95 〝それなり″
全員の着替えが終わったら急いで王城に参内して、やたら高級そうな絨毯の上を進む。相変わらず豪華な作りの建物だぜ……世界遺産に選ばれてから行った迎賓館赤坂離宮だって、もう少し落ち着きのある雰囲気だったのに。庶民である俺には金持ちや王族のセンスってよくわかりませんなぁ。
城と言うだけあって庭も広かったが内部も広いなぁ……一体どこまで歩くんだろう。前を歩くクリスについて行くだけなので迷子にはならないだろうけども。帰りが不安だわ。帰りもクリスに道案内させるしかねーな。よし、キビキビ働け、王子。
そんな事を考えながら、建物の中でこんなに歩くの?と思う頃に、ようやく俺達は目的の部屋にたどり着いたみたいだ。もはや旅だな、この距離は。
目の前の大きな両開きの扉が、触れる前に音もなく開く。
おお、まさかの自動ドアか!………と思ったら中からメイドが開けていたようだ。電力が無ければ人力で、ですね。出来ることなら、もっとこう……魔力がどうのこうのして欲しかった。魔法のある世界なんだから頑張ってファンタジーしましょうよ、ねぇ?魔導具とかそういうの、あるんでしょ?
クリスに続いて室内に入ると……なんか目が痛い。華美に装飾しました!と言わんばかりの輝くような白を基調とした室内の壁や家具、そして調度品に黄金や宝石が輝いてますねぇ。こりゃ小市民には落ち着かねぇなぁ……!畳の和室が恋しくなるわ。
うわ、天井にも綺麗な絵が描いてあるじゃん。ここは観光名所かよ。室内には、これまた煌びやかな大きな机に……10数人のおっさん達が。何故か御老公も居たよ。あのジジイ、暇なのかな。暇なんだろうな。
御老公以外のおっさん達は起立してクリスを迎えてくれた。さすが王子だな!王子らしいとこ初めて見たかもな!普段が普段だから、つい王子らしい扱いを忘れちゃうんだよな。なんかこう……俺にとっては気安いやつなんだよ。どんな扱いにも怒らない、懐の広い王子なんだよ。あの器の大きさ、見習いたいよね。でもそれより俺はシレッと座っている御老公が気になるね。
「俺のことは気にするな。少し時間があったから見物に来ただけだ」
するよ。
めちゃ気にするよ。
帰れよ。邪魔だよ。
暇つぶしにこんなとこ来るんじゃねぇよ。
「そんなに心配される程子供ではありませんよ」
クリスが御老公の言葉に苦笑しながら席についた。そうだぞ、うちの第3王子はすごいんだからな。子供ではありませんよ、とかいってもまだガキな部分も多いけどな。それでも今やそれなりにボーボーだからな。うん、お風呂で確認した。いや、俺だって見たくて見た訳じゃないよ!たまたま目に入っただけで。断言出来るけど、この部屋の中で俺が一番下品な事を考えているだろうな。
それはそうと……当然ながら偉そうなおっさんが何人もいる。偉そうと言うか間違いなく全員が凄く偉いんだろうなぁ。向こうにはジェロム兄さんの結婚式で見かけたラッジ騎士団長の姿も見える。今は上品そうに見えても、あの人も強いんだろうね。一応、俺も遠い親戚になるのかな……挨拶くらいしておこうかな?
