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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
学園抗争編

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33/112

舞踏会の罠・2

 オーケストラが優雅な曲を奏でる。その中、スピカはアレスに手を引かれてやって来た。

 一応ダンスはルヴィリエから及第点をもらえたものの、スピカはこれで合っているのかどうかはわからない。


「あのさ、これで大丈夫なの?」

「合ってる合ってる。そもそもお前体重なさ過ぎだから、別に踏まれたところで痛くもなんともないから平気だって」

「失礼なっ!?」

「ええ、体重重い痛い踏むなって言えばいいところなの?」

「女子に体重の話を振ってはいけませんっ」


 相変わらず優雅でもなんでもない会話を繰り広げながら、ふたりは曲に合わせて踊る。手前で踊っているルヴィリエは、スカトの背中をつねり上げて、どうにか足を踏まれるのを回避している。

 あれだけ「下手」「痛い」「踏むな」を連呼していたスカトのダンスは、相変わらずガタガタだ。


「だから、スカトは足を出し過ぎなの。もうちょっと縮めて」

「こう、か?」

「そこから一回転……だから、足出し過ぎ。踏むってば」

「す、すまん」


 気持ちのいいくらいの下手さ加減で、悪い意味で注目の的と化していた。

 ダンスフロアには見知った顔がいくらかあった。

 エルメスとレダは、それぞれクリーム色のドレススーツとエンパイアドレスを着て、相変わらずふたりで世界を創り上げて、優雅に踊っている。そもそもエルメスは性格上パートナーに恥を掻かせる訳はなく、レダも彼に身を委ねて華麗なステップを踏んでいる。

 先日問題を起こしたズベンは、ミモレ丈のドレスで相方と踊っているようだ。相方はいったいどうやって調達したのかわからないが、白いドレススーツはよれよれだった。そもそも白は社交界デビューの子息子女が着るものだから、舞踏会では社交界デビューする予定じゃない者は着るはずはないのだが。ズベンのブンブンと振り回すダンスに、よたよたとついていっている。

 相変わらず革命組織の面々は会場のどこかに散らばっているらしく、ダンスフロアには出てきていないようだが。それと同時に眺めていてスピカは気付いた。


「……革命組織がいないのはわかるけれど、生徒会執行部の人たちもいなくない?」

「大方、あの人たちも外の警備なんだろうさ。外から来るのを気にしてるんだろうしさ」

「まあ……あの人たちの行動からしてそうなんだろうけど」


 アレスの回答に釈然としないものを感じている間に、一曲終わりそうだ。

 そろそろ離脱するか、秘匿するかを考えないといけないところで。

 オーケストラが新しい曲を演奏しようとするのを「少し待ってくれるかな」と声が止めた。

 その声は、入学式で聞き覚えがあった。

 この場にそぐわぬ白いカソックを着た、教義の中で描かれる天使をかたどったような美しい青年が、ダンスフロアの中央に立ったのだ。


「やあ、皆舞踏会を楽しんでくれているかな? 社交界デビューを控えている子たちはおめでとう。これを期に、無事に社交界で美しいダンスを披露してくれると嬉しい。平民の子たちは、学園を卒業したら一生体験できない貴重な時間を、心ゆくまで経験して欲しい。さて、本題に入ろうか」


 何者かと言わずとも、既に誰もかれもが、彼の正体をわかっていた。

【世界】。その本名すらわからずとも、彼の一挙一動に皆の視線が向く。彼の言葉のひとつひとつが、脳裏に刻み込まれて、鮮烈な記憶として格納される。こんなに印象深く覚えられる人間なんて、そうそういないんじゃないだろうかとスピカはぼんやりと考えた。

