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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
入学編

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17/112

調査と問答と午後の授業

 食堂でスピカたちが掃除を行っている中、それを見守っていた影がいた。

 食堂で戦闘がはじまったために入れないと、平民の生徒たちから苦情が殺到したため、様子を見に来たが。


「うーん……あの子たちだよなあ。五貴人が生徒会に入れろって言ってたのは」


 そう言いながら戦闘の状況を一部始終見ていたエルナトは、困ったように赤い前髪を指で弄りながら、形のいい唇を尖らせる。

 イブを振ったらしい一年生の男女は片方が拳でズベンの下僕と化した生徒を殴り飛ばし、片方は椅子を振り回して牽制していたが。

 特に五貴人から声をかけられていなかった、魔力からしても平民らしい少女。彼女はアルカナカード抜きでズベンに立ち向かい、出し抜いて食堂内の生徒たちの下僕化を解除したのだった。

 上級生になれば、大アルカナ同士の戦い方もこなれてきて、魔力が切れるまでのごり押しになってくるが、まだ新入生であったら、戦い方に慣れてない上に、奇襲をかけられたら弱い。そのせいでさっさと中立地帯である寮に避難するというのが常套手段だというのに、彼らはあの問題児のズベンに勝ったのだ。

 ズベンがさぼり癖があるために魔力がそこまで多くない、ズベンの数少ない友達であるシェラタンが加勢しなかったという幸運があったというのは強いが、下僕化した物言わぬ生徒たちに追い回されてなお勝てたのは、なかなかすごい。


「うーん……この辺りはオシリスくんにきちんと報告したほうがいっかあ……」


 五貴人の動き……特に【世界】の動きがおかしいために、生徒会執行部としても悩みの種だ。

 彼らは、生徒会執行部は平民も貴族もどちらでもいい。

 最優先事項は、学園生活の平和的な維持なのだから。

 逆に言えば、新入生たちが進んでアルカナ集めで学園生活を乱すようであったら、生徒会執行部が介入せざるを得ない。

 放課後にやれ。学園生活を中断させるな。

 今回は問題児のズベンが関わっていたが、どれだけそれでオシリスの怒りを鎮められるかは、エルナトも自信がなかった。


****


 普段、生徒会執務室はインクの匂いで満ちている。各方面から送られてくる書類の検査。生徒たちからの嘆願書、苦情。教師たちから押し付けられた厄介ごとの始末。

 それらを捌いて学園生活を維持するよう努めているのが生徒会執行部だが、彼らの場合はそれ以外とも戦っている。


「なにを考えている? 新入生たちに危ない真似をさせて」


 生徒会長のオシリスが、目を釣り上げながら【世界】に対して怒号を上げる。

 王族であり五貴人であり、学園アルカナ内のヒエラルキーはどう考えても最上位な彼に対して、こうも真正面から堂々と文句を言えるのは、幼馴染であり、将来はこの国の宰相として【世界】に付きっきりになることがわかっているオシリスくらいである。

 しかし【世界】はにこにこと笑うばかりである。


「うん。オシリスが新入生たちに楽しい学園生活を送って欲しい、なるべく悪いことから遠ざけたいっていう、そういう気持ちはわかるよ? でも残念ながら、この学園アルカナは我が国の縮図だからね。平民は貴族に平気で踏みつけにされるし、なかったものとして扱われる。そして平民は自分を踏んでいった貴族のことをいつまで経っても忘れずにいて、許せないと燻り続ける……この国が息苦しいはずだよね」

「……それは、次期国王が言うことなのか?」

「そりゃもちろん。王からしてみれば、国民の幸福は義務であり権利なのだからね。彼らからそれを取り上げる権限はないんだよ。だからねオシリス」


【世界】はにこやかに言う。


「まずは新入生たちに、この国で行われていることを嫌というほど思い知らせる。心に、体に、嫌というほど、ヒエラルキーを叩き込む。それをひっくり返せるという幻想を打ち砕き、今の環境が幸せなんだと刷り込む……そのためには、どうしても【運命の輪】は邪魔なんだよ」


 神殿の教義に出てくる天使というものは、大方【世界】のような容姿をしているものだが、彼の紡ぎ上げる言葉は、天使のような声色で、悪魔のような残酷なことを謳い上げる。

 その美しい声色は、上手いこと人を丸め込もうとする。幼馴染で長い付き合いであるオシリスさえも、気を確かに持っていなければ口車に乗せられてしまいそうな心地のいい声色である。


「……俺は見たことがないが、国を挙げて嫌悪するよう、処刑するように仕向けている【運命の輪】はいったいなんなんだ? そして、どうして貴様のアルカナでも見つけることができない?」

「うん。そういう風にできているから、僕でも見つけられないんだよ。でも今年の新入生の中にいることだけはたしかなんだ。そのために絶対違うだろうという貴族の子たちはなるべく除外するために生徒会執行部に引き取った上で特定したいんだけれど、なかなか上手くいかないね」

