舞踏会がはじまらない・1
それからのスピカは、毎日の忙しさの質が変わった。
朝と夜に魔法量を増やす特訓に加えて、魔力のコントロールの特訓もするようになった。
講師にそれとなく話を聞いてみたら「魔力量を増やす特訓と魔力のコントロール方法は基本的に同じ特訓でできる」と教えてくれた。
「基本的にアルカナカードに魔力を注ぎ込んで魔法を行使していますね? ですからそこに注ぎ込む特訓を行い続ければ、どれだけ注げばアルカナカードを必要最低限使えるかわかりますし、それの反復訓練で魔力量も増えます。筋肉も運動をすればするほど増えるでしょう? そえと同じです」
そう言われてから、スピカは自身の魔力をできるだけ指先にだけ集中するイメージで、アルカナカードを手元に引き寄せる訓練を行うようになった。
元々スピカの魔力量は、学園アルカナから捕捉されなければ小アルカナで貫き通せたほどには少ない。
でも彼女は毎日のように小アルカナに秘匿し続けないといけないくらいには、カードに魔力を注ぎ続けていた。
魔力量を増やすという大それたことではなく、コントロールをするということを意識していけば、前よりもアルカナカードを浮かせる時間が増えてきたのがわかる。
「そっかあ……必要最低限の魔力量って意識すれば、もうちょっとコントロールができたんだあ……」
そうスピカは言うものの。
自身どころか叔父のシュルマすら使ったことがない【運命の輪】の最後の力の使いどころがさっぱりわからなかった。
(この力が原因で【世界】から狙われているにしても、私も【世界】のことをよく知らないから、なにがそこまでまずいのか、わかんないんだよな……)
わからないために、この力を行使できるようにしなければならないという使命感も生まれなければ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとばかりに【世界】に近付いて探りを入れようとする気にもならない。
幼い頃から刷り込まれた危機管理能力が原因で、恐怖の根本である【世界】に近付くべきか、関わらないようにするべきか迷うのである。
理由は知りたいが、わざわざ危ないこともしたくない。悩ましいスピカであった。
そんな一日の日課をこなしつつ、休み時間にはルヴィリエからダンスの特訓を受けている。スピカだけでなく、平民でありダンスの心得が全くないアレスもだが、そもそも家と喧嘩しているのが原因でその手の会をボイコットし続けたスカトもであった。
「いったい! だから靴に鉄板を仕込まないでってば!」
中庭でダンスの特訓をしているのは、なにも新入生のスピカたちだけではない。
既にカップルが成立している先輩たちが仲睦まじく踊っていたり、社交界デビューが目前の先輩たちが緊張した面持ちで踊っていたりと様々だ。
そんな中でも、スカトのダンスのエスコートの下手さは目を見張った。ずっと特訓を付けているルヴィリエはそのたびに悲鳴を上げている。
たまりかねてスピカが交代するが、スカトの足から避けていたらステップが刻めず、結果的にぐだぐだになり、見ていた皆に「駄目だろ」と言われるさんざんな有り様だった。
スカトは「むー……」と唇を尖らせる。
「さすがに君たちをこれ以上怪我をさせる訳にもいかないから、靴に鉄板を仕込んでないぞ? 多分僕の体重だと思う」
「なお悪いわっ!? 人の足を砕く気なの? 舞踏会に参加して足が使い物にならなくなるなんてシャレにならないんですけど?」
「すまない……踏まないように気を遣ってはいるんだけれど」
「はあ……もうリードするの止めて、相手を踏まないことだけに集中して。それか相手にリードしてもらったほうがいいわよ。ここまで下手な人初めて見たもの」
ルヴィリエにそう言われて、スカトはしゅんとうな垂れていた。
スピカ自身もそこまでダンスは上手くないものの、スカトの後だったら誰でも上手く見えるという複雑なことになってしまっていた。
そして意外なことだが。
アレスはさっさとリズムを掴んで、周りを簡単にエスコートできるようになってしまった。
「……アレス、踊り上手いね? 私と同じで初めてだよねえ?」
「ん-、別にー? 普段から下町で踊ってたから、そのせいじゃねえの?」
「それって貴族のダンスじゃないよね?」
「祭りの季節になったら、皆でフォークダンスを踊ってたからなあ。多分その影響。そういうお前の地元はどうなんだよ? 祭りくらいはあっただろ」
「無茶言わないでよ。うちの家教会だよ? お祭りシーズンになったら忙し過ぎて遊びに行ける訳ないじゃない」
「あー……そっかそっか」
平民と貴族の祭りやダンスはなにかと違うが、同じようにダンスの振り付けを覚えて踊るというのは変わりがないようだった。
どうにか休み時間ギリギリまで特訓をしてから、「そういえばスピカぁ」とルヴィリエに尋ねられる。
「なあに?」
「バイトしてるじゃない、スピカ。ドレスの発注、間に合いそう?」
「うーんと、ナブー先輩にバイト代でドレスを仕立てられないかって聞いたらいいよって言われたから、バイト代は私のドレスと引き換えなんだ」
