90 天下布武
「ちょっと待ってくれ、頭の中が整理出来ない。何をどうしろって?」
「だから~!俺達を騎士に叙任しろって言ってるの!」
「お前、何か大事な話の前提をバッサリ省略してるだろ!いきなり過ぎて意味がさっぱりわからん!」
チッ……。
朝イチで城に乗り込んで勢いで一気に話を進められないかなと思ったんだが、やっぱり無理か。クソッ、お利口さんめ。面倒くさいヤツだな、これだからちゃんとした奴は嫌なんだよ。
多分、国家の機密情報であるだろうクリスのお見合いの話を出さずに穏便に済ませようと思ったのに………ちょっと力技が過ぎたかな?いや、もう少し押してみよう。うん、俺はそういう性格なの。
「チッ、うっせーよ……持ってんだろ、騎士の叙任権。おい、飛んでみろよ。ほらチャリンチャリン言ってんじゃねーか」
詳しくは知らないけど多分、第3王子には騎士の叙任権は無いんじゃないかな。これは昨日、お前の爺さんにイライラさせられた仕返しだ。八つ当たりと言っても良い。だから気にするな。俺も気にしないから。
「春に東の方に行くらしいじゃないか。その時に俺達は一介の冒険者だからお前に同行出来ないんだよ。それで、ね」
「あー………あれを聞いたのか。随分早いな。それで、か……あのな、そのくらいの説明をサボるなよ」
俺に多くを求めるな。
俺を誰だと思っているんだ。
そこは察しろよ。
「………って、まさか!レティシア先生もご存知なんですか!?」
「昨日、お父様から聞いたよ。みんなと一緒に」
「お前の近衛騎士隊の隊長に任命されたんだぞ」
「ボクとアレクが隊員だよっ」
まだ予定だけで、叙任されてはいないけども。
御老公から直々に内定は貰ってるよ。
だから今はまだ、ただのD級冒険者だ。
「先生、あの、違いますから!今回はまだ結婚が決まった訳でありませんから…!」
「そうなの?お相手の方が素敵な人だと良いよね」
何をそんなにオタオタしているのか。クリスが慌てふためいて違うんです!違うんです!と連呼しているが放置しておこう。何も違わないだろうに。頑張れよ、お見合い。大丈夫、相手の姫さんはきっと巨乳だと思うよ!その根拠は全く無いけれど。
珍しく一人で騒がしいクリスに、冷静な俺達。
これはこれで貴重な光景ですね。
「ここに居たか」
いつの間にか、ふらりと御老公が広間に入ってきた。悔しい話だけどジジイの癖に背が高くて姿勢が良いから王城内だとなおさら見栄えがする。ケッ!こういうところも気に入らないね!
「さて、お前達の叙任式をやろうか」
俺も詳しくは知らないけどさ、本来は騎士の叙任式って大変らしいですよ。レスリー兄さんの時だって忙しそうだったもの。数日前から式典の準備したりして凄いんだから。俺みたいなテキトーな人間はこの時点で弾かれるんだから。もう荘厳。壮大。国によっては楽隊によるファンファーレが鳴り響くらしいよ。本当の絶対に笑ってはいけない、の雰囲気だ。一部の人には地獄だよな。ええ、その一部である俺には絶対無理だわ。
まかり間違っても、こんな風に暇?じゃあパパッと叙任式やろうか?というもんじゃない。本当はね、御老公にキチンとした叙任式をしようかと提案もされたんだけど丁重にお断りしたんだ。どうせ臨時だし短期だし形だけの話だもの。クリス相手ならともかく俺達は国家に忠誠も誓えないしな。派手にやって後々アイツらは騎士に相応しくない、なんてことがバレたら怖い。きっと真面目な人に怒られる。そして多分、その真面目な人の方が絶対に正しい。わかってても改善出来ないし、しない所が俺のかわいい所だと思うね。そんな自分が大好きなんです。
昂然と歩く御老公に連れられて、全員でぞろぞろと王城の庭に出た。
庭と言っても日本の俺が住んでいた家は勿論、今の屋敷と比較しても広大な庭だなぁ。子供の頃、オルトレットでよく遊んだ公爵さんの領主館の庭も広いと思っていたが、その数倍はデカい。ここが日本なら固定資産税がすごいことになりそうだ。我ながら小市民で尚且つおっさんの感想だよな。
御老公の後に連なって皆でしばらく歩いた先は広い広い草原だった。ここって王城の庭なんだよね?まるで牧場だな……もしかして牛でも飼う気なのか、この城の人間は。
