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89 王様の耳はロバの耳

 


 新年早々。外はまだまだ寒い冬の日の午後。

 曇り空が一層寒々しく感じられる。


 しかし我が家は、どこぞの伯爵が贅沢に金を使って建てただけあって気密性が非常に高いので夏は涼しくて冬は暖かい。その上、俺が個人的に移動式エアコンと呼んでいる魔神が火魔法と風魔法を応用して屋敷中を暖房してくれている。

 うむ、無敵の魔神の無駄遣いと言われても否定できませんな。しょうがないじゃない、俺達が何か言う前に暖かくしてくれるんだもの。今年も前年以上に甘やかされて、ぬくぬくと育っています。



 そして今、暖炉の炎が踊るリビングでセシルと聖女ティナがバイオリンとフルートのセッションを御老公に披露している。傍目には、まさしく貴族の冬の過ごし方ですな!思わず窓の外にマッチ売りの少女が覗いていないかチェックしたわ。アレはクリスマスか大晦日の話だったっけ?

 俺は音楽に関しては全く門外漢なので、2人の演奏をただ上手いもんだなと聴いているだけだが御老公はどう評価するのかな。この国の文化人の頂点みたいな爺だから耳も肥えているのかもしれない。

 うんうん、と頷きながらにこやかに聴いているところを見ると、一流の文化人からしても2人の演奏は大したもんなんだろう。芸達者な2人やで。


 それはそれで良い。

 それより、だ。


 ………この爺さん、いつまでうちにいるんだろう。もうすぐ夕飯の時間だし、帰ってくれないかな。忌々しいジジイであっても帰れ!などと非常識な事は言いませんよ。そりゃ言いたいけど俺も歯を食いしばって我慢してる。


「お父様、夕食はこちらで召し上がるでしょう?何か御希望の料理はありますか?」


 くっ…!余計なことを!あれだ、ぶぶ漬けを出せば良いんだよ。そういえば俺はずっと京都の漬物だと思ってたけど、ぶぶ漬けってお茶漬けなんだってね。知らなかった。どこから来たんだ、ぶぶ。


「そうだな…昨日まで新年のパーティで肉料理が多かったからな、久しぶりにレティシアの魚料理を食べさせておくれ」


 王城で御馳走三昧なのに庶民の食卓にたかるんじゃねぇよ……。金を取るぞ、とも思うが今夜調理する魚は御老公のおかげで食えるんだった。チッ。料理のリクエストを確認したルーは再びキッチンに消えた。クゥムはセシル達の奏でる音楽を聴きながら暖炉の近くのソファでこっくりこっくりと舟を漕いでいる。精霊がうたた寝するような平和といえば平和な時間が過ぎていく。




「おい、アレクシス。ちょっと来い」


 てめぇが来いよ。


 ………と思うが口にはしない。これも言いたいが我慢だ。俺は人並みの敬老精神を持つ常識人なのです。まだ続くセシルとティナの演奏を邪魔しないように静かに移動して小声で返答した。


「なんですか、コソコソと」


 何が悲しゅうて新年早々ジジイと内緒話をせにゃいかんねん。


「お前……レティシアに手ぇ出したろ?」

「……………ノーコメントで」


 唐突に何を言い出すんだ、このジジイ。

 義理とはいえ父親に言えるか、そんなこと。

 だいたい、手を出すも何もあの人は最初から俺のだ。


「わかるんだよ、俺くらいになると」

「そこはちゃんと俺くらいのスケベになると、と言っとけよ」

「バカ、そこはお前……デリカシーってもんだろうが」

「そもそもの質問にデリカシーがカケラも無いんだよ」


 下世話なこと限りなしの質問だろう。

 下過ぎて床が抜けたかと思ったわ。

 異世界にフリーフォールが爆誕したかと思ったわ。

 思わず俺も素で返したわ。

 

「何、2人して内緒話してんの……お爺ちゃんどうだった、ボク達の演奏は?ちゃんと聴いてた?」

「もちろんだ。セシルもこの一年で随分、上達したようだな。ティナとはよく演奏してるのか?2人とも大したものだ」

「それほどでも~♪」


 演奏に関してセシルはおだてに弱い。いや、実際ティナもそうだけど2人の演奏レベルは高いと思うんですけどね。御老公が褒めるんだから実際、大したものなんだろう。これなら冒険者を辞めても演奏家として生活していけるかもな。


