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76 巌窟王

 



「セシル、明後日なんだけどジェロム兄さんの家に1人でお泊りしてみるつもりはないか?」

「ボクが?1人で?」

「うん、今回は、まぁ……そうだね」


 おおぅ……セシルの冷たい視線が刺さる刺さる。痛い。痛いよ、血が出そうだよ。無言だけど君の視線は勇猛にして雄弁だよねぇ……その手の業界では御褒美とも言える視線だろうけど、今の俺にはノーサンキューだ。


「理由は……今回は聞かないで貰えると助かるよ」


 子供の頃から、セシルが俺に嘘つかないように俺もセシルに嘘はつかない。互いに秘密はあったとしてもね。だから「なんで?」と聞かれたら正直に答えるしかないんだ。答えられないわけじゃないが……デートに行きたい、それも1泊お泊りしたいから邪魔なんだとは言いにくい。それは流石に角が立つじゃないですか。だから聞かないでいただきたい。

 全年齢向けなら、なんだかんだでセシルやクリスも加わって皆でデート、になったりするノリですが。今回俺は思いっきりR18な展開にしたい。というか、する。絶対にする。予定調和の空気なんか読まない!読みたくない!


 そして長い沈黙の後、「………わかったよ」と言ってくれた。頭の良いこいつの事だから、もう色々とわかってくれているんだろう。そもそも俺がセシルやクリスより優先させる存在なんて1人しか居ないからなぁ。余計なこと聞かないでくれるのは非常に助かる。


「それはわかったけど、お兄さんの方は大丈夫なの?新婚さんじゃん」

「一応、もうお願いはしてあるんだ。クララさんもセシルなら大歓迎だと言ってたよ」


 事前の準備は大事だよ。今回も前もってジェロム兄さんのお宅訪問をしてセシルを1泊預かってもらうように交渉済みだ。

 もちろん、兄さんには理由を聞かれた。流石に兄が相手でもなかなか言い難い理由なんでモゴモゴと誤魔化した。誤魔化したつもりだったんだけど……なんかだいたいの事情は把握されたようで。すげぇニヤニヤした顔で「ああ、セシルの件はわかった。お前も頑張れよ」だってよ。御老公のニヤケ顔を思い出してしまって、大好きな兄だけど殴りたくなったわ。


 それにしてもこの世界この時代、婚前交渉はもっとタブーなのかと思ってた。もちろん清いままの結婚は強く推奨はされているらしいけど、建前はさておき実際のとこは若い連中の欲望は止められないものらしい。聞いてたのと随分話が違うじゃねぇですか、ミシェルさん。この場合は……良い方に違ったのかな?

 これで用意は万全だ……本当な万全か?なんか考えれば考えるほど忘れ物があるような気がしてくる。遠足前か旅行前のアレだ。楽しみと不安が交じり合った感覚。これはこれで良いもんだな。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











「じゃあ、ボクはもう行くよ」


 いよいよデートの日の朝がやってきた。俺達の定宿である『メレスの黄昏亭』から、まずはセシルが出発。今日のセシルは夕方までギルドの資料室で勉強して、その後はジェロム兄さんの家で1泊の予定だそうだ。明日の朝には迎えに行くからね!


「私も、先に行くね」


 ルーが、せっかくのデートは待ち合わせからしたい!と言うことで先に出発した。服装も着替えてくるから楽しみにしてね、と言われたよ。そりゃ楽しみにするよ。むしろ興奮し過ぎて朝から鼻血が出そうだ。


 本日のデートの待ち合わせ場所はギャスラン広場の噴水前。

 ベタだろ?王道だろ?捻り無しだろ?

