一時停戦
スカトが怯んでいたところで、ズベンの後ろでぼんやりとしているシェラタンは、こちらに向かってくる足音のほうを眺める。
「うーん……」
彼は間延びした声を上げたと思ったら、いきなり自身のカードフォルダーを取り出した。
途端に、辺りに薄い膜が放出される……シェラタンのゾーンが展開されたのだ。
シェラタンの展開したゾーンは、まるで体育館のようなだだっ広くて、床がつるつると光る空間だった。窓はないし、戸は閉まりっぱなしで息苦しい感覚はするが、少なくとも【世界】の気配からは遠ざかることができた。
それには友達のズベンも聞かされていなかったらしく、「ちょっと、シェラタン!?」とズベンも慌てている。
それにはスカトも困惑していた。
「あ、あの? 僕は帰りたいんですけど……」
「今、そっちに【世界】がいるから……危ないよ……?」
「え……?」
シェラタンがのんびりとした口調で答えるので、スカトは呆気に取られる。
(ズベン先輩はしょっちゅう突っかかって来るけど……そういえばシェラタン先輩は一度もアルカナ集めに積極的に参加してなかったな……ズベン先輩とは違うのか?)
スカトが困惑しながらも考え込んでいる中、ズベンはポカポカポカとシェラタンの胸板を叩いている。
「もう! もう! 【世界】ちゃんにちょっといいとこ見せる絶好の機会なのに、どうして閉じ込めるの、馬鹿ぁー!!」
「でも……ズベン、あの人は、危ないと、思うよ……?」
「そこがいいんじゃない! そういう危うい【世界】ちゃんがかわゆいんじゃない! ああん、もう馬鹿ぁ~!!」
あまりにも噛み合わないズベンとシェラタンの会話に、スカトは困り果てたままだったが、少なくともズベンよりはシェラタンのほうが話がわかるらしいと判断して「あの……」とシェラタンに声をかけると、彼は自分より背の低いズベンを盾にする。
(……人見知りなのか? そういえばこの人、僕たちに声をかけたことは一度もなかったな……)
ズベンを挟んでいるのがシュールではあるが、ひとまずスカトはシェラタンに頭を下げる。
「……助けてくれて、ありがとうございます。しかし、どうして先輩たちは、アルカナ集めに参加してらっしゃるんですか? あの人たちが話を聞いてくれるかどうか、わからないのに……」
「わ、たしも……そう思う……ただ、ズベンが【世界】好きだから……」
「もーう! 好きになっちゃったんだからしょうがないでしょ!? そこでどうして【世界】ちゃんを悪く言われなきゃなんないのぉ~!!」
ズベンは子供のように、羽を出してパタパタと飛び、足をじたばたとさせて駄々をこねる。スカートの中身が見えぬよう、そっと視線を伏せながら、スカトはシェラタンに声をかける。
「……ズベン先輩の理屈は全然わからないですけど、まあわかったことにしておいて。ならシェラタン先輩は? アルカナ集めに参加は……してないですよね? 実際に偽装アルカナで生徒会執行部も困ってる訳なんですけど」
「え……君、もしかして、生徒会執行部に入ったの?」
シェラタンは先程までののんびりとした口調から一転、顔を強張らせる。それにスカトは「あれ?」と内心思う。
「あのう……シェラタン先輩……?」
「それは……駄目……ズベンは、いい子だよ? たしかにすぐに下ネタ言うけど……いい子だから……捕まえないで……」
「ちょっとぉ! ズベンちゃんに勝てないからって、権力持つとかいい度胸じゃんよぉ」
「訳がわかりません。そもそも僕たちは何度もズベン先輩を撃退していますし、現在進行形で捕まってるのは僕のほうです」
「にゃにを~?」
どうにも、このふたりは生徒会執行部を苦手視しているようだった。
スカトは困りつつも、一応は口を開く。
「……僕は別に、生徒会執行部に入ったからと言って、先輩たちを補導する責務はないですし、その辺りは先輩たちに聞いてください」
「ふうん……まあ、下っ端にそんな権限はないと思うけどぉ……つうか、下っ端とはいえど生徒会執行部に入っておきながら、なんで【世界】ちゃんから逃げてたのよ?」
それにどう言ったものかと、考え込む。スカトはそもそも生徒会執行部のやり方に賛同している訳ではない。
生徒会執行部自体は、学園内の秩序を優先したいようだが、実際は五貴人の指示のほうが優先順位が上のようだった。
そういえば。ズベンは【世界】に関しては恋しているようだが、他の五貴人に関してはどう思っているのだろうか。
そこまで考えてから、ようやく口を開いた。
「……僕は【世界】から逃げていたというよりも。五貴人の区画への侵入経路を探していたら、見つかりかけたので逃げました」
「五貴人の区画……?」
途端にズベンの猫のような瞳が、一瞬ギラリと光る。
それに内心スカトはほっとひと息つく。
(やっぱり……アレスの言動を見ていたら、平民は貴族に対する嫌悪感がひどい。それが五貴人に対してだったら、なおのことだ)
そう思いながら、スカトは慎重に言葉を選んで口にした。
「友達が、舞踏会の日からこっち、五貴人の区画に連れさらわれたから、助けたいんです」
「ふうん……それで侵入経路って、もうめどがついたの?」
「一応は確認できました」
ズベンがしばし黙り込む中、シェラタンは不安そうに髪を揺らした。
「ズベン?」
