偽りのアルカナ・4
カウスの言葉に、スピカたち新入生が黙り込む中、気遣ったようにやんわりとアセルスが声をかける。
「普段支配者階層なんて言うと抵抗感が強いと思います。ただ、国の政治を扱っている方々だと思ってくださいませ。そして、革命というともっと仰々しいイメージがございますが、間違っていることに異議を唱えることだと考えればよろしいでしょう? お金を払っている店舗の商品の品が悪くなったら、店主に『品が悪くなったね』と申すのと同じです」
「ふん、その異議申し立てがなかなか通らないから、【世界】在学中の今のうちにあれをやり込めることにしたのであろう」
アルの言葉に、アセルスが「もう、アルさん!」と咎めるのを耳にしながら、カウスは淡々と「続けるぞ、ガキ共」とひと言添えてから、ホワイトボードの文字を更新しはじめた。
【五貴人のアルカナ
辺境伯:【星】
予知能力者
公娼:【月】
精神的拷問
公爵:【太陽】
五貴人でほぼ唯一の直接的戦闘能力者
神官長:【審判】
五貴人でほぼ唯一の回復能力者
王族:【世界】
情報収集の万能さに加え、なにかを隠し持っている】
その書き込みに、スピカは「あれ」と言った。
「大アルカナって、全部で三種類の能力を持っていますよね? それに全員ゾーン使いって……」
「あいつらに直接関与した人間で、五体満足で帰ってきた人間なんてほとんどいやしねえよ。現にお前らのダチである【正義】のガキも心を壊されているじゃねえか。だからこれも、あいつらに関わった人間から探りを入れた推論に過ぎねえ」
それにスピカは押し黙る。あれだけ明るく振る舞っていたルヴィリエの顔や口調からどんどん温度が奪われるのを見てしまったからだ。
(いったい……なにをされたらそこまでルヴィリエは……)
スピカが考え込む中、スカトがカウスに「カウスさん質問いいですか?」と手を挙げるので、「なんだ」と問われたので口を開く。
「でも、ルヴィリエの持つ能力がそれだけ欲しいって……」
「あくまで推論だがな。【世界】がさっさと【運命の輪】を仕留めるために、【月】の能力を強化しようとしたんだろうよ。【月】の予知は絶対に外さねえが、三分先の未来までしか予知をすることができねえ」
「三分先じゃ、たしかに殴り合いの上で絶対成功は強いですね……」
「あのなあ、スカト。皆が皆、お前みたいな脳筋ではないの。おわかり? 普通の人間じゃ三分後のことだけ完全に予知できても、意味はあんまりねえよ。でも、【月】と【正義】の相性がいいって?」
アレスの疑問に、スピカも首を捻る。
そもそも彼女のアルカナを目の前で見ていたスピカからしてみたら、彼女の戦闘スタイルは三分後の予知で機能したら強いかどうか測りかねるのだ。
それに、アルは唸り声のような声を上げる。
「……【正義】は三日後以内の預言をすることができよう。そちらはあの娘の力で助けられた覚えはないのかえ?」
「え……?」
「特にその娘。そちは【運命の輪】であろう。あの娘に本当に助けられた覚えはないかや?」
アレスとスカトにまで見つめられ、スピカは考え込む。
思えばルヴィリエは三人の肩をしょっちゅう叩いたり抱き着いたりと、やたらとスキンシップが激しかった。そういう性格なのかと思っていたが、よくよく考えれば、ルヴィリエは貴族教育を受けていた娘だ。果たして平民みたいにそこまで激しいスキンシップはするもんなんだろうか。
(そういえば。ルヴィリエはいつもいつも口酸っぱく『危ないことしないで』『バイトは辞めよう』って言ってた……てっきり心配性だったり、過保護だったりしたのかなと思ってたけど……でもナブー先輩の元でバイトしてたときはそこまで過保護にされた覚えはないし……私のこと、預言してたの?)
