恋人たちに明日はない・3
スピカはルヴィリエに引きずられるまま、町を突っ切ってどうにか寮の中庭まで帰ってきた。ふたりとも息を切らし、まだ寮の中まで入っていないものの、そのままへばり込んでしまった。
「こ、こまで来たら、もう……大丈夫だと……」
「うん……ルヴィリエ、ありがとう……」
「いいの……あの人がもっと反撃してきたら、私のアルカナじゃどうにもならなかったから……」
レダは途中でスピカとルヴィリエよりも、エルメスのほうに気を取られてくれたおかげで、逃げ切ることができた。もし彼女がエルメスより自分たちに集中していたら、風の幕が途切れることもなく、ふたりともアルカナカードを奪われていた。
本当にギリギリの戦いだったのだ。
「私ひとりだったら、全然無理だったもの……本当にルヴィリエありがとう」
スピカがそう言うと、ルヴィリエは「うん……」と言いながら、スピカに抱き着いた。抱き着き癖の強い子だなと思いながら、スピカはされるがままになる。
「……本当にこの学園、危ない人が多いから。スピカ、変な人ホイホイになっているから、本当にもう、今日みたいな危ないことは止めてね?」
「私も好きで危ない目に遭ってるんじゃないんだけどなあ……でも、ごめん。心配かけて」
「本当だよ……バイト、もっと安全なものを探そう。アセルス先輩はいい人っぽかったけど、また襲われたら嫌だもの」
それにはスピカは答えることができなかった。
(革命組織のこととか、ルヴィリエにはなんにも言ってないもんなあ……私は多分あの人たちのことは信用できると思うけど、なにも知らない人からしてみれば、すぐに喧嘩を売られる怖い人たちにしか思えないよね……)
スピカはそう考えながら「ごめんね……」とだけ言っていたら、「お前らようやく帰ってきた!」と声をかけられた。
窓から顔を出したのは、アレスとスカトだった。
「バイト行ったっつうから、置いて帰ってきたけど、なんか全然帰ってこねえなあと思ってたら全速力で帰ってくんだもん。どうしたよ?」
アレスに尋ねられて、スピカとルヴィリエは顔を見合わせた。
「とりあえず寮の中で話すよ」
「おーう、食堂なあ」
そう約束して、ふたりは急いで寮で服を私服に着替えると、食堂へと向かっていった。
夕食にはまだ早いせいで、食堂は閑散としている。その中でスピカとルヴィリエは、バイト帰りに襲撃を受けたこと、今回はアセルスとアルのおかげでどうにか逃げ切れたことを話した。
それにスカトは「なるほど……」と唸り声を上げた。
「僕はアセルス先輩のことは知らないけれど、アル先輩のことは知ってる。あの人、カウスさんの右腕だよ」
「あれ? カウス先輩の右腕て、デネボラ先輩ではなくて?」
ソファーで寝そべっているカウスの世話を焼きつつ、革命組織皆の世話を焼いていた美女を思い浮かべるアレスに、スカトは「ああ」と頷いた。
「多分カウスさんとそのデネボラ先輩って人は、アルカナの相性がいいから一緒にいるんだと思う。カウスさんは口酸っぱく『ひとりでアルカナ同士の戦いをするな』『もしひとりの場合ははじめる前に終わらせろ』と言っていたから」
「……だからお前、相手がカードフォルダー出す前に沈めてるのか?」
日頃のスカトのアッパーカットを見ていたら、あまりの喧嘩っ早さに普通は引くが、あれが合法的な意味合いだと知れば話は変わってくる。スカトは「エヘン」と腰に手を当てた。
「残念ながら僕のアルカナカードは、戦闘じゃなんの意味もないからな。戦わないのが僕の戦いだ」
「あっそう……でもなあ、なんでお前らまた襲撃されたの? エルメス先輩とレダ先輩、俺とスピカ襲って、もう襲撃かけないって口約束したのに。やっぱり口約束って無効?」
アレスの言葉に、スピカは「それだけど……」と口を開く。
「なんか、ふたりとも仕方なくって感じがした」
「仕方なくで襲われてたまるかよ」
「そうなんだけどさあ。なんだろう、ふたりとも乗り気じゃない気がしたんだよね。エルメス先輩、レダ先輩以外に興味なかったみたいだし、【世界】の言ってたアルカナ集めの願いを叶えるっていうのにも感心はなかったよ。ただ優先順位の問題だとも」
「優先順位って……それってもし後輩いじめをしなかったら、お前らを無理矢理別れさせてやる~……とか? そりゃ貴族だったら婚約者をあてがったら、どんだけ好き同士でも駆け落ち以外に手段はなくなるとは思うけど」
アレスはそう言うと、スピカは「それ、意味なくない?」と返す。
「そもそもエルメス先輩、一代限りの爵位だって言ってたから。家を守るっていう考えにも固執してないと思うよ。エルメス先輩、レダ先輩以外に本当に興味なさそうだったから。そもそもここって治外法権なのに、学外の婚約って意味があるの?」
「はあ……だとしたらますますわからん」
「いや。逆に考えたらどうだ? レダ先輩に婚約者を差し向けたら、エルメス先輩も嫌々戦うんじゃないか?」
スカトの言葉に、今度はルヴィリエは「どうなんだろう?」と首を捻った。
「私たちは全然そういう話出てないような爵位の家だけど……大貴族だったらもう婚約者は子供のときには決まってるはずだから、エルメス先輩とレダ先輩のカップルは最初から成立しなくない? 前提が違うような気がする」
「そういえば。大アルカナでも学園アルカナに召喚されるとは限らないから……よっぽど力の強い家系じゃない限り、知り合いが学園にいる確率の方が低い。そんなの、五貴人くらいの家系じゃないと、必ず学内にいることはありえない」
