88 純潔の乙女達
もう晩秋である。もうじき年末年始ということでもあるし、たまにはオルトレットに里帰りするというのもアリかもしれない。そうすれば両親やレスリー兄さん夫婦やエミリー姉さん夫婦にも会えるし、オルトレットは港街であり流通の拠点なので新鮮な魚介類も補給出来る。運が良かったら米も手に入るかもしれない。更にカレー用の香辛料だって買える。そしてついでのついでのついでとして、御老公にも会ってやる。渋々とだが。思い切り苦虫を噛み潰した顔して。しかめっ面で。般若のような顔をして。それで、あのジジイがクリスの外遊許可を出してくれたら全て問題解決だな!
「そのことだけどね、お父様は年始の挨拶にこちらへ見えるそうだよ。向こうに行く手間が省けたね」
「マジか」
ついでのついでのついでの更にオマケのシール程度の価値ではあるけど、あの爺さんがこっちにやってくるのであれば、オルトレットへ行く理由が無くなるじゃないか。魚介類と米を買いたかったのに……カール爺さんの借金も返さないといけないし。というか、なんでそんなことを知ってるの。大公の予定なんて国家機密じゃないの?昨日もクリスだって何も言ってなかったのに。
「それは……父と娘なんだから手紙のやり取りくらい、するよ」
そう言われて、ふと我が身を振り返ってみた。
えーっと……うん、王都に着いたときに母に手紙は書いた。
書いたけどそれ以降は書いてないわ……反省。
俺もたまには手紙を書こう。
父?書かねぇよ。書くわけないでしょ。
俺、この作業が終わったら母へ手紙を書くんだ。
この作業というのは、ワインの仕込みですよ。
なんか新居に越して来てからこんなことばっかりやってる気がする。でもこれはこれで楽しいのよ。後日、美味しく飲めるしな。今は晩秋でワインを仕込むには、時期的には少し遅いらしい。最後のワイン仕込みの時期だそうだ。しょうがないじゃん、俺達はブドウから栽培してる業者ではないんだ。色々やってる合間に作ってるんだから。こう見えても忙しいんだよ、意外と。先日もダークマンモスの解体と買取で再びギルマスにチクチクチクチクと文句と嫌味を言われたりしてたんだから。くそぅ、あのハゲめ。なんにも違法な事はしてないだろうがっ!
そんな雑用野暮用を色々こなしてる合間に、ルーと2人でワイン用のブドウを仕入れてきてあるんだよ。ええ、デートがてらに近くの農村まで行って。これはこれで楽しかったから良し。
時期的に終わりが近いので選択肢は少なくなっていたけれど、ルーの神眼でもって少しでも美味しいワインになりそうなブドウを買い集めてきたんだ。そしてそのまま劣化しないように全て収納魔法に納めて持って帰ってきたから、状態は摘みたてをキープ。
『漆黒の師団』ブランドのワイン作りスタート!
さぁ、まずはブドウの圧搾からだ。
「うわぁ~…!なんか変な感じ!アレクもやってみなよ!なんか気持ちいいよ」
場所は、屋敷の庭。
目の前では、用意した大きな樽に大量のブドウを入れてセシルと聖女ティナが素足で踏み踏みしている。こっちではリナ・ルナの姉妹とクゥムもブドウを踏み踏み。若い女の子達がキャッキャッと素足で戯れているのは……見てるだけでも楽しいですね!ブドウが柔らかくて、ひんやりしていて気持ち良いらしい。
パッと見るなら、まるで俺のハーレムみたいだね!
実態はまるで違うけどな。
それでも皆が楽しそうで何よりだよ。
平和な秋の昼下がり。
「ルーは足踏みしないの?」
多少の異分子が混ざっているけど美少女達が楽しそうに作業している反対側ではルーが監督のように腕組みして立っている。代打、俺とか言わないの?
