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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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星の瞬きに抗い 月の溜息に耳を塞ぐ・1

 真っ暗な階段を降りた先。

 そこはスピカの知っている教会のような外観だが、もっと広くて煌びやかな空間が広がっていた。

 太く白い柱が並び、ステンドグラスには教会で聞く神殿の教義……黄昏の日の絵が描かれていた。その向こうには……ずっと階段を下っていたはずなのに、青空が広がっていた。

 これは生徒会執務室が外に繋がっていたのか、そういう空間なのかが判別付かなかったが、このふたりが揃っているということは。

 ズベンが「ちっ」と大きく舌打ちをした。


「……階段の下でゾーンを展開して待ち伏せしてたんだぁ……さしずめ会長ちゃんのしわざ?」

「あの男は【世界】に懇意にしていただいているから調子に乗っているのは気に食わないですが、連絡をする配慮をしていただけるのが幸いでしたわね。もっとも……この学園全土に【世界】のゾーンを展開してるのですもの。これくらい把握ができるのではなくて?」


 タニアの言葉はもっともだった。

 革命組織だって、あくまで生徒会執行部の目を欺くのと、執務室から隠し階段を通るところまでは計算に入れていただろうけれど、五貴人がゾーンを張って待ち伏せしていたところまでは計算に入れていなかったんだろうか……そこまで考えて、スピカは気付いた。


(いや……あの人たちだったら、間違いなくそこも考えてる。むしろ逆か。ゾーンをあえて展開させた上で……外から攻撃するつもりなんだ。つまりは……あの人たちが囮や陽動なんかじゃない。私たちのほうが囮だったんだ)


 普通はそこは怒るべきところなのだが、スピカはどうにも怒る気にはなれなかった。日頃からお世話になっているというのが半分、目の前にいるルヴィリエをどうにかするのが先というのが半分。


「……ズベン先輩とシェラタン先輩は、あくまで私の友達奪還に付き合ってくれただけで、タニア先輩たちをどうこうしたい訳じゃありません」

「あらぁ? 麗しい博愛の名の下で、処刑を受け入れる気になったのかしら?」

「私は別に、処刑されたくなんか、ないです」

「……事なかれ主義は嫌い。虫唾が走る」


 タニアとスピカの会話に割って入ってきたルーナは、抑揚のない口調でじっとスピカを見つめてきた。本来は美しいはずの容姿だが、彼女の抑揚のない表情、口調、端正が過ぎて歪んだところがひとつも見受けられないところが、顔を憶えにくくしてしまっていた。

 スピカは一瞬ひるんだが、アレスがぱっと彼女の前に出る。


「それで先輩方。俺たちは別に戦いに来た訳じゃありません。友達を連れ戻しに来ただけで、別にあなた方に危害を加えたいとは微塵にも思ってないんですよ……ルヴィリエを返してもらえますか?」

「面白いことおっしゃるのね。長年手塩をかけて育てた人形を、ぽっと出のあなた方にあげる訳ないでしょう?」

「……ルヴィリエはたしかに口やかましいし、やたらめったら偉そうだし、最初はそりゃ気に食わなかったですけど。でもこいつには必要なんですよ」


 そう言ってアレスは後ろのスピカを見る。

 それにタニアは首を振った。


「……気に入りませんわね。ルーナ、あなたはもうちょっとしたら展開なさって」

「……そう」

「ルヴィリエ、参りましょうか」

「……かしこまりました」


 そう言ってルヴィリエは自身のカードフォルダーから、剣と天秤を取り出すと、それを大きく振りかぶって襲いかかってきた。

 それに慌ててアレスは自身のカードフォルダーから、錫杖を取り出して受け止める。


「おまっ……! マジでシャレにならないからやめろって!!」

「……五貴人に逆らった罪人を裁きます……【正義】の名の下に」

「それ! 言いたかっただけだろ!?」


 アレスの動きが鈍い。錫杖のほうがリーチが長い分、本当だったらルヴィリエを殴打すれば済む話ではあるが、アレスはそれをしなかった。

 それに対してルヴィリエはリーチが短い分、動きも鋭い。その上彼女は、長年自身のアルカナと向き合っていたせいもあり、剣と天秤の扱いに慣れていた。


(でも……アレスの動きが鈍いのって、本当にそれだけ……? そもそもルヴィリエも三日以内の預言はできても、それは正確な予測にはならないって聞いていたのに……タニア先輩の予知は三分前の行動を読み解くだけど……それだけで説明が付く?)


 スピカは考え込んでいる中、ズベンに首根っこを掴まれた。ズベンは自身にコウモリの羽を出すと「よっと!」と飛びはじめた。ズベンの腰にはシェラタンもぶら下がっている。意外と力が強いのか、ふたり抱えたまま、平然とズベンは飛んでいた。


「あ、あの? ズベン先輩?」

「……大方、あの【星】の女のゾーンの中なんだろうけど。このゾーン、おかしくない? あの子、何回かやり合ってるけど、いくら身内とやり合っているとはいえ、そこまで動きは遅くなかったでしょ」


 そう言ってアレスとルヴィリエがやり合っているのを見下ろす。スピカはそれに頷いた。


「私もなんか変だと思ってました。普段のアレスだったら、ルヴィリエよりも得物が長いんだから、鳩尾を狙ってすぐ決着付けると思うんです……あいつのことだから、なるべく早く終わらせようとするんで。ですけど……」

