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84 親父にもぶたれたことないのに!

 


 ようやく扉の前に立った。


 しっかし大きな扉だねよねぇ……高さもそうだが幅も広い。これだけ大きければ、あのダークマンモスでも中に入れそうだ。その大きな重い扉を強引にこじ開けて中に入ると、今度は下へと続く大きな長い階段。外とは隔絶されていて静かだし暑くもなく寒くもなく快適だ。隅っこで良いから、今晩はここに泊めてくれないかな。





「来るなッ!人の子らよ!」


 扉を閉めた途端、しゃがれた大きな声が階段の下の方から響いた。誰だか知らないが、最初から問答無用に拒絶されたよ。まだ何にも言ってませんよ?


 どうしよう?確かに無断で他人の家に入り込んでるのも事実だし、来るなと言われたらなぁ。でも、あんな悲鳴みたいな声で……コレって明らかに何かが起こっているよな。もしかしてゴキ……Gでも出ましたか?


 しかも入るな!ではなく来るな!、か。


 あんまりトラブルには首を突っ込みたくない。しかしセシルが魔力のガス欠で気絶寸前レベルにフラフラしているんだよね。今もクリスが肩を貸している状態なんだ。せめて休憩だけでもさせて欲しい。勝手で申し訳ないっす。


「交渉してみよう」


 来るなと言われたけど、こちらにも事情がある。向こうにも勿論事情はあるだろうが……少しは話し合いましょうよ。俺がそう言うとフラグな気がする。


 長い階段を降りると、その先の扉は既に少し開いていた。

 中に誰かが居るようだし、ノックは必要だろう。

 ノック4回、失礼しまーす。


「お取り込み中のところ、すみません」

「来るなと……ガハッ」

「フン、喋り過ぎだな」


 中には血塗れの竜?が横たわっており、それを3メートル近くはありそうな大きな男が蹴っ飛ばしていた。山羊のような……いやもっと禍々しくてデカい角があり、獣面の…ムッキムキなマッチョの、多分だが男……なのかなぁ。まぁでも少なくとも男女という以前に人間ではないよな。これは魔物なのかなんなのか……人語を話してるし魔物だとしたら高位なんだろう。勝手に、しかも強引に入った俺達が文句を言う筋合いも無いが情報量が多い。どこからツッコんでいいのか分からないよ。出来る事なら、この時点で扉を閉じるべきだった。失礼しました!とか言って、このまま帰れば幸せだったんだろうなぁ。


 世界は広い。これもド派手な痴話喧嘩の可能性だって微レ存だ。カーはあってもドラゴンは居ない地球にだってドラゴンカーセックスなんて言葉があった。そしてここはカーは無いがドラゴンが居る世界だ、これも多様性なのかもしれない。当然だが俺もドラゴンカーセックスの時点でナノの単位でも理解出来ない嗜好だよ。そんなモンしたくもないわ。


「事情は知らぬが穏やかではないな。何者だ、貴様」


 クレア嬢が謎の存在を問い詰める。


 アレに話しかけるのか。スゲーな剣聖。あんな見るからにバケモノ相手に強気だなぁ……カッコよすぎてキュンとしちゃうよ。それと俺からいうのもなんですが、他人に名を尋ねるなら自分から、だぞ。


「ふぅむ……お嬢さん。実に良い度胸ですな。私好みだ」


 会話が出来た…!


 質問は完全に無視されましたね。

 穏やかな口調だけど、友好的な雰囲気は微塵も無い。

 剣聖が良い度胸という点に関しては俺も同意するけど。

 彼女が良い胸をしていると言うのであっても激しく同意したい。

 同意だけでなく装備を外してもらって詳細な胸の調査を行いたい。


「いやね、彼にお願いがあって来たんだけどね。ちょっと頑固なんで私も困っているんだ。君達からも言ってやってくれないか?」


 うむ、変態紳士タイプ。

 俺の好きじゃないタイプだ。

 まぁ誰だってそうだろう。

 紳士は嫌いじゃないけど変態はなぁ……。


「デートに誘いに来たんですか?多分、その彼はシャイなんですよ。もう少し時間をかけて仲良くなったらどうですか。せっかちはモテませんよ?」


 具体的に言うなら1000年くらい時間をかけたらどうだ。成功例がひとつだけあるよ。いかなる形の恋愛も否定はしないけど……血が流れるのはいかがなものでしょうかね。俺には少々上級すぎて理解には時間がかかりそうだ。

  

