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78 日本の国菌

 


「へぇ……この子が。よろしく、クゥム」

「ええ、よろしくねクリス」


 おいクゥム、お前な。


 精霊には知ったこっちゃないんだろうが、お前が初対面からタメ口で略称呼びしてる相手は王子で、この国でも指折りに偉い奴なんだぞ。そしてクリスもそんなに簡単に、こいつを受け入れるんじゃありませんよ。かわいいけど精霊なんだぞ?こう見えても人外だぞ?お前のクゥムを受け入れるスピードに俺はドン引きしているよ?こうして俺だけが無駄にヤキモキする新しい家族の紹介も済ませて、既に話題は新居についてですよ。


「良いね。綺麗な建物だし……王城からも近いしね。本当に僕の部屋も用意してもらっていいのかい?」

「あんまり使う機会はないかもしれんけどさ、お前が泊まることもあるかもしれんし」


 幸いにも結構な数の部屋が余ってるしな。クリスも自分でやりたいように部屋をアレンジしていただきたい。ここはセンスが問われるところですよ。そして、そのためにも!


「今から買い物に行くぞ。最低でもベッドを買わないと今日は床で寝ることになる」


 お買い物ということで、女性陣は朝からウッキウキですわ。女性陣ってルーとセシルとクゥムな。魔王と男の娘と精霊……普通の女性が一人も居ないけどな。全員可愛い以外に共通点が無いけどな。











「ボクはこれにしようかなぁー……師匠どうかな、このベッド」

「うん、素敵だと思うよ。セシルにぴったり」


 長時間ベッドを色々と見比べた結果、セシルがまず決めたようだ。決め手はさっぱりわからん。値段的にも良い品なんだろうけど。このベッドとあのベッドの差異なんて微々たるものじゃないのか。間違い探しIQ140の問題かな?寝れたら良いじゃん、ベッドなんて。


「私は……少し大きめのが良いかな。ほら、寝相悪いし」


 ほら、と言われても。めちゃくちゃ寝相も良いくせに……と言いたいが、今後はコソコソっと俺と2人で使うかもしれないからですね。使うかもしれないじゃないな、使います。ちょくちょく2人で使います。それはもう断言します。だったら俺のベッドもルーに選んでもらおう。お互い様ですしね!少々激しい運動をしても落ちないような大きめなやつをお願いします。

 クリスもクゥムも、それぞれコレにしようかアレにしようか悩みながら選択している。まぁ買い物ってこういうあーでもないこーでもないと悩んでる時が醍醐味ですからね。クリスもクゥムも滅多に買い物なんてしない……いやクゥムなんて、これが人生で初めてのお買い物だもんな。思う存分、悩んでいただきましょう。



 その後はリビングのソファやテーブルも。キッチン用品……お皿やコップ、カトラリーやら。生活用品って、一気に揃えると本当に大変だよね。デパートがある訳じゃないから、店から店へ。令和の日本と違って在庫があるとは限らないので、無いものは注文して後々届けてもらう。場合によってはオーダーメイドみたいな形のものもあってね。前世で家を建てた時を思い出した……いやアレより面倒だね。

 家電製品を選ばなくて良いからマシか…と思ったら代わりに魔導具選びがあったわ。予備知識が少ない分、こっちの方が更に大変だったわ。

 これが家電を買うなら、冷蔵庫はココ!エアコンはこのメーカー!テレビはこれ一択!とかさ。各メーカーの得意分野とか予備知識が頭にあったりするじゃないですか。それが魔導具……知らんて。しょうがないから、クリスが王城執事長のハインツさんを呼び出して応援に来てもらった。こんなの完全に執事の業務外なんだけど、流石はクリスの爺やですね。実に手際良く魔導具について分かりやすく説明してくれて、どんどん必要なものを決定してくれた。流石は有能オブ有能。ありがとうございました!