「ええ? ルヴィリエがそんな預言能力持ちじゃ、なんでタニア先輩やルーナ先輩に捕まるって預言できなかったんすか? 逃げりゃよかったでしょ……」
「あくまで推測だが。【正義】の預言は【月】ほど精密じゃない上に、自分自身の預言は読めない。これ以上は【正義】のガキに直接聞け」
アレスの疑問をカウスがきっぱりと切り捨て、アレスは唇を尖らせながらも「はーい」と肩を竦めた。
スピカは「いろいろ教えてくださりありがとうございます……?」とまだ納得してないながらも頭を下げる。
「でも、【世界】が焦ってるのと、どうしたら革命組織の革命が成されるのかが、わかんないんですけど……あと、偽装アルカナの出回りと、これらの話がどう繋がってるのかも」
「【世界】が【運命の輪】をし損じるのに躍起になっているのは、おそらくは【世界】の持つ能力が割れた場合、この国の根幹が揺らぐからであろう」
「え……?」
アルの言葉にスピカは訳がわからないまま、口を開ける。
「わ、私。本当に全然、大した力持ってないですよ? 偽装とか秘匿とか、そんなんばっかりですし、最後の力も魔力量が足りなさ過ぎて使えないです」
スピカが必死に首をぶんぶん振ると、ストロベリーブロンドの髪がぷるぷると揺れる。
その中でカウスが、肘を突きながら言う。
「魔力の貸し借りくらい、いざとなったらデネボラに頼れ。だが、もしお前が最後の力を発動させるんだったら、先に【世界】の全能力を割ってからにしろ」
「【世界】の、全能力をですか……」
今のところ、彼がゾーン使いだということ以外なにもわかっていない。
スピカの反芻する言葉に、カウスは大きく頷いた。
「この学園にいる間は治外法権だから、ありとあらゆる国の法律が無効化される代わりに、冤罪をかぶせられて捕まる心配もねえ。おそらくこの治外法権の使い道は、五貴人や【世界】にとって都合の悪い人間たちを屠るのにちょうどよかったんだろうが、裏を返せば【世界】をこちらが屠っても、不敬罪にかけられる心配もあるまい。【世界】が卒業すればあれは国王に就任する。そうなってはもうこちらが付け入る隙は当然ねえし、次に【世界】が入学する機会まで潜伏するしかなくなる。今【世界】がいる内に、あれのアルカナの情報を全部抜いて公表する。それでこの国は変わる」
正直、スピカからしてみれば、話が壮大過ぎて上手く飲み込めない。
偽装アルカナやルヴィリエの連れ去りの一件が、まさかこんなに大きく風呂敷を広げられる自体になるなんて、全く考えてもいなかったのだ。
それにデネボラは「男共はそう言うけどねえ」と肘を突いて答える。
「あたしたち、【世界】に限らず五貴人の情報をちっとも抜けてやしないのさ。五貴人と関係の深い生徒会執行部の面子を引っ捕まえて情報を吐かせたいけど、あの子たちは割と清廉潔白過ぎて、本気で五貴人の情報を知らないみたいだしねえ……偽装アルカナの連中も、偽装アルカナ入手方法を絶対に割らないし」
「唯一五貴人と直接面識のできる会長もあれじゃあな」
最終的にカウスとデネボラの愚痴を聞かされてから、ゾーンを解除された。
そのまま立ち去る前に、カウスが最後に「スカト」と呼び出した。
カウスにひと言ふた言なにかを言われたあと、彼は一瞬固まったが、背筋を伸ばした。
「僕でできることなら」
「本当はガキを使いっ走りにするのは、俺は好かんよ。ただ、四の五の言ってられねえのもまた事実だ。すぐにとは言わねえよ」
「はいっ」
そのまんまカウスが手をひらひらと振って、他の面々と立ち去っていくのを、皆で見送った。
アレスは「おーい」とスカトに言う。
「なに言われたのか知らねえけど、お前まさか革命組織に入隊するとか言わねえだろうな?」
「革命組織に所属するのは、入隊になるのか? 入団……入部……」
「いや、俺も知んねえけど。あの人たちはいい人たちだけどさ、でもそれ以上やったらマジであれこれあっててもお目こぼしもらってるのに、いよいよ生徒会執行部に目を付けられるから辞めとけよ」
「……そんなことはわかってる」
ふたりのやり取りを聞きつつ、スピカは自身の掌を見つめていた。
(私にとっては無意味だって思っている【運命の輪】の力が……【世界】にとっては困る力なのだとしたら……【世界】の力を全部知ってから私が力を行使したら……もしかして、もう【運命の輪】が逃げ隠れして生活する生活から解放される? 学園内のことって言われたらそれまでだけれど……それでも、学園の中だけでものびのびと生活できるようになる? それに……)
今まで助けてくれていたアレスやルヴィリエ、スカトと普通に学園生活を送って、普通に卒業できれば。
学園アルカナの卒業生という箔が付けば、卒業後の生活も平民とはいえ悪い方向には転がらない。
スピカはぎゅっと手を握った。
(頑張ろう……本当にどうしようもなかったらデネボラ先輩に力を貸してもらうにしても、まずは私の力で、最後の力が使えるように魔力量を増やそう。それから……五貴人からルヴィリエを取り戻す。まだどうやって取り戻せばいいのかまでわからないけど。絶対に方法はあるはずだ)
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【正義】
・剣と天秤の召喚。
・アルカナカードを二枚指定し、その攻撃を入れ替える。
・三日以内の預言。ただし内容は変えようと思えば変えられる上に所持者の預言は不可能。預言内容は肩を叩いた相手のものを、肩を叩いた時間から三日以内とする。再び同じ対象の預言を行う場合は、再び肩を叩いて三日以内を預言しなおさないといけない




