決行日と逃避行・2
スピカたちが執務室から五貴人居住区画に侵入する、少し前。
その日も、生徒会執行部では、偽装アルカナの生徒の駆逐と魔力量の計算を行っていた。
退学させていったおかげで、少しずつ本来の魔力量へと戻っていったが、それでもまだ本来の数字と合わない。
「本日【悪魔】偽装者、【隠者】偽装者、【女教皇】偽装者を拘束の上、退学勧告を出しました。既に【悪魔】偽装者は退学済、残りの面々も寮にて退寮準備中です」
「本当に……五貴人はどうしてこんなことを? そこまでして【運命の輪】を発見したいのかな? ここまで来ても、まだなにもしてないっていうのに」
昼休みに、使用人たちが包んでくれたサンドイッチを食べながら、魔力量計算を行う。
学園アルカナでは魔力量に応じて生徒召喚を決めているために、所有アルカナは自己申告制だ。だから生徒名簿を見ても、アルカナを口にしていなかったら無記入のままというのが数多くある。
レダのような例外は存在する上、【愚者】や【隠者】のような小アルカナとほぼ変わらない魔力量を持つ大アルカナ所有者だって存在するが、取りこぼしがない限りは、魔力量での召喚は正確なのだ。
よく言えば申告者の良心を信じる、悪く言えば雑過ぎる処置のために、たびたび生徒会執行部がアルカナで起こった騒ぎの鎮火に駆けずり回っていたということである。
計算を終えて、ようやくひと息昼食を食べながら「それにしても」とイシスは言う。
「五貴人もなにを考えているのかしら? 新入生の子たちをいきなり、私たちの元に寄越してくるなんて」
「まあ……うちが人手不足なのは変わらなかったしねえ。あんまり考え込んでちゃ駄目だよ」
「そうなんだけれど。何度も偽装アルカナについての情報開示を請求しても無視するから、さすがにこちらも参っています」
「現場の混乱なんて、五貴人からしてみれば娯楽の一環でしかないもんねえ……」
五貴人に舐められている自覚はあれども、送られてきた後輩たちは可愛かったから、あれこれと世話を焼いてはいたものの。
ひとりはなぜか五貴人のお気に入りで、目が死んでいる。その上あからさまに平民とは口を利かないのが気になるために、イブに世話を任せている。
ひとりは実直で真面目な性格だが、なぜかオシリスとは距離を置いている。彼自身が次期宰相のために、いろいろと思うところがあるのかもしれない。
そう思いながら仕事をしているとき。
エルナトはピクンと反応を示して、自身のカードフォルダーに触れた。途端に、ゾーンが展開される。
それにイシスは驚いた顔をしてみせる。
「エルナトくん……なに?」
「こっちが聞きたいよ。最近大人しいなと思っていたのに、どうして来たんだろうね、革命組織が。しかも……火の戦車まで引っ張り出してきてさあ」
「…………っ!」
ゾーンは外から攻撃されれば弱い。
日頃カウスが出している普通の戦車であれば、せいぜい空が飛べるくらいで、捕まえるのが困難くらいのものだが、火の戦車は馬力がチャリオットの十倍ある。
……最初からエルナトのゾーン封じのために、引っ張り出してきた可能性が高い。
「イシスさんはすぐに会長に連絡して」
「え、ええ……!」
「……うう、多分ゾーンはあと一分ももたないと思う」
エルナトはどうにかゾーンに自身の魔力を流し込んで、強度を補強してはいるが、それでも火のチャリオットの馬力には勝てない。
彼の集中が、魔力消費で一瞬途切れたとき。パリンという音が響いた。
それに、執務室の分厚い扉が割れる音が続く。
そこにはゴウゴウと燃える車輪の戦車を操るカウスがいた。隣にはデネボラがいるのに、思わずエルナトは笑ってしまった。
「珍しいね、最近革命組織はお利口な考えに鞍替えしたのかと思っていたけれど」
「んな訳あるか。【世界】をやれる機会があれば、いつでもやるってだけだ……今はオシリスはいねえみたいだが」
「俺を呼んだか」
イシスが連絡したオシリスが、王杖を携えて出てきたのだ。それにカウスはにやりと笑った。
「よう。舞踏会のとき以来か」
「貴様ら、最近は活動自粛かと思っていたら、まだ動いていたか」
「当たり前だ。こっちも切り札があるってのに、使わねえ道理はねえだろ」
【世界】の宣言のおかげで、【運命の輪】だけでなく、【戦車】、【死神】も狩りの対象となっていたが。
どちらも携えている革命組織は、特に派手な行動をしていなかっただけで、活動自粛は全くしてはいなかった。
だが、生徒会執務室をいきなり襲撃したことなんてなかった。
オシリスは「ちっ」と舌打ちをしながら王杖をかまえると、それで生徒会執行部面子に伝令を出す。
「総員、革命組織による廊下の占拠を解除、革命組織面々の拘束を頼む。我々は生徒会執務室の防衛に回る。廊下の解除と同時に、残りの革命組織面々の拘束に向かう」
「了解しました」
「了解……と言いたいところだけれど、僕戦闘には全然向いてないよ?」