緑の草が風に揺れる草原の真ん中に緋の絨毯が敷いてあった。ほぅ……シンプル極まりないけど、絵になるじゃないか。これはジジイの趣向なんだろうか。なんにしても蒼天の下というのは、いいな。うん、気に入った。そして緋の絨毯の横には……聖女に剣聖、賢者の3人が珍しく正装で佇んでいた。なんで?と思ったが、今は何も言うまい。
そのまま御老公が中央に進み出ようとしたが、ルーがそれを止めた。
「お父様、今回は立会人として見届けてください」
御老公は、その言葉を聞いてほんの少し顔をほころばせた。そしてクリスの耳元で何事かを告げた。多分、お前に全て任せたぞ的な事でも言ったのかもしれない。
改めて我らが第3王子が、緊張した面持ちで中央に進み出た。それに合わせたかのように静かに聖女が音楽を奏で始めた。何か置いてあると思ったら、あれはオルガンのようだ。多分、この世界での讃美歌みたいな曲なんだろうね。おいおい、たった一人の楽隊とはいえ聖女自らが祝福してくれるとは随分と豪華な話じゃないか。
俺とセシルは今朝、ルーに髪もカットしてもらったし元々用意してあったのか、ジェバンニじゃあるまいし一晩でやってくれたのかわからないが、純白の絹のシャツも着てきた。急ではあったけど用意はバッチリですよ。
クリスの前にルーが厳かに進み出て跪き、そこに剣聖がゆっくりと磨かれた剣を捧げ持ってゆく。その剣をクリスが手に取ってルーの肩にあて、叙任の宣言と誓いを述べた。
「レティシア・リュシオールよ。神の御名において、汝を騎士とする。勇ましく、礼儀正しく……時に剣となり時には盾となり弱き人々を護る者であることを誓うか」
「我が父の名において誓います」
昨日も言っていたが……その父は御老公なんだろうか。それとも俺が顔も名前も知らぬ神界の父だろうか。或いは、その両方なんだろうか。どちらにしてもルーは尊敬しているのだろうな。このファザコンめ。
「ここに汝を騎士と認め、証の剣を授ける」
クリスが剣を鞘に納め、それをルーが恭しく受け取った。そして賢者が素早く白いマントを持ってきてルーの肩に付けた。聖女、剣聖、賢者に祝福される騎士ってもの良いじゃないか。おそらくは世界でも俺達だけだろう。
簡易で正式な儀式じゃない。傍から見れば騎士ごっこかもしれないが……それでも純白のマントを風になびかせて凛として立つルーは美しかった。なんだか無性に誇らしい。この人の為なら、なんだってやってやるさ。
その後、続いて同じように俺とセシルもクリスの前に進み出て騎士として叙任された。ルーと違うのは誓いの返答だけ。
「我が師の名において誓います」
神にも王にも国家にも忠誠は誓えないが、俺達が心から尊敬する唯一の存在に誓おう。
さあクリス君。
形だけとは言え、無敵の魔神を配下に収めたぞ。
今、この瞬間において最も世界制覇に近い王子だな!
やるか?天下布武。
「する訳ないだろ!」
出来る訳ない、じゃないのだ。しない、なのだよ。
してもいいのにな……嘘です、実際にやる!と言い出したら流石に止めるけどさ。バカ野郎、他所様に迷惑かけるんじゃないよ!とか言ってハリセンでスパーンと叩いてやるよ。だって絶対に面倒くさいだろ。
「クリス、そのくらいの気概が無くてどうする」
どこから運び込んだのか、茶会用のテーブルと椅子が用意されていた。そしてメイドさんが素早くケーキ各種と香りの良い紅茶を目の前に並べてくれた。
爺さんが孫の世界制覇を煽ってどうするよ。
テキトーな事を言うんじゃない。
本当に枯れてない爺さんだな。
アンタのお孫さんは近いうちにお見合いするんだぞ。
戦争よりLOVE&PEACEでいこうぜ。
簡易にして厳かな叙任式が終わったら、皆で席について、のんびりティータイムだ。ぶっちゃけマントが邪魔だな……騎士となった最初の感想がコレですからね。
「そうだ、近衛騎士隊に関してクリスにやってもらわなきゃいけない最初の仕事があるんだった」
「なんだよ?叙任式はたった今やっただろ」
「それがな、更に新規の入隊希望者がいるんだわ。3人…いや4人かな」
「先生も居るんだし3人で十分じゃないか?」
「俺もそう思うよ。そもそもが一緒に行動する為の名目ってだけだし。ただな、その4人とも強く……本当に強く入隊を希望しているんだ」
