。

 ルーナは、人間の本質とか本性とか適当なことを言って、人間の触れられたら嫌な柔らかいところを徹底的に抉って潰して壊していることの言い訳にしているに過ぎない。


「やりたくないんだったら、やりたくないって言えばいいだろ!? 勝手に逆ギレして俺らを拷問するとか、本当にいい趣味してんな、あんたは!」


 とどめの一撃を吐き出した途端、ルーナは心底嫌そうな声を上げた。


「あなた嫌い」


 まるでぽいっと吐き出されるかのように、王都の外観が一瞬にして消えた。

 どうも口喧嘩は、ルーナよりもアレスのほうが強かったらしい。もやだけが広がる景色に、アレスはきょろきょろと辺りを見回した。


「……この場合、真っ先に回収しないといけないのはスピカだよなあ」


 ルヴィリエは既に人形状態になっているから、彼女の場合はゾーンを外から壊してもらったほうが早いが、どう考えてもここに突っ込まれた中で一番壊される算段が高いのはスピカである。

 アレスは溜息をついて走り出した。

 惚れた女が悪かった。

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