 

 ベタ上等。今日も出し惜しみ無し手加減無しに全力で正面突破だ。今回、物語(ストーリー)は一切進まないだろう。どうせ最初から有れども無きが若しだ。読み飛ばしても全く問題ない……って誰に何を言っているんだろう、俺は。

 正装……って程でもないが俺の私服としては一番見栄えの良い服を引っ張り出した。この服を作ってくれたのはルーだけど、これ以上が無いのだから仕方ない。まさかタキシードや礼装で街中を歩く訳にもいかないでしょう。










 待ち合わせ場所は遠くないし待ち合わせ時間までまだ余裕はある……けど早めに行こう。この期に及んでトラブルに遭うとかお呼びじゃない。いやフリじゃなくて。マジでいりませんので。それに……多分、彼女はもう待ってるはずだ。前前世から1000年も待たせておいて更に彼女を待たせる訳にはいかない。


 待たせてはいけないが、少し寄り道をしながら軽い足取りでギャスラン広場を目指した。そういえば以前にショウゴのハーレムガールズを止めるのに走ったな、この道。あの時は不安と共にだったけど、それに比べたら今日のこの道を行く俺の心持ちは天にも昇るようだ。ワクワクが止まらないよ。


 広場に入って……噴水はあそこか。

 いた!噴水のふちに座って待ってる。

 コップならぬ噴水のふちルー子さんだな。


 今日のルーは貴族が着る様なドレスではないけど白を基調としていて……やっぱり綺麗だなぁ。おい、これはもう天使だろ。女神でもいいわ。実際、彼女は魔神だしな。そう遠くないんじゃないかな、似たようなもんだろ。


「お待たせしました、姫君」


 もう少し遠くから眺めていたかったが、彼女に声を掛けてくる男も居たので黙って見ているわけにもいかなかった。ええい、散れ散れ!帰れ!そういえば冗談半分で姫呼ばわりしてたけど、この人は姫なんだった。先王の娘になったんだったわ、リアル姫じゃん。多分この世界で一番バカな言葉の一つだな、リアル姫。


「ううん、待ってないよ。今来たとこ」


 そんな訳あるか。

 見てたもん。

 遠くから尊いなーと思いながら見てたからね、ナンパされるまで。

 言ってみたかったんだろうな、この台詞を。

 かわいい人だよな。


「待たせたお詫びに、これを受け取ってください」


 真紅の薔薇、100本。


 この世界ではマリユスと呼ばれるらしいけど、どうみても薔薇なんだよな、コレ。マリユス100本に意味はないかもしれないが、薔薇100本には意味がある。そしてルーも、その意味は知ってくれている。


「ありがとう。綺麗だね、すごく嬉しいな……でもちょっと恥ずかしいよ」


 この笑顔!

 男冥利に尽きるよな。

 ベタだろ?クサイだろ?

 今日は最初から最後までこの調子でいくよ。

 そう決めてある。

 見てらんない?見せ物じゃないよ!


「ちょっと待って……嬉しすぎて足が震えて立てないよ。もう少し、待って」


 待つよぉ。今日は2人でのんびり楽しく過ごすだけの日なんだもの。慌てる必要は全くない。まだ慌てるような時間じゃない。これは劣勢の時に言う台詞か。もしも攻略サイトがあったら載せておくんだがな、魔神攻略に薔薇100本が有効。3ターン、動きを止めますって。


「1000年待たせた男が、このくらい待たされるなんてなんでもないよ」


 そう言いながら、ルーの隣に腰を下ろした。

 まぁ死んでたんだから待たせてもしょうがない気もするが。

 いや、そもそも死んだのに戻ってくる方がおかしいぞ、俺。


「そうだったね。薔薇の花束で誤魔化されそうになったけど君は悪い男なんだった」


 そこは素直に誤魔化されてくれて良いんだよ?しばらく、噴水の音を聞きながらルーの横顔を見ていた。なんとか心を落ち着かせようとしているのか、何度も深呼吸してる。そんなにか。そんなに効いたのか。ひかりのたまを使用された大魔王か。


「よし、もう大丈夫。さぁ、私をどこへ連れて行ってくれるの?」


 花束だけでも予想の10倍以上喜んでくれて、見てるだけでも飽きない人だなぁ。俺が楽しむだけなら、このままここに座っているだけで一日過ごせそうだけど、このままいつまでも待ち合わせ場所に居るだけでは勿体無い。


「まずは甘いモノでも食べに行こうか。たまにはマドレリア以外の店も行ってみたいでしょ」


 甘党はスィーツを食べさせるに限る。そしてパティスリーはマドレリアだけじゃないのだ。色々聞き込みして、サ・サレアという店をピックアップしておいたんだ。なんでも隠れた名店らしいぞ。こんな隠れた店を知っていた剣聖クレアに感謝だ。実は彼女は相当なカフェマニアなんだって。聖と付く割には意外と俗に塗れてるのね、剣聖よ。そして、その剣聖情報ではこの店ではチーズケーキが人気らしいんだわ。

