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96 Ready?


「アタシも行きたい!一緒に行きたい~!」

「僕達は遊びに行くんじゃないんだよ」

「だって2ヶ月以上の旅なんでしょ?アタシはその間1人になっちゃうじゃない」


 君はこの土地の地霊なんだから、それはしょうがないんじゃないの?地縛霊みたいなもんじゃないのか。それがゲニウス・ロキの正しい生き方じゃないのかね、と俺は思う。決して口には出さないが。


「クリスはアタシが2ヶ月も寂しい思いをしても良いっていうの?」

「えーっと……それは可哀想だと思ってるけど…」


 最初はね、賢者・聖女・剣聖の3人に旅行中の我が家に泊まってもらおうかと思ってたの。そうしたらクゥムも退屈しないだろうし。それにクゥムは彼女達とも仲良しだからね。

 ところが、だ。そのガールズも近衛騎士となってラウルシュタイン帝国に随行することになっちゃった。そうなるとクゥムは1人でお留守番するしかないんだけど。


「可哀想と思うだけなの?アタシがどうなってもクリスはいいの?アタシのこと、もう嫌いになっちゃったの?」


 もう諦めちゃえよ、と思う。クゥムじゃない、クリスの方だ。今も上目遣いに涙目のクゥムを相手にしてダウン寸前じゃん。フラフラやで、君。どう見ても劣勢。そもそもクリスがセシルorクゥムの「○○やりたい(したい)!」に抵抗出来る訳がない。今まで拒否出来た試しがない。前例が無い。無駄な抵抗の典型例なんだよな。

 今もクリスは行きたい行きたいと言われながらクゥムを肩車させられている。王子の頭をポカポカ叩かれて、されるがままにしている。泣き落としの次は暴力に訴える。これも飴と鞭、なんだろうか。俺にも何が飴でどの辺が鞭なのかさっぱりわからない。

 俺もよく肩車はさせられるけど、叩いてきたら降ろすよ。痛くないけど当然でしょ。甘えんな。その点クリスは無抵抗だからね。クゥムもクリスが我が家に来たら肩車してもらうのが定番になっている。肩車したまま、クゥムのスカートで目隠しされて椅子やテーブルにぶつかってるのも珍しくない光景だ。

 幼女のスカートに頭を突っ込むなんて、世のロリコン達の憧れだよな。クゥムに言わせると肩車は視点が高くなって大人になったような気分なんだそうだ。いや、お前は精霊だから空を飛べるだろうが。


「だってホラ、荷物がね。長旅だから重い土を持って行くのは馬にも負担が掛かるんだよ」


 お、違う角度から抵抗したな。

 良いポイントを攻めた、とも言える。

 良いところに目を付けましたね、と俺の中の池上さんがクリスを褒めた。


 そうなんだよ。これまで、この土地の地霊であるクゥムが外出するには、そこそこ大量の庭の土が必要だったからね。外出って言ってもアレはアバターみたいなもんで本体は家に居るそうなんだけど。


 しかし。


「ふふ~ん♪セシル様が凄い装置を作ってくれたのよね」


 正確に言うと、それはセシルの相棒のシルフの知識らしい。やはり精霊に詳しいのは精霊だ。そして装置と言ってもシンプルだよ。クゥムでも持ち運び出来る程度の小さなポーチに我が家の庭の土を適量入れて、更にそこに魔石を埋め込んだだけ。それなりに強い魔物の魔石が必要になるけれども、この装置によってポーチ程度の荷物でクゥムは外にお出かけすることが可能となったのだ!しかも今までは土だけだったら、ちっちゃい手乗りサイズのクゥムで外出だったのが強力な魔石を利用することで普段のサイズのままで外出可となった。まぁ普段のサイズでもちっちゃい幼児なんだけどね。どういう理屈か知らんけど流石は精霊、便利だよなぁ。

 うん、要するに結論は最初から決まっていたのだ。俺はただ、完璧超人のクリスが困る顔が見たいから黙って見ていただけだよ。そう、クゥムが言う通り今回は数ヶ月のお出かけになるのだよね。もちろん外出先ではルーと夜の運動会が出来ない。だから思う存分、今のうちに開催しよう。


 今夜こそは、その詳細を記したいが……ああ、ガッツがたりない!













◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇












 旅立ちの朝。数ヶ月に及ぶ、前世を含めても人生最大の旅行に出発だよ。人生は旅であり、旅は人生である……て言ったのは松尾芭蕉だったか。

 旅の用意と言っても、今回の旅においては基本的に食事や宿は国が用意してくれる。改めて用意するのは、せいぜい着替えくらいかなぁ。そして道中ものんびりしたものさ。もし魔物が現れたとしても周囲を警備している第一騎士団の精鋭が相手してくれるだろう。

 使節団はクリスの他に外務大臣以下事務官やらが5名ほど。その護衛として選抜された騎士とその従士達が30余名。雑用係が8名。プラス俺達。総勢で50名くらいの大所帯だ。こんな大勢での旅行なんて………そういえば修学旅行があったな。でも多分、修学旅行の経験は、なんの参考にもならないでしょうな。どんな旅になるのか想像出来ないわ。やっぱり安全で慎重な、そして多分退屈な旅になるのかな。

 今回の使節団っていうのかね、こういう旅する貴族さん達は当然野宿なんかしない。途中途中で、それぞれの町にお金を落として経済活性化するという目的もあるから、だそうな。江戸時代の参勤交代もそういう感じなんだろうか。だとしてら日本で行った以来の、のんびり出来る旅になるかもしれないな……はい、多分フラグ。



 気掛かりなのは外務大臣のサミュエルも同行していることだ。

 お互い、近づかないようにしようぜ。

 いつか多分、殺してやるからさ。

 そりゃそうでしょ。

 アイツはクリスを殺そうとしたんだよ。

 しかも俺達も一緒に。ならお互い様でしょ。

 これも狂人の発想でしょうか。











 大人数だけど馬車と騎馬の一団だから移動速度はそれなりに早いよ。それでも20日も掛かるって、飛行機や電車、車が無い世界において外国って本当に遠いんだなぁ…。

 主役であるクリスは一団の中央の立派な王族用馬車に乗車している。俺とセシルは愛馬にて、そのクリスの馬車と並走しているよ。更にクリスの馬車にはルーとガールズ、そしてクゥムが同乗してる。

 ……おい、王子よ。今日も女性に囲まれてやがるのな。ガールズは良いけどルーはこちらに寄越せ。とは言え彼女は近衛騎士隊隊長なので護衛対象の近くに居ないとね。そしてガールズは今は侍女に扮してクリスの傍に居ることになった。お見合いをしに行くのに周囲が女性尽くしでは不味くないのか。クソッ、心底羨ましい!

 普段が普段なので、いつものように馬から降りて走りたくなるけど今回はダメ。第3王子の近衛騎士が妙な事してたらクリスの恥となる。クリスなら「僕はそんなの気にしないよ」とか言うだろうけど俺達の方が気にするわ。俺は良識と誠意に溢れる好青年だからね。まぁ大丈夫さ、乗馬も運動としては十分な強度だよ。ダイエットとして乗馬、あると思います!

 かれこれ10年以上毎日修行の日々だったが、たまには良いんじゃないか、のんびりな日々も。












 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 のんびりな日々は初日に終わった。

 早い。早すぎるよ。

 初日で終わった、というか始まってないよね。

 バカヤロー!まだ始まっちゃいねえよ!