「アレク、そろそろクレアとディアも着く時間だから飲み物を用意して」


 エプロン姿のルーにお仕事を頂いた。ああ、そんな作業姿も素敵に綺麗だ。あの姿を見て、天下無双の魔神とは誰も思わないだろうね。

 今夜は聖女ティナだけでなく、賢者クラウディアと剣聖クレアも我が家のディナーにやってくる予定なのだ。別に御老公が居るから賢者と剣聖を呼んだという話でもない。ただガールズはちょくちょく我が家で飯を食っているのですよ。何故か、というと……よくわからん。色々あって、なんだかんだで仲良くなってきたんだよね。きっかけはセシルなんだけど、ロマノアの迷宮(ダンジョン)で女子会を開催して以来、ガールズはとにかくルーに懐いている。あげないと何度も言っているのにな。




 さて、酒は地下室に色々と、しかも大量に用意してある。なんせ、うちは酒豪が多いからね。自家製のビールやワインは醸造用の部屋で別々に置いてあるよ。一緒にして発酵に影響が出たら嫌だし。

 ワインはまだ熟成中なので飲むには早いけど、ビールは予想以上に中々の出来だ。その自慢のビールを樽からピッチャーに移し替える。将来的に可能なら家を改造してビールタンクからパイプで繋いで、キッチンでビールサーバから汲めるようにならないだろうか……最高の贅沢品だな。東京にある日本最古のビヤホールで飲んだビールを思い出すぜ…ありゃあマジで美味かった!ビールなんてどこで飲んでも一緒だろ、なんて大間違いの愚かな考えだと知ったよ。ビールは注ぎ方も非常に大切な飲み物なんですね。

 こういった酒関係と建築関係の現代知識をたっぷり持った地球人が居たら良いんだけどな……フラッと4人目が来ないかな。今度キリヤマさんにでも聞いてみよう。


 酒を持ってリビングに戻ると、剣聖クレアと賢者クラウディアも既に御老公に挨拶をしているところだった。フラッと友人宅に遊びに来て先王がいたら、さぞやビックリしただろうな。別にドッキリをしかけた訳じゃないよ、たまたま寂しがり屋の爺さんが遊びに来てただけだ。うん、無視しといて良いよ。

 食卓の上には既にルー特製のブイヤベースをメインに白身魚のムニエルやムール貝のワイン蒸しが並んでいた。ルーが焼いたパンもたっぷりある。懐かしくもあるオルトレットでの郷土料理だ。

 中央の席に御老公を案内して、冷やしたビールを皆に注いで回った。見た目的には絶対ダメだけど、クゥムもセシルと一緒が良いと言うのでビールを渡した。小さなグラスでほんの少しだけね。毎回の事だけど、チビっと舐めては苦いと泣き出すんだ。最初は精霊なら大丈夫なんだろうかと思ったけど幼児の舌にはビールなんて無理でした。そもそも精霊って飲食の必要があるのか?いかん、今更疑問に思ってはいけない。いっぱい食べて大きく育ちなさい。



 今夜の晩餐が御老公の乾杯で始まった。あー……スケベジジイめ、若い娘達に囲まれて鼻の下が伸ばしやがって。俺はまだ現役だ!と言っていたのは何年前か覚えてないけど、そろそろ引退しましょうよ。ユニフォームを脱げ!グラウンドから去れ!………とまでは言わないが監督としてベンチからサインでも出しててくださいよ。いつまでも代打、俺じゃないんだよ。

 今日もやっぱりクゥムはビールで泣いた。そこまでしてセシルとお揃いが良いのか。精霊に愛されし者の愛されっぷりが今年も凄いよ。いつもの光景ではあるけれど、今日は御老公が泣いたクゥムを膝に座らせてあやしながらミルクを飲ませている。

