8 こういうのでいいんだよ、こういうので
まだ肌寒い季節だってのに大勢の人、人、人。大勢と言っても数十人くらいか、朝も早くから皆さん元気だな。何の集まりかと言うと、ついに!いよいよ水鏡の儀の日を迎えたのですよ!この儀式を終えれば俺達もスキルを授かることが出来る………らしい。授かるというか、正確に言うならば既に授かっているスキルを顕現化する儀式だそうだ。つまりは、この儀式を済ませばスキルが使えるようになるの。
この儀式の対象となるオルトレットの今年の7歳児はだいたい総勢300人くらいだそうだ。そんで、どうやるかというと一人ずつ神殿で儀式の部屋に入り、そこでスキルを確認するんだって。これは時間かかりそうだな~……と思ったが実際、数日かけてやるようですよ。
当然ながら、まずは偉い貴族の子弟から始まって最後は庶民という順でやるわけだ。つまり、今年の1人目はクリスなんだよ。なんせ王さんの息子さん以上に、ええとこのボンボンはいない。
ちなみに俺とセシルは順調に行けば明日、儀式をする予定……なんだが俺達は今もう神殿の前に来てる。いや、スキルが楽しみで待ちきれなかったとかじゃないですよ。俺達の共通の友人である寂しがり屋の王子が、一緒に来てくれなきゃヤダヤダと駄々をこねるから付き添いに来たわけだ。
既にクリスの後に儀式を受ける貴族の子供たちもワラワラと居て賑やかだ。中には俺とセシルと睨んでるような子もいたりしてね。なんだか妙に雰囲気が悪いぞ。なんかもう早く帰りたいな……。あのね、一番の権力者とたまたま仲良くなっただけで何もしてないんだぞ、俺達は。まぁ貴族のお子さん達からしたら、それがムカつくんだっつーの!って話だよな。
毎年の事なのか、それともクリスの保護者だからなのか会場には公爵さんも来ておりクリスと共に貴族とその子供の挨拶を受けている。ちょっとした社交場ですな。神殿までは保護者と共に、でも中に入って儀式するのは子供1人だ。中で確認するのはこの世界において最高峰の個人情報だからね。場合によっては親にも秘密だったりするのかもしれない。どこの世界の、いつの時代でも家庭内で色々事情もあるでしょうからね。特に貴族階級なら尚更なんだろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
開始時間になったので、クリスが緊張した面持ちで、いかにも神官ぽい御老人に案内されて神殿の中に入っていった。頑張って!と応援したいけど頑張ってどうにか出来るものではないし、黙って見送った。
ちなみに、この世界の宗教は俺が今までに習った範囲で言うとファニエル教というのありまして、この宗教が地球でいうところのキリスト教的存在のようだ。勿論この神殿もファニエル教の神殿ですよ。よその国も含めて最大規模の世界的宗教だそうだし、何よりこうやってスキル絡みの儀式を行ってるので結構な権威らしい。この辺は俺も日本人らしく、あんましピンとこない部分がある。やっぱり正月は神社に初詣して、クリスマスや結婚式ではキリスト教で、死んだら仏教で、の典型的な日本人ですからね。
しかし立派な神殿だなぁ……そういえば長崎の大浦天主堂、修学旅行で行ったけどあれも神殿なんだろうか。教会も神殿なのか?いやね、こんなにどうでもいいこと考えるほどに俺達は暇なんですわ。
「どのくらい待つんだろうな……ってもう戻ってきた!?」
「お待たせ。凄かったよ…!」