 ズベンは完全に顔をぽーっとさせて彼を見るのを、醒めきった顔で相方が見ているが、本人は気付いてはいないようだった。

 スピカだって、叔父にさんざん「【世界】と関わるな」と言われていなかったら、同じ反応をしていただろう。現にスピカは彼を見た途端に肌がチリチリとするのだ。

──この肌が粟立つ感覚は、恍惚なのか恐怖なのか、彼女にも判別が付かなかった。

 皆が彼に視線を向いている中、【世界】はにこりと笑った。


「まずは、アルカナ集めで既に八割のアルカナを集めきった者たちがいることを、ここに宣言しよう。おめでとう。順調に集められたね、あとひと息だから頑張って」

「え……」


 スピカの声が裏返るのがわかった。それにアレスが冷静になって彼女の手首を掴む。


「落ち着け。それはありえねえから」

「ど、どうしてそう言い切れるの……」

「アルカナ集めに積極的に参加している連中のほとんどは平民だ。貴族は放っておいても爵位があるんだから、わざわざ参加しない。そもそも五貴人とかみたいな稀少価値の高いアルカナを一発で判別して奪える訳ないだろ。ありゃ【運命の輪】をおびき寄せるための、他のアルカナ集めの参加者を焚き付けるための大嘘だよ」


 狙われている恐怖で一瞬頭が真っ白になったが、アレスの言葉は一貫して筋が通っている。冷静に考えたらその通りだった。

 アレスの持つ【愚者】や、スカトの持つ【隠者】のような比較的数の多い大アルカナだったらいざ知らず、【運命の輪】なんてスピカも実の叔父以外に見たことがなく、五貴人のアルカナに至ってはここに来るまで実在することすら知らなかった。

 たしかに、理論的に考えればその通りなのだ。

 こちらの会話を聞こえてか聞こえずか、【世界】は続ける。


「でもね、このままだと八割のままで終わってしまって、もったいないよね。そこで提案なんだけれど。珍しい大アルカナを発表するから、それらを一枚でも集められた人には、特別に残りのカードを集めるのを免除して、僕の元に願いを叶えに来てもかまわないよ?」


 その途端に、ザワリと会場の空気が変わった。


「今までは面倒くさくて参加してなかったけれど、たった一枚でいいの?」


 アルカナ集めに積極的でない平民だけでなく、享楽的な貴族たちすら興味を覚える。

 肌が粟立つのに、スピカは空いた手でぎゅっと自身を押さえつけるが、それにアレスは手に取っている手首を引いて、そのまま肩を抱いてくる。


「落ち着け。飲まれるな。あいつ、口から生まれてきたような奴だから、皆を口に乗せてこようとしているだけだよ……そういう奴なんだよ。王族って奴は」


 アレスが吐き捨てるようにそう言うのに、スピカのほうは落ち着いてきた。


「……アレスこそ、いちいち王侯貴族の物言いにキレてたら、体もたないよ?」

「あーあーあーあー、忠告ありがとって言えばいいところ?」

「そんな逆ギレしなくっても」

「してないですー」

「してますー」


 ふたりでギャーギャーと言い合いしているのをよそに、スカトはルヴィリエを見た。


「なんだか嫌な感じだな」

「うん……」

「大丈夫か? 君はあんまりアルカナ集めに巻き込まれずに済んでいたから」

「……私より、スピカの心配をしてあげてよ」

「君はいっつもそうだな」


 こちらもいつもの通りに会話が済みそうだったところで。

【世界】が高らかに宣言をした。


「【戦車】、【死神】、【運命の輪】……以上三枚を速やかに集められたら、残りのアルカナは免除しよう。既にこのアルカナはこの場に集っている。そして僕も処刑対象の【運命の輪】はいることはわかっていても、見つけることが困難なんだ。国のため、未来のために、皆の力を貸してくれるかな?」


