9 起こらないから奇跡って言うんですよ
「ボクのスキルはね、弓術・風魔法・水魔法・精霊魔法・木工・気配探知・解体・騎乗・音楽だったよ。9つもあったんだよ!これってすごくない?すごいよね!」
「うん、すごいぞセシル。でも自分のスキルを無闇に他人に言っちゃダメなんだよ?」
止めてよね、そんな無垢な瞳でなんで?ボクは無闇に言ってないよ?と言わんばかりに俺を見つめるのは。なんだか俺が悪い人みたいじゃないですか。俺の良心がチクチク痛むじゃないですか。君が小首をかしげて上目遣いで見つめたら、大体の男は落とせそうだな。俺がロリコンじゃなかったことに感謝するんだな!
「精霊魔法ってどんなだろうね?セシルのスキルはまるでエルフみたいだね」
「まるで、ってクリスはエルフを見たことあんの?」
「ないよ。王都の騎士に1人居るらしいんだけどね、会ったことはないんだ」
へぇー!ホントに居るんだ、エルフ!
さすがお約束の世界。
まだまた俺を楽しませてくれそうだな。
「そんで、アレクのスキルは?」
むぅ、遠慮なく直球で聞くんだね……まぁいいんだけどさ。他の人には聞くなよ?他人のスキルについて聞くのはマナー違反らしいから。
「無しだ。俺にはスキルが無かった」
「「え?」」
ハモったな。
お前らも随分と息が合ってきたなぁ。
「無いって……何にもないの?ほんとに?」
「そうだよ。ホントに何もなかったの!」
「そっか………じゃあボクがアレクの将来の面倒をみるしかないね」
セシル君、なんでちょっと嬉しそうなの?そう思うと同時に主夫もちょっとアリだな、と思ってしまった。ない話では、ないよね。一人暮らし歴は長かったから掃除洗濯料理は得意な方だよ。将来的にセシルに養ってもらうのも悪くないかもしれない。むしろ願うところではないか。
「……そうね、最悪それでお願いするわ。とりあえずもう少し頑張るつもりだけどさ」
「そうだよ、アレクは僕らのヒーローだからね。強くあってくれよ」
本当だよ……少なくとも簡単には死なない程度には強くなりたいもんだよ。スキルの効果はクリスのを見て多少理解したつもりだけど、スキルが無いからって即、死ぬわけでもないしね。もちろん圧倒的不利な立ち位置ですけどね!押せるものならリセットボタンを押したい。どこだよリセットは。
それにしても……今更だけど、この世界のスキルってそもそもなんだろうね?魂の力が具現化したものだったかな、習ったのは。よくわかんないけど才能か?地球でいう所の才能って事なのか?才能が具現化ってのもよくわからんが、それで急に強くなったクリスはなんだ?固有の能力と思った方が近いんだろうか。でもな、今のクリスがウチの父上に勝てるかと言えば、手も足も出ないだろう。体格体力以外にも技術が全然違うんだもん。
スキルは所持すれば一定の、例えば一律で100の強さになると言うものではないようなんだな。今ある力を何十、何百%アップさせるモノなのか………って何にもスキルが無い俺が考えてもしょうがない。時間の無駄だわ!そんなことより、だ。
「来週から学校、始まるんだね。アレクはニホンで行ってたんだっけ?ボクは初めてだから楽しみだな~」
「勉強はモルガン先生に教えてもらったから大丈夫だろ。セシルなら友達もいっぱい出来そうだしな」
「昼には学校も終わるから、午後までクリスは待っててよ。これからも一緒に遊ぼうね!」
「え?僕も一緒に学校に行くつもりだよ」
「え?王子なのに?」
「うん、王子だけど行くよ。もう叔父様にも手続きしてもらったし」
21世紀の地球じゃあるまいし……。この時代なら王族の元に学校の方が行きそうなもんだけど学校に王族が行くのか?まぁ本人が希望してるんだし、いいか。俺達も一緒の方が面白いし。
「そか、じゃあ学校でもよろしくな。もうモルガン先生には教えてもらわないの?」
「午後にはモルガン先生の授業もしてもらう予定だよ」
そうか、じゃあセシルの魔法の勉強もお願い出来そうだな。俺は……その間、暇になりそうだが。遊ぶ時間も減るなぁ……あれだ、子供の頃から遊んでた同級生が急に塾に通いだした、的な。俺達、私立の中学を受験するから……みたいな。まぁ日本での俺の友達にはそんな奴は居なかったけど。