クリスが興奮して目を輝かせながら戻ってきた。結構はえーのな。こんなテンポでやるの?さっきクリスを見送ってから10分くらいしか経ってないよ。まぁでもポンポンやらないと終わらないわな。
「じゃあ、とりあえず帰ろうぜ。ゆっくり話も聞きたいし」
「ああ……でも本当に2人はいいのか?叔父さまに頼んだら今からでも先に儀式を受けられるぞ?」
「いーよいーよ、ちゃんと順番は守ろう。ズルはいくないよ」
実はね、クリスが王子友人特権としてファストパスどうだ?と言ってくれていたんだ。でもセコい真似は止めとこうぜ。どうせ明日にはわかることを今知ったところで大して変わらんだろ。それに待ってる貴族連中の視線が痛い。別に彼らと仲良くなりたい!とも思わんが積極的に嫌われたくもないからな。
「で、どんな感じで儀式したのよ?」
公爵家の馬車に乗り込んで帰り道に早速クリスに聞いてみた。明日には自分がやるとしても、やっぱ気になるさ。下世話に例えるなら友達が一足先に初体験を済ませてきた、みたいなもんかな。違うか?品がない?失礼しました。
「言っちゃっていいのか?何も聞かずに見たほうが感動すると思うよ」
「む……確かに。ネタバレは興を削ぐよな」
「アレクはせっかちだね。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
余計なこと言うなよセシル。俺はそういうの、すごく気にするタイプだぞ。モテたいんだよ俺は。ええ、今世こそモテたい。切実にそう思う。
「儀式の内容はさておき、僕のスキルの内容なら教えてやろうか?」
「……あのな、モルガン先生から自分のスキルはトップシークレットだって教わっただろ」
「僕は構わないよ。アレクだって前世の話をしてくれたじゃないか」
「俺のは……そんなご大層な秘密でもないしさ。お前らにしか言ってないし」
「僕もアレクとセシルにしか言わないよ。えっとね、剣術・身体強化・火炎魔法・水魔法・詠唱短縮・威圧・指揮・理解力強化……と何だっけ、紙に書いてきたんだ…交渉術と舞踊と料理か。全部で11個だ」
おお……11個って多いのかな?きっと多いんだろうな!良かったなクリス。しかも火魔法じゃなく火炎魔法なんだな。あれか、上級魔法みたいなものかもしんないね。
「最後の料理って……クリスは料理なんてやったことないでしょ?」
「今の僕なら美味しい料理を作れるかも。セシル、何か食べたい?」
餌付けでもする気か王子よ。ボクっ娘に更に食いしん坊キャラまで乗せるつもりか。帰宅早々に王子が料理を始めても周りが戸惑うから、スキルはまず剣術と体術を試してみることにした。魔法関係はモルガン先生に教えてもらわないと使い方も分からないし威圧や指揮とかも同様だ。普通、そういう使い方がわからんスキルは家族とかに聞いて練習するか(遺伝する場合が多いので親とスキルが共通だったりするそうだ)、下手すると生涯その授かったスキルを使えずに死蔵させちゃう人もいるようだよ。
さて、全員で着替えて訓練所に場所を移した。クリスの剣術だが、この前から素振りを始めた程度でド素人と言っても差し支えない。それと比べたら俺とセシルも大差ないっちゃないんだが、それでも去年から俺の父や兄相手に多少の打ち込み程度はやってる。普通にやったらドド素人に一本取られることは無いと思ってたんだけど………思てたんと違う!コレがスキルの力なのか!
