アルカナカードの秘密・3
「まあ、あなた方のアルカナでは、まず間違いなく五貴人には勝てません。お友達を奪還したくば、一度は革命組織にひと声かけてから行くことをお勧めします。彼らはあなた方を無下にすることはしないでしょう……あちらも、五貴人に対して思うところはあるでしょうしね」
「それって……アルカナに敷かれたヒエラルキーのせいですか?」
「どちらかというと、私怨ですね。カウスさんは騎士の爵位を奪われた家系ですし……なによりもアルさんからしてみれば、五貴人陥落は願ってもないことでしょう」
「アル先輩ですか……」
陰鬱三銃士……とあいかわらず失礼過ぎることを思うスピカ。
ぐちゃぐちゃ言っているアルは、おっとりとしていて優しいアセルスと行動を共にしている印象が強く、まさかここに来て彼の名前を聞くとは思っていなかった。
「あの方、旧王家の出ですよ。【死神】のアルカナを持っているということは、まあそういうことです」
「はあ!?」
「ええ!?」
「【死神】は黄昏の日以降、神が死んだから、代わりに魔力枯渇で滅びかけた世界を治めるという意味です。【世界】に国を乗っ取られるまでは、彼らが音頭を取って、魔力を節約しながら、魔法学者たちを総動員させながら、この国の運営をなんとか軌道に乗せていました」
あの陰鬱で、やたらめったら口うるさい人物を頭に浮かべ、スピカは頭を抱えていた。
(陰鬱三銃士、それぞれが陰鬱度合いが違うだけで、強過ぎないかな……ゾーン持ちに、アルカナカードの開発者家系に、旧王家って……なんかもう、これだけいて、逆にどうして今まで【世界】をどうこうできなかったんだろうって話……まあ、私が今まで巻き込まれてなかったのは、カウス先輩があれこれ周りに声をかけてくれていたおかげなんだろうけど)
ひとり頭を抱えるスピカをよそに、アレスが口を開いた。
「まあ、うちのダチのひとりが、あちらにいいように使われてるんで、こっちにも手助けしてくれなきゃ割に合わないっす。あいつ孤立無援状態なのに」
「使われ?」
「……生徒会執行部で、諜報活動中っす。あいつも五貴人に捕まって、いいように利用されてないといいけど」
【隠者】のアルカナは、本来は諜報活動用であり、戦いには不得手だ。彼の腕っ節が強いから今までどうにかなっていたが、ルーナのような精神的拷問のゾーン使いに捕まって屈服させられるまで中に入れられたら、どうなるのか。快活な性格のルヴィリエすら、ほぼ別人の人形状態になっているのだから、いくらメンタル健全なスカトであってもどう作用するかがわからない。
それにユダは言う。
「まあ……強いゾーンというものは、強ければ強いほど、外面は弱いものです。同じフィールドで戦うって発想はお止めなさい。だから外に助けを求めろと言っているんですから」
新入生だけでは、五貴人は倒せない。
倒せないまでも、ルヴィリエの奪還すらかなわない。それが歯がゆくて仕方がないが、自分たちが弱いのが事実なのだから、生きていればそれで勝ちのはずだ。
****
生徒会執行部のローテーションは、だいたい決まっている。
授業中に交代ごうたいで公休を取って、見回り。偽装アルカナの容疑や通知を受けた生徒の確保に当たる。時にはあまりにも戦力差のある戦いも、どちらかに加勢することで停止に持ち込む。
この学園自体は治外法権ではあるが、生徒会執行部にも倫理は存在している。
貴族的な平民は地べたで這いずり回っていろという高圧的なものではなく、授業を受けろ、卒業するまでに必要な知識を持ち帰れという、極めて真っ当なものであった。
「一攫千金って聞こえはいいですけど、それって運任せじゃないですかぁ……」
後輩ができてうきうきしているイブは、見回りの際にもなにかにつけてスカトに声をかけてくれる。生徒会執行部にかかわらないときには、いきなりアルカナを使って攻撃してくるやばい先輩ではあるが、生徒会執行部の中にいるときは、比較的性格のいい人だ。
「あんまり運って過信しないほうがいいと思うんですよぉ。もちろん、向き不向きはあります。折角学園アルカナにいるときは、身分をそこまで気にする必要はないんですから、その間に持ち帰れるものを持ち帰ってほしいのが、学園側の意向です。だって学園アルカナを卒業したっていうだけで、既に箔が付くんですから。やってたことがギャンブルだけだったら、さすがに意味がなくないですか?」
「まあ……そうですね」
それにはスカトはなんとも言えなかったのだ。
彼らが真っ当であればあるほど、どうしてそれを【運命の輪】であるスピカにも公平な目を向けてくれないんだという気持ちが募るからだ。
たしかに彼女はお世辞にも素直ないい子という、生徒会執行部の面々のような人物ではない。どちらかというと、退学していった【恋人たち】のエルメスとレダカップルや、【悪魔】のズベンみたいな、その場その場をどうにか生きているという一種の享楽主義者の面が強いが。友達にすら自身のアルカナに嘘をついていた彼女のことを思えば、今を生きるのに必死過ぎて、嘘をつくことに罪悪感を覚えるより先に、生への渇望が強かったのだろうと思わずにはいられない。