「えー……それって物々交換みたいじゃない?」
ルヴィリエに変な顔をされたものの、スピカは慌てて言う。
「いやいやいや、私のバイト代だと本当だったらドレスを仕立てるには全然足りないと思うけどね? かなりまけてもらったと思うんだよ。だから怒らなくっていいよ?」
「ふぅーん……でもこの間もなんか先輩たちに襲われたんでしょう? 本当だったら私、そんな危ないところにバイトに出て欲しくないよ……」
そう言われてしまうと、スピカも弱いが、フォローを入れたのはアレスだった。
「あのなあルヴィリエ。お前はスピカの母ちゃんか。放っとけばいいだろ。そもそも町に並んでいる店舗はナブー先輩の実家関係なんだから、あの人が出てきてもおかしくないのに喧嘩売る奴なんて考えが足りな過ぎる奴しかいないから大したことないって。そもそもこいつがアルカナカード抜きで全部切り抜けてるのは知ってるだろ?」
「友達が私の知らないところで危ない目に遭ってるのに、どうして心配しちゃ駄目なの? 危ないじゃない」
「あのなあ……」
ふたりがまたも言い合いをしている中、スカトは「それにしても」とスピカを見る。
「どうかした、スカト?」
「いや。結局あの人たちはなんだったんだろうな? 生徒会執行部が怒りながら捜査していたが」
「うん……でも、生徒会執行部の人たちって、基本的に五貴人の人たちの言うことを最優先って割には、アルカナ集めをしている人たちについても捜査をするね?」
前に路地裏の革命組織の襲撃をしてきたところからして、スピカは生徒会執行部に対して苦手意識が植え付けられていたが、それ以降はせいぜいスカトとルヴィリエがスカウトをかけられた以外に、特に接点がない。
思っているより校正な組織なんだなと感心していたら、スカトは「うーん……」と腕を組む。
「多分優先順位が違うんだと思う。五貴人というか【世界】と生徒会執行部は。僕も具体的にどう違うのかはわからないけど」
「ふーん、そんなもんなんだ」
そこで皆それぞれ授業へと出て行ったのだ。
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放課後になり、スピカはいそいそとバイト先に服飾店に向かうと、ポールが立てられ、きっちりと着込んだ人たちが並んで日頃スピカとしゃべっている店員たちと話をしているのが見えた。
いつかにスカトとルヴィリエをスカウトに来たイブだけでなく、見覚えのないプラチナブロンドの長いウェーブのかかった髪を伸ばした美女と、赤みがかった金髪をハーフアップにした青年も混ざっているようだった。
(生徒会執行部……この間の捜査に来てたんだ。昨日が夜だったから来なかっただけで……)
スピカは裏口から店舗に入るか躊躇っていたところで、「あれ、君は」と青年に声をかけられた。
「は、はい……?」
「あー、やっぱり。君、前に食堂でズベンさん相手に大立ち回りしていた子だよねえ。いやあ、驚いた。自分の手札を見せずに勝った子なんて久々に見たからさあ……」
「え? え?」
スピカは一瞬意味がわからなかったが、食堂での戦いを見られたことに、少しだけ血の気が引く。
(どうしよう……アルカナカードを使わず戦ったせいで、不審に思われて捜査……じゃないよね?)
そう背中た冷や汗で冷たくなるのを感じながら思うが、青年はそうではなかったようだ。
「新入生の子なのに、怖かったよねえ。よく頑張ったよく頑張った」
「へ……?」
どうにもこの青年は、本気でスピカを称賛と心配していたようだ。それに少しだけ彼女は虚を突かれる。
(もしかしなくっても、この人は普通にいい人なのかな? いや、この間スカウトに来たイブ先輩も、少々強引だったし空気は読めてはいなかったけど悪い人じゃなかったな)
スピカがそう青年の評価を変えたところで、美女のほうが寄ってきた。
「エルナトさん、その言い方だと困ってしまうと思いますよ。ごきげんよう、わたくしはイシスで、そちらはエルナト。共に生徒会執行部に属しております」
「えっと……はい、スピカ、です……?」
ふたりの言い分からして、捜査には来たものの、スピカのアルカナに気付いている訳ではないと気付き、少しばかりほっとする。
イブが事情を聞いている店員たちも、特に困った様子がない。
「ごめんなさいね、お仕事前に、ふたつ三つだけ質問をさせてくださいな」
イシスがそう言い置いてから、切り出した。
「昨晩、アルカナ集めに来た方々で、不審な点はございませんでしたか?」
「ええ……? ナブー先輩の実家系列の店を襲った時点で、不審の塊しかないですけど」
そのスピカの物言いに、イシスだけでなく傍にいたエルナトまで噴き出す。
「ふふふ……たしかにそうなんだけどさ。でもそうじゃなくってね。襲撃に来た彼らだけど、使用アルカナに不審点がなかったかな?」
「ええ……?」
スピカは一瞬意味がわからなかったが、彼らのアルカナの使い方は、スピカからも不審にしか見えなかった。
(もしかしなくっても……生徒会執行部からしてもイレギュラーなことが起こっているの?)