 それに皆が困惑と混乱の声を上げた。


「ちょっと……【運命の輪】? 指名手配犯じゃない!」


 貴族令嬢たちから恐怖の声を上げられる。

 当然だ。生まれたときから【運命の輪】は処刑されなければならないと刷り込まれてきた者たちからしてみれば、彼らは善悪問わず、関わりたくない者になってしまっている。

 その嫌悪、侮蔑、恐怖、混乱は、講堂を膨れ上がって……今にも破裂しそうになっている。


「なにこれ……」


 とうとうスピカはしゃがみ込みそうになったが、先にアレスに腰を支えられて、どうにか立っていられた。


「落ち着けってば。お前はまだ割れちゃいねえ。それより、既に割れてる人たちがいるだろ」


 実際にこの混乱の中で、革命組織のほうに視線が集中している。

 彼らが学園内で行っている活動を知っていれば、彼らのアルカナカードは割れていてもおかしくはないのだ。

 特に。【死神】は五貴人ほどではないが稀少価値の高いアルカナだ。スピカも、学園内ではアル以外に【死神】の所持者を知らない。


「ど、どうしよう……革命組織の人たち、見つかっちゃったみたい……」

「カウス先輩たちだったら上手く切り抜けられるだろうけど……この混乱に乗じて逃げるか?」

「でも生徒会執行部は、外で警備しているんだよね? ここに今いないもん」

「ああ、そうだ……どうするよ?」


 ふたりでどうやってこの場を切り抜けようかと考えている中、とうとう誰かがアルカナを発動させた。


「とにかく! 革命組織を血祭りに上げたら、願いを叶えてもらえるんだな!?」


 混乱しながら炎が舞い上がるのが見えた。

 おそらくだが、ズベンと同じく【悪魔】だろう。火が燃え上がることで、とうとう膨れ上がった混乱が爆発し、一気にその場の面子は暴徒と化した。


「誰!? ドレスに火を付けたのは!」

 「どこだ、【死神】!? お前のしけた顔を出せ!」

  「【戦車】と【運命の輪】は!?」

「あの留年野郎には【力】が付いてるから無理! 【運命の輪】はどこにいるのか知らん!」


 もう皆好き勝手に動き回り、アルカナを発動させる。あちこちからかまいたちが飛んできて、水が巻き上がり、土塊が飛んでくる。外に出ることも叶わなければ、防衛することも叶わない。

 逃げたくても逃げられないし、抗議をしたくても、数が多過ぎてどこの誰のアルカナかがわからない。


「なによ、これ! もう滅茶苦茶じゃない!」


 ルヴィリエが悲鳴を上げる。当然だ。

 当事者であるはずの【運命の輪】を置き去りに、勝手に事態が悪化していくのだから。


「どうする? 逃げるにしても、外は生徒会執行部が抑え込んでるんだったら……」

「あー、もう仕方がねえ。この状況で本当にできんのかな」


 アレスが仕方がなさそうにカードフォルダーを取り出す。


「どうするの? まさか誰かのアルカナをコピーして無理矢理脱出するの?」

「どこの誰がどのアルカナか特定もできねえのにコピーなんかできる訳ないだろ。そうじゃなくって……」


 アレスが説明するより前に、その人は現れた。


「あら、ここにおりましたの。ルヴィリエ」

「……っ!」


 ルヴィリエが今まで見せたことのないような、引きつった顔をして固まった。


「……タニア様。ルーナ様」


 星のように全体が発光した美女に、この混乱の中見失いそうなほどに存在感の乏しい美少女。この対極の美のふたりが、新入生たちの前に唐突に現れたのだ。

 ルーナの呼ばれた少女が、興味なさそうな顔で新入生たちの顔を眺めた。


「この子たちの誰かが【運命の輪】なの?」


 彼女の言葉に、ルヴィリエだけでなく、スカトまで固まる。

 この場において、アルカナをはっきりと明かしていないのはひとりしかいない。

 スピカは肌が粟立つのをぎゅっと自身に爪を立てて誤魔化した。


(私……浮かれてたんだ。ここに来て、初めて大アルカナの友達ができた……ここに来て、初めて自分が嘘をついているっていう罪悪感から解放された……それでも、真実は追いかけてくるんだ……でも! それは、今でなくってもよかったはずなのに……!)


 スピカがふたりを睨み付ける中、スカトがかすかすに枯れた声で目前のふたりに問いかけた。


「それで、五貴人のおふたりがどのような要件でこちらに?」

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