ふたりで見回りをぐるんとしてから、生徒会の使っている執務室で日誌を書いて、他の見回り当番に回してから終わりだ。生徒会執行部は、会長副会長はもちろんのこと、それぞれの学年からそれなりに生徒が選出されているが、全員が貴族であることだけが気がかりだった。
日誌を書きつつ、「それじゃ教室に戻りましょうか」というイブに、スカトは咄嗟に後ろ手でペンを床に転がした。
「すみません、ちょっと筆記用具落としたみたいで! 僕は探してから戻りますんで、イブ先輩は先に戻ってください!」
「えー……手伝いましょうかぁ?」
「大丈夫です! 先輩も授業がありますし! 僕の場合は、最悪遅刻してもかまいませんし!」
「えー……やっぱり悪いから手伝いますぅ……」
「ス、スカートの中、見えてしまったら、申し訳ないので……!!」
それに思わずイブはぱっとスカートを後ろ手で抑えて、後ずさりする。
「う、うん。そういうのはよくないですね。わかりました。終わったらちゃんと帰るんですよぉー?」
「ありがとうございます! お疲れ様です!」
「はあい」
イブが教室に戻っていったのに心底ほっとしてから、スカトは息を吐いた。制服の下のカードフォルダーを意識しつつ、生徒会執行部の部屋を改めて見る。
(昨日は本棚の一段目までは確認できたけど……次は二段目だな)
この執務室のどこかにあるはずの、五貴人の区画への出入り口。試しに並んでいる机の引き出しという引き出しを確認したが、出入り口は確認できなかった。念のため、床板や壁を叩き続けて……スカトは力が強いものだから、できる限り力を殺さなかったら、音で驚いた生徒会執行部の面々が寄ってくるので、必死で力を殺す必要があった……オシリスの使っている会長席の床板だけ音がおかしいことに気が付いた。
だから、オシリスがいない間に、床板の秘密を解かなければならなかった。
(普通に考えたらオシリス先輩のアルカナカードが出入り口の鍵って可能性だけれど……でも生徒会長は歴代の五貴人とも渡り合える面子でなければ務まらなかったはずだ。それに個人によって違うものを鍵にすることはないだろう……だとしたら、仕掛けを開ける方法があるのか)
そんな訳で、どうにかして床板を開ける起動ボタンがないかどうかを、ずっと探しているのだった。念のためスカトの成果は、彼のアルカナカードに保存はしている。だからいざというときは、アレスやスピカに自身のカードフォルダーを引き渡せばいい。
なによりも気がかりなのは、今日は生徒会執行部に姿を見せないルヴィリエの存在だった。
(ルヴィリエ……今大丈夫なのか? 五貴人の人たちに、またなにかやられていたら……僕は……)
そう思いながら、本棚の二段目の書類を一端どけ、その本棚の側面や壁をペタペタと触っていた中。一段目と二段目を繋げる側面が、わずかに「カタン」と音を立てた。
その途端に。オシリスの机の床が大きな音を立てた。スカトはそれに息を飲んだ。
本当だったら、すぐにでも助けに行きたい。五貴人の区画に乗り込んでいって、彼女の手を引いて逃げ出したい。だが。
自身の弱さとなによりも。虚無の瞳をしているルヴィリエを知っている……自分がもし捕まれば、必ずスピカとアレスをおびき寄せる餌になるのがわかっている。スカトは歯を食いしばってもう一度起動ボタンを教えて元に戻すと、本棚を元に戻してから、教室に戻ろうとした、そのときだった。
「あれ? オシリスは今いないと思っていたんだけど」
「…………っ!!」
その声は舞踏会で聞いた覚えのある声だった。
【世界】。教会の教義の中で語られる天使のような声。のんびりとした声は、あれだけ禍々しいアルカナ集めを提案したり、【運命の輪】、【戦車】、【死神】を駆逐するよう指示をしたりするような人物のものとは思えないが。残念ながらそれが事実だということを、スカトは身をもって知っている。
彼に自分の顔を割られているかはスカトも知らないが、隠し通路を割り出した以上、なにをされるかがわかったもんじゃない。
(……逃げないと)
開いた階段から音が響く。そこからつるりと光った金髪が見える。そのままスカトは急いで執務室を飛び出していった。
(カウスさん……! デネボラさん……! 誰でもいいから、早く……!!)
そのまま走って行った先で。角でドシンと誰かにぶつかった。
「あれぇ? 新入生? ラッキー。ひとりじゃん」
「げっ……」
そこにいたのは、ズベンとシェラタンであった。
(この人たちは、偽装アルカナじゃない……アルカナ集めに未だに付き合っている……そもそもこの人たちは【世界】のファンだから……まずい、おしまいだ)
スカトはぎゅっと制服の上からカードフォルダーを掴んだ。
これだけは、スピカとアレスのふたりに渡さなければならないものだ。




