決起会合
スピカたちが寮に戻ると、珍しく寮の食堂で、カウスたちが食事を摂っているのを見た。
それにスカトが「カウスさ……」と声をかけようとしたが、それはアレスに手で遮られた。
「お前、一応生徒会執行部所属なんだからさあ……いくら寮母さんがゾーンを張ってるからって、生徒会の連中も寮使ってんだろうが。話は俺らが通しておくから、お前さっさと飯食って寝ろ」
「……そう、だな。カウスさんたちに迷惑かける訳にはいかないし」
「いやいやいや、そこはお前が生徒会長とか五貴人とかを敵に回すほうを心配しろよ。ほれ、さっさと飯食って部屋帰れ」
そうアレスに促されて、スカトはしゅんとした様子で寮母に食事を注文して食べはじめた。
カウスはソーセージをぶちぶち歯で食いちぎりながら、スピカたちを意外そうな目で見ていた。
スピカたちは、ズベンとシェラタンと共に食堂に入ってきたのだから。
「なんだ、てめえら仲良くなったのか」
「なってませぇん。一時停戦でーす」
「はあ……まさかアホのズベンだけでなく、ヘタレのシェラタンまで引き抜いてくるとはなあ……」
そう物珍し気にふたりとスピカたち新入生を交互に眺めて言った。
アレスはカードフォルダーを取り出すと、カウスにひょいとスカトからの情報を引き渡した。スカトと来たら、しゅんとしながら、ちらちらと革命組織の面々を眺めてくる。
スカトの渡した情報で、執務室から五貴人の住む区画への隠し階段の情報が共有された。
そしてスピカとアレスは、ユダから聞かされたアルカナカードの話をすると、カウスは「あー……」と言う顔をした。
「てめえら、本当に世間知らずというか、怖いもの知らずというか、あの根暗のユダまで味方に付けるとはなあ……」
「味方っていえばいいんですかねえ……いろいろと教えてはくれましたけど、表立って助けてくれる訳ではないです」
スピカからしてみれば、同じ授業を取っている先輩後輩という間柄のいったいどこに助けてくれる要素があったのかがわからないが、ユダなりに思うところがあったんだろうと察することしかできない。
それにカウスはフォークで新しいソーセージを突き刺しつつ答える。
「そりゃな。ユダも現王族と表立って敵対はしたくねえだろうさ。学者たるもの、今までの文献を消される恐れのある場所にゃ近付きたくもねえだろ」
「つうか知ってるんですね、やっぱりカウスさんは」
「まあ、身内に旧王族の人間がいたらなあ」
そう言いながら、カウスはソーセージにかぶりつきながら、ちらりとアルに視線を向ける。
アルは「ふん」と鼻息を立てた。
「自分たちに都合のいいように宗教を改悪し、魔力の独占をするような連中のどこに正しさがあるのやら。我はあれのことを好かぬ」
「そうですか……私たち、ルヴィリエを助けに行こうって思ってるんです」
そう言うと、アセルスはピクンと肩を跳ねさせる。
「……あなた方だけで? 五貴人相手では、危険過ぎますわ」
「わかってはいるんすけど……」
アレスがガリガリと髪を引っ掻きながら、スピカに視線を投げて寄越す。スピカはきゅっとスカートを掴みながら言う。
「……ルヴィリエ、助けたいんです。まだどうやったら助けられるのか、わからないんですけど……あの子、この間生徒会執行部に参加しているとき、人形みたいになっていたから」
「【月】のゾーンの影響さね」
話を黙って聞いていたデネボラの声に、スピカたちは振り返った。
彼女は複雑そうな顔で、ハムを食べていた。
「前にもカウスがレクチャーしていたけどね、あの子のアルカナはゾーンに取り込んだ人間を精神的に拷問し、押し負けた人間を眷族に変えてしまう……【悪魔】よりも間接的だけれど、【悪魔】より解除が難しい。でもね、弱点がない訳ではない」
スピカは思わずズベンを見ると、ズベンはぶうたれた顔で「はいはい、ズベンちゃんは魔力あんまりないでーす」と開き直る。
そしてスピカはデネボラを見る。
【月】の能力を解除しなければ、ルヴィリエを助けることができないのだから。
「教えてください……【月】の能力の解除方法を」
「だいたいのゾーンの解除方法なんて、三つしかないんだよ。そしてそれは【月】も同じ。外からのゾーンの破壊、所持者の魔力切れ、そして……ゾーンのルールに打ち勝つこと」
「打ち勝つ……ですか?」
「たとえばカウスのだけれど、カウスは事前に中に入る人間を問答で選別してからじゃなかったら絶対に入れない。だからこそ、生徒会執行部のお嬢ちゃんは、実力行使でゾーンを破壊することでしか、中に押し入ることができないんだよ。ここの寮母のゾーンの場合は、ここでは一切戦闘能力は使えない。いくら【世界】が学園内全部にゾーンを張り巡らせていてもね、個々のゾーンの内部ルールを塗り替えて突破して覗き見はできないんだよ」
「じゃ、じゃあ……ルーナ先輩のゾーンのルールを突破したら……彼女のゾーンを解除して……ルヴィリエを助けられるってことですか!?」
「ものすごく難しいけどね。そもそも【月】のゾーンは精神的拷問だから、まずはそこに押し入った上でそれに勝たなければならないんだから」
そもそも明るい性格のルヴィリエですら、押し負けて人形のようにされてしまっているのが現在だ。
ルーナと勝負しようとして、負ける算段のほうが高い。
それにアルが「やめておけ」と首を振る。