「まだ1人来ていませんが、そろそろ始めましょう。と言っても今日は顔見せのようなものですが」
司会役なのか、名も知らぬ髭のおっさん大臣の仕切りで会議は始まった。ナントカ大臣だのナントカ卿だのが順番にクリスに自己紹介して……あまりにおっさん濃度が高いので彼等の名前が脳にまで届かないわ。おっさんパラダイス、今日も本領発揮。とはいえ俺が、このおっさんズと直接会話することもないだろう。え?名前を知りたい?おっさん達の?なんでぇ?知りたいなら書くけど……何?おっさんが好きなの?ただのおっさん達だよ?加齢臭プンプンのおっさんズだよ?どうかと思いますけどね。この光景を目の保養だと思ってホクホクしているのはウチの枯れ専魔神だけだよ。
そして今回の外遊の日程も簡単に説明してもらえた。来月の10日、出発。途中、色々な町を経由してラウルシュタインの帝都まで予定では約20日間の行程だそうだ。結構遠いのな。そして帝都には2週間ほど滞在予定。滞在中はラウルシュタインの偉いさんやら貴族と連日パーティやら茶会が催されるんだろう。とゆーか催される。既にいくつかはブッキングされている。
そしてメインイベントにはクリスと姫さんとのお見合いだ。王族のお見合いってもんがどういう風に進行するのかは知らんけど……護衛の俺も相手のお姫さんの顔くらい拝めるのかなぁ。
そしてやることやったら帰宅。違う、帰国だ。帰国するんだけど……その途中、帰りのルート上にはお楽しみのエピナントがある。そのエピナントにあるのは中級~上級者対象の迷宮だ。俺達のレベルアップも大事な目的だけど、俺は個人的に邪神の痕跡が残っているかどうかを探したい。それらを全て終えた後は普通に王都まで戻ってくる、と。
あー、めんどくせえ。
オルトレットから王都に来る時なんざ、付き人なんて雑用兼馭者のジャンさん1人だったのにな。あれはあれで異常だったとは思うけど……あれは国内の移動だったし、更にクリスが強く希望したからだよ。そんな無茶な要望を聞き入れてくれる御老公も居たし。あんな感じなら気楽なんだけどな。残念ながらと言うか当然ながら、今回は数十人での旅になるよ。どうしても気を遣うよね。
「ここまでで、何か質問がありますか?」
「質問ではないですが……疑問はありますな。見目麗しいのはわかりますが、我々第一騎士団から10名もの騎士を出して殿下を護衛するというのに、わざわざ近衛騎士まで任命する必要がありましたかな?」
これはジェロム兄さんの義父、ラッジ騎士団長からだ。どうやら俺達の存在が目障りらしい。俺達がいるのに近衛騎士団などいらんだろ、と言いたいわけだ。それはそれでわからんでもない。むしろ言いたい気持ちはよくわかる。もし実際に戦えば、その自慢の第一騎士団全員が相手だとしても俺とセシルとルーの3人の圧勝に終わるのは間違いないが。主にルーの活躍によって。だからってね、大人には立場とか事情とかメンツとか色々あるんだよ。それにしても護衛が騎士10人って少なくない?クリス1人だから十分なの?知らんけど。
「ラッジよ、こいつらはクリスの友でな。形だけの身辺警護と思ってくれればよい」
コネ入社。実際そうなんだから否定できない。おもいっきりジジイの権力で強引に捻じ込んだからね。でも多分俺達は無給なんだぜ、ラッジ団長よ。宿代とかは国が負担してくれるだろうけどさ。そうそう、所詮はお飾りの近衛騎士なんで王子の話し相手兼世話係くらいに思っておいてください。
「それと、お前らだけには言っておくが、このレティシアは俺の娘だ。丁重に扱え……とは言わんが、あんまり苛めてやってくれるな」
そう言って笑う大公に部屋中の偉いさん達がざわついた。そりゃ突然、王の妹の存在を発表は驚きますよね。別に隠していた訳ではないしルーも以前に王さんに挨拶はしてるので、一部には事情を知ってるおっさんも居たようで。ざわめきはすぐに落ち着いた。しかし爺さんよ……見物に来ただけの割には、よく喋るよな。
こうやって俺達を助けに来てくれたのはありがたいんだけど、あのドヤ顔がムカつく。あの爺さんと俺の間に前世でなにかあったのか……いや、日本では会ってない筈だが。だよな?
「静粛に…!クリストファー殿下、細部に関しては後日改めて御説明致します。他に何かありますか?」
「一つだけ。帰りの日程ですが……僕の我儘で申し訳ないのですがエピナントにしばらく滞在出来ませんか?」
「しばらく、というと具体的には何日程度を御希望でしょうか?」
クリスがチラリとルーの方を見てアイコンタクトした。
今ので意思疎通出来てるん?