 王城の執事やメイドさんが見たら驚く光景なのかもしれないな。しかし俺からすれば驚くような話じゃない。だって、あのジジイは筋金入りのドスケベロリコンだからね。驚くような光景じゃないかもしれないが、同時に通報した方が良い光景ではあると思うよ。お巡りさん、こっちです。

 そんなのも含めて、賑やかな家族達を眺めながら久しぶりの魚料理は良いねー、酒が進む。流石はルーの料理は絶品だ。星3つだね!そのルーが御老公の横に座って酌をしているのは大いに気に入らんが……ジジイめ!お前は手酌で飲め、甘えるな。

 とは言え、久しぶりの父娘再会の食事を邪魔するほど野暮ではないつもりだ。そのつもりだが……気に入らんものは気に入らん。


「アレクは何を怒ってるの?」


 おお、クゥムよ。なんとかロリコンジジイの魔の手から逃れてきたのか、良かった。あのね、俺は何も怒ってないんだよ。こんな美味しい料理を食べて怒る理由がないじゃないか。


 ほれ、ちゃんと溢さず食べなさい。

 口の周りも拭いて……はい、んーしなさい。

 ほら、魚の骨を取ってあげるから。

 はい、あーんして。

 ゆっくり、よく噛んで食べなさい。


「アレクはの、嫉妬しておるのじゃ」

「賢き者が、小さな子に変なことを教えないでくれますかね」

「照れる事はあるまい。確かに仲睦まじい父と娘の光景じゃの」


 うっせえうっせえ、うっせぇよ。

 照れる要素なんざ1ミリも無いわ!


「嫉妬~嫉妬~♪」


 ほら、小さな子はすぐこう言うの覚えるんだから。あんな爺さん相手に嫉妬するかよ!だいたいあれは親子じゃねぇか!ふんっ!


「そんな顔しないで。まだお父様にお願いしなきゃいけない事があるの、わかってる?」


 仏頂面の俺を悪戯っぽくルーが笑いかけてきた。お願い?この爺さんに?帰ってください以外に?ん~……なんかあったっけ?ジジイ、帰ってください以外で?殴らせてくださいとか?金を寄越せとか?


 クリス関係はある意味解決したし……。

 いや、本当に思い付かない。

 何かあったっけ?

 どう考えても帰ってくれ以外に全く思いつかない。


「クリスは遊びに行くんじゃなくて、外交使節としてラウルシュタイン帝国に行くんだよ。このままだと正式な護衛の騎士が大勢いるだろうから私達は一緒に付いては行けないよ?」


 ……なるほど、そうか。何十人何百人の騎士が護衛の任に就くより魔神込みの俺達の方が戦力としては上だけど…確かに俺達は部外者だったわ。何処の馬の骨の如き冒険者共を王子の近くには置かないわ。それについては当然過ぎて文句も言えないわ。どうする?どうしよう?春までにA級冒険者になるか?ちょっとそれは無理だろうな。勝手に後をついてく?それじゃクリスに会えないかもしれん。


「関係者になれば良いじゃない」


 部外者がダメなら関係者になれば良いじゃない。

 得意のマリーアントワネット理論か。

 そりゃそうだけど。どうやって?………あ。


「それを頼む、ってか。このロリコンスケベ爺に」

「お前、心の声が漏れまくりだな」


 寧ろ声を大にして言いたいわ。井戸の中どころか世界に向けて叫ぶわ。王様の耳がロバの耳でもなんでも俺は構わないけど、ロリコンスケベ爺の事は叫ぶわ。世界の中心で愛の代わりに叫んでもいいわ。


「……もう。お父様、私からもお願い致します」

「レティシアの頼みであってはなぁ。よかろう」


 全く。少しは躊躇しようよ。この爺さんはルーとセシルに甘すぎやしませんか。即オーケーですか。娘の踊りの褒美として預言者の首を与えたユダヤの王さんレベルに甘いよ。ありがたい話ですけども。

