決行日と逃避行・1
それから三日が経った。
スピカはないよりはましとどうにか魔力増量の特訓を繰り返し、本当にちょっぴりだけ魔力を増やした。具体的に言えば、アレスからコピーした力を二回くらいだったら連続で使える程度の。
ただ元々がヘボ過ぎる魔力量なために、肝心の【運命の輪】の最後の力が使えない。
「うーん……」
いよいよ明日が決行日なのだが。
革命組織は生徒会執務室を襲撃すると言っていたのだから、その間はデネボラから【力】の魔力貸し出しをするのは難しいんじゃないだろうか。
こればかりはぶっつけ本番になってしまう。
そう思っていたとき、珍しく自室の扉が鳴った。
「はあい、どなたですか?」
「わたくしですわ。アセルスです」
「あれ? アセルス先輩?」
寮で革命組織の人間に出会うのは本当に珍しいのに。スピカは怪訝に思いながら薄く扉を開くと、たしかにたおやかなアセルスが、なにかを大量に持ってやってきた。
スピカが部屋に招き入れると、彼女は「ふう」となにかを床に置いた。コトンとガラスの音が響く。
「あのう……明日の作戦会議、でしょうか?」
「いいえ。伝言になりますわ。革命組織で襲撃する時間帯は教えられないけれど、生徒会執務室が襲撃されたら、すぐ騒ぎになると思いますわ。その隙に、侵入なさってくださいまし。あと、これを」
「これは?」
大量の小瓶には、水が入っている。スピカは振ってみるが、中は本当にただの水のようだった。それにアセルスがやんわりと言う。
「これはエリクシール……と言えばわかりますか? わたくしのアルカナで出しましたの」
「エリクシール……えっ……!」
さすがにほぼ魔法を使わずに生活してきたスピカでも、それがいかに貴重なものかはわかる。これを病院で処方されるときは、大概命に影響があるときだし、買うとなったら高過ぎて平民ではまず手が出せない。
スピカは震えながら「あの……こんな貴重なもの……」と小瓶を指さすと、アセルスは慌てて手を振る。
「わたくしたちもできる限り助けに向かいますが、足止めされたら大変ですから! こちらを使って魔力を回復なさってくださいまし!」
「こ、んな貴重なもの……本当に……いいんですか?」
「あなた方になにかありましたら、わたくしたちもなんのために生徒会執行部を敵に回すのかわかりませんもの」
「……ありがとうございます」
ようやく素直に受け取り、肩にかけられる程度のショルダーバッグに割れないように詰めることにした。
エリクシールを入れつつ「あのう……」とスピカはアセルスに尋ねた。
「はい?」
「アセルス先輩は……勘ですけれど貴族の方ですよね? どうして……革命組織に参加しているんですか? カウス先輩やアル先輩の事情は、なんとなあく人から聞きましたけど」
「そうですわねえ……わたくし、実家がプレセペ財団に属しておりますの」
「え…………っ!」
その名前に絶句した。
アセルスの実家のプレセペ財団は、ナブーの実家の豪商スチルボン家にも出資している世界規模の大財団だ。そんな人だったら、五貴人と関係が深くなってもおかしくはないというのに。
スピカが口をパクパクさせていたら、アセルスは困った顔をしてみせた。
「驚きました? わたくしも、生まれたときは、特に世界についてなんの疑問も持ってはいませんでしたのよ。ただ、おかしいと気付いたのは【世界】の誕生パーティーに招待されたときでしたわね」
「【世界】の……ですか……」
王族の誕生日に招待されるって、どんな家なんだろうかと想像してみるが、平民として隠れ潜んでいたスピカからは、いまいち想像ができなかった。
それにアセルスは口元だけ笑みを浮かべて続ける。
「皆が皆、【世界】を崇拝してましたのよ。わたくしと大して年の変わらない男の子を、大の大人が一様に。わたくしは寒気を覚えました。それはまるで……もうこの世界にはいないはずの神を崇拝するかのようで、誰ひとりとして、その男の子を人間として見ていないんです」
アセルスの言葉に、スピカは黙り込んだ。
貴族は平民のことを人間として見てはいないんじゃないだろうか。この学園で区別という名の元に平然と行われている差別を見ていたら、誰だってそう思うが。
それと同じく、彼らは五貴人のことすらも、人間として見てはいないんじゃないだろうか。
皆が皆、記号としてしか、自分の役に立つか、自分に利益を与えるか、そんな所有物のようにしか見てないんじゃないだろうか。
(そんなの……もう人間って言えるの……?)