「いてくれるだけで心強い。こいつらを拘束したのちに裁判をかけるから、それまでにゾーンが展開できるまでの魔力を回復しておけ」
「うん、ありがとう」
イシスもカードフォルダーから錫杖と盾を取り出すと、その盾を立てかけてから訴える。
「あなた方には、ここを通しません」
この廊下ひとつの占拠、派手な戦闘こそが陽動だったのだが、そのときの面々には気付いてはいなかった。
****
頭上のズシンズシンという音に、スピカはびくびく震えながら、階段を下りていく。
視界が全く聞かなかったが、ふいに火の匂いがして振り返った。
てっきりズベンかと思ったら、シェラタンが手元で火を操って光源をつくってくれたのだ。
「ありがとうございます」
「ううん……でもここ、本当に五貴人が使ってるの……?」
「どういうことでしょうか?」
「あの人たち、派手なことが好きだから……ここは結構狭いし暗いのに、どうしてだろうと思って」
シェラタンに指摘に、スピカは「そういえば」と思い至る。
それに対してはアレスが「いやいや、シェラタン先輩、それは買いかぶりですよ」と首を振った。
「そもそも貴族だって、あくどいことを繰り返してりゃ革命のひとつでも起こされますって。そうなって大人しく捕まる道理もないから、あちこちに隠し通路を持ってますよ。どいつもこいつも平民からは搾り取るだけ搾り取る割には、我が身が一番可愛いって奴ばかりですから」
「……アレス、あまりに実感が篭もってるね?」
「王都の路地裏に住んでたら、そういう連中に迷惑かけられることがむっちゃくちゃあるんだよ……っ!」
あまりにも力が篭もり過ぎたアレスの言葉は、茶化してはいけないものだと、スピカはそっとしておくことに決めた。
それにシェラタンは困ったように口を噤んでしまったが、意外なことにズベンのほうが「まあそうねー」と同意してきた。
「教会の人間以外の施しを与えようって言葉は、大概信用しちゃ駄目だわ。貴族なんて基本的に自分の財産以外のことは考えてないし、自分が持ってるアルカナのおかげで花持たされている事実にすら気付きもしないんだからぁ。貴族の施しはね、最初から平民を下に見ていなかったら、可哀想だって思ってなかったらできないから」
あれだけ【世界】に入れ込んでいるズベンから出た毒吐きに、スピカはびっくりして振り返った。
「ズベン先輩も……貴族嫌いですか?」
「きらーい。自分のことを自分でできないから、【世界】ちゃんが弱ってるんじゃない。そもそも【世界】ちゃんだけだわ。貧民街を維持するようにしてくれたのは。あいつら、貧民が金がないのは自己責任だから出てけしか言わないもの」
意外過ぎる言葉に、ますますスピカは困惑してズベンを見た。
ズベンは猫のような目を細めて、スピカを睨む。
「なによ?」
「……すみません。私、てっきりズベン先輩が【世界】のことが好きなの、顔なのかと思ってました」
スピカの言葉に、ズベンはにやりと笑う。
「ズベンちゃんは【世界】ちゃん好きなのはねえ、顔と体と志よ?」
「それ、全部じゃないですか」
「ええ、全部好きよ? 恋ってそういうもんでしょう?」
そのあまりに支離滅裂な熱量に、スピカは喉を鳴らした。
シェラタンは脅えたような顔をしてみせたが、それについてはなにも言わなかった。
アレスは逆になにか言いたげだったが、黙ってシェラタンのくれた光源を頼りに下を見つめる。
「おっ、やっと出口……」
出口に行く前に、スピカは三人にそれぞれエリクシールを差し出した。
「これ、アセルス先輩からの差し入れ」
「水ぅー? 喉乾いたら飲めって?」
「これ、中身エリクシール。飲めば魔力回復するからって」
「げっ」
慌てたように、アレスはジャケットのポケットに突っ込んだ。ズベンとシェラタンもそれに倣うと、ズベンはカードフォルダーに手をかけた。
「まっ、居住区なんだから大したことないんでしょうけどね、早くお友達回収してずらかりましょう……」
「あらあらあら、ここに蠅虫ですの? 典雅ではありませんわね」
人の神経を逆撫でする声が響いた。
そこには舞踏会のときと同じく、お茶会用ドレスに身を包んだ、金髪の巻き毛の美しいタニアが立っていた。
そしてその隣には、相変わらず目をそらしてしまったらすぐに顔を忘れてしまうほどに、整い過ぎて印象に乏しいルーナが、お茶会用ドレスを着て抑揚のない顔で並んでいる。
そして。
「……ルヴィリエ!!」
そこには、彼女のブルーブロンドに合わせた水色のお茶会用ドレスに身を包んだルヴィリエが立っていた。
本来の彼女であったら、「可愛い? 似合う?」と見せてくるだろうし、なんだったらスピカにもドレスを着せようと選ぶだろうに、今の彼女からはスコンと感情が抜け落ち、服飾店のマネキンのように立っていたのだった。
所持アルカナ:【戦車】
・ゾーンの展開
・戦車の召喚
・太陽の戦車の召喚