「ハハッ……君は実に面白い事を言う。私は円満にダンジョンマスターの座を譲ってもらおうと来たんだけどね。これは君達冒険者にとっても大変に有意義な話だと思うんだが……なかなか首を縦に振ってもらえなくてね」

   

 それで思わずボコボコにしちゃいました!ってか。個人的には、そんなヤツに新ダンジョンマスターになって欲しくないなぁ……。


「アレク……あまり奴に近づくな」


 ルーが俺の袖を引くけど俺だって(ドラゴン)を単騎でボッコボコにするような相手に近づきたくないよ。口調とは裏腹にどうにもコイツは友好的じゃないしね。俺の頭の中で危険!逃げろ!とアラームが鳴りっぱなしだ。まぁ俺のアラームはオウルベア辺りから、ずっと鳴り続けているんだけど。グリフォン戦で最大音量に鳴っていると思ってたアラームは、さっきまでのは子守唄かな?というくらいに今では大音量になってるよ。間違いなく、コイツはめちゃくちゃにヤヴァい相手だ。


「友好的に話し合って、サブマスターの権限までは委譲してくれたんだけどね……表に居なかったかい?グリフォンなんて素晴らしい魔物も召喚出来るようになったんだ。ただし、所詮はサブマスターなんで出来ることが限られていてね」


 居たよ。苦戦したわ、クソが。

 お前のせいだったのか。ごん、お前だったのか。

 グリフォンじゃなく栗持ってこいよ。


 しかし、こう……悪役キャラってベラベラとよく喋ってくれるよね。説明役にはちょうど良いのかもしれない。会話に飢えていたのかもな。多分、淋しがり屋さんなんだな。


「実は極秘任務なんでね……でも私の優秀さをもっと知らしめたいじゃないか。君達という観客はまさに天祐だった」


 あー、ホントに喋りたかっただけなのね。極秘任務を。アホか。つまり俺達を殺す気満々ってことじゃねぇか。これが冥途の土産ってやつですか?だとしたら、もっと良いモノを用意していただきたい。


「アピールと言われるなら、ついでにお名前も聞かせていただけませんかね。どちらさんですか?」

「君達は聞いたことも無い存在だろうがね。魔神、魔神オアシヴが私の名だ」


 おぉ!聞いたら教えてくれたよ!

 本当にバカだな、コイツは。

 名前は知らんが……魔神の方は聞いたことあるわ。

 というか俺達の身内に魔神がいるんだよなぁ。

 つーかよ、目の前に居るのが見えてないのか?

 コイツは神眼を持ってないのかな?


「格が違う。一緒にしないで」


 ウチのかわいい魔神がホッペを膨らませてご立腹だ。格ねぇ。格下であっても魔神は魔神、コイツも規格外に強いんだろうな。

 たまには主人公らしく、正面に立って戦いたいが……俺は身の程も知ってるのだ。うん、腰が引けてますよ。脚がガックガクと震え出しそう。つーか震え出してる。だって相手は竜を一方的にボッコボコにする魔神だよ。そりゃビビるよ。


「我が主は常に絶望を欲しておるのだよ。アレクシス・エル・シルヴァ。君の絶望は……果たして、どんな味かな?」


 魔神のくせにコイツは神眼を持ってないみたいだが……コイツ如きでも名前くらいは見えるらしい。いちいち人をフルネームで呼ぶなよ。

 いや今はそんなことどうでもいい。コイツは今、何と言った…?なんということだ…極秘任務と言うくらいだからコイツに命令した上が居るんだろうなと思ったら…!もしかしてド本命じゃないか?これは不運なのか幸運なのか……さすが俺の人生だな!素敵に愉快な展開になってきた。


「その主は、今どこだ」

「それを教えるほど私が愚かに見えるかね」


 見える。

 見えるよな?


 俺が知る限りトップレベルの愚かさだよ。知力に自信の無い俺相手ですら、周回遅れでぶっちぎられそうな程のバカでしょ。さっきから重要な情報を垂れ流しまくりじゃん。一言一句、聞き逃せないレベルでどちゃくそ漏らしてるじゃん。自白剤をジョッキで飲んだのですかというレベルで喋り続けてるじゃん。


「君達が何を聞いてどれだけ知ったとて、それを誰かに伝えることが出来ると思っているのかね?」

「質問に質問を返すな、ボンクラ。お前の主はどこに居るかと聞いてやっているんだ」

「……………私はね、比較的ではあるが君を気に入っていたのだよ、アレクシス。同じ始末するにも会話を楽しんだ後にしてやろうと思う程度にはね。それが君の方からそんな態度を取られるとは……所詮ゴミ屑と意思の疎通は夢のまた夢か。悲しいねぇ…」

「その絶望をご主人様に捧げたらどうだ。忠犬には褒美として大きな骨でも貰えるんじゃないか」


 さっきからルーが袖を引っ張って止めているのには気がついているけど、止まらないわ。だってコイツは正真正銘の邪神の配下だぞ。でも、もし怒って攻撃してきたら……そのときはルー、助けてください!