「伝統的な方法だと純潔の乙女が踏んで作るそうだよ。私は……ねぇ?」
いやいや。そんなこと言い出したら参加しているのは男の娘と性女…いや聖女だし、更に精霊幼女と盗賊に囚われていた、おそらく高確率で純潔ではない旅芸人の姉妹がやっているんだぞ。改めて冷静に見ると……確認したわけじゃないけど純潔の乙女率が低いなぁ!別に純潔の乙女を集めた訳じゃないけどさ。
「師匠ぉ~!一緒にブドウ踏み踏みしようよー!」
「はーい。こっちが終わったら行くよー」
こっちというのはルーが重力魔法で圧搾している方だ。重力魔法というのが耳慣れないんだが、今までも憑依して飛んでるときに使ってたりしてたらしい。なんかよくわからんけど凄そうな魔法なんだが、その出番はワイン作りだ。多分、攻撃に用いたらエゲツない効果を発揮しそうな魔法だけど使用目的はワイン作り。平和利用ですよねぇ。魔法だが、言わば機械的圧搾。
果たして伝統的な足踏みと出来は違うのだろうか。
ちなみに俺は見てるだけですよ。後で色々と手伝うけど、今は大人しくしている。皆も嫌でしょう?俺が踏んで作ったワインとかさ……だから誰だよ皆って。俺だって自分が参加して作ったワインを飲みたくないんだよ。分かってるし、分かるでしょ?俺は空気を読める子なの。
しばらくして魔法でのブドウ圧搾が終わったので、ルーも足踏み圧搾に参加。
普段、魔神はミニスカートどころかスカートも滅多に履かないので彼女の白い素足が新鮮な光景だ…!パッと見はアレだ。男はみんな大好きな、裸にYシャツだ。おいカメラはないのか、カメラは!常に回しておけと言っただろう!4K…いや8Kで撮れ!うん、素敵な足と書いて素足。控えめに言っても最高ですね…!生足なんて安い言葉は相応しくない。クリスも今日来れなかった運命を呪うがよいわ。いや結果的には良かった。セシルや聖女の素足なら構わないけどルーの素足はクリスにも見せられないな。
まぁ俺は夜にもっと色々見てたりするけども。頼めばスカートも……ミニスカートだって履いてくれるだろうけども。太陽の下で、と言うのは本当に新鮮で良いですね!
魔神が楽しそうにセシル達とキャッキャッと言いながら踏んでるけど、あの樽のワインは門外不出だな……他のはジェロム兄さんとかにも分けてやるつもりだけど、あれだけは他の誰にも飲ませるわけにはいかん。我が家で…いや俺だけで消費せねば。神の雫でしょ、アレは。正しくは魔神の雫か。
そうでなくても聖女が足踏みしたワインや精霊が仕込んだワインなんて唯一無二だ。証明書を付けたらオークションでとんでもない高値で売れそう。つくづく贅沢なワインだねぇ。
「アレク、目がいやらしいよ」
バカ野郎、お前は見てないんだよ。だいたい誰も何も言わないからって、男の娘がしれっと参加してるんじゃないよ。一部のお好きな人にしか需要は無いんだからな!俺はルーの素足を、それだけを見てるのだ。ああ、ブドウが羨ましい。踏まれたい訳でもないけど……いや一度くらい体験してみた方が良いのだろうか、実に悩ましい。
どんどんブドウを圧搾しているけど、そうは言っても我々は業者ではないので、そんなに大量のブドウを用意していない。今回は初めてだから実験的にやっているだけですからね。
じきに全てのブトウはドロドロの液状になった。意外と色は薄いんだね…これが本当にワインになるんだろうか。だって俺も初めてなんですよ。全てが未知との遭遇なんです。そして、これは……濾過するのかな?
「天然酵母が付いてるから、このまま皮ごと発酵させるんだよ」
流石はこの世界でも数千年の歴史を持つ古代の酒だ。ワイン作りも極めだしたらキリがないんだろうけど、そもそもの根本は実にシンプル。要するにブドウを潰して放置。
このブドウジュースを日に何度も掻き混ぜて発酵させる。これをマセラシオンと呼ぶらしいけど、その意味はわからん!ワインが出来りゃ良いんだよ。実際はこの10倍くらい色々と詳細に工程を説明されたけど俺の頭がオーバーヒートした。なんだよ、マロラクティック発酵って。舌を噛むわ。アロマとは違うの?こういうのは魔法でパッと出来る世界が良かったな。
ここから2週間くらいマセラシオンを続けたら出来たワインを熟成させて完成だって。これで来年には我が家特製のワインが飲めるぞ………多分。
次に作るならセシルの希望であるチーズかな。
やっぱりワインにはチーズでしょう。
ただしチーズもめちゃくちゃ多くの種類があるけども。