 今の俺はこの台詞を言う資格あるんじゃないかな。


「良い機会だから集中的に座学をやりましょう」


 出発早々に良い事を思いついた、と言わんばかりのルーに笑顔で言われちゃあな。好きな人があんな笑顔で……そんなもん拒否なんて出来ないでしょ?精々の抵抗として馬車の中で本を読んだら酔わないかな?と言ってみたら……魔法ってすごいのね。聖女の治癒魔法には馬車酔いを治す魔法もあるんだってよ!マジすか、それは素晴らしい!ええぃ、チクショウめ。

 だもんで俺もセシルも馬から降ろされて馬車に連れ込まれた。そこで俺達…いつもの3人にガールズ3人を含めた6人は薬学のお勉強だ。と言っても日本の薬理学とは全然ちゃうよ。例えば薬草について、そして毒草について。病気の症状について、そしてそれらの治療に必要なら薬の選び方作り方とか。これってもうほぼ医学じゃん。高純度の医学じゃん。

 その一方でクゥムは絵本から勉強スタート。ルーが俺達の勉強の邪魔にならないくらいの音量で優しく読み聞かせして文字を教えている。彼女の綺麗な、そして耳に心地良い声を聴いていると……眠くなってくるんだよな。


 ……ハッ、いかんいかん!寝てる場合ではない。


 クゥムが「べんきょうって楽しいね!」なんて言ってキャッキャと楽しげに勉強してるからね。小さな子に悪い見本を見せる訳にはいかん。俺だって小さい頃、絵本を読んでた頃は勉強も好きだったからな!今、俺達がやってるのは相当に高等な勉強なんだからな!とクゥムに力説したくなる。小さな子相手に何をムキになっとるんだ、俺は。


「なるほど……クゥムと一緒に勉強させると頑張るんだね」


 チッ……この頑張りが裏目に出たのかもしれんな。

 俺の弱点を曝け出してしまった。サボれない。

 あのね、俺は今でも勉強があまり好きではない。

 なのにサボれない。耳から煙が出そう。

 せめて馬に乗っていたい。

 風を感じていたい。風に~なり~たい~♪








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇









 その日宿泊する町に着いたら、王族御用達の宿にチェックインする。まぁ御用達なのかどうかは知らんけど、少なくとも町で一番の宿へ宿泊するのだ。使節団の全員がその宿に泊まれる訳ではないから分散して泊まったりするんだけど、俺達は役割上クリスの近くに待機して居ないとね。なんせ護衛の為の近衛騎士だから。ついでに良い宿に泊まれるのは役得だ。

 クリスはそのまま、町長さんだの偉い人達と挨拶やら会食やらに出席だ。そりゃ面倒だろうけど、これも王族のお仕事だ、頑張れ。その間、俺達もお仕事だよ。仕事って言ってもクリスの近くに立ってるだけですけども。それでも最低2人は常にクリスの近くに居るようにしているし、基本は4人で警備している。残った2人は順番に交代して休憩とか……修行。修行?なにすんの?と思ったら、ルーと組手することになったよ。警備を外れた2人が近衛騎士隊隊長にボコボコにされる訳ですよ。休憩の意味とは。

 流石に今回はクリスは免除だ。なんぼ師匠だと言っても警護すべき王子を痛めつけるのはマズい。相当にマズい。ああ、隊長こそ王子の近くに居るべきではないのか、と俺も思うよ。あの隊長は今日もフリーダムだから……。




「ここからでもクリスに近づく存在は何であろうと全て確認している。私の神眼からは何者も逃れられない」


 キリッ!じゃない。確かにそうなんだろうけど、この魔神はたまにポンコツだからな………正騎士の皆さんが周囲を警備しているから大丈夫だろうか。

 それより修行とはいえ、魔神を前にして武器を持って立つ俺達の方がよっぽど危険なのかもしれないな。街中だから攻性魔法禁止なのが救いになるか……焼け石に水、なのかもしれないが。


 今回の旅で最初の組手は俺と聖女ティナの2人対魔神ルー。実はティナとは初タッグだ。開始前に聖女に補助魔法を大盛りで重ねがけしてもらった。さぁ、今夜こそジャイアントキリングするかぁ。聖女が数秒でもルーの攻撃を盾で受け止められると……少しは望みもあるんだけどな?出来る?