そんな話をしていたが、今日はクリスと更に珍しいことにセシルにも家の用事があるそうで早々に解散になった。生きてりゃ、たまにはこんな日もあるさ。
まだ日も高いし、急に暇になったなぁ。いっつもセシルと一緒だから完全に1人なんて、いつ以来だろ。暇だし海でも行こうかなー、とフラフラ歩いていたら気が付けば……俺は神殿の前に居た。あの運命の日の舞台となった神殿だ。
この神殿は、正式にはアムブロシア神殿と呼ばれているそうだ。今年の水鏡の儀は昨日で終わり神殿はいつもの、どちらかというと閑散とした雰囲気を取り戻していた。
ほんの数日前の出来事なんだけど、人生変えちゃうんだもんなぁ……もう一回儀式やったとて……結果は変わらないんだろうな。三度目の正直というより、二度あることは三度あるって気がするんだよ。なんとなく。
奇跡でも起こらないかねぇ。
奇跡ってのは起こらないから奇跡っていうんですよ、か。確かにな。奇跡って確率ゼロが起こるからこそだよ。死人が生き返るとか、水の上を歩くとか。例えば正確に表が出る確率50%、裏が出る確率50%のコインがあるとして……表でも裏でもなく、そのコインが縦に立つのが奇跡なんだろうさ。平日の昼間からゴロゴロ~ゴロゴロ。あ~あ、奇跡起こんねぇかな。
……あ、そういえば儀式の日にみつけた階段の踊り場の壁にあったナンプレみたいなヤツ、見られるだろうか。このアムブロシア神殿は、礼拝堂的な部分は基本的に一般にも開放されてるようなんだよ。そこから階段を降りて……そうそう。これだ。うーん……俺はナンプレを連想したけどナンプレというか、これは……いわゆる魔方陣だな。そう、魔法の陣じゃなく魔の方陣の方ね。
地球には魔法陣は多分存在しないが魔方陣はいっぱいある。確か歴史が古いはずなんだ。俺は見たこともないけどスペインのサグラダ・ファミリア教会にも魔方陣があるそうだし。宗教的意味でもあるのかなぁ。あるのかもしれないなぁ。知らんけど。
そしてこれは………古くてわかりにくいけど結構簡単な3次魔方陣だな。いや好きだったんすよ、こういう数字パズル系。数学は……苦手だったんだけどな。おっ……これは壁の模様かと思ったら、この魔方陣の数字、動かせるぞ。これはもしかして完成させられるんじゃない?
魔方陣ってのは縦横斜めの列どこから見ても足し算の合計が一緒になるっていう配列だよ。これは縦横3マスの3×3だからシンプルな魔方陣だけど5×5の5次以上になると相当複雑になる。
こうして……ここで…よしっ、最後はここに2を置いて完成。そうだ、今度セシル達にもこういうパズルをやらせてみよう。
「んん……?」
目の前の魔方陣の壁が一瞬揺らいだ……ように見えた。まるでノイズが走ったような。なんだ…?思わず壁に顔を近づけた俺は、音も無く壁の中に吸い込まれた。
我が人生最大の運命の扉は、こうして静かに、本当に静かに開いた……開いてはないか。吸い込まれただけで開いてないわ。まぁ比喩だよ比喩。それはわかってよ。
どういう仕組みなのか全く理解が及ばないが、いきなり壁に吸い込まれた俺は暗く細い通路に突っ立っていた。
通路の周りには鏡のような水……これは地底湖なんだろうか。波ひとつない水面は……なんか怖いな。水鏡じゃないが、ぼんやりと水面が光っている。何、ここ…?後ろを振り返ると、そこは今さっき俺が吸い込まれたであろう壁だ。これは外に出られるんだろうか……どうやって外に出るんだ?
俺は、基本的に自分は思慮深くて慎重な人間だと思っている。前世の友人やセシルが賛同しなくても、俺がそうなのだと言ってるんだから慎重で冷静な大人なんだよ。はい、反論は受け付けません。うるさい、黙れ黙れ。
なのに、たった今吸い込まれた背後の壁を調べようともせず、槍も持ってないのに通路を奥へ向かって足を進めたのは、果たして運命なのか……もしくは俺が自分で思うより考え無しなのか。まぁ未知の空間を冒険するのも浪漫ですよ、浪漫。
さて……果たして、これは表でもなく裏でもなくコインが縦に立ったのだろうか?
