偽りのアルカナ・1
「なるほど……ガキがひとり、五貴人に捕らえられたと」
「というより、これは最初から洗脳を受けてあの子たちに近付いたってのが正しいみたいだねえ」
町の路地裏。スピカとアレスが迷い込んだ場所とはまた違う路地に、革命組織の隠れ家ができていた。
その中でカウスはごろんとソファに転がって話を聞いていた。
隣に立っていたデネボラは溜息をつく。
「それだけ伝えに、あんたがわざわざここに来たのかい?」
目の前のナブーはくるくると杖を回す。
「いえいえ。この話を教えてくださったのは、ユダさんからなんですよ」
「ユダが?」
カウスがピクンと眉を跳ねさせる。
「珍しいね、あれが誰かの話をまともに聞くことなんてまずないのに。アルがずっとスカウトしたがってるのに、全部無視していたのにさ」
「ええ……フロイラインを気に入っていたようで。それでは、友人の伝言はたしかに伝えましたのでこの辺で」
「おう、帰れ帰れ」
ナブーは緩やかな足取りで立ち去っていく中、カウスとデネボラは顔を見合わせた。
カウスは長い髪を面倒くさげに引っ掻く。
「しかし……ガキをさらったということは、よりによって【星】か【月】のいずれか……いや、どちらも、かもしれねえのか。話を聞いている限り、現状証拠だけならガキを壊したのは【星】だが……あれのゾーンは厄介だろ」
「あんたが弱気なこと言ってどうすんだい。それに、ゾーンなんてどれもこれもおんなじだろうが」
「言うなあ、デネボラ」
デネボラがニヤリと笑い、カウスも同じように返す。
「ゾーンなんて、全部外から簡単に壊せるんだから」
アルがこの場にいたらまず間違いなく「それはそちらだけであろうよ。このたわけが」とつっこんでいただろうが、あいにく今は席を外していた。
ゾーンの中に一度入ってしまったら、抜け出すのには苦労する。だが、外側からのアルカナを使った物理には脆い。
大アルカナには弱いカードは一枚もない。
あるのは純然たる相性と、交渉能力、観察力、直感。
手数をどれだけ増やせるかが、勝敗の鍵となる。
もっとも。
それらを全て支えるのは己の魔力なのだから、魔力があるのとないのとだったら、あったほうが有利なのは事実であったが。
****
スピカは次の授業に移動中、廊下でスカトに出会えた。スカトはほっとした様子でスピカに近付く。
「よかった……今は無事だな?」
「心配性だな。大丈夫だよ、今のところは。昨日の今日だから、生徒会執行部もピリピリしているみたいだし、いきなり廊下で奇襲はないと思う」
「そうか……放課後はどうするんだ?」
「うーん。一旦ルヴィリエのことを相談に行きたいんだけど、カウス先輩たちって隠れ家にいるのかなあ?」
「あの人たちは定期的に隠れ家の場所を変えているし、生徒会執行部にも何回も襲撃を受けているらしいから、また変えてると思うぞ」
「なら結構頑張って探さないといけない感じだね」
ふたりでそう話している中。
突然スカトがスピカを突き飛ばした。スピカはごろんと転がる。
「ちょっと……いきなりなに!?」
「なんのつもりだ?」
日頃穏やかな言動のスカトが、獰猛な獣のような唸り声を上げる。
そこにはバサリバサリと悪魔の羽を生やした少女がこちらを見下ろしていた。手からは火の玉を出している。
明らかに【悪魔】の所持者だった。
スピカは自分が立っていた場所を見て、ぞっとした。つるんと光っているはずの廊下が、黒く焦げて煤けたにおいを放っている。
「アルカナが必要なの。もう半分集めた人だっているんでしょう? 今だったら黒焦げにしないであげるから」
「断る! そもそも危ないだろう!? いきなり火の玉なんて」
名前の知らぬ少女は顔すら見たことないから、同学年ではない。だとしたら、他学年だ。彼女は次から次へと火の玉を投げつけてきた。
その闇雲さに、スカトは慌ててスピカの腕を掴んで逃げる。
「あ、あのさ……! あの人、おかしくない!?」
「たしかに生徒会執行部が目を光らせている中で、火の玉をぶん投げてくるのはおかしいな!」
「そうじゃなくって! あの人、私たちに奇襲してきたんだよ!? アレスのときみたいに、さっさと下僕にしてカード出せってすれば終わったじゃない! 空飛んで火の玉投げてのほうが、魔力の燃費が悪いよ」
「……たしかに」
ふたりとも慌てて廊下にそびえたつ柱の裏側に隠れる。
廊下で暴れはじめた少女を見て、慌てて廊下を使おうとしていた生徒たちは階段のほうへと移動してしまった。階段を使って上階や下階から目的地に行ったほうが安全だと判断したのだろう。
スピカは【悪魔】の少女を見て、考え込んだ。
(あの人、ズベン先輩よりも【悪魔】の使い方がちぐはぐだ。あの人は魔力量の計算ができなかっただけで、火の玉はあくまで陽動に使ってて、攻撃手段ではなかった……さっさと下僕を増やしてアルカナを集めるって戦術を使っていた。そのほうが確実だし、奇襲受けたら避けられないのに。なんかこれ、前にナブー先輩のところでバイトしてたときに遭遇した【恋人たち】の使い手と同じで……全然自分の身の丈にアルカナが合ってなくない?)