 照明器具は既に備え付けられているのも多かったから助かった。それでも追加の照明も色々選んで買ってきたよ。冷暖房の魔導具まであるのは驚いた。令和の最新家電とまではいかなくても便利なもんですな。

 唯一、これは日本の引っ越しよりはるかに良いと思えたのは収納魔法のおかげで重い家具でも運ぶのが楽な点だね。楽々引越しだよ。それでも細々と整理整頓していたら、これで引っ越し完了!となったのは翌日でした。これでも生活していたら色々と不備が出てくるだろう。足りないものはその時に買えばいいや。




 

 そして今、ルーはキッチンの魔神となり引っ越し祝いパーティーのお食事製作中である。今日は皆の好きなものを作ってくれるということで、それぞれが好物をリクエストした。

 セシルはレッドボアのステーキ。クリスは煮込みハンバーグ。俺は悩んだ挙句、今日はチーズたっぷりのピザを。全員が食べ盛りの成長期なので、ちょっと濃いメニューだ。年齢によっては胸焼けしそうなメニューでもある。若いって素晴らしいね。


 そしてセシルとクゥムはルーのお手伝いをしている。幼女の精霊が何を手伝うつもりだ、と思ったが料理を運んでくれるようだ。傍から見たら、まるでポルターガイストじゃねぇの、アレ。料理を載せた大皿が宙を漂っているよ。

 クリスは皿やコップを配置。ええ、本日も王子を扱き使ってますよ。そして俺はお使いの為に外出している。お酒を買い忘れた、とルーに言われたので。酒豪どもにワインだビールだウィスキーだのを買って来いと言われて樽で買ってきたところだよ。なんだ、この量は。業者か。本日開店のバルか。




「さて、皆様。お手元に飲み物は揃いましたでしょうか。では新居引越しを祝いまして乾杯っ!」


 ようやく夕食の準備が完了し、全員が勢揃いしたところで乾杯の音頭を取らせていただきました。おっさんクサかった?いやだから中身はおっさんなんだってば。そんなことより飯を食おうぜ!


「何でレティシア師匠が焼くとこんなに美味しいのかなぁ。ボクが焼いたのとなんか違うんだよね」

「セシルは料理スキルを持ってないのに上手く作れてるよ。そのうちスキルを取得出来るから、大丈夫」


 うーん、確かにこのままの生活を続けたらセシルもいずれは料理スキルを手に入れそうだ。そうなるとメンバーの中で料理スキル無しは俺だけになる……マズいな。なんかマズいぞ。今以上に劣勢になりそうだ。


「僕はこのピザが美味しいな。ワインとの相性も良いし」

「クリス、これはピザじゃなくてピッツァよ。石釜で焼いたしね」


 漫才のネタか?そんなもん一緒じゃねぇの?とも思うけど、俺も覚えてないピザとピッツァの違いがあるんだろう。ルーは頑なに今日のはピッツァだと譲らない。美味しいからどちらにしてもいいんだけどな。

 ワインも良いけどやっぱピザ…ピッツァにはビールだよ。よく冷えたビール。同時に日本のビールの凄さも思い出してしまうね。日本酒もそうだが、もはやアレは芸術品の域だよ。ワイン、ウィスキー、焼酎も含めて日本のアルコール業界の人々は、良い意味で頭がおかしい。


「そんなにニホンのビールって凄いの?」

「セシルよ、日本の札幌は世界三大ビール生産地の一つに数えられるんだぞ。出来立ての良く冷えた生ビールは……めちゃくちゃ美味いんだ。銀座にある日本最古のビヤホールのビールの注ぎ方なんて、もはや芸術だよ。控えめに言って最高。それにビールは液体のパンと呼ばれる程に栄養豊富で、更には世界で最も安全な飲み物とも呼ばれていたんだ」

「……行こう!何が何でもニホンへ行こう」


 待ちなさい、ビールの為に異世界に渡ろうとするんじゃありませんよ。それに日本へ行く手段は全くもって謎なんだからな。でも行きたいよねぇ。


「ニホンに行けたら…アレクはもうこっちは戻らないつもりなのかい?」

「なんでだよ。前にも言わなかったっけ?ちょっと遊びに行きたいだけだよ。クリスも行くか?多分、お前なら向こうの世界でもモテるぞ」

「………向こうに行って帰れない、は困るぞ?まぁ帰ってこられるなら行ってみてもいいかな」


 結構悩んだなオイ。悩んだ挙句に好奇心に屈したな。それとも異世界でモテたいのだろうか。アッチと行き来する方法が簡単だといいよなー。勉強机の引き出しが出入り口なレベルだとありがたいが、それだと時間旅行してしまいそうだな。