「……新入生どもだったら、五貴人に勝てる訳ないでしょう? あんたたち、搦め手しか使えないのに、そもそもゾーン内に引きこもられたら最強の奴らを四人も相手にするなんて、無理無理無理無理。だから」
ズベンがポンッと胸を叩いた。
「ズベンちゃん、ついてってあげようか? 言っとくけど、あんたたちの友達助けるまでだから。そこから先はズベンちゃんも知らなーい」
「えっ? ズベン先輩……そりゃありがたい話ですけど、でもどういう風の吹き回しで……?」
あれだけ【世界】が好きを連呼していたズベンからの発言で、ただただスカトは困惑する。しかしズベンは「ふんっ」と鼻息を立てる。
「ズベンちゃん、あんなとこに【世界】ちゃんがいてもよくないって思うしぃ。傲慢ちきな女どもに、訳のわからん太鼓持ちに、そもそも【世界】ちゃん嫌いな奴しかいないしぃ。だから【世界】ちゃんをあの区画から連れ出したいって前々から思ってたから。ほら、シェラタンも行くよっ」
「え……で、でも……五貴人の区画? 危ないよ、やめとこうよ。わたしたちだけじゃ……どうにもならないよ?」
「だってこいつら、革命組織と友達なんでしょう? 戦力はそいつらからもらえばいいじゃん。ズベンちゃんは、こいつらを友達のとこまで送り届けるまでだしぃ」
話の急展開に、スカトは目を白黒とさせる。
「そりゃ……本当にありがたいんですけど……」
「それにぃ……正当防衛だったら、いくらだってあの傲慢ちきたちをぶん殴れるじゃない」
そう獰猛な笑みを浮かべて、ズベンは笑った。
スカトは脳裏に、タニアの圧倒的なオーラと、全く顔を思い出せないが、じめじめとした陰鬱なオーラを醸し出すルーナのことが過ぎった。
(あの人たちに、どれだけ不満があるんだろう……)
ともあれ、ズベンの能力についてはいろいろと不備があるものの、ゾーン使いであるシェラタンが仲間になったことは心強く思った。
「よろしくお願いします」
そう頭を下げたのだった。
****
昼食時に、ようやくスピカとアレスは、スカトと再会することができた。
その最中、スカトがなぜかズベンとシェラタンを連れてきたことには当然ながらぎょっとしたが、シェラタンのゾーン内で作戦会議ができたことだけは、僥倖だった。
「ええ……どうして、ズベン先輩とシェラタン先輩が……?」
何度もやり合った上に、下僕化されたこともあるアレスは心底嫌そうな顔をしたが、ズベンは全く気にすることもなく、腰に手を当て胸を張る。
「敵の敵は味方って考えられる程度には、ズベンちゃんも寛大なのさっ」
「敵の敵って……もしかしなくっても、五貴人っすか?」
「【世界】ちゃんをあいつらから助けるのぉ」
「えー……」
ひとまず、スピカとアレスは、ユダから聞いた五貴人の話を、スカトは執務室の隠し階段をアルカナカードから情報を抜いて見せることで、情報交換をする。
【世界】の持つ能力を聞いたら、考えが変わるんだろうか。そうひやひやしたものだが、それを聞いた途端に、ズベンはあっさりと言った。
「そんなに魔力大量放出してたら、【世界】ちゃん死んじゃうじゃない。いくらあいつらの内の誰かが魔力を回復できるからって、ずっと回復し続けられる訳じゃないでしょ。だって学園内全土に、ずっとゾーンを張り続けて情報を引っこ抜き続けてるのよ? そんなのをさせ続ける国も生徒会長も五貴人も、どうかしてると思うわ」
「ズベン先輩、【世界】がアルカナの能力を剥奪したり、勝手に付け替えたりすることについては……」
「そんなの引き剥がすほうも、付けるほうも魔力量かなり使わない? この世界の魔力枯渇問題って、ズベンちゃん今どうなってるのか知んないけど、足りない足りない中で切り貼りに魔力使ってたら、普通に足りなくなると思うのよ」
ズベンが【世界】に対して贔屓が過ぎるとは言えども、たしかにその視点は重要だった。
そもそも、国を乗っ取った上で現状維持のために、【世界】の所持者が権力者たちに使い潰されているのが諸悪の根源なのだから。
そしてズベンが「それよりぃ」とスピカのほうを振り返った。
「あーたはどうなのよ。そもそも最後の能力、使えんの?」
「わ、私もまだ、魔力足りなくって……わからんないです」
「ふぅーん……。まっ、ここで四の五の言ってても仕方ないか。どっちみち、今すぐに五貴人の区画に行くってのもできないでしょう? さすがに生徒会執行部の奴ら相手にするのはズベンちゃんも嫌過ぎるしぃー」
「あ、そういえばそうだ。スカト、お前執務室が留守になる日付とかってわかんないのか?」
「一応は」
アレスに促され、スカトは生徒会執行部の見回りの交代日や生徒会長が執務する時間帯までを、手帳に書き込んでいたのでそれを皆に見せる。
「この辺りは、革命組織の連中も巻き込んだほうがいいかもねえ」
「うん」
ルヴィリエを取り戻す。
それが、今ここにいる皆の共通の目的だ。
(……ルヴィリエ。あの人たちにいいように使われてない? ちゃんとご飯食べられてる? つらくない? 怖くない?)
心配で震えているスピカの手が、そっと握られた。振り返ると、アレスはスカトと話し込みながらも、震える彼女の手を握っていたのだ。
冷たくなっていた掌が、子供体温のアレスのものを受けて温かくなる。
今は──大丈夫だ。
【塔】
・ゾーンの展開
・ゾーンに入ったアルカナカードにアルカナカード同士のコンタクトを取ることを禁じる
・火の使役