当然ながら、この世界にもチーズは既にある。
最初は簡単なやつから始めるべきかな。
ワインも良いけど、どうせなら日本酒が欲しいね。米があったんだし、どこかで日本酒も買えるだろうか。それが無理ならこれも作るしかないか。しかし酵母がない……そもそもルーに作り方を確認したら日本酒って醸造法が相当にイカれているのな。流石は日本人だ、マジでクレイジーだよ。とてもじゃないけど素人が手が出せるものじゃないが……あ、口噛み酒ってのもあったな。ルーに作ってもらおうかな。もちろん、その場合は飲むのは絶対に俺だけですが。
王都にやってきて過ごす初めての晩秋、そして年末。こんな感じで割と賑やかに、実にのんびりと過ごしていた。収穫祭でもある冬至の祭りも開催された。去年まではオルトレットで楽しんでいた祭りも王都では更に盛大で賑やかな祭りだった。令和の日本と比べても娯楽の少ない世界だからこそ、たまのお祭りには人々も全力投球なんだよ。
俺達にとっても初めての王都で体験する祭りだったし、クゥムにとっては人生(精霊生?)で初めてのお祭りだったので、はしゃぎすぎるくらいにはしゃいでいた。テンションが上がり過ぎて、夜も眠れなくなってたからね。珍しくセシルに怒られていたもん。昔、同じ年頃のセシルもやっぱり祭りでテンション上がり過ぎてなかなか眠れなくて翌朝起きれなかった癖にな。起こしに行った俺が八つ当たりされたのも良い思い出だ。
色々あったけど、良い一年だったな。
来年は更に良い年になるだろう。
笑いっぱなしの人生の予定だ。
大笑いに耐えられるように、今のうちに腹筋を鍛えておこう。
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新年早々にメリニオン大公が王都へ帰還した。それも若かりし頃を思い出させるような元気いっぱいの姿を見せて王都の人々を驚かせた。この10年、面倒な政治から離れて気候の良い街で美味いもの甘いものを存分に食って過ごしていたからなぁ。確かに初めて会った時より若返ったかのように見える程に元気だなぁ。入れ歯は相変わらず絶好調だそうだ。流石はファンタジー入れ歯ですね。
「それは結構なことですが………何故、その御老公が我が家に居るんです?」
「お前らが王城に顔を出さないからだろうが。レティシアは新年の挨拶に来たと言うのに」
新年早々に賢狼のやれやれ顔を拝む羽目になった。そりゃルーは……実に気に入らない話だが、設定上ではアンタの娘で王族だもの。先王や現国王に挨拶するのも当然とは思いたくないけど自然な話だよ。
でも俺達は一介の庶民だぞ。去年まで毎年、御老公に新年の挨拶に行っていた方がおかしいのだ。庶民が王城に出向いて王族に新年の挨拶などするかボケ。皇居の新年一般参賀じゃないんだから。そうでなくても、俺は新年早々に爺さんの顔なんぞ見たくないのだよ。お年玉をくれる訳でもないのに。
「お爺ちゃん、ボクと師匠で作ったんだよ。食べて♪」
セシルが、この国では新年の伝統的なお菓子というガレット・デ・ロワを作ったそうだ。日本でならおせち料理か餅みたいなものだろうか。俺は新年じゃなくてもしょっちゅう食ってるけど。コレ好きなんです、割と。
「そうか、ありがたくいただこう。セシルは相変わらず良い子だの」
セシルが来たら途端にニコニコしやがって。食ったら帰れよ………と思うけど偉いさんにそうも言えない。それでなくても今回、この御老人がオルトレットからやってくるのにあたって魚介類を大量にお土産に頂いた。それだけじゃない、カレー用の香辛料やお米まで持ってきてくれたのだ。ジジイの癖に実に気が利くじゃないか……忌々しいが恩を受けたからには歓待する必要がある。
そうだ、ついでに新しい家族も紹介しておくか。
「クゥム、おいで。一応、ご挨拶しときなさい」
クゥムもうちの家族だからね。
いいんだよ、一応で。
「はじめまして、メリニオン大公陛下。クゥムです!」
精霊にしては上手な挨拶じゃなかろうか。
ちゃんとカーテシーも披露してよく出来ました。
セシルがつきっきりで挨拶を教えた甲斐があったというものだ。
やっぱりうちの子、めちゃくちゃかわいい。
「おぉ……そなたがクゥムか、レティシアから聞いておるぞ。昔のセシルを思い出させるのう。俺の事はお爺ちゃんと呼ぶが良いぞ」
ロリコンジジイが、また孫を増やす気か。
相手が精霊でもお構いなしだな!