 テーブルの向こうでは、セシルがトマトサラダを食べさせようとするルーと攻防している。トマト鍋は食べられても生のトマトはまだ無理か。このピザ…ピッツァもトマトソースなんだけどな。クゥムはセシルを応援したいが、ルーにも頭が上がらないようなので右往左往している。

 

 この賑やかな風景がずっと続くと思っていたのに…。

 いかにも?フラグっぽい?回収するつもりはないけど。

 まぁね、続けるし実際続いてしまったのであるけれども。













◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇














 夏すぎて 秋来にけらし 白妙の…?なんか間違ってるような気がする。和歌の記憶は曖昧だけど楽しかった夏が過ぎて季節はもう秋になった。 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども…の方かな。なんにせよ、収穫の秋だ。

 今日はオフの日で、ルーと一緒に発酵食品を製作中だ。ルーなら味噌や醤油でも簡単に作ってくれそうと思ったのに、そうもいかないそうだ。何故か。味噌や醤油に必須の麹菌、あれは日本の国菌と呼ばれる日本にしか居ない菌らしい。少なくとも、この近所にはそうそう見当たらない菌らしいよ。


「魔法でパパッとなんとか出来ないもんなのかい?」

「発酵は細菌の生命活動なんだよ。君だって、無理矢理ご飯を食べさせられたら嫌でしょう?それに存在しない菌には仕事させることも出来ないよ」


 ヒトと細菌の扱いが同レベルなのか……って視点が神じゃん。

 ……そういえば神なんだったわ。


 醤油はまだいい。オルトレットは海辺の街だったので少しだったけど魚醤があったからね。少々クセはあるけど、あれも醤油と言えば醤油なんだよ。そもそも大豆が無いんだよなぁ……ヨーロッパには日本から伝わったんだっけか?大豆があれば豆腐、味噌、醤油、納豆の原材料になるのに。すぐに味噌や醤油は無理でも豆腐は比較的簡単に作れそうだがなぁ。


 無い物は無いので、有る物で作れるものを作ろう。



 そこでビール作りですよ。


 これも立派な発酵食品だっ!それも日本で作られていたビールの再現に挑戦しよう。なんせ、ここには酒税法も国税庁も無いからな……この国の法律?クリスに聞いたらまだそんな厳しい法律は無いそうだ。ならセーフ!もし俺をキッカケに法制化されたら、この国の酒飲み共に恨まれそうだな。個人消費する分だけなので見逃していただきたい。


 それはさておいて、まずはビールの材料。

 大麦を発芽させた麦芽、ホップ、水。


 ホップなんて材料の段階では見たこともなかったけど、ルーが市場で探して出してくれた。他にもコーンスターチだっけ、色々と副材料てのもあるらしいけど最初だしパス。初めてはシンプルに作ろう。


 まずは、しっかり乾燥した麦芽を荒目に粉砕して……50℃ほどのお湯に投入する。それを更に加温して、しばらくこれを寝かせて麦汁を作る!しっかり麦芽のデンプンが糖化したら布で濾過して……ホップを加えて煮沸。すごく簡単に手順を説明すると、こんな感じ。


 ふぅふぅ……なんだか思ってたよりしんどいぞ。

 というか暑い、いや熱い。


 次は沸騰させた麦汁を冷ましてラガーの酵母を投入する!この酵母は街中の酒屋を飲み歩いて探したんだよ。流石は神の眼、そんなことも出来るんですね。後でルーに「こんな使い方したのは君が最初で最後だと思う」と呆れた顔で言われてしまったけどな。そしてラガー酵母を入れたら1週間強、発酵。発酵して出来たビールを更に低温で数週間から数ヶ月熟成すれば皆んな大好きなビールが完成するんだって。