それを幼いアセルスは眺め「気持ち悪い」と思ったのだ。
アセルスは薄く笑う。その笑みは自嘲なのか自責なのかは、今のスピカにはわからなかった。
「わたくしは、人が人として生きられる世界になればと思います。たしかに、学園内で【世界】を追い詰めたとしても、世界はなにも変わらないかもしれません。ただ、それを見届ける生徒の皆さん、五貴人の皆さん、そして【世界】の心は確実に変わると思うんです。本当に川に石を投げて波紋をつくる程度には大したことはないかもしれませんが……変えられたらと思いますのよ」
「……私、自分の住んでいるところには、貴族はいませんでした。だから貴族は空想上の生き物だし、王族もおじさんが話している教義の上の人としか思えなかったけれど、でも。皆人間……なんですよね?」
「そう、ですわね?」
「私、友達を助けたい以上になんの願望もないです。ただ私、今まで生き残りたい以上に欲がなかったのに、今はちょっと欲が出てきたみたいです。友達と一緒に学園を卒業したいし、もうちょっとだけ皆自由に生きられたらって思います。私、革命組織の先輩たちみたいな、世界を変えるぞって気概は全然ないですけど、それって、素敵なことだと思います」
スピカはアセルスに頭を下げた。
「どうか……ルヴィリエを助けるのに、力を貸してください」
「……ええ。頑張りましょうね」
こうして、決行日の朝を待つだけとなった。
****
その日はスピカもアレスもピリピリと緊張していた。
スピカはアセルスの提供してくれたエリクシールをどうにか持っていたものの、それ以外に大丈夫そうなものがない。アレスに至ってはいつも通りが過ぎる。
スカトだけはいつも通りだったが、彼は非番なために久々に皆で行動を共にしている。
襲撃されたら、すぐに生徒会執行部の面々に連絡が入るはずだ。そのときに、スカトはふたりに合図を送って執務室に向かい、五貴人の居住区画へと侵入する。
こういう手はずだったが。
ズベンとシェラタンについては、カウスから「その場その場で臨機応変に」とだけ言われていたため、このふたりがいつ参加するのかがわからない。そもそもズベンは【世界】に懇意なのだから、【世界】と直接敵対するのは避けたいだろうし、生徒会執行部にも目を付けられているのだから、直接対峙するのは嫌だろう。
昼食時間、三人で食べているときだった。いきなり激しい地響きがしたのに、スピカは思わず「ひいっ……!」と声を上げる。アレスもスカトも、スピカを引き摺ってテーブルの下に逃げ込むと、同じく食堂で食べていた生徒たちもパニックに陥っているようだった。
やがて、スカトのカードフォルダーが震えた。
「ああ、会長からだ」
「なにそれ……【皇帝】?」
【隠者】のアルカナの構図に、【皇帝】のアルカナが重ねてかけられている。そこには風の妖精が描かれていたのだ。
「会長はアルカナの能力貸し出しを連絡網として使ってる。風は襲撃だ。行くぞ」
「そんな使い方もある訳ね……じゃあ俺たちはお前の背中を見送ってから続くよ。スピカ、行けるか?」
「うん」
スピカは自身のカードフォルダーを握りしめながら頷いた。
心臓が痛い。緊張で凝り固まっている上に、これで上手くいくのかもわからない。革命組織の派手な陽動作戦がなかったら、執務室に侵入することすらできないのだ。
スカトがひと足先に食堂を飛び出して生徒会執務室に向かったのを眺めてから、ふたりは注文したグラタンを無理矢理掻き込んでから、食堂を飛び出した。腹が減っては戦はできぬ。そもそも今までのアルカナ集めとの迎撃とは比べものにならない相手なのだから、当然だ。
問題の廊下に出てみれば、火と硝煙のにおいが充満しているのに、ふたり揃って鼻を抑える。
「革命組織……いったいなにをしたんだ?」
「におい……燃えてるの?」
廊下を歩いてみれば、土の壁ができていた。