全然俺の剣は当たらねぇし、クリスの剣はかわせねぇ。ドドド素人相手に全然勝てないわ。しかもちゃんと寸止めまでしてくれちゃうの。振りの速さも昨日と全然違う。もう剣を振る音が違うよね。悔しいけど、俺達なんてまるっきり子供扱いだよ。実際に子供なんだけどね……。
身体強化はもっとわかりやすかった。昨日の時点で、例えば短距離走なら俺を10とするとセシルで7~8くらい、クリスはせいぜい6程度かなって感じだった。それが今はスキル身体強化の効果なんだろうか、俺の倍近く速くなってる。界O拳でいうなら3倍くらいだろうか。身体よ、もってくれと言うまでもなく負担はほとんど無いようだ。なにそれズルい。
「こりゃすごいわ……これがスキルなのか。良かったな!クリス。良いスキルを授かったんだよ」
「ありがとう、アレク。2人も良いスキルを授かるといいな!」
全くだよ。スキルがこんなに強力とは思わなかった。なるほど、この水鏡の儀が済んでから修行を始めるのはこういう訳か。スキルが無けりゃ、やるだけ無駄レベルに力の差があるんだね。まぁ俺はスキル無関係に槍はやるつもりだけどな。
そして次の日、俺とセシルの水鏡の儀の日は朝から曇天だった。ああ、前世の最後の日を思い出すから、こういう日は好きじゃないんだよな。いっそ雨が降ってくれないかな。曇り空に比べたら雨の方が好きだ。時々だけど、幸運は雨と共にやってきたりする。
儀式には父が付き添ってくれるのかと思ったが、今日はセシルの父であるロレシオさんが俺とセシルをまとめて引率してくれた。大事な大事な本日、ウチの父は所用で外出中なのだ。授業参観って訳じゃないけど息子の生涯一度の儀式の日に所用て。まぁ、ああ見えてウチの親父殿はこの街の騎士団の中でも偉い方らしいのでしょうがない。俺は大人の事情を汲んでやれる程には大人なんだよ、精神的には。肉体的にはまだツルツルで被ってるけどな。何の話?だからナニの話だってば。
初日は貴族連中ばっかりなので付き人だの馬車だので賑やかだったが、今日は割と落ち着いたもんだ。いや庶民階級の子供というかガキばっかりなので騒がしいのは騒がしいや。
「じゃあ、まずはボクからだね」
しばらく待っているとセシルが先に呼ばれて神殿の中に入っていく。既に授かってるスキルを確認するだけなんだけど、やっぱり妙に緊張しちゃうね。だってね、周囲の雰囲気がね。喜んでる子供、家族がいれば落ち込んでる子もいて、まるで受験の合格発表みたいな感じで。これはこれで懐かしいわ~。そういや歯科技工士の国家試験合格発表はインターネットで見たからお手軽だったけど……こう、なんというか。この緊張感、わかるかなぁ?俺も何を言ってるかわかんないわ。
しょうもない思い出に浸っているとセシルが出てきた。やっぱり10分も経たないくらいで終わるようだ。待たされる身としてはありがたい。
「………!………!!!」
セシルが顔を赤くして、なんだか嬉しそうに興奮してる。待て。まぁ待て。落ち着け。話を聞いてやりたいが、次はいよいよ俺の番なんだ。
「うん、良かったな。俺もさっさと終わらせてくるよ」
「はい、次はアレクシス君」
いかにも生真面目そうな若い係員に誘導されて中へ入っていく。あれ、そういやクリスの時とは案内してくれる人が違うな。クリスの時はいかにも偉い、って感じの年配の神官だったのが、今日は若手の下っ端感のある人に替わった。あれか、あの人も神官長とかそんな感じの偉いさんだったのかもしれないな。そんな偉いさんは庶民の日にまで出てこないのかもな。
中に入るとそこは広い礼拝堂っぽい空間だった……が係員はそこで止まらず右端の階段を地下の方へ降りていった。こっちだよ、程度の一言くらいあっても良いんじゃないかと思うけど現代日本のような接客を期待してはいけない。係員の後を追っていくと、階段の踊り場の壁には数字がパズルのようにめちゃくちゃな順に散りばめられていた。あー、一時期ナンプレに嵌ってたから、こういうのじっくりみたいわー。好きなのよ、数字パズル系。知ってる?数独とも言われるアレ。スマホのアプリでどれだけ時間を費やしたか……ほんの少しの時間つぶしのつもりでやり始めたら数十分があっという間に消えるね。その楽しさについて何時間でも熱く語りたいが、当然この係員は待ってなどくれない。
さっさと進んで、地下の一室に案内された。壁の松明に照らされた、さほど明るくない室内の真ん中には直径3mくらいの丸い風呂?か井戸?のようなものが波一つ無く静かに水をたたえている。なるほど、これが水鏡か。