 本日は酵母を入れるところまでやるよ。数時間をかけて全身汗まみれになりながらも頑張って作業を完了した。俺は汗まみれなのにルーは涼しい顔のまま。魔神にとっては、この程度の熱と湿度は全く問題ないらしい。羨ましいぜ。

 麦汁を入れた樽にラガー酵母を投入して、更に樽全体を冷却が出来るように改造した魔導具をセットしてとりあえず今日の作業は終了。頑張った分、完成が楽しみだな。我が家のビール好き達は喜んでくれるだろうか。



 頑張ってビールを仕込んでいたら、もう夕方になっていた。あー、風が涼しい……その涼しい風に乗って、2階のセシルの部屋からはバイオリンとフルートの音が聞こえてくる。セシルが窓を開けてバイオリンの演奏中なんだろう。そして一緒にフルートを演奏しているのは聖女ティナ。

 何がどういう経緯なのか俺は知らないけど、セシルと聖女はかなりウマと趣味が合うようで、最近ではよく2人でセッションしていたりする。2人とも見た目と違って、かなり好戦的で血の気が多いせいじゃないかと密かに思っている。類は友を呼ぶ、ですね。まさか聖女の方は男の娘じゃないよな?巨乳だしな。まさか彼女のスカートをめくってナニが付いてないか確認する訳にもいかないし。類友なら、もしかしたら聖女もビール好きなのかもしれない。今度聞いてみよう。













 ところで、この世界の地理的な構造はかなり地球に近いものがある、と思う。だったら東の……刀の国にでも行けば既に味噌とか醤油があるかもしれないよなぁ。味噌と醤油のためにも行ってみるか、東の国。まだ無理なのかな。いや、俺達がもっと強くなりゃ過保護魔神も了解してくれるはずだ。

 その為にも、そろそろ遠征してまた迷宮(ダンジョン)でも行きたくなってきた。新居に引っ越して以来、そんなに遠出はしていないんだわ。なぜかと言うとクリスが学園での勉強に集中して勤しんでいるの。これは学者として目覚めた訳ではなくて逆にさっさと学園での勉強を切り上げたいと目論んでいるからなんだな。

 そんなこと出来るんですか、と思ったが出来るらしい。優秀として名高い王太子のルシアン王子は3年間の教育課程を1年半程で全てクリアしたそうだ。そんでクリスも今年の冬の間に学業をほぼ終わらせるつもりなんだって。おいおい、それって優秀なお兄さん以上の早さで終わらせるってことだぜ。


「大丈夫、クリスは出来る子だから。私も居るし」


 魔神の方は勉強に勤しんでる風ではないが、この学園での教育課程はもう全て理解したそうだ。既に教壇に立って教えられるレベル。ああ、貴女はステータスがバグってるんでしたね……。


「私としては、もう学ぶものは無いから退学してもいいけれど、クリスを1人にはしておけないからね」


 過保護魔神はそれだけの理由で在学を続けている。それはそれで理由としては充分なんだけどさ。

 一方の俺とセシルはちょっとした長い夏休みみたいなもんで、ボチボチ冒険して、たっぷり遊んで、しっかり修行してこの数か月を過ごしていた。今まで通り変わらないと言えば変わらない日々。他に特に出来事は……そうだな、オークションでセシル用に魔法の矢筒を買ったくらいかな。これは収納魔法を付与された矢筒ですよ。矢に限定されるけど数百本の矢を収める事が可能。もちろんお高い品だけど、家の購入資金が余ったのと俺自身がセシルに借りが多くてね、買っちゃいました。

 俺もセシルも、のんびり過ごすことに全く異論は無いんだが魔法の矢筒を買ったせいでセシルも迷宮(ダンジョン)に行きたがっている。この戦闘狂め。












◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










「師匠、師匠ぉー!そろそろ迷宮(ダンジョン)に行こうよー!」

「そうだね。今度のクリスの試験が終わったら時間が取れるはずだから、ロマノアへ行きましょうか」


 今度の連休に遊園地でも行こうよ、みたいなノリだけど行くのは迷宮なんだよ。その日時はまだ未定だけど行くとしたら距離と俺達のレベルを考慮した結果、ロマノアの迷宮が最適らしい。これは決まっている。今度はC級…主に中級者向けなんだって。