もはや案件だよ。
通報した方がいいな。ウチに知らない変なお爺さんが居ますって。
善良な市民である俺は不審者通報を躊躇わない。
幼女とジジイが戯れる中、ルーが紅茶を用意してくれた。久しぶりに御老公に飲んでもらうということで少々緊張気味らしい。ルーが淹れてくれたんだから泥でも飲めよ、クソジジイめ。
「美味い……更に腕を上げたなレティシアよ」
「ありがとうございます、お父様」
ジジイに褒められたからって、そんな喜ばなくても良いのに。
ルーの紅茶はいつだって世界一ですよ。
ああ、美味しい。世界一美味しいよ。
きっと愛情が添加されてるからだろうね。
「この一年、なかなかの活躍をしているそうだな」
「そんな大層なことはしてませんよ」
「ジルからの報告書でも、お前達のおかげでヤンクロットが救われたとあったぞ。新人としては破格だろう」
ジルって誰だ………ああ、ギルドマスターだ。そうそう、ジル・モルガンがギルマスの名前だったわ。えー、ギルマスがわざわざ御老公に報告してるのかよ。あんまり変なことは報告しないで欲しいな。そもそも、お前達が変なことをするんじゃない!と怒鳴るギルマスの幻聴が聞こえた気がした。
「我々はまだまだD級ですのでね、修行中ですよ」
「それで更なる修行の為に、クリスとラウルシュタイン帝国に行きたいと言うのか」
そうなんだよ。俺達だけなら、なんとかなるけど第3王子がホイホイと国外には行けないんだよなぁ。この爺さんが、なんか上手いこと口実を作ってくれないかな。出来るでしょ、賢狼と呼ばれた男なら。
「その様子だと……まだ聞いておらんようだな」
「何をです?」
「春になったら、クリスはラウルシュタイン帝国に行ってもらうことになっておる」
おおー?なんかのお使いか新年の挨拶だろうか。ちょうど良いじゃん!この爺が便宜を図ってくれたんだろうか。だとしたら、やるじゃん。見直したよ。御老公の、俺の中でのランクがグッと急上昇した。まぁ上がったとて100位圏外なのは変わらないんだけどさ。
「お前が考えているような理由ではないぞ………見合いだ」
「えー、クリスがお見合いするの!?」
セシル、お前は国家機密を大声で……まぁ悪いのはベラベラと話してる御老公だと思うけども。でも俺も内心ではびっくりしたよ。
「じゃあクリスは結婚するの?」
相変わらずの距離感だけど、セシルよ。
敬語も無しにトークしてる相手は先王だぞ。
それ、めちゃくちゃ偉いさんなんだぞ。
「首尾よく話が進めば、な。実際に結婚するのは何年か先の話だろうが」
そういえば、去年。
王都に向かう道中にクリスが言ってたわ、婚約させられるかもって。
かも、が実際に動き出したのか。
「相手はどんな人なんですか?」
「俺も会ったことはないが……ラウルシュタインの第2皇女だ。どんな、と聞かれても俺も知らん」
皇女かぁ。つまりは姫ですよね。
王子の相手は姫なんだな、やっぱり。
下世話な話だが、姫と言われるとどんな人か興味あるよね。
美人かしら。クリス好みの巨乳だと良いね。
「しかし順番で言うなら、ルシアン王子やマティアス王子じゃないんですか?」
あの2人もまだ結婚してないでしょ。特にあの次男坊、早く何とかした方がいいと思いますよ?結婚とかそういう以前の問題で、どうにかした方がいい。するべきだ。アンタも家族として彼をなんとかしなさいよ。
「それな。ややこしい話だが……ルシアンは既に婚約者がおる。それは良いんだが……マティアスがな。意中の姫がいる、と頑として話を聞かないのでな。クリスに話が回って来た訳だ」
ヒュー、やるねぇお兄さん王子。
王族なのに愛を貫くおつもりか。
………つーか、その意中の姫ってセシルじゃねぇの?今の話を聞いてセシルが青くなってガタガタ震えてますけども。すごく遠くからだけど、外堀を埋められている感じ。そりゃ確かに怖いわ。
爺さん、あなたのお孫さんの意中の姫は多分ここに居ますよ。御老公の顔を見ると、それ以外にもなんかありそうな顔してるけど……狸ジジイの腹の内なんぞ知るか。
お見合い、なぁ。
お見合いと言っても日本のそれとは違うんだろうな。
会って話して、やっぱ違うわとか言えるんだろうか。
会う=ほぼ結婚、なのかもしれんね。
お見合いガチャ、一発勝負。
これにはクリスもドッキドキでしょうな。
ラウルシュタイン帝国での修行がメインの旅だと思っていたが、とんでもないイベントが飛び込んできちゃったな。これは今年も忙しくなりそうだ。