「……動きが遅くなってる。だから……あの子の動きにギリギリでしか躱せないんだ」

「多分、これがあの女のゾーンの力だわ」


 予知に動きの遅延。その上でルヴィリエの預言を重ねてゾーンの穴を埋めてきたのだから、曲者だった。


「あの女……ただの傲慢ちきじゃない。意外と肉体派な傲慢ちきじゃない」


 ズベンはまたも「ちっ」と舌打ちをした。

 スピカはズベンに首根っこを掴まれつつ、じっと手を広げた。

 今のところ、そもそも戦闘能力が全くないスピカには、動きが遅くなってもなんのデメリットもないが。今戦っているアレスだって、いくらエリクシールをもらったからと言ってもずっとこんな戦いを続けていたら疲労して、やがてルヴィリエにとどめを刺される。

 それだけはどうしても避けたかった。


(どうしよう……)


****


(参った……動きがにっぶ)


 アレスが咄嗟に錫杖を出したのは、単純に一番痛くなさそうだったからだった。

 普段イブが振り回している巻物は、布がひらひらとしていて【女教皇】の所持者以外が使うのは難しそうに思えたし、ナブーが持っている杖や剣だと、純粋にルヴィリエに振り回して万が一彼女を傷つけた場合、スピカに一生口を聞いてもらえないような気がした。


(……って、なんであいつの名前が出るんだよ)


 そもそもアレスは貴族と王族が嫌いで、どうにかしてのし上がろうと思って学園アルカナに入っただけだった。だから貴族の友達ができるとも、それを助けに行くとも思っていなかったが。

 自分が知り合った田舎者は、命をしょっちゅう狙われるせいか、やたらと人に対して嫌われないようにと気を遣う馬鹿だった。そのせいで、貴族だろうが金持ちだろうが平民だろうが、彼女の前では平等だった。

 それが気に入らなかったのだ。

 弱い癖に。戦えない癖に。自分で自分の身を守れない癖に。それでもトラブルに巻き込まれて、戦えないなりに必死に戦う姿に。

 気付けば目が離せなくなっていた。

 これが去年までのアレスであったら、「それは吊り橋効果だよ、つまり気のせい」と一蹴していただろうが、今のアレスだったらそんなこと言われようものならば「うるせー、バーカバーカ」と返すだろう。

 結局は、気付けば世界の命運的なものを握らされてしまった馬鹿な女が好きなのである。

 素直に守らせてくれないし、勝手に知らないところで死にかけているし、気付けば訳のわからない人脈をつくっているし、お人好しというより「わざわざ突っかかって敵をつくる必要もなくない?」とかいう下心があるし。

 退学していったエルメスとレダのように、日頃から相思相愛で全部を投げ捨てて相手以外どうでもいい訳ではない。

 ただ、できる限りあの馬鹿な女が泣くのも、一生口を利いてもらえなくなるのも、心臓が痛むから勘弁して欲しいだけなのだ。

 だからこそ。

 彼女が友達だと認めたルヴィリエをどうにかしたかった。

 アレスもいい加減、自分が少しでも気を緩めたらルヴィリエに刺される怪現象は、ゾーンのせいだと気付いてはいるものの、反撃の手段が見つからない。


(そもそも……ルヴィリエの現在進行形なのは、ルーナ先輩のせいなんだから、タニア先輩のゾーンをどうこうしても、意味なくないか?)


 手持ちにあるのは、自身の見覚えのあるアルカナをコピーする術、エリクシールを数本、頭上にいる空を飛んでいる先輩とゾーンを使える先輩とそもそも戦えない女。

 しばらく考えてから、アレスは「ルヴィリエ!」と彼女に声をかけた。それはあからさまに空を飛んでいるスピカたちにも聞こえる音量だった。


「お前、その服ぜんっぜん似合ってない! それに普段の無神経さどうしたよ!? その服着てかしこまって、ぜんっぜんお前らしくねえ! その格好させたのは誰だ!? どこの悪趣味だ!?」

「ちょっとアレス、なに馬鹿なこと言ってるの!?」


 すかさずスピカからツッコミが飛んでくる。

 それにアレスはにやりと笑った。スピカはまだ理解に及んではいないようだが、その内伝わるだろう。

 ルヴィリエは抑揚のない人形の顔つきのまま、剣を振るっていた。その動きは澱みがなく、同時に人間らしさもない。平民とは口を利かないから、当然だ。

 アレスは続ける。


「お前も本当はもうちょっと好きな服着たいよな!? 人間関係だって選びたいよなあ!? なんでもかんでも悪趣味だと切って捨てている悪趣味な連中になんて合わせたくないよなあ!? なあ、ルヴィリエ!?」


 その大声に、タニアが「まあ」と口元に手を当てた。


「ずいぶん下品な挑発ですわね。気にしてはなりませんわ」

「……るさい」

「ルーナ?」

「好き勝手うるさい、こちらの気も知らないでへらへらと笑って。平民はおとなしくアルカナ集めに脅えて寮に引きこもっていればいいのに、人の根城に土足で入り込んだかと思ったら好き勝手にペラペラペラペラと……もう、いい」


 ルーナだった。

 彼女は抑揚のない表情だが、目にだけは光が宿っていた……怒りと憎悪が含まれていた。

 彼女は舞踏会のときからこっち、アレスとはとことん相性が悪く、彼の口車に乗ってしまったのだ。


「ゾーン、こちらに塗り替えさせて」

「なにをおっしゃってますの!?」

「どうせ全員眷属にしてしまえばおしまいでしょう?」

【星】

・ゾーンの展開

・三分先の予知

・ゾーン展開中、アルカナカード所持者の行動速度は遅くなり、星の所持者の行動速度は速くなる。

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