「本当に面白い人間だ。そんな君の絶望が何が何でも欲しくなってきたぞ……例えば、こんなのはどうだ。かけがえのない親友が居なくなる、なんてな」


 はぁ?このバカは何を言っているのかな。


「アレ…!」


 突然のクリスの声に振り返ったら……既にセシルとクリスが居なかった。

 何が起こった!?


「アイツの仕業か!?セシルとクリス殿下が持っていかれた…!」


 いつも冷静な聖女ティナが珍しく焦った大きな声で叫んだ。おい…魔神!お前がやったのか!?


「何をした…お前、何をした!?」

「良い表情だ……しかし絶望より怒りが勝っているのな困りものだな。さぁ、アレクシス。彼らはどこへ飛ばされたのか……わかるかなぁ?」


 ここへ来て、心底楽しそうな笑顔を魔神が見せた。実に悪趣味な気持ちの悪い邪悪な笑顔。本当に……邪神に与する連中は俺の怒りのツボを上手く突きやがる。もし転職を考えているなら指圧師なんてどうだろうか。この世界なら免許や資格も要らないし。ただし怒りのツボ以外を覚えてもらう必要があるが。


 なだめるように俺の肩に優しくルーの手が置かれた。俺は大丈夫、冷静だと言おうとした次の瞬間、壁まで吹っ飛ばされるほど顔面を殴られた。目の前がチカチカして意識が途切れ途切れで、親父にもぶたれたことないのに!とか言う余裕もなかったわ。痛みを感じる前に鼻血が滝の様に出てきた。


「これは君のミスだ。反省しなさい」


 久しぶりに師匠に本気で叱られた。

 いやしかし!とは思ったがルーは既に俺を見ていなかった。


「仲間割れか!いやぁ、ブハハハハ!存外に楽しませてくれるじゃないか!良いぞ、アレクシス!」


 抱腹絶倒と言った感じで大笑いの魔神オアシヴの前に、もう一人の魔神が大剣を手にして立っていた。巨人と言って良い程の大きさの魔神の前に、華奢な少女が向かい合う。冗談みたいな光景だ。


 魔神対魔神。

 激しい戦いが始まる…!







 しかし結果的に、俺のそんな予想は当たらなかった。


「……は?」


 音も無く魔神オアシヴの大きな右腕が宙に舞っていた。


「2人をどこにやったか、私からは聞かない。しかし言いたくなったら言っても良いぞ。次はお前の右足を貰う」


 宣言通り、次の瞬間にはルーの大剣『亢龍の牙』が振われて、宣言通り魔神オアシヴの右足が斬り飛ばされた。


「あグァあああ…!!!!な、な!?なんだお前は…!?」

「お前は何も知る必要はない。さぁ次は左足だ」

「ハガァアアアァ!!な…何故、転移も出来ない…!!!あの2人の居場所を知りたくないのか!?」

「バカか、お前は。魔王からは決して逃げられない。そしてお前が言いたいのなら言っても構わないぞ、止めはしない。次は左腕だ」


 エグいよぉ……ものの30秒程で、さっきまで楽しそうに大笑いしてた魔神が為す術もなく両手両足を無くしてイモムシのように地面を這っていた。栄枯盛衰が激し過ぎる。天国から地獄へ、って天国と地獄ってこんなに近いの?