奥にあった、その部屋には歩いてすぐに辿り着いた。あの神殿から見てどういう位置関係にあるのかわからないが……広い広い空間だった。そして窓があるようには見えないが、何故か部屋の中は充分に明るかった。
もしかしたら、これはダンジョンなのかも。魔物がいて魔法があってエルフやドワーフが存在する世界ならダンジョンだってあってもおかしくない……よね?しかし、そんな感想は後回しだ。それより注目を引く存在がそこにあったから。
俺の視線は、その部屋の中央に屹立している大きな黒いフルプレートアーマーに注がれていた。なんだよコレは…!
デカい。黒い。禍々しい。
俺の心中の厨二病が大好きそうなフォルムだが……コレは絶対に装備したら呪われる類だろうな。運か素早さがゼロになる系。もしくは「こうげき」しか出来ないとか、時々行動不能になるとか。一度装備したら外せなさそう。この鎧を作ったヤツは絶対に悪魔とか邪悪な存在に違いないね。
ここは神殿の地下なのにな。その黒いフルプレートアーマーは俺の身体よりも遥かに大きな黒い剣を右手に持っている……モンハンかよ。ちなみに俺はチャアク使いでした。チャージってカッコいいし変形も最高にカッコいいよね!
さて、この黒いフルプレートアーマー……なんだと思う?どこからどう見ても恐ろしいおぞましい程の代物だが……同時に見惚れるほど美しくもあり、俺は無意識のうちに一歩二歩と歩み寄っていた。飛んで火に入る、だよね。
ホント、誰だよ自分は慎重で冷静な大人だとか言ってたヤツは。
そいつバカじゃねーの?
ここまであからさまに怪しい存在に素手で近づくかね。
その黒いフルプレートアーマーまで、あと数メートルの位置まで来た。どこからか獣のような低い唸り声のようなモノが聞こえたな、と思った瞬間。
目の前から全身の血が逆流するような、凄まじい咆哮があがった。その咆哮で金縛りのように動けなくなった俺の脳裏に浮かんだ言葉はふたつ。
これは恐怖だな、というのが一つ目。
話し合おう話せばわかる、これが二つ目。
なんだ意外と冷静じゃないか、俺よ。実は漏らしそうなのは……内緒だ。ブラッドウルフの時も俺は話し合いを望んだが、我ながらこれって良くないフラグだよな。だいだい元祖の犬養首相も亡くなってるしさ。神殿に入る前に考えてた二度あることは三度ある、これはやっぱり正しかったみたい………状況は思ってたのと随分違うけどな。
来た。
前世も含めて人生で三度目となるゾーンに入って、再び時が止まる感覚が蘇った。つまり三度、俺は死を目の前にしているようだ。最初の1回目、前世では死。2回目のブラッドウルフ戦ではギリ生き残った。1勝1敗で迎えた3戦目、果たして今回はどうなる?
3戦目と言っても戦えるか、こんなデカい相手と!止まって見えようが、何をどうしたとしても素手で倒せる相手じゃない。逃げの一手!……俺がそう考える前に、既に身体の方は躱して逃げようと反応していたが、全ては遅かった。
だって既に俺の下半身と上半身はお別れしていたんだから。圧倒的な剣速の成せる業か、その剣自体が業物なのか……碌に衝撃もなく、俺自身が斬られたのもわからなかった。
マジかよ。
斬首されても数秒くらいは反応できるって本で読んだことがあるが、もうその状態なの?あっけなさすぎて……かわいい幼馴染と王子の親友が出来たのにもう終わり?素晴らしき異世界での新生活……こんなにあっさりと終了?
絶望すら間に合ってない状況で、この漆黒のフルプレートアーマーは微塵も容赦してくれない。俺の身体は更に袈裟懸けに斬られて上半身が寸断されていく。もしかして今回はゾーンに入ってなかったんじゃないの?とも思ったが、俺の身体から噴き出した血がスローモーションで飛んでいくのが見えた。大丈夫、ちゃんとゾーンに入ってました………いや全然大丈夫じゃないよ、この状況。
スプラッタは……好きじゃないよ。これはあんまり見たくない動画だわー。これではイイネ押せないわー。あまりにも早すぎる。この化け物の動きも速過ぎるが俺の異世界人生、たった7歳でもう終わりか………!?