「ここの石版に両手を置いてください。そうすると君のスキルがこの水鏡に現れるからね。もし覚えきれない場合はここに紙があるから書き写してね」
字を覚えてなかったらどうするんだ、とも思ったが後で聞いたら希望者は保護者同伴で儀式を受けても良いそうだ。しかし、得てして貴族は他人には言えないレアスキルを授かる可能性が高いし、ほとんどの子が字も書けるので基本一人でやるらしい。これが庶民だと親同伴パターンが割とあるそうだよ。
言えよ、父。
こういう大事な事は事前に言おうよ。
そういうとこあるぞ。
いや聞いてても俺は一人で行くつもりだけどさ。
しかしいい加減なもんだな。大雑把というか。そういうものなんだと言われたら、そうなんですかとしか言えませんが。スキル絡みの話はこんなんばっかだな。設定が雑なんだよなぁ………。
「じゃあ私は部屋の外で待ってるからね。次の子が待ってるから出来るだけ手早く頼むよ」
そう言って若い係員は退室した。
さて、言われた通りに石版の前に立つと両手を置く部分が磨り減って窪んでいて……なんだか歴史を感じるねぇ。さぁ、お楽しみの時間ですよ!なんかドキドキしてきた!緊張する!手に汗かく!しかしいつまでもドキドキしている訳にはいかないので覚悟を決めて、石版に両手を置いた……と同時に水鏡が虹のような多彩な光を放ち始めた。
クリスやセシルが興奮してたのも分かる気がする。美術に疎い俺でも、その美しい光に夢見心地となった。これは……なんだかすごいぞ!!やるじゃないか、ファンタジー!ビバ、魔法の世界!
その光はそんなに長い時間じゃなかった……というか実際には数秒だったと思う。途中からよくわからんのは眩くて目がくらんだからだ。そりゃね、壁に松明の灯りがあるとはいえ地下で暗いのに、あんなフラッシュを急に炊かれたら目が焼けるわ。それでも徐々に視力が回復してきて、水鏡を見ると今は水面が淡く白く輝いている。
おぉ~……神秘的ぃ~!これはファンタジー感、あるよねぇ。こういうので良いんだよ、こういうので。ではいよいよ、我がスキルを確認の時だ……来い!来い!!チートスキルよ来い!!!今日から改めてスタートするぜ、俺の異世界転生物語!
ん…?なんにも見えないよ……?
限界まで背伸びして上から覗き込むが水面が輝いてるだけで何にも表示されてないよ?石版から手を離して、がっつり水鏡を覗き込んだが……なんにも無い。さっきの目が眩んでいた間に表示時間が終わったのかな?もう一度石版に手を置いてみるが、もう水鏡に変化はなかった。
やべぇ……!なんかミスったかな?いや、あの輝きっぷりからして、そんなにやり方は間違えてないと思うんだが……でも何度見ても何も表示されてない。えーとえーと……とりあえずさっきの係員に聞いてみようか?でもスキル情報ってそう簡単に人に言わないほうが良いみたいだし……どうする?どうしよう?
俺の頭の中は大混乱のまま、部屋の外に出た。
「すごかったね、部屋の外まで光が漏れてたよ。水鏡の儀での光が強いとすごいスキルが出やすいって言うし、良いスキルが出たんじゃないかい?良かったね。さぁ、戻ろうか」
「えーと、まだ光ってましたけどあのままで良いのですか……?」
「ああ、大丈夫。しばらくスキルは表示されてたと思うけど君が部屋から出るともう消えちゃうんだよ」
あー、どうしよ。心臓がドッキンドッキンと大きく拍動してる。この係員さんから見たら問題なく俺の儀式は行われたみたいだ。じゃあなにか?俺スキル無しってか?なんで何にも見えなかったんだ?
「あ、あの!水鏡は光ったんですがスキルは見えなかったんですけども………」
言っちゃった。でも、もしこれがミスならこのまま戻ったらもっと怖い。係員は階段を上りかけた脚を止めて振り向いた。
「スキルが見えなかった?って君、字が読めないのか?それなら先に言ってくれないと!次が待ってるんだから上に戻って君の保護者を探してる時間は無いんだよ!?申し訳ないけど私が読んでもいいかい!?」
すげぇ剣幕で怒られた。確かに運営側としてはトロくさい参加者ってムカつくんだよね、わかるよ。ここで字は読めます!とか訂正するのも怖いので、いきなり個人情報ダダ漏れだが同伴してもらうことにした。もう全部最初から最後まで確認して欲しい。なんかもうファンタジー、怖い。泣きそう。
「こうですよね?」
さっきと違う意味でドキドキしながら、俺はもう一度石版に手を置いた。再びさっきの強烈な光が部屋の内部に溢れた。今度は事前に目を閉じてたから大丈夫、視えるぞ!