「ハホホブブゥオオオ!……わかった!取引しよう!言う!あの2人の居場所は教える!だ、だから命だけは助けてくれ…!」

「言いたければ言え。だが言ったとしても、もうお前の運命は変わらない」


 残ったのは頭部と胴体。それも数秒の後、音もなく寸断されていた。容赦無ぇ…!格が違うとは言ってたけど……ここまで差があるものなのか。とんでもないバケモノが文字通り赤子扱い。インパクトのある登場をした魔神オアシヴだったが退場はこの上なく呆気なかった。






「居場所を聞き出せかなったけど……良かったの?」

「悪魔との取引なんて成立するはずがないでしょう?」


 魔神は英語でデビル、それは悪魔とも魔王とも訳される。

 ルーは……確かにたまに小悪魔ではある。

 そして確かに今、魔王である現実も目の当たりにした。

 なんとか漏らさなかった自分を褒めてあげたい。


「ティナ、ダンジョンマスター殿を治癒して貰えないか?」


 ルーの指示で素早く聖女ティナがダンジョンマスターを治癒してゆく。ここのダンジョンマスターは人間ではない、と聞いていたが……その正体は地竜だった。ドラゴンとしては末席らしいが、それでもヒトと比べて途方もなく長い寿命、そして高い知識と知恵を持つ、ヒトを遥かに超える高位の存在だそうだ。


「まさかヒトの子らに助けられるとは……これは夢なのか」

「ダンジョンマスター殿、申し訳ありませんが今は時間がありません。私達の仲間が先程の輩にどこかへ飛ばされました。何卒、2人の場所をお教え頂けませんか」


 魔神オアシヴを秒殺したというのに、ルーはダンジョンマスターの地竜の前に正座して相対していた。慌てて、俺も隣に正座し伏してお願いした。ダンジョンマスターは迷宮の全てを見通すことが出来る。きっと2人の場所もわかるはずだ。


「この程度の事で恩は返せまいが……先程の2人は……………うむ、この10階層、ここへの入り口の扉があった中央火山があったじゃろう?もう一つ、西にも火山があるのじゃが、その山頂付近に転移しておる。心配はいらん、そこは魔物も殆ど立ち入らぬ比較的安全な場所だ」


 その話を聞いて、後ろで緊張していたガールズは張り詰めていた糸が切れたと言わんばかりに座りこんだ。俺も大きく息を吐いた。とりあえず、2人とも無事らしい。なんだ、やっぱりセーフティゾーンってあるんですね。


「良かった……セシルは無事か」


 おいおい、聖女よ。王子も一緒なんだぞ、無視するんじゃありませんよ。そっちも心配してあげてね。もし飛ばされたのが俺なら、やっぱり心配してね?


「2人が待っているだろうから……アレク、行こう。君達はここで待ちなさい。2人は私達が連れて帰ってくるから。ダメだ、今は申し訳ないが君達は足手まといだ」


 俺もここで待ってても良いけど、ルーが別行動を許すはずもない。こんなことがあったなら尚更だ。それにしても……なんだろうな、喉元にナニカが引っかかるような違和感が。こう……なんか凄く大事な事を忘れているような気がする。


「ダンジョンマスター殿、彼女達がこの場所で待つ事をお許しください」

「お主の頼みならば構わぬよ。幸い、飛ばされた2人が居るのは魔物が出現するような危険な場所ではない。急ぐ必要もない、まずは落ち着かれるが良い」

「いや、急いで行こう」


 え?


 俺は今、急ごうって言った?なんでだ。そんなにセシル達を心配してるの?まぁ、そりゃもちろん心配してるけどさ。でもな、今のアイツらは安全地帯に居るんだぜ?でも俺は焦っているらしい。何故?何かが引っ掛かっている?


「アレク、どうしたの?」

「ルー。セシルが……待つ?あのセシルが?大人しく?助けを、待つだって?」

「今、居る場所が安全地帯と知らぬでもセシルは魔力切れを起こしておったのだぞ?動こうにも動けんじゃろう」


 普通はな。

 あの子、普通じゃないんだよなぁ……。

 

「あいつは、助けを待つヒロインじゃない」


 性格的な意味でも。

 性別的な意味でも。


「ダメだ!ルー、今すぐ憑依して走ろう!」


 すぐさまルーと2人、最下層から10階層への階段を飛び出した。どこだ、西の火山……あれか!もう一つ今居る中央の山よりやや低い山がある!それを視認したと同時にルーが俺に憑依する。俺の身体が壊れたら後で聖女に治してもらうとして、今は最速で急ごう。




 ルーに憑依された俺は山の中腹から飛び出した。ええ、文字通りに。途轍もない速さで。……こりゃ後の反動が凄そうだなぁ。でも今は1秒ですら惜しい。

 セシルとクリスが転移で飛ばされて、既に10分以上は経過したと思う。まだ山頂に居る……訳がない。おそらくクリスは止めるだろうがセシルが絶対に大人しくしていないだろう。気絶寸前であってもじっとしていない子なのよ。それでも俺ならその場で待たせる。絶対に言う事を聞かせる自信がある……がクリスはセシルの我儘を聞くだろう。アイツはセシルに甘いからな。

 そしてセシルなら、すぐに自分達の居場所を把握したはずだ。そして必ず、俺達の所へ戻ろうとする。


 だとすると……既にあの火山を降り始めている筈だ。

 まだ10分、もう10分。

 チクショウ、あいつら移動速度が速過ぎるんだよ!