じきに視界はブラックアウトして意識が消えようとしたら……痛い熱い冷たい苦しい!!!!ウがアアアアアあああアアあああああああああああぁあぁぁああアアァ!!!!!!
俺が想像しうる、いや想像なんぞ遥かに超える辛苦が、塗炭の苦しみが襲ってきた。こりゃ前世の死んだときとは比べ物にならない!何が地獄だと聞かれたら、まさしく今が地獄だと答えるよ。これには俺も納得する。それなりの書類を持ってこられたら、すぐに言われた場所に署名して納得の判子を押すよ。俺公式認定の地獄だ。意識を失うことが出来たらどれだけ幸せかと思うが、何故か意識はむしろクリアになっていく。もう何時間経ったのか何日か、或いは何秒だったのか。とてつもなく苦しくて長い時間が過ぎて、本当に気が狂いそうになった挙句に、俺は目が覚めた。
石の床が冷たい。高熱で魘された時のように汗びっしょりだ。
………だけど俺、生きてる?
さっきのは夢か?
あれが夢ならフロイト先生、今度も解釈は性的欲求不満なのでしょうか?だとしたら俺はどんだけ溜まってるんですか?前世ならいざ知らず、今の俺はまだ7歳の毛も生えてないつるつるのチェリーなんですよ?え、だがそれがいい?マジすか、フロイト先生も意外と上級者っすね……でも案件なんで通報させてもらいますね。おまわりさん、こっちです。
「いい……加減、起きろ…」
ターミネー〇ーか海坊主か、というような低いバリトンボイスが聞こえた。どうせ起こされるなら隣に住む幼馴染(しかも学園のアイドル。なのに俺に好意を持っている)とかに起こされたいんだけどなぁ。ちなみに今回の人生では隣にかわいい幼馴染が住んではいるんだが俺を起こしに来たことは一度もない。アイツは朝が弱いので逆に俺が起こす方だ。
なんとか上半身を起こして、声のする方を見ると……そこには先程の漆黒のフルプレートアーマーがこちらを向いて立っていた。なんだよ夢じゃないのかよ………それとも今が進行中の悪夢なのかな?怪我は……また治癒魔法で治されたのか?身体をブツ切りにされてたから治癒と言うか、蘇生だな。この人……人かどうかは非常に疑わしいが、高位の魔法使いなんだろうか。
「お前……は、誰だ」
……………。
待て。ちょっと待て。
その質問、おかしくないか。
順番がおかしくないですか。
アナタ、俺が誰かも知らずに斬ったんですか。だから話し合おうって言ったじゃん!……言ってはないか、言ってないわ。思っただけだったわ。でも怖いから逆らわないでおこう。勝手にここに入ってきたのはこっちだし。
「僕は、アレクシス・エル・シルヴァといいます」
「……………。今……は何年…だ?」
「えーと、今年は王暦437年になりました」
「………王歴…だと?なんと…いう国の、なんと………いう王…だ?」
「はい、ルシアス王国のシメオネル王です」
これは以前にモルガン先生に教えてもらってたから知ってた。このシメオネル王はクリスの親父さんで、クリスがこの街に来ることになる以前に即位したそうだ。友人の親父とはいえ、俺が将来的に王さんに会うこともないだろうが、この国の国民ならば常識として知っておくべき名だ。
俺の返事を最後に沈黙が訪れた。
……もう帰っていいかな?