「そうですね、出来れば7日。せめて最低でも5日、お願いしたいです」
「うーん……使節団の人数が多いですから一泊増えるだけでも相当予算がかかりますのでね…財務省の方でも検討をしてみますが」
「ご存知かもしれませんが、僕は冒険者もやっていましてね。エピナントの迷宮に行ける機会は二度と無いかもしれません。勝手な我儘とは重々承知ですが、是非お願いします」
「困りますなぁ!ラウルシュタイン帝国の迷宮でルシアスの王族が怪我でもされたら国際問題にもなりかせませんぞ。ワタクシは賛成しかねますなぁ!」
デカい声でクリスの要望にダメ出しをしながら、大柄な年配男性が数人の男を引き連れて部屋に入ってきた。随分と大きな男だ。背も横も、そして態度も。俺は医者じゃあないが、もう少しダイエットしたら?と言いたくなる程の成人病になりそうなメタボ体型だ。既に成人病患者かもしれん。そして下品な程に派手な、値段だけは高そうなアクセサリーをいくつも身に付けている。ぽっくんは歩く身代金、か。
まだ1人来ていない、と言っていたのはコイツのことだな。
「いやぁ、遅れて申し訳ありません。ラウルシュタイン側とのやり取りに手間取りましてな」
偉そうにドカッと座りながら、少しも申し訳ないと思って無さそうな表情と口調で謝罪した。俺は恵まれているのか、いわゆる貴族らしい貴族にはほとんど会わずに生きてきたけど……久々に実に貴族らしい貴族の登場のようだ。うん、嫌な貴族。ここまでムカつく態度だと、いっそ清々しいね。
「サミュエル外務大臣、もう殆ど説明は終わってしまいましたよ。あなたから何かありますか?」
コイツか………!?
この男がサミュエル・ド・ブランか!
1年前、クリスを殺そうとした男。
ついでに俺達も襲われているから、俺達だって立派な被害者だよ。
「そうですな……まずは」
「黙れ」
サミュエルがいやらしい笑みを浮かべながら何事かを言おうとしたんだけど……ルーの穏やかだが、よく通る声によって却下された。
偉い貴族らしいぜ?そいつ。
この国の重役でもあるし。
そして、おそらく王子暗殺を企てたヤベー奴でもある。
本当なら、あんまり歯向かってはいけない相手だ。
そして、そんな人間界の事情なぞ一切考慮しない魔神が大臣の発言を途中で斬って捨てた。
「サミュエル・ド・ブラン。貴様、1年前オルトレットから王都に向かう道中のクリストファー殿下に刺客を差し向けたな。殿下の近衛騎士として断じて許す訳にはいかん。今、この場で死ね。死んで詫びろ」
「はぁ?無礼者め!誰だか知らんが何を言っておるのかサッパリわからん。証拠もなく人聞きの悪い出鱈目を言わんでくれ」
「神の眼は欺けない。そして私には証拠など必要ない」
ミステリー好きが言う事では、ない。古今東西の名探偵や名刑事もこんな台詞を吐くことはないだろう。でも断言しちゃったよ、証拠はいらないんだって。こんな尋問があるかっ。しかしルーは本気のようだ。奴の発言を切って捨てただけでなく本人をもぶった斬るつもりらしい。既にサミュエルには死刑判決が下ったようです。この裁判の審議時間、コンマ秒以下だな。周りに御老公やら大臣が居るというのに彼女は既に黒い大剣をその手に握っていた。これだけでも本来なら割と重罪になるかもしれない。
「先生、ちょ…ちょっと待ってください!」
「クリス……愛するあなたの言葉でも私は止まらない」
そう言って魔神は、ゆっくりとサミュエルに向かって歩き出す。何これ……何が起こってるんだ?あまりにも唐突にして異常な事態に動ける人間がほとんどいない。待てと言えたクリス、スゲーな。
「な、なんなんだ!?おいケヴィン!この女を止めろ!」
「……やれやれだな。俺は女子供に手は出さない主義なんだがな」
じゃあ成人の男には手を出すんだろうか。登場して数秒でそんな特殊な性癖をアピールされても、なんというか、その、困る。若い……と言っても20歳代半ばくらいか、長身で長い茶髪の男がフラリとルーの前に立ちはだかった。なんというか、フッ…とか言ってキザに笑いそうなタイプの割とカッコいい男。いや実際にフッと笑っている。そう、ちょっと痛そうなイケメン。痛メン。
部屋の誰かが「何故ケヴィン・アルノーがここに…!?」と言った。ケヴィン・アルノー……なるほど、思い出した。この男がルシアスの双璧のもう1人か。
『月の守護者』のケヴィン・アルノー……!こいつが王国最強の冒険者と呼ばれたケヴィン・アルノーなのか。俺達が王都に来て以来、約一年。全然会わないなー、と思ってたら予想外の場所で会えたわ。ボリスさんはボリスさんで美少女にどつかれて喜んでいたし……こっちもいきなり成人男性が好きとか言い出すし。ヤベーな、この国の双璧。
……あっ、そういう意味で双璧なのかもな!
