魔法使いの実力
店に入ってきた先輩たちは、どう見てもスピカより年上で、ナブーくらいの年だろうと察することができた。
店員たちが緊張した顔で、皆それぞれカードフォルダーを取り出す。
「大変申し訳ございません。既に閉店作業中につき、ご来店がご遠慮しております」
「はあ!? うるさい!」
途端にかまいたちが吹き荒れる。
(これじゃあ、店内が……! ドレスが……!)
スピカは悲鳴を上げそうになったが、ナブーはくるくると杖を使うと、風を次々と相殺していった。
そして風をなんなくあやしながら、店員たちに声をかける。
「これじゃあ危ないからね。一旦商品を下げてくれないかな?」
「で、ですけど坊ちゃま……!」
「……また【世界】くんがお痛をしているようだからねえ。ここはわたしがお相手をしたほうが、被害が少ないと思うんだよ。フロイラインも、わたしの後ろから離れないようにね。少々相手が気が立っているようだから」
そうナブーに言われ、スピカは小さく頷いた。
店員たちが慌てて全ての商品を裏に片付けていくのを横目に、スピカは目の前の先輩たちを見る。
「あのう……【世界】のお痛ってなんですか? この人たち……」
「彼ら、力が合っていないようだからねえ」
「ええ……?」
ナブーの言葉の意味がわからず、スピカが目をぱちくりとさせている間に。
先輩たちはナブーに襲い掛かってきた。
「俺たちは、本物にならなきゃいけないんだよ……!!」
「ふむ。劣等感を育て過ぎてしまったようだねえ……だからこそ、つけ込まれたと」
スピカからしてみれば、意味のわからない会話が繰り広げられる中、ナブーがくるくると杖を使って先輩たちの引き起こす風を相殺しているのを見ていて、ようやく気付く。
(ナブー先輩が普段持っている杖……これアルカナの力で出したものだ! ルヴィリエが剣と天秤をカードから取り出したのと同じで……でも、風が相殺できている意味がわかんない……)
「お前の……お前の【魔法使い】のアルカナさえあれば……!」
「……ひとつ、大アルカナに弱いものなんて、ひとつもありはしないんだよ。一見力がないと見くびられるものにすら、意味がある」
ナブーは自身のカードフォルダーからなにかを引き出した。そこから引き出したのは、護符だった。
ナブーは自身の杖で護符を突き刺すと、背後のスピカに声をかける。
「君たちもよく見ておきなさい」
「え……?」
「アインス、ツヴァイ……ドライ」
ナブーの言葉で、杖から護符が消えた。代わりに護符を貼り付けられた先輩のひとりは、そのまま壁に縫い留められてしまった。
「ちっ……使えねえなあ……!」
「ひとつ、アルカナの戦いはよっぽどのことがない限りは大人数で行ったほうがいい。君たちのアルカナは、さしずめ【恋人たち】かな? もうちょっと要領よく立ち回っていたら、アルカナが割れることはなかったと思うけど」
そう言いながらナブーは杖でくるくると自身のカードフォルダーを操ると、またもカードフォルダーからなにかを取り出した。
今度は剣だ。彼はなんの躊躇いもなく剣の柄を掴むと、それを動揺している先輩の首元に突きつけた。
その動きは鮮やかが過ぎて、逃げることはおろか、反撃する暇を与えなかった。
ナブーは白く塗られた口元に、笑みを浮かべて含めるように説く。
「ひとつ、自分の魔力量くらい把握していたほうがいい。風を出すことばかりに集中し過ぎて、もうアルカナを使えないじゃないか」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあ……!! 化け物か!?」
「やれやれ……そんな訳ないさ。わたしはただ、自身のアルカナをよく理解しているってだけさ。本当に君たちのアルカナの使い方は滅茶苦茶で見ていられなかったよ。さあ、連れを連れて帰りたまえよ」
そう言って護符で縫い留められている先輩を指差す。
彼はよれよれとした動きで護符を剥がすと、連れを伴って脱兎してしまった。
スピカはそれを見送りながら、おずおずとナブーを見つめる。
「あの……逃がしちゃってよかったんですか? アルカナカード、取り上げたほうがよかったのでは?」
「彼らから取り上げてしまったら、余計にひどい目に遭いそうな気がしてねえ」
「……私たちが暴力を振るわれるとか、ですか?」
「いや、彼らは【世界】にお痛されていたようだからね。これ以上ひどい目に遭わないといいのだけれど、こればかりはわたしも庇い立てはできないからねえ」
「あの。ナブー先輩は【世界】のこと、知ってるんですか?」
「そりゃあ知っているよ。同じ学年だからね」
ナブーは剣と護符を消すと、くるんと杖を回して片付けはじめた。
よくよく見れば、杖から細く風が出ている。その精密なコントロールでさっさと片付けてしまったのを呆然と見ていたら、またも入口が騒がしくなった。
「スピカ、無事か!?」
「え……アレスとスカト? どうしてここに……」
「夜になったら危ないから、普通に寮まで迎えに来たら、変な先輩たちがいきなり店を襲うから……」
「僕たちが入ろうとしたら、ナブー先輩に止められたから見ていたら……ひとりで全部片付けちゃったから……」
そういえばとスピカは思う。
(私だけでなく、アレスとスカトに、ナブー先輩のアルカナを見せてくれたんだ。特にアレスの場合は力が力だから、コピーするにしても使い方を見ないと真似できないし……)
ひと通り店の片付けを終えたナブーは、シルクハットを脱いで、礼をした。
「それでは、わたしが送る必要はなさそうだから、皆に送ってもらうといいよ、フロイライン」
「ナブー先輩……ありがとうございます」