イブかイシス、オシリスのいずれかのアルカナであろう。そしてそこに向かって攻撃しているものを見て、スピカは目を剥いた。
カウスが定期的にチャリオットを出しているのは見たことがあったが、これはいつもとは違う……チャリオットの車輪が燃えているのだ。
「これかよ……火のにおいがする原因はっ!」
「だから生徒会執行部も、土壁つくって抵抗して侵入者を防いでたんだ。でもどうしよう。これじゃあ生徒会執務室には……」
ちょうど生徒会執行部と革命組織が盛大にやり合っているのは、生徒会執務室の真ん前なのだ。これではいくらなんでも入れない。
「アレス、魔力ある? 回復はアセルス先輩からエリクシールをもらってきたからできるんだけど……舞踏会のとき、みたいな」
「えー、俺にゾーンつくって魔力枯渇で死ねと? さすがにあのときはデネボラ先輩から魔力を借りたからつくれたんだよ。補助がなかったら無理! そもそも五貴人居住区画侵入前に死ぬのは、いくらなんでも早過ぎでしょうよ」
「ですよねー。どうしよう」
まだなにもはじまってもいないのに躓いていたところで、「行かないの……?」とおずおずした声をかけられた。
騒ぎを見物に来たズベンとシェラタンであった。
スピカはシェラタンを見た途端に、手を合わせた。
「シェラタン先輩、助けてください……!」
「え……?」
「私たち、生徒会執務室に入りたいんですけど……今、革命組織と生徒会執行部がやり合ってて、中に入ることができないです……」
「うん……多分それが陽動なんだと思うけど……中に入れればいいの?」
「はいっ!!」
シェラタンは迷いなくカードフォルダーに手をかけると、薄い膜をつくって皆を閉じ込めた。その膜は、いつかアレスがつくってみせたのと同じく、長い廊下だった。そこを皆で走って行く。
ズベンは「それで!」と尋ねる。
「一応、もう行き方はわかってんのよねえ? 空振りだったら【世界】ちゃんに会えないじゃない!」
「ええっと、スカトが割り出してくれたので、一応居住区画に入る方法はわかっています」
「うん……そうだよね。わたしのアルカナだったら……さすがにゾーンに侵入は……無理……」
シェラタンの言葉に内心ぞっとしつつも、シェラタンのゾーンの出口が見えてきた。生徒会執行部の中である。
皆で慌てて本棚の二段目を空っぽにして、スカトが転送してくれた情報通りにスイッチを押す。やがて生徒会長席の床板が音を立てて引いていき、階段が見えてきた。
シェラタンは脅えたような顔で「ズベン……」と言う。
「……多分ここから先、ずっとゾーン持ちの五貴人とやり合うことになるけど……それでも行くんだよね?」
「当ったり前じゃない! ズベンちゃん五貴人嫌ーい。あいつらから【世界】ちゃんを取り戻すのぉ」
「シェラタン先輩、本当になにからなにまでありがとうございます……私たち、この奥にいる友達を助けたいんです」
「そう……本気、なんだね?」
「はい」
階段の先は見えない。真っ暗な穴ぼこであった。
(この奥に……ルヴィリエがいるはず)
スピカが先に階段を降りようとしたら、アレスが手を掴んだ。
「俺が先に行くから、お前俺の後ろから付いてこい……お前、わかってんだろ? 俺らがあっちに用があるのと同じように、あっちだってお前処刑したいんだからさ」
「……うん。ありがとう」
「ん」
こうして、アレスが先導し、スピカ、シェラタンと続き、ズベンがしんがりを務めることとなった。
ここから先は、まだなにもわからない場所だ。
皇帝
・王笏の召喚
・四大元素 (地・水・火・風)の操作
・アルカナカード一枚を指定して、力を貸し与えることができる
*オシリスはアルカナに自身の力を貸し出すことで、伝令に使っている。
風:内部襲撃対策
水:定例会
地:緊急会議
火:外部襲撃対策