時代の先を行く性癖のフロントランナー2人なのか。
アンタら未来を生きているのな。
「お嬢さん、悪いがハブホッ!!」
この国最強の男は、しかし残念ながら台詞の途中で吹っ飛ばされた。ルーはそういうとこがある。どんなカッコいい事なり痛い事なりを言っていても彼女は興味が無いので待たないし聞かない。ストーリーの進行や展開なんぞ無視。彼女のキャッチフレーズは問答無用。そういや俺も初対面で問答無用に殺されたわ。
ルシアス王国最強の男は一撃で壁まで吹き飛ばされて……なんかピクピクして泡吹いてるよ!曲がっちゃいけない方向に腕が曲がってるよ!大丈夫かな?まぁどっちでもいいか。
「師匠、ちょっと待って!一旦、止まりましょう!ね?」
「セシル……私は誰よりあなたを大切に思っているけど、それでも無理だ」
最強の男ケヴィン・アルノーは全く、なんの足止めにもならなかった。そしてセシルの悲痛な声にもルーは止まらない。なんつーか……茶番だよな、これ。ルーが……俺達の愛する最強の魔神が人間を殺すと決めたのなら、こんなトークをしてる間も無く刹那でサミュエルは死んでいるはずなんだよ。それがまだ生きてるってことは、なにかルーには思惑があるんだろう。さて……どんな意味があるんだろうな。
「レティシア!……俺は止めないが血は出すな」
いいのか爺さん。止めようぜ。止めた方がいいぜ。多分、世間一般的には止めるトコだと思うよ。殺されそうになってるの、アンタの国の大臣だよ?そして殺そうとしてるのはアンタの娘だし。そもそもアンタの目の前で武器を手にしただけで罪に問われてもおかしくないんですが。それを、やっていいと言質を与えてしまった。
騎士団の騎士も数名居るけど、ここに誰が何人居ようとルーを止められるはずがない。最強であるケヴィン・アルノーが瞬殺(多分死んではないけど)されたのを目の当たりにしたせいか、全員動かない。いや、動けないのかもしれない。
ルーがゆっくりと歩いて向かっているのは……俺に止めろってことか?多分そうなんだろうな。あのね、打ち合わせ無しで急に暴挙に出るのは止めましょうよ。
「ルー!止めなさい!………………今は、まだ」
色々と考えて、さっさとルーを止めなかった俺も悪かったかもしれない。だが、既にルーはサミュエルの目の前で大剣を振りかぶっていた。
サミュエルはサミュエルで、絶大な信頼を置いていた最強の冒険者が相手を撃退するどころか秒の足止めも出来なかった現実を受け止められないのか、ぷるぷるしてへたり込んでいた。腰が抜けたのかもしれない。ヘタレめ。そのヘタレに向かって振り下ろされた大剣は、サミュエルのド派手に豪華な首飾りのみを切断し、妙に大きな落下音だけが部屋中に響いた。
「ひゅ〜…ひゅ〜……!!」
生き残っていたサミュエルの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで変な呼吸を繰り返していた……汚ったねぇの。多分、ルーの威圧を正面から受けているんだろう。高確率で下も漏らしていると思うが、微塵も奴に同情する気にはなれないね。
「私の判決では問答無用の死刑だが……私のかわいいかわいい弟子達が止める限り貴様の刑の執行は延期してやる。いいか、覚えておけ。あの3人の弟子達の身に何かあれば、それに貴様が関わっていようといまいと即座に貴様を殺す。あの3人のうち誰か1人でも許可すれば、その日その時点で貴様を殺す。必ず殺す。精々、彼らの安全を守って機嫌を取ることだな……!あのルシアス最強の男程度なら千人でも万人でも私にはなんの障害にもならない。貴様の命は常に私の手の中にあると思え」
黒の大剣をサミュエルの鼻先に突きつけて念押し。もうね、やってることはヤクザですわ。サミュエルは部屋に入った時の余裕はどこへ行ったのか、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でバカみたいに頷いていた。ルーの前では本当に驕れる者久しからず、だ。俺も他人事じゃないかもしれないから気を引き締めよう。キリッ。
そうか。
何を始めたのかと思ったら、俺達の安全の為に茶番を演じてくれたのか。それにしてもクリス暗殺を命じた男に俺達の身辺を守らせようとは。その発想、えげつねぇな。その交渉自体はもっとえげつねぇし。
「ラッジよ。こいつらはお飾りと言ったが……ありゃ少し嘘だ。それなりに腕も立つから邪魔にはならんぞ」
それなり、の基準とは。
王国最強の男を子供扱いする、それなりってなんなんでしょうか。
日本語とは、それなりの意味と使い方が少し……いや、かなり違うようです。