「……貴様には人の心がないのか」

「やだなあ、オシリス」


【世界】はにこやかに笑う。

 誰もが心を奪われ、崇拝し、忠義を尽くしたくなるようなオーラを漂わせているが、その言葉のひとつひとつに、温度がない。湿度がない。慈悲がない。


「僕はいつだってこの国のことしか考えてないよ」


 さながら、この国を維持するための歯車だというような言動を崩すことはなかった。

 自分も人も、この世界を延命させるための歯車のようにしか見ていない。

 それが次期国王の【世界】であり、異物である【運命の輪】の敵である。


****


 スピカたちは昼食を食堂の人からどうにか調達し、それをかき込んで、どうにか午後の授業に向かう。

 動きやすい服に着替えて体育館に向かうと、教師が待ち構えていた。


「はい、魔力増量の授業へようこそ」


 体育ではないせいか、皆ラフな服を着ているとは言えども男女共同の授業のようだった。おまけに他の授業では先輩後輩混ざっての授業がほとんどだったというのに、この授業に限って言えば新入生しかいないようだ。

 全員アルカナカードを入れたカードフォルダーを取り出すよう指示され、教師は告げる。

 彼女のアルカナカードはなにかは、カードフォルダーに入れられているせいか見えなかったが、彼女が告げる。


「既に入学式からこっち、どこもかしこもアルカナ集めが開始され、襲撃を受けた方々もおられますね? アルカナカードの戦闘は、第一にアルカナカード自身の能力ですが、第二に観察眼、第三にアルカナカード同士の相性が物を言いますが……それらを全て破棄させて圧倒的な差で勝ち越すことができる方法……それが魔力増量です。魔力の量が増えたほうが、アルカナカードの能力をどれだけ同時に使っても負荷は減り、相手に押し勝つことができますから」


 なるほど。とスピカは思う。


(私も未だに魔力が足りな過ぎて、最後のひとつの力は使ったことがないもんね……【運命の輪】は戦う方法がないカードだけど。カウス先輩も魔力を増やせって言っていたし)


 教師は続ける。


「皆さんには、魔力の増量を増やすために、いつでもアルカナカードを手に取れる訓練をしてもらいます」

「手に取れるって……カードフォルダーをいつも持ち歩くってことですか?」


 生徒のひとりから手を挙げて質問が入る。それに教師は「いいえ」と首を振ります。


「アルカナ集めの際、皆が皆すぐに攻撃をしてくるのは、相手の魔力切れや気絶を狙って、アルカナカードと所持者を分断しようとするからです。それだけアルカナカードと所持者の結びつきが強いので、その結びつきを更に強めることが、魔力増量に関係してくるのです」


 教師は全員に「アルカナカードをカードフォルダーごと床に置きなさい」と告げるため、皆恐々とカードフォルダーを床に置いた。続いて教師は告げる。


「普段アルカナカードの能力を引き出すとき、魔力を手から流し込むイメージをしますね? そのイメージを持ったまま、床に置いたアルカナカードを手元に戻るよう命じなさい。例を見せます」


 そう言って教師は自身も床にカードフォルダーを置くと、手を広げてカードフォルダーに向けると。カードフォルダーは勢いを付けて教師の手元に戻った。

 それに全員息を飲んだ。


「これが、魔力で引き上げること……ですか?」

「はい。アルカナ集めの際に皆が一斉に攻撃してきても、気絶さえしなければカードと所持者の分断はされません。逆に魔力が切れかかっている場合は簡単にカードを奪われてしまいますから、定期的に鍛錬してくださいね。それでは皆さんやってみましょう」


 皆はそれを一斉にはじめる。

 普段アルカナカードを使っている要領で手に魔力をイメージし、カードフォルダーに手を向けるが、なかなか上手くいかない。

 ふわふわとカードフォルダーが浮く者。浮かせることができても手元まで到達しない者。その中でも、スピカは全然浮かない。なんとか床をカタカタ鳴らすことができても、それ以上上がらなかった。


「う……うう……うううう……」

「あー……お前もうちょっとだけ頑張れよ」


 アレスはというと、魔力量が多いというより、魔力を一点集中で流し込むのが上手いのだろう。授業を受けている面々の中でさっさとカードフォルダーを手元に戻していた。

 スカトはスピカよりもましだが、それでも手元までカードフォルダーを持ち上げることができず、ずっと「うーうー……」と声を上げている中。

 意外なことにルヴィリエは、アレスの次くらいにひょいとカードフォルダーを手元に戻したが、彼女が魔力量が多いとは聞いたことがないので、スカトもアレスも「すごいな」とだけ言うに留まった。

 スピカは「ふーふーふー……」とどうにか床から浮かせるが、それがとうとうぺちゃんと床に落ちてしまった。魔力がすかっすかになった感覚を覚え、スピカ自身もしゃがみ込んでしまった。

 それに教師は言う。


「いきなり上がることがありませんよ。毎日寝る前と起きた直後でもいいです。少しずつカードフォルダーに魔力を流し込む特訓をしていきましょうね」

「は、はひ……」


 スピカはへろへろになって頷く中、アレスが「おい」とスピカに耳打ちした。


「お前、マジで魔力なくなって大丈夫か? お前のアルカナカード……」

「だ、だいじょーふ、ギリギリの魔力は残してるから……」


 スピカはアルカナカードの秘匿のために、ずっと【愚者】にカードを誤魔化している。

 魔力を使っている自覚がなかったが、他の能力を使ってない人と、ずっと使い続けている人だと、魔力の行使の限界量が違うらしい。


(……教えてもらったんだから、毎日やろう。私が魔力量増やしたところで大したことないかもだけれど……なにもしないよりはマシでしょ)


 頭が鈍く回る中、スピカはそう誓った。

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