「もう手を離してもいいよ。ほら、こうやって覗き込んでごら………あれぇ?」
なによ、そのリアクション。
俺も再度覗き込んで見ると……さっきと同じで輝く水鏡は何もスキルを表示してなかった。またミスか。二度もミスとなると運営側にも問題あるんちゃうか。設定か?それともハードに問題あり?
「これは…!?何だこれ……初めて見た!君、スキルが何も無いんだね…………ぷぷぷっ!」
はぁ!?ウッソだろオイ……マジかよ……そりゃねーだろよ………。100歩譲ってチートスキルが無いならまだしも、何にも無いは……それこそ無いわー。1からスタートでもなくゼロからスタートかよ。ゼロからっつーか、そんなもん相対的に言うならマイナスからのスタートじゃねーか。チートがないにしても何にも無いはやり過ぎじゃない?せめて平凡なスキルでもくれよ。そんでそれを鍛えて意外な使い方したり覚醒したりしてストーリーが展開していくもんじゃないの?ベタでもいいじゃない。捻らなくてもいいじゃないか。
そんで今、係員さん笑った?笑ったよね?しかし俺には、そんな係員さんを怒る余裕も無かったんだ。生まれ変わったとわかった時の混乱とは違う、まさに放心状態。マジか……スキルが存在する世界で、しかも友のスキルの力をまざまざと見せつけられて……その上でスキルが何にも無し?………詰んだ。俺の人生、ここで詰みだ。終わるのがはえーよ!
「いかなる……フフっ…スキルであろうと結局は指針にすぎッ…ない…プフっ。これからの君の努力次第で幾らでも人生はッ……ププッ…素晴らしいものとなるでしょう」
階上に戻りながら係員さんが、おそらくはイマイチなスキルの人に向けて言う定型文であろう慰めの台詞を贈ってくれた。うん、実に良い言葉なんだろうが、イマイチもいかなるも何も……無ぇんだよ、スキルが。それとな、笑いを堪えながら言うんじゃないよ。日本の大晦日なら、「係員、あうとー!」だぞ?ケツバットするぞコノヤロウ。
「あ、戻ってきたよ。アレク!遅かったね?」
「あぁ、ちょっとな。でもちゃんと儀式は終わったよ」
終わったのは儀式だけじゃなく俺の人生も、になりそうだけどな。失意のまま神殿の外へ出てくるとセシルとロレシオさんが笑顔で待っていてくれた。まぶしい……今の俺にはセシルの笑顔が目にしみるほど眩しいよ。一応、作り笑顔で悟られないようにして帰宅出来た、と思う。多分。
でも、どうするよこれから……どうもこうもないか。俺の幸せに長生き計画は7歳にして頓挫した。クソッ、これがスマホのゲームならアカウント消して再インストールして最高のスキルが得られるまでリセマラするところだが。
もちろん、そんな事は不可能でありスキル無しのまま頑張るしかない。頑張れるかなぁ?スキルが普通に存在する世界でスキル無しってほぼ無防備宣言じゃないか。こんなもん憲法9条があったとしてもマズいぞこれは。どうする?父や母に相談するか?親にも簡単には話すなと言われるスキル内容だが、俺の場合一言で伝わるんだな。便利……というか楽だがメリットとデメリットの釣合が取れてなさ過ぎるだろう。
「おう、アレク。今日は付いていってやれなくて悪かったな。どうだった、良いスキルだったか?」
「あー、うん。その事で後で父上母上にお話が……」
「うん?まぁ……そうか。わかった、後でな」
あ、俺の表情や雰囲気から察しちゃったかな?
中学の模試の結果が悪かった時より逃げ出したい……!