「……………メルヴィル・クロゥ…を知って…いるか」
「知りません」
そんな人……多分、人だと思うけど知り合いにも居ないし聞いたこともない。過去に授業で習った中でも出てこない。もう帰りたいけど……怖いよ。俺の心臓がばっくんばっくんと聞いたこともない大きな音を奏でているよ。これって恋かしら。
取り合えず、ぶっ殺してから会話を始めるとかジャ〇アンでもビックリな話術だよ。知的生命体として、こういう話の進め方はどうかと思うよ……今も大も小も同時に漏らしそうなくらい怖いよ。下手なことは言えない。チャンスがあればダッシュで逃げよう。
「お前は……お前がメルヴィル……だ」
「へ?僕はアレクシス…なんですけども……」
「お前……の前世にあたるんだろう。こちら……へ来い」
嫌です、帰ります。
……そう言えたらどれだけ楽だろうな。
でもな、ここで逆らったら再度大剣が振り下ろされそうで怖いんだよ。そういう意味で楽になりたいわけではない。ただ、この人……前世って言い出しだぞ?俺が転生したことをなんで知ってる?どこまで知ってる?でも俺の前世は日本人なんですが……。
「早く……来い」
言外に早くしないとぶっ殺すぞ?と言ってるようで、俺はそそくさと前に進み出た。ああ、俺は命が惜しいんだよ。プライド?ないね!
「動…くなよ」
そう言って、漆黒のフルプレートアーマーは俺の頭の上に手を載せてきた。手、と言っても金属の手甲だから硬くて冷たい。かなり重そうに見えたが、力がかからないようにしてくれているんだろうか、さほど重さは感じなかった。
次の瞬間、俺の全身を貫くような途方もない魔力を感じた。一年前なら殆ど分からなかった魔力の流れだが、今は練習の成果か、きちんと感じ取れるようになったんだよ。その魔力が、それも奔流とでも言うべき圧倒的に巨大な魔力が俺の全身を包んでいた。
でも不快感はない。むしろ暖かくて気持ちいいんだが……この魔力を流してるのが問答無用に襲ってきた謎のフルプレートアーマーってのがちょっと怖い。いや、ちょっとじゃなくて、もの凄く怖い。
先っちょだけだから!とか言われても信じられないだろ?まぁ俺は言う方でしたが。そして先っちょだけで止めなかった過去の自分を思い出す。そりゃ先っちょだけで止められる男なんて地球にも異世界にも存在しない。なぁ野郎共よ、そういうもんでしょ?あの時の罰が今、当たってるのかなぁ。当たってるんだろうなぁ……おそらく5分ほどそのままの体勢でいただろうか。
「よし、事情はおおよそ理解できた。アレクシス、私はお前の味方だ。まずはそれを納得しろ」
出来るかァ!!
……と、人生最高のキレの良いツッコミが出来そうだったが、我慢した。かろうじて我慢した。いきなりの喧嘩腰で俺をぶっ殺しといて、説得力が無い事この上なしだ。まぁ……それでも敵だと言われるより良いんだろうな。
「説明していただけるのでしょうか?」
「ああ……今は言えないこともあるが、出来うる限り説明しよう」
俺の頭に手を置くまでは、奇妙なたどたどしい話し方だったのが今では流暢な言葉になって声も随分と変わった……何が何して変わったんだろうか。可能ならその辺も説明してくれるとありがたいが説明してもらいたい事象が多すぎて大渋滞してる。
「もう一度言おう、私はお前の絶対の味方だ。その理由は、お前がメルヴィルだからだ。私はメルヴィルの……まぁ身内のようなものだ」
「僕がメルヴィルなんですか。生憎そんなの身に覚えがないんですが」
「お前にわかりやすく言うならば……お前の前世、春日井信也の更に前世だ」
前前世か……もう少しであの曲が流れ始めるんだがな。つーか、この人は俺の前世の事を知っている!?久々に本名を呼ばれて心臓が再び大きく拍動した。でもなんでだ!?
「……なんで俺の前世の事、知ってるんですか?あなたの言ってることが本当だとして、前世の記憶があるのに前前世の記憶がないのは何故です?」
『語彙が足りないので、ここからは日本語で説明しよう。それはメルヴィルの最期に理由がある。当時、お前……当時のメルヴィルは錬金術師ならぬ錬魂術師を自称していた』
……!
もう何年も聞いてない日本語が耳に飛び込んできて、それだけでちょっと泣きそうだよ。それにしても自称錬魂術師か。なんか頭が悪そうなネーミングだな…!いくつも穴が開いてそうな術師だ………急に熊本名物の辛子蓮根が食いたくなった。食べた事あります?そんなに辛くないし美味しいんですよ、あれ。
『私達が死に掛けていたあの日あの時、メルヴィルは己の魂を私に移植してくれたのだ。自身を犠牲にしてでも私を生かす為に。結果、メルヴィルは魂の力を殆ど失い死んだ……転生の事は聞いていないがお前は転生を繰り返すことで失った魂を回復させたのかもしれないな』
ほほぅ、そうなんですか………って、よく考えたら質問の返事になってないよ?