 どこまで行ってるのやら……居た!あれだ!


 憑依中のルーのスキルで、まるで望遠カメラのズームのように一気に拡大して遠く数キロ先の2人を捉えた。多分、あそこにいる。

 多分、てのはまだ2人の視認が出来てないからだ。草木の少ない火山の中腹なのにね。ほぼ飛行してるのに近いような高い位置から見てると言うのに視認出来ないのは理由があった。


 そこにはパッと見ても数十体の魔物が群がっていた。

 嘘だろ、あの中に……?


(このまま、あの群れを全て片付ける)


 頭の中に響くルーの声が少し焦っているようにも聞こえた。

 まるで、ワレンが死んだあの日のように。

 クソッ、縁起でもない!嫌なことを思い出したな。


「「《極灼炎槍》」」


 俺の周りに炎の槍が何十本と現れた。

 バビロンの門でも開いたのかな?という数だ。

 最近、少しは魔法の威力・精度にも自信を得たつもりでいたんだがなぁ……サヨナラ、自信。また会う日まで。


 ある程度近づいたらわかった。あれはマンティコアとキマイラの混合の群れだ。だから異種同士なんだから喧嘩でもしてろよ……その群れに炎の槍が雨の様に降り注ぐ。俺達だけなら割と苦戦したはずの合成獣共だが、今は儚いと表現したくなるほど呆気なく次々と倒されていった。






 ………思わず息を飲んだ。



 俺達が降り立った周囲には大地を埋め尽くすほどに魔物共が横たわっていた。もう動くモノはいない。


 その真ん中で、彼の姿は壮絶にして凄惨だが美しくもあった。


 クリスが右手に聖剣を上段に構えたまま、左手にセシルを抱きしめて息も荒く立っていた。あの眉目秀麗の王子が……白磁の肌だけじゃなく黄金に輝く髪も涼やかな蒼い目をも真っ赤な血に染めて……おそらく毒もくらったのだろう、その視点は定まらず意識も朦朧としているようだ。


「「クリス!」」


 呼びかけたと同時に、俺に向かって聖剣が振り下ろされた。




 戦慄した。

 紫電一閃とはこのことか。


 斬られたと思った!

 久しぶりに意図せずにゾーンに入った。いや、入らされた。

 つまり……死に直面したのだ、俺は。


 左手にセシルを抱きしめて護ったまま、これほどの一閃が放てる男だったのか…!


 戦闘中のクリスの正面に立って、初めて知った。本気のクリストファー・デュ・ラフォルグの斬撃は……もはや剣聖に匹敵する。今の一閃に限れば剣聖すら超えたかもしれない。俺は驚くのに精一杯だったが、憑依したルーが素早く回復ポーションをクリスに振りかけた。


「あ…?なんだアレクか……遅いじゃないか、薄着だったんで風邪ひくとこだったぞ…」


 この世界の風邪はこんなに血が出るのかよ。

 それはタチが悪いにも限度があるだろうよ。怖ぇーよ。


「後は、頼む……」


 クリスはそう呟いて、気を失った。回復ポーションを使ったんだが……あれか。腹が減りすぎて中途半端におにぎり一個を食べたら逆に空腹感を強く感じちゃったみたいなもんか。違うか、まぁそれはあとでもいい。

 それより解毒だ。解毒のポーション……あった!ほら、飲め。気絶中でも飲め!そんでセシルの方は!?ダメージは?


(大丈夫、セシルは眠っているだけ。怪我はないよ)


 完全に魔力が切れたせいか、周囲の状況がこんなだけど…セシルはすぅすぅと大人しく寝てました。お前ってヤツはもう……大物なのか大バカなのか。


(とりあえずの応急処置だ。早く戻ってティナに回復してもらおう)


 セシルとクリスを左右に抱いて、さて戻ろう。

 行きのように飛んだら2人が衝撃で死にかねないぞ。

 ゆっくりと、でも最速で。

 魔物を相手にしている場合でもない。


 今更ながら、なんでこうなったんだ。

 わかってるよ。全部、俺のせいだ。



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