そして夕食後に俺と父は向かい合って座っていた。俺は前世の親と同様に、今のこの両親を好きだ。精神年齢的にいうと年下夫婦でもあるが、彼らは良き父であり母であるし、仮に前世の俺と巡り合ったとしても良き友人になれたんじゃないかとすら思う。そんな2人を失望させるのは、かなり辛い。まかり間違っても、産んだ自分達のせいじゃないかなんて思って欲しくない。
「おまたせ」
母が夕飯の片づけを済ませて、お茶を俺と父と自分の前に置きながら席についた。緑茶じゃないけど、これは何から作ったお茶なんだろう。いっそ現実逃避してお茶についてトークして終わっちゃうか。ダメだ、そういうわけにはいかない。お茶は好きだが流石にこのタイミングでお茶トークは違う。
「あのね……スキルなんだけどさ。無かったんだよ。儀式を2回やってみたんだけど、何も出ませんでした」
思い切って単刀直入に言った俺の台詞を聞いて父も母も顔をぽかーんとしてる。いや、今回も……くっ……何の成果も得られませんでしたぁぁ!!とか言うくらいの心の余裕があれば良かったんだけどね。この2人には通じないだろうけどさ。
「あのねアレク。スキルはね、誰しもが望んだスキルが得られる訳じゃないのよ」
「そうだ、お前が槍が好きだったとしても槍術が得られないなんてざらにある話だぞ。俺だって本当は派手な魔法を使いたかったけど得意を伸ばして騎士団で出世してだな……」
「違う!違うんだよ……欲しいスキルや強いスキルが出なかったんじゃないんだよ……本当に何も。スキルが全く何も出なかったんだ」
「スキルは誰しもが何かを授かって産まれてくるのよ?何も無いなんて……」
「なんかお前、やり方を間違えたんじゃないか?スキルが無いなんて話、聞いたこともないぞ?」
「うん、間違えたかと思って儀式を2回やってみた。2回目は神官の人に立ち会ってもらって儀式したけど、それでも何も出なかったんだよ」
もしや転生者ってことが関係してるんだろうか。神様よォ、ここは普通にチートスキルくれるはずだろオイ。約束が違う。いや約束はしてないけど……これはお約束ってもんだろうよ。こんなところで捻らなくてもいいんだよ、普通に素直にベタに主人公らしいチートスキルを与えておけよ。そんで無双してザマァしてハーレム作ってスローライフでハッピーエンドで終わりでいいじゃん。それの何が不満だってんだよ。そんなの見飽きた?その気持ちは分からなくもないけど、やるにしてもそういうのは主人公が俺以外の時にやってよ……。
父も母も信じられないという表情を浮かべ、部屋の中に沈黙がおりた。しばらく続いたその沈黙を破ったのは一家の大黒柱の父だ。
「………お前はその年齢にしては随分賢い。それに僅か6歳で魔物を倒すほど勇気もある。お前が騎士になりたいなら諦めずに剣を振れ。槍を突け。騎士団にも後からスキルを得た奴は何人もいる。決して諦めるな!」
あー……そうだ、後天的なスキルもあるって言ってたな。忘れてたわ。良いこと言うじゃないか、父よ。じゃあ全くの絶望でもないな!少しは希望が出てきたよ。
あと、父よ。
俺、別に騎士になりたいわけではないよ……?
しかし、ここで余計な事を言うほど俺は空気が読めない訳じゃない。
「はい!頑張ります!」
「分かってると思うが、他人には誰にも言うなよ?」
「……セシルとクリスには言うと思う」
「今、言うなって俺は言ったよな?」
「わかりました、誰にも言いません!……と俺は言ってないよ。そんで、あいつらは他人じゃないからね」
「………お前はホントに賢いヤツだな、誰に似たのか知らんが」
多分、母上の方じゃないかなぁ。
でも流石は父だ。
あれほどの絶望感から俺を救ってくれた。
つくづく良い父母に恵まれたな、と思った。
本気でそう思った。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
是非とも感想、レビュー、ブクマ、評価を頂ければこれに勝る幸せは御座いません(人>ω•*)お願いします。