「誰だよ、その4人って…」
誰って……隣のテーブルで紅茶を飲みながら、俺達をチラチラと見ている美少女達なんですが。3人とも前のめりな姿勢だなぁ。そんなにガッつくな。
「どうだろうクリストファー殿下。剣聖、聖女、賢者を近衛騎士として従える世界にただ1人の王子になってみたいと思わないか?思うだろ?思うよな?」
「えー…!それは……だって彼女達はラウルシュタイン帝国の国民だろ?」
それは昨日、既に言った。
あ、ちなみに4人目はクゥムな。
却下しても良いけど、本人には言うぞ。
クリスが却下したから駄目でしたって。
「えー!僕のせいになるのか!?」
マスオさんか、お前は。そりゃそうだろ。ちなみに長年セシルに鍛えられたせいなのか、クリスは妹キャラに滅法弱い。全然鍛えられてないか。俺以上にセシルやクゥムを全力で甘やかしている男だ。いや、俺はクゥムはさておきセシルはそこまで甘やかしていないよ。全ては飴と鞭だよ。
「危険だし……そもそもクゥムが騎士になったとしても何も出来ないだろ?」
うん、見た目はただのかわいい幼女だしな。幼女でありながら同時に精霊だから実際は色々出来るかもしれないけど……今のところ、クゥムの能力って見た目相応。特に力がある訳でもない。多少はポルターガイストかテレキネシスか知らんけど、手に触れずに物を動かす事は出来る。我が家でのクゥムの仕事はルーが外出中の掃除と料理運びだ。それと元気に遊ぶ事と可愛いが仕事なのだ。
「俺もそう思う。じゃあ却下で良いんだな」
「……………そうしたらクゥムは泣くだろう?」
さぁて。泣くか怒るか拗ねるのか……矛先はクリスに向けたから好きなのを選べ。クリスなんて嫌い!と怒って泣いて拗ねるかもしれないね。あー、自分が安全地帯にいるってのは気分が楽だわぁ。
「どーせ名前だけなんだから、入隊許可してあげたら?」
悩むクリスを尻目にケーキを食べながらセシルが気楽に言い放つ。騎士に危険は付き物かもしれないが……確かにクゥムの場合は戦うこともないだろうし。というか戦わせないよ。戦場に幼女を連れて行けるかっ。そもそも俺達は戦いに行く訳じゃないよ。
「クゥムに泣かれるのは…絶対に避けたい……!」
おい……コイツもロリコンじゃないだろうね。まぁいいか、じゃあクゥムは入隊な。今度はうちで叙任式をやるかー。完全にごっこ遊びになるけどしょうがない。
一連の話を聞いていて御老公は笑いを堪えるのに必死、て感じだな。俺だって腹を抱えて笑いたいよ。どんどんクリスの近衛騎士隊が普通じゃなくなっていく……側で見る分には確かに面白い。そもそも隊長が魔神の時点で普通じゃなかったわ。
「クゥムが……精霊が入隊出来るなら、わらわ達の入隊も許可してもらえるのじゃろうな!」
クゥムの入隊でハードルはだだ下がりだ。確かに精霊の幼女がオッケーなら誰でも良いような気がしてくる。国籍が違っても良いのかな?ダメなのかな?うろ覚えだけど例えばマルタ騎士団とか国籍でダメとかの話じゃなかったような気がする。
「え…うん。あー…良いのかな…」
クリスはこんらんしている。
今、うん。て言ったよな。
聞いた?ガールズも聞いたよね?
「良かったな、君達にも入隊許可が出たよ」
歓声を上げるガールズ。
言質取ったから良いよな。
「御老公も聞こえましたよね?」
「うん?あー、確かに聞いたぞ。俺が証人だ」
もう堪えるのは諦めたのか、御老公は大きく肩を揺らして笑っている。
確かに他人事だと思うとめちゃくちゃ面白いわ。
「これで配下に聖女・剣聖・賢者も揃ったな。お前が本当に世界を取るのも時間の問題じゃないか?」
「だからっ!取らないっての!」
仮に世界を制覇したとしても皿洗い当番や見張りの当番は免除無しだからな。そこまで、お前は偉くなってないぞ……まだ。ああ、クリストファー王子はもし世界を征服したとしても皿洗いや幼女の遊び相手をさせられる男なのだ。
ガールズの叙任式では逆に俺達が補助をしようか。
あ、久々に父や母にも手紙を書こうかな。
王都で騎士になりました、とかなんとか。
多分、何が起こった!?と大混乱になるのは必至だろうなぁ。