『お前にメルヴィルの記憶がないのは、魂の移植を行った際に魂魄を失いすぎたせいだろう。そして私がお前の前世を知った理由も、全ては魂の移植にある。メルヴィルの魂を回復させたお前とメルヴィルの魂を移植された私は、極めて近しい存在なんだ。半ば同じ魂を持つ者、と言ってもいいかもしれない。だからさっき私とお前の魂魄とを強制的にリンクさせたのだ。それで私は、お前の人生の全ての情報を手に入れた、という訳だ』
そんな訳あるかァ!!
……とも思った。口に出したかったけど再び我慢した。全く信じられないけれど、そういう事なのだ!と言われたら俺に否定する材料もないんだよな。妙にややこしいが、この人はちゃんと俺の質問には答えてくれた。意外と良い人なのかもしれない。まぁ良い人は問答無用で人を斬らないと思うけどね。
……というかこの話がホントなら、えげつない方法で個人情報を盗られてるやん。俺の同意も得ずに何してくれますの、と思いながら何故か俺、そんな怒ってないのなんでだろう。この人が言うように、同じ魂を持つ者だからなのかな。まぁ、そもそも存在自体が恐ろし過ぎて怒れないわ。
『なるほど。頭の中の整理がおっつかないですが……よくわかりませんがよくわかりました。そんであなたは誰ですか?何故ここにいたんですか?』
『私の名は、ルー・リュシオール。今後ともよろしく……ここに居た理由、か。封印されているからだ』
『誰にですか?』
『……知らないほうが良い。今はまだ、な。』
なんか……怒ってます?途中から怒ってないですか?怒ってますよね?徐々に声のテンション変わってきてますよね?なんか、僕……地雷を踏みましたか?なんかやっちゃいました?あと、さっきの自己紹介はメガテンを意識してるんですか?俺の仲魔になるの?でもその前に今日は帰った方が良い……そんな気がする。
『あの、一旦。一旦……帰っていいですか?また改めて来ますんで』
『そうか、帰りたいか。帰りたいのか。良いぞ…帰るが良い………だが、その前にもう一回だけ組手をしてやろう』
初っ端の惨殺を組手と申されるか。おかしいな、日本語で言ってくれてるんだけど意思の疎通が出来てないぞ。この世界と日本では組手の意味や解釈が違うのかな。
『いえいえ、大丈夫です!それもまた後日で!』
『次に来たとき、お前の悩みを少し解決してやろう。お前にスキルが無い理由について、だな。何かのきっかけくらいにはなるだろう。そして次は次として……今は、死んでおけ』
謎の人物?ルー・リュシオールは途方に暮れていた俺にとって天の導きのような言葉をくれた。そして組手と言うけれど、やっぱりコイツは俺をぶっ殺すつもりなんだと確信し、俺は再度惨殺され二度目の地獄の苦しみを味わった。せっかくの天の導きのありがたみも吹っ飛ぶわ。
どういう蘇生魔法なのか知らないが、再び汗だくで目を覚ました俺は這う這うの体で退散した。少しは気が済んだのか、多少なりとも機嫌が直ったルー・リュシオールは帰り道を素直に教えてくれた。なんのことはない、やっぱり吸い込まれた魔方陣の壁をこちらから触ると元の踊り場に戻れた。
あのとき、俺に冒険心が無ければ…!と思うが今更だ。しかし男は浪漫には逆らえないもんだ。それに、本当に俺のスキルの問題を解決してくれるなら……!もう一度行ってみても良いかもしれない。少し検討してみます。
外に出てみると、まだ太陽は高かった。殺されて地獄を味わってた時は、もの凄い長時間な気がしていたが意外と短時間なのかもな。だったら尚更どんだけの苦しみだよ。
ルーって言ったっけ、あの人……今日は機嫌が悪かったんだろうか。
それとも、元々があんなタイプの人なのか。
そもそもの話、あの人はヒトなのか。
わからないことだらけで、何をどうしたものか。
話は聞いてみたいが、もうアレは勘弁してほしいな。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
是非とも感想、レビュー、ブクマ、評価を頂ければこれに勝る幸せは御座いません(人>ω•*)お願いします。