四人とも「うーん……」と腕を組んで考えたが、とうとうわからなかった。夕食をソーセージとチーズで軽く済ませてから、それぞれ「じゃあ明日ー」と部屋に戻っていく。
スピカはベッドに転がり、授業で習った魔力増量の特訓をはじめた。
カードフォルダーに魔力を流し込み、自分の手元に来るよう来るようと念じる。
「うー……んっ、うー……んっ……」
まだ学園生活ははじまったばかりだというのに、新入生だから弱いと思われているのか何度も先輩たちから襲撃をかけられるし、そのたびにどうにかない頭を使って撃退しないと、カードを奪われてしまう……【運命の輪】だとばれてしまったら、処刑されてしまうのに。
どうして【世界】はこんな訳のわからないゲームを仕掛けてきたのかわからないし、どうしてこんな目に遭っているのかわからないし、それでも、もうスピカは叔父に言われた逃げるという選択肢は、頭の中でとっくの昔に打ち消している。
(私……毎日毎日大変だけれど、楽しいんだ。今まで……ばれたらどうしようと思って遠巻きにしていたから、友達なんてできなかったけど、今はそうじゃないもの)
初日にアレスにばれてしまったし、そのおかげで肩の荷が少しだけ軽くなった。
スカトやルヴィリエみたいな大アルカナの友達が初めてできた。
心配してくれる先輩や、助けてくれる人たちができた。ときどきどうしてこんな変な人ばかりに会うんだろうと訝しがりたくなることもあるが、頼り甲斐のある人のほうが多い。
(私がアルカナカードの力を全部使えるようになったら……もっと、皆と一緒にいられるようになると思う……だから……頑張る……)
スピカのかすっかすの魔力でも、ようやくカードフォルダーは反応し、よれよれとした動きでベッドに寝転がるスピカの手まで持ち上がりはじめた。あと少し。あと少し……。
ようやくスピカの手元に届いたときには、思わず「やったぁぁぁぁ……!!」と叫んでから、我に返って口を塞いだが、どこからもうるさいと苦情は来なかった。王立学園の寮の壁は分厚いのだ。
なんだか満ち足りた気分になり、そのままスピカは布団を被って眠ることにした。
明日も頑張ろう。そう素直に思えたのだから。
****
綺麗な歌声が響いていた。
それはオペラ歌手や舞台女優の声のように全身を使ったものではないが、その声は彼女のかき鳴らす竪琴のように澄んでいて、思わず耳を傾けたくなるものだった。
今宵も五貴人は、学園内で行われていたアルカナ集めの戦況を鏡に映し出して、それを肴にお茶を傾けていた。
「うんうん、だんだんとアルカナ集めに慣れてきたようだねえ。まだ三日目だというのに、だんだん戦い方にコツを見つけたようだ」
歌声の中、鏡を眺めている内のひとりは、楽しげに声を上げる。それに【世界】は「そうだね」と謳うように声を上げた。
「大方革命組織あたりだろうね。戦い方を教えているのは」
「始末しなくっていいのかい? 【戦車】に【力】、【節制】……おまけに【死神】までいるんだったら、あとあと厄介なことになると思うけど?」
「本当だったら【死神】は僕たちの仲間になれると思うんだけどね、彼、頑なだから。話を聞いてくれないんだ」
「おや、奪えないのかい?」
こともなげに尋ねると、【世界】は笑う。
「革命組織はアウトローを気取っている割には、表立って生徒会執行部に盾突く真似をしないからね。だから生徒会執行部も難癖を付けないと彼らを襲えないし、人はそれを見たら『横暴だ』と思うのはどちらかな? 可愛い生徒会執行部の子の中には、彼らを悪だと断定して襲いかかっているようだけどねえ」
「でもどうして革命組織を泳がせているんだい? 彼らを血祭りに上げれば、我ら五貴人や生徒会執行部に盾突く者は完全にいなくなると思うんだけどね」
「もちろん、革命組織は叩くさ。でもね、それは今じゃないんだ……【運命の輪】がまだ見つかってないからねえ」
「……君の力であったら、【運命の輪】のひとりやふたり、簡単に見つかると思っていたのだけれど」
「僕の力だって万能じゃないさ。それに上手く隠れている。きっと協力者がいるんだろうさ。そして、【運命の輪】は間違いなく、革命組織と接触する。【世界】が気にくわないんだから、利害が一致するだろうし、協力関係になってもおかしくはない」
【世界】は笑みを浮かべる。
なにも知らない人間からは天使にしか見えないが、【世界】の人となりを知っていれば悪魔にしか見えない、清らかな笑みだった。
「【運命の輪】は見つけ次第、革命組織の目の前で処刑するさ。そのためには、彼らには小さな成功体験を積んでもらって、少しずつ慢心を育ててもらわないといけない。目の前の希望が膨らめば膨らむほど絶望するし、その希望が失われたときに、もう僕たちに盾突く気力は失われるだろうからね」
「そのために、君は学園各所で声をかけて回ってたんだね。それにしても、オシリスくんにも話を通してないんだねえ。彼怒り心頭だったよ?」
「あはははは……生徒会執行部には来るべきときにしっかりと働いてもらう。今は、革命組織の皆に勝利を積んでもらわないとね」
【世界】は緩やかに笑みを浮かべ、鏡に映る光景を眺めていた。
この中のどこかに、【運命の輪】が潜んでいる。今はきっと秘匿をし続けているだろうが決して逃がしはしない。
全てはこの国の秩序のために。