隣でスカトは、眉を寄せて空飛ぶ少女が火の玉を投げまくっているのを見ている。
「ええっと……スカトは戦えるアルカナではないんだよね? でもあの人には拳は届かないよね……どうしよう。このまま教室まで逃げたいけど、今柱の外に出たら、火の玉投げられる」
「ない訳ではないんだが」
「えっ? 【隠者】って戦えるの?」
それは初耳だった。いつもいつも、スカトは相手がカードフォルダーを取り出す前に拳で沈めていたために、そもそも【隠者】は【運命の輪】と同じで戦う能力がないのだなとばかり思っていた。
スカトは神妙な顔で頷く。
「だけど、【悪魔】との相性が最悪なんだ」
スカトに説明を受け、それにスピカは「あー……」と納得した。
「たしかに【悪魔】との相性は悪いかも」
「だろう?」
「ならさあ」
スピカは自身のカードフォルダーを見せると、スカトは目を瞬かせた。
「このアルカナはどうかな?」
それにスカトはにやりと笑った。
「それだったら、いけなくもない」
「よしっ! 今はアレスいないし、私たちだけでなんとかしよう!」
「そうだな」
日頃からアレスにばかり頼りっきりな上に、今回もアレスが貸してくれなかったら、生徒会執行部が来るまで柱の裏で震えていないといけなかった。正直、彼らの人となりは悪い人ではないのはわかっていても、関わりたくないのが【運命の輪】心であった。
スピカはようやく柱から躍り出ると、カードフォルダーを見せる。自身の魔力がぶわり……とカードに向かって注がれていくのがわかる。
(普段アルカナの力を進んで使った覚えはなかったけれど、魔力を意図的に使うって、こんな感じなんだ)
そこからぶわりと風が巻き起こった。
アレスがコピーした【恋人たち】の能力だ。
『俺がコピーした力を、貸し出すことはできるよ。ただし、俺がコピーできるもので、相手にコピーした力を使うだけの魔力を持ってること、一回力を使ったらそれでおしまいって条件だから、使いどころが地味に難しいんだよな』
入学したてのときのスピカであったら、魔力量が足りず、風を使う前に倒れていただろうが、毎日の特訓のおかげで、どうにか一度だけの風なら引き出すことができた。
「風、受け取って、スカト……!!」
スピカが風を向けたのは少女にではない。
スカトにだ。スカトもまた、カードフォルダーを取り出す。
「了解……!!」
風を受け取ると、それをそのまんまスカトはカードフォルダーで受け止め、それを一気に少女に向かって射出する。
スピカでは一回だけの風を上手くコントロールすることができない。
スカトの反射だけだったら、そもそも火の玉に当たったら火傷する。
だからスピカの借りた風を、スカトにコントロールを預けることで、少女に攻撃することにしたのだ。
少女は風を受けて、そのまま吹き飛ばされる。開いた窓から飛ばされてしまったが、羽が生えて飛べるのだ。少なくとも死にはしない。
ふたりとも、「はぁー……」と息を吐いた。
「なんとかなったな」
「うんっ」
スカトとスピカは、パシンと互いに手を叩いた。
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【愚者】
・他アルカナカードの力のコピー(ただし相手のアルカナカードの力を特定しないといけない。【運命の輪】はコピー不可能)
・アルカナカードによる攻撃を一定量受けた場合、それを倍返しにする。
・アルカナカードを一枚指定し、自身のコピーした力を貸し与えることができる
【隠者】
・アルカナカードによる攻撃を一定量受けた場合、それを倍返しにする。
・×××
・×××