「ロマノアかぁ……私達も行ってないんだ。一緒に行っちゃダメかな?」


 そう言うのは聖女ティナ。


 何故か、うちのリビングでティナは寛いでいる。聖女が優雅に紅茶を嗜んでいらっしゃる。こうやって黙っていれば深窓のお嬢様にしか見えないんだけどなぁ………一緒に魔物が蔓延る迷宮へ行きましょうなんて、その映画まだ観てないんだよね、今度一緒に観に行こうよ的なノリで言う内容じゃないと思うんだよな。しかし聖女が一緒なら治癒魔法を使ってもらえるんだよね。ヒーラー不在のうちとしてはメリット大アリじゃないだろうか。どうですか、師匠。


「自分達の身は自分達で守れるなら……別にいいんじゃないの?食事は作ってあげるけど、その代わり彼女達の身の安全まで私は保証しないよ」


 よし、うちの保護者の許可は貰えた。ルーの保護対象はあくまで俺達3人のみ。保証出来ないじゃなく、しないと言ってはいるけど。なんだかんだ言ってもルーもハーレムガールズを気に入ってるような素振りをしてるので、大丈夫じゃないかな。今も彼女に紅茶淹れてやってるし、時々夕食に招待したりしてるしな。


「クレアとディアも、きっと行きたがるはず」

「レベル上げ目的だから、何日か迷宮(ダンジョン)に籠るよ。それでも大丈夫?」

「ショウゴも何度かやっていた。私達も慣れているから大丈夫」


 夏の間、たまに聖女達3人とも臨時パーティを組んで依頼を受けたりもしてたから、そんなに共闘が不慣れな連中でもない。寧ろ、すごく頼りになると言っても良い。なんと言っても彼女達はA級B級の上級冒険者だし、それぞれの得意分野では俺達を遥かに上回るスペシャリストだからね。

 ルーは今回も基本的に指導するだけなので、基本的には6人パーティでの戦闘になる。この構成でもこれまで何度かやってるし、いけるだろ。


「ティナ達と一緒に迷宮は初めてだねぇ~、楽しみだな~♪」

「私も久しぶりだから楽しみ。私が居るからセシルも思いっきり戦って大丈夫だよ」

「ボクは後衛だから、そうそう怪我はしないよ…」


 セシルの気配察知は範囲が広いから今までも怪我らしい怪我はしたことないのですよ。それでも魔物が後ろから来るかもしれないし隠密系の魔物が来るかもしれないから油断は禁物。その為にもどんな魔物が出るのかを予習して対策をせねば。キリッ!


「私に聞くのを予習とは言いません」

「えー!?」


 思わずマスオさんみたいな声が出たわ。

 ちょっと声が裏返ったわ。


 最近、我が家にも書斎が作られました。もっと勉強しろということらしい。魔神からのプレッシャーがすごいよ。勉強……全くもってその通りなんですけども苦手なものは苦手なんだよなぁ。


「君の勉強嫌いとセシルのトマト嫌いはどうやったら克服できるんだろう……」


 すごいぞ、俺とセシルで魔神をここまで弱らせるとは。あの無敵の魔神がその綺麗な愁眉を寄せて、こめかみを押さえてるぞ。


「本当だよ……神界から降りてきて以来、君達ほど私を悩ませる存在は居なかったよ。だから、少しは頑張ろう?勉強。本当に」


 アカン、これマジなヤツだわ。セクハラでもしてお茶を濁そうと思ってたけどそうもいかない雰囲気だわ。こりゃやるしかない、勉強。座学。

 そのまま俺は重い腰をあげて書斎に篭った。なんとも用意の良いことにロマノアの迷宮の資料も全て揃えられているんだそうだ。俺は嫌いではあるけど不得意ではないのだよ、勉強。さぁ、なけなしの脳みそを振り絞って頑張るときが来たぞ。最愛の人に見直されようじゃないか。偉そうに言いながら、やってることのショボさがね……いや、これまでが少しサボりすぎた。頑張ろう。




 こんな感じでね。


 得てして平穏な日々ってのは、その価値に気付くことなく過ぎ去っていくのだ。



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