 それでも居住まいを正すと、やはりこのジジイには威厳が漂う。本当に忌々しいけれど、それは認めざるを得ない。そして俺はこの稀に見せる賢狼の顔が怖いんだってば。


「それでは、レティシア・リュシオール。俺の名において、そなたをクリストファー専属の近衛騎士隊隊長職に任ずる」

「拝命致しました。我が父の名に誓って尽力して参ります」

「ま、とりあえずの臨時職だな。明日にも書面を用意させて叙任式を行うか」


 ジジイは機嫌よく笑っているけど騎士隊の隊長……騎士ってそんなノリで任じて良いんですかね。しかし如何なノリだろうと口にしたのは先王だ。その言葉は絶対である。令和の日本に生きていた俺には未だにピンとこないけれど、それほどの権威なんですよ、この爺さんは。俺にピンと来てない理由の大半は俺が日本で生きていた事じゃなく、このロリコンスケベジジイの人格にあるんだけども。今からでもその権威を剥奪すべきだと思ってるよ、俺は。


「ありがとうございます」

「なお、隊員選考に関しては隊長に一任するものとする」


 そう言って、スケベ爺は冷えたビールを一気に飲んだ。「随分美味いな、これは」そりゃ当然だろ、そのビールを仕込むのに俺とルーが頑張ったんだから。それにしても本当に簡単に騎士として任命しちゃっうんだな。甘党エロジジイだけに娘に甘すぎないか。俺達としてはありがたいけども。


 そして今度はルーが俺達の方を向いて凛とした表情で宣言した。


「アレクシス・エル・シルヴァ、並びにセシル・ドゥ・ベルナールの両名をクリストファー王子近衛騎士隊の隊員に任命します」

「「はい、尽力致します!!」」


 これには2人とも椅子をすっ飛ばす勢いで立ち上がって師匠に拝礼した。俺にとって先王の言葉は馬の耳に念仏だけど、この人の言葉こそが絶対なのだ。

 なんてこったい。父さん母さん、いつも通りに夕食を食べていたら……俺、いつの間に騎士になってましたよ。何を言ってるか分からない?俺もだよ!

 クリスも驚くだろうな、自分が知らぬところで自分の近衛騎士隊が結成されていようとは。あの……そもそもがこちらの都合でやってるんで、仮に無しだとしても文句は言いにくいけど、その、あの、騎士としての給料とか出るのかな。休日とか勤務時間はどうなるんだろう。労働条件がブラックだったりしてな。いや真っ黒なんだろう、なんせ隊長が魔神だからね。


「レティシア先生!ラウルシュタイン帝国に行くなら私達もお役に立てると思うのですが…?」

「そうじゃそうじゃ、わらわ達にとっては庭のようなものじゃぞ」

「しかも私達はラウルシュタインで顔も利く」


 ガールズが必死。売り込みに必死だ。君らは就職氷河期の学生か。俺は学生時代、その辺りの年代だったので友達が青い顔をして就職活動をしていたのを思い出した。まぁ俺は専門職だったので、そんなに大変でもなかったけど。


「あなた達はラウルシュタイン帝国の国民だから臨時とはいえルシアス王国の騎士になるのは……どうなのかなぁ?」


 他国民だとダメなんだろうか。所属がルシアス王国になるからダメなのかもしれないなぁ。多分、ダメだろう。知らんけど。どっちでもいいけど。


「黙っていれば、わからない」


 およそ聖女の台詞とは思えないよな。でも、この聖女はこういうことを平気で言っちゃうんだよね……さて、どうだろうなぁ。俺はその考え方は好きだけど、多分剣聖も聖女も賢者もラウルシュタイン帝国では超が付く有名人だろ。だとしたら、すぐバレそう。騎士だとバレなきゃ大丈夫かな?どうせ名前だけの騎士だしな。

 

「はい!アタシもきしだんに入りたい!」


 クゥム……君は戦えないだろうが……。

 こんなちっちゃくてかわいい騎士は居ないだろー。

 しかし我が家でクゥムの我儘に勝てるやつは居ない。

 だってかわいいんだもん。


「……副隊長のアレクに任せます」


 あ、隊長が逃げた!

 ズルい!

 代わりに俺が生け贄となった。

 クゥムに目を潤ませておねだりされたら…!


「と、とりあえず……仮隊員で!」


 ここは日本人らしく、保留だ。

 うん、クリスに相談しよう。

 あいつの親衛隊なんだからあいつが考えりゃいいんだよ。


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