「無理を言わないで。それは不可能に近い……でも、あなたと私の運が良ければ一撃だけでも止められる……かもしれない」

「可能性がゼロじゃないだけ上等でしょ。よし、いくか」


 Ready?Lady!

 さぁ魔神を驚かせようじゃないか。


 今日も最初からいつも通り出し惜しみ無し。聖女の補助魔法の恩恵で体感では普段の倍の速さでダッシュして、最速の突き!しかし手応え無し。ああ、予想通りだよ。ゾーンに入って、かろうじてルーの動きも見えている。これだけ補助魔法盛り盛りでも、あんまり差が埋まった感じはしないのな!必死でルーの剣を、蹴りを避けた。

 ステータスが上がっていても相変わらず1発でも受けたら終わりだ。それで体勢を崩されて一気に攻められる。全力で凌げ。必死で躱した頭のすぐ近くをルーの大剣が通り過ぎる。風切り音が怖ぇーよぉー!


「ふごおぉぉ!!」


 大剣に気を取られていたせいか、腹に膝蹴りを食らった!背中まで蹴り抜かれて穴が空いていないだけでも、手加減はしてくれているんだろうが……口から中身が出るかと思ったぞ。そして蹴りじゃなく黒い大剣を受けたなら即座に終わってしまう一撃だ。やっべぇなぁ……これじゃ蹴りに怯んでる数秒で更に致命的な攻撃を食らってしまう。………クッソォ!今日も無理だったのか!


 次の瞬間、すぐ目の前で巨大なトラック同士がぶつかったような激しい衝突音。


 やってくれた!


 流石は聖女だ。どうやら今日の俺達は運が良かったらしい。聖女が構える誓いの盾レイテリオンが魔神の大剣を受けて派手に火花を散らしていた……ああ、それでも無理か!ほんの少し耐えたけど聖女ティナは、その小さな身体と盾ごと吹き飛ばされた!それでも聖女は俺の期待に応えて、僅かな時間を稼いでくれた。

 ありがたい。聖女がその身を挺して稼いでくれた、この僅かな時間。のんびりと遊んでる訳にはいかない。吐きそうな程に腹が痛くても無理な体勢であっても無茶でもやるんだよ!頼むよ、カールの槍。魔神を穿て!



 カン、と乾いた音が響いた。



 ダメージは……ゼロ、か。しかし触れた程度ではあったが、俺達の穂先は確かに魔神の鎧に届いた。スマン、聖女。俺の全力全開でこの程度だったよ。既に俺も聖女も地に横たわっている。ほんの少しでも意地は見せられただろうか。


「良い動きと……それ以上に良い度胸だな!私の目の前で、他の女性とここまで息の合った動きを見せるとは………この浮気者がぁ!」


 これは訓練じゃないのですか!?

 これは修行じゃないのですか!?


「新しい女と2人して私を除け者にしようっての!?若い子の方が良いのね!?私のことなんて遊びだったの?」

「いや、違……これは訓練…!」

「言い訳しないで!」


 えー。師匠、めちゃくちゃ理不尽な事を言ってますやん。なんだ、俺は大人しくやられるか、それとも反撃した後に更にボコられるかの2択しか無いんですか。どっちにしても、じゃないですか。逃げ場無しやないか。そりゃ国と時代が変われば魔王と言われる筈だわ。だって今、俺も魔王の所業と思ってるもん。


 この辺は、後々に意識を取り戻してから思ったことだ。

 俺は愛されてるなぁ……愛でお腹が痛い。

 少し具体的に言うと強烈な後ろ回し蹴りを食らったかのように痛い。

 かのように、というか食らったんですけどね……。

 そのダメージは聖女が治してくれたけど、なぁ聖女ティナ。

 どうせならルーの機嫌も治してくれないだろうか。

 

「無理を言わないで。それこそ不可能。運が良くても無理」


 今日の俺達は運があったけれど、どうやらその幸運は聖女がもたらしてくれただけで俺自身には運が無かったようだ。初日でこれでは先が思いやられる。



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