「たしかにあれに勝つには、ゾーンを解除させる他ないが、どうしてあれの術中に乗って戦わねばならぬ。弱い人間が強い人間と同じフィールドで戦う必要はどこにもあるまいよ」
「ですけど……じゃあどうやったら……!」
「そこの新入生は【愚者】であろうが。頭を使え」
「……俺っすか?」
アレスは自分を指差すと、アルは小さく頷いた。それにはカウスも大きく頷いた。
「まあ、そうだな。あいつらの流儀に乗る必要は全くねえ。だがな、あいつらもまた、強者らしく一対複数で戦ってくれるとは思うなよ。あいつらだって、自分たちの弱点をわかっているし……そもそも【正義】のガキは【星】の予備パーツとして攫われたことを忘れるな」
「あ……」
そもそもが、【星】の予知の補完のために、【正義】の預言を使うつもりなのだ。
つまりは、三日以内の情報は引き抜かれている可能性が高い。
「まあ……【正義】の預言を警戒するなら、てめえらがあいつと接触してから三日以内に決行は避けておけよ」
スカトからもらった生徒会執行部のシフト表を覗き込みつつ、ゾーン使いのエルナトや生徒会長のオシリスが席を外している時間を割り当てる。
「四日後の放課後。そこが適当だろ。そのときお前らだけで行け。ズベンとシェラタンは好きにしろ」
「カウス先輩たちは?」
「俺たちゃ、執務室の占拠が先だな」
そう言って、カウスはアレスとスピカの頭をぐしゃぐしゃと掻き回しはじめた。
「なっ……なにするんすか……っ!」
「髪、くしゃくしゃになりますからぁ……っ!」
「いやなに。本当に留年した甲斐があったなと思ってな。こんな面白い奴らに会えるたぁ思ってなかったからな……死ぬなよ」
その言葉に、スピカたちも喉を鳴らす。
学園アルカナは、生徒会執行部が目を光らせている場所でこそ、秩序は保たれているが。そもそも五貴人の居住区核にそんなものがある訳がない。
ルヴィリエの件だってあるのだから、貴族ですら彼らの中では格下なのだ。果たして平民を人間として認識しているかすら怪しい。
……本当に、死ぬかもしれないんだ。
それに呆れた顔してズベンが「はあ~……」と息を吐いた。
「別にあの性悪女共がイキッたところで死ぬ訳ゃないでしょう? カウスちゃんちょっと過保護過ぎぃ~、あーたそういうキャラだった?」
「そんなに変わったことは……ないと思うけど……」
シェラタンは弱々しく突っ込むが、威力は全くない。
スカトはカウスに構われるふたりを少しばかり羨ましそうに眺めつつ、食事を終える中、「スカト」とデネボラが声をかけると、きょとんとした顔でスカトが振り返る。
デネボラがカウスに替わってスカトの頭を撫で回しはじめたのだ。
「あんたも、よく頑張ったね……危ない仕事させちまって……すまなかったね」
「ぼ、僕も……ルヴィリエが心配でしたしっ……今も、心配ですからっ……」
「うん、あんたはそれでいいさね……頑張るんだよ」
「……はい」
こうして、皆食事を終えてから、めいめい解散していった。
スピカはアレスと男子寮女子寮に別れる前に、廊下で少しばかり話をする。
「なんか私、入学当初はこんなことになるとは思ってもいなかったんだけれど」
「そりゃなあ……俺だってこんな大事になるなんて、思ってもみなかった」
「なに怖い? そもそもアレス、貴族も王族も大っ嫌いであいつら全員倒すって息巻いてたじゃない」
「あのなあ……そりゃ最初はそう思ってたよ。俺だってイキッてたしな、大アルカナだから怖いもんなんてないって。でもさ」
ふたりで窓の外を眺める。
王都の路地裏で出会ったふたりも、まさかこんなに濃い付き合いになるとは思ってもみなかったのだ。
まだ前期すら終わっていないというのに、戦ったり守ったり守られたり、一緒に踊ったり逃げたり、息つく暇もなく、厄介ごとがふたりを巻き込んでいく。
「……大アルカナでも、強弱はあるし、今の自分のアルカナすら管理されてるって聞かされたら、なに信じたらいいのかわかんねえって、怖いよ」
「うん」
「スカトは体張って生徒会から情報引っこ抜いてきたのに、俺まだなんの役にも立ってねえし……せめて、あいつらにギャフンと言わせたい」
「うん。私も、弱いことに甘えたくないなあ……」
そもそもスピカは戦う力すらない。
【世界】に勝つ切り札すら、未だに魔力が不足していて、使えるかどうかが未知数だが、最悪の場合は、それを使わざるを得なくなるだろう。
「頑張ろう、アレス。私も頑張る」
「おう……ああ、もう」
「なによ」
アレスは窓にもたれかかりながら、ちらりとスピカを見る。
「お前なんで弱いのに、守らせてくんねえの。いっつもそうじゃん」
「あのねえ……守らせてくれる人は、そもそも守られる自信があるくらいに強い人だよ。私、弱いもん。アレスにだけもたれかかれないよ」
「スピカ、ほんっとうにいっつもそうだ」
ふたりで手を繋ぐ。
舞踏会からこっち、アレスはなにかにつけてスピカを触ろうとしていることに、さすがに人間関係が希薄過ぎたスピカにだってなにかあることくらいは気付いている。
「まあ……ルヴィリエを助けられたら、言うわ」
「それ止めよう? そういう約束って、あんまりよくない気がする」
「だって、その約束守るために必死になるだろ」
「……そうだね」
ふたりで手を振って寮に帰っていく。
決起は四日後。
それから先のことは、全部が終わってからだ。