「最後にひとつ」
「はい?」
ナブーはおかっぱの髪を揺らしつつ、どこか遠くを見てから、三人を見回した。
「【世界】がなにやらおかしな動きをしているようだからねえ。どうしようもなかったら、カウスくんにでも頼るといいよ」
三人は顔を見合わせてから、「ありがとうございます」とお礼を言ってから、寮へと帰ることとなったのだった。
****
既に日は落ち、町もほとんど灯りが落ちている。暗い中、スピカたちは歩いている。
「迎えに来てくれてありがとう。でもルヴィリエは?」
「というより、口やかましいあいつを連れて行って今日の揉め事見せてみろよ? 十中八九またもお前に『バイトを辞めろ』連呼するからうるさいぞー?」
「アレス、君も口が悪いぞ。そもそも女子をここに連れて行ったら危ないだろうが」
「うーん、今回はナブー先輩がいたから助かったけど、なんかアルカナ集めをした人たちおかしかった」
ナブーが一蹴してしまったから、相手が弱いように見えるが。ナブーの背後から一部始終を間近で見ていたスピカからしてみれば、それ以前のように見えた。
「なんかあの人たち……アルカナ集めを切実にしないといけない人たちだった割には……カードの使い方がおかしかった。あの人たち【恋人たち】の所持者だったけれど……前に戦ったことがあるエルメス先輩やレダ先輩に比べたら、使い方がいい加減だった」
「いい加減って?」
「ナブー先輩は杖から風を出して、それを精密に操って荒れた店内の片付けを行っちゃったんだよね。あの人たちが店に放ったかまいたちも全部相殺させていた。あの人たちの風の使い方って、エルメス先輩やレダ先輩みたいに自分たちに攻撃を寄せ付けないような大きな使い方もしてなければ、ナブー先輩みたいな精密操作もしてなかった。なんというか……アルカナを使っているというより、引きずり回されている感じがした」
スピカが見ていたことを思い出しながら口にしてみると、スカトは「うーん……」と腕を組んだ。それにアレスが話を振る。
「なに。俺らん中じゃ圧倒的に喧嘩売られまくっているお前は、なんか気付いたことがあるのかよ?」
「……これ、僕が同じ人たちに何度も違うアルカナで襲われている話と一緒じゃないか?」
「えっ……意味がわからないんだけど」
「僕に襲いかかった連中、ほとんどの連中はアルカナ集めを行いながらも返り討ちされて、本当だったら今はアルカナカードを持っていないはずなんだ。でも次に会うことには違うアルカナカードを使って襲ってくる」
「えっ、なにそれ怖い……でもちょっと待って」
スピカはナブーから何度も聞いた「【世界】のお痛」という言葉を思い出す。
「……【世界】がアルカナカードを奪われた人たちになにかちょっかいかけているっていうのはどう?」
「ええ? アルカナ集めしろって言い出したのは【世界】じゃん。言わばゲームの脱落者にちょっかいかけて、なにをすんだよ……」
「そんなのわからないよ。ただ、あの人はナブー先輩と同学年だから、顔はわかるってさ」
それにアレスとスカトは少しだけ虚を突かれた顔になった。
それは当たり前の話だった。
【世界】は王族であり、五貴人と呼ばれる人々の中心人物であり、生徒会執行部にすら意見ができる立場であっても、普通にこの学園の生徒なのだということ。
見逃され勝ちな視点だが、それは新入生たちからはすっかりと抜け落ちてしまっていた。
「……よしわかった。スピカ。お前は絶対に三年生に関わるな」
「なんで!?」
「ちょっかいかけられて、お前どうにかできるのかよ。既にカウス先輩からゾーン使いだって言われてるじゃん」
「……そりゃ、そうなんだけどさあ」
「それにさ。さっきのナブー先輩のアルカナの使い方見てたけど。あんなのマジで無理。あれをそのまんまなんてコピーは無理だ」
「アレス?」
スピカはアレスをちらりと見ると、普段から柄が悪く性格も悪い上に、本音をストレートにさらすことのないアレスが、珍しく悔し気に唇を噛んだ。
「……あの人のアルカナ、魔力量だけで押し通したもんじゃなくって、精密コントロールのたまものだ。見せてもらったからって、そうほいほいと真似はできねえよ」
「そうか?」
意外なことに、日頃からさっぱりとアルカナカードを使わないスカトが口を挟んだ。
それにアレスが「はあ!?」と声を上げる。
「お前、人の力を盗むのをアルカナカードを使ってるから簡単だってそう思って……!」
「いや、どちらかというと、僕が言いたいのは精密操作のほうなんだが」
「はあ? だからそれが無理なんだって」
「そうじゃなくって、精密操作で力の行使を絞れば、魔力量がそこまで多くなくてもいいんじゃないか? あの人の魔力のコントロールなんて、お手本みたいなものだったじゃないか」
そうスカトに指摘されて、アレスとスピカは目を合わせた。
「あぁ────っ!!」
未だに魔力量が増えないスピカからしてみれば、それは光明が差したようなものだった。
「頑張る! 頑張って、アルカナのコントロールが全部できるようにする!」
「俺も……まあ見たものくらいどうにかコピーできるようにする」
スカトはふたりがやる気を出しているのを、ただ首を捻って見ていた。
「僕、そんなふたりをやる気にさせるようなことなんて、言ってないんだが……」
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【魔法使い】
・手品の絶対成功
・四スート(剣・杖・杯・護符)の召喚
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