 ケーキの歴史に詳しくないから、この世界で独自に育ったチーズケーキなのか、過去に転生者もしくは転移者が伝えたのかも分からない。ルーも興味を持ったのか、「ほほぅ…ちーずけーき……!」と目をキラキラさせている。



 そのサ・サレアはいわゆる商業地区にない。贔屓目に言っても街の端の方、どちらかというと住宅地の中にあった。なんでこんなとこに建てたのかね。お陰で知る人ぞ知る、な店なんだって。

 下見をしておいて良かったな、こんなん絶対迷子になるわ。石材で出来た2階建ての家なんだろうけど、かなりの部分が蔦の葉で覆われている。更に扉が濃い暗い色調なんで全くわかりにくい。隠れた名店なのかどうかまだわからんけど、隠れ過ぎだろう。


「いらっしゃいませ」


 ゆっくりと扉を開けて、彼女を先に通した。ちゃんとレディファーストですよ。中へ入るとルーが好きそうなバリトンボイスの渋いロマンスグレーのおじさまが出迎えてくれた。なんだか悔しいが見た目も所作も声も上品だ。とてもオッサンとは呼べないね。しかし予想と違ったな。マドレリアはパティスリーだけど、この店はカフェ……いや日本では本格喫茶と呼ばれそうな店だ。それはそれで問題ないけどな。こんな時代に存在して良いのか!?という疑問はあるとしても。


「こちらへどうぞ」


 執事役なのかマスターなのかわかんないけど、出迎えてくれたロマンスグレーが奥の席に案内してくれた。隠れた名店と聞いているが店内も……数人しかお客さんが居ないぞ。やっぱ隠れ過ぎなんじゃないかな。


「えーとチーズケーキを二つと飲み物は……ルーは紅茶で良い?」

「申し訳ありません、当店は珈琲専門店でして…」


 そうなんですか。じゃあコーヒーを2つで。オルトレットは港町なせいか、割とコーヒーも見かけたけど、王都ではあんまりコーヒーの匂いを嗅いでない気がする。

 

「コーヒー、飲める?飲んだことあるんだっけ?」

「昔、飲んだことがあるよ。メルヴィルも好きだったし」


 そうなんだ!自分の好みを人から聞くとはな。でもどっちかというと、今の俺はコーヒーより紅茶派。それでもな、確かに美味しいコーヒーってな、美味しいんだよ。世の中にコーヒー好きが大勢居るのも納得。少し知性の足りない会話だけど我慢してください。

 

「素敵な雰囲気のお店だね……私の為に探してくれたの?」

「まぁね。俺も初めてだから、まだ味の保証は出来ないけどね」


 そう言った直後に、さっきのロマンスグレーがチーズケーキとコーヒーが運んで来た。やっべ、今の聞こえてなかったかな。


「どうぞ、お召し上がりくださいませ。味はワタクシが保証致しますよ」


 聞こえてたぁー!

 いや、信じますよ!

 美味しそうですよね!


 俺の動揺をチラリと見てルーも少し笑ってた。

 ロマンスグレーが近づいてるの、わかってたなら教えてくださいよ。


 置かれたコーヒーの香ばしい、ほんの少し甘い香りがテーブルの上に広がった。ああ、良い香りだな。確かコーヒーとチーズケーキは相性が良いって誰かが言ってた気がする。本で見たのかネットで見たのか……覚えてない。

 それにしてもチーズケーキかぁ……久々だ。見た目は懐かしのベイクドチーズケーキって言うんだろうか。日本で食べてたのより、やや固め…あ、でもチーズの軽い酸味と、程良い甘み。これは美味いチーズケーキだな!


「美味しいね。どう?日本のとは違う?」

「美味しいよ。これは想像を超えてきたなぁ。日本のは……こういうのもあるけど、人気だったのはもっと柔らかい感じかな。柔らかと滑らか、が基本的に好きな国なんだよ」

「今度レアチーズケーキも作ってみるよ………ねぇ、もし日本に行けたら私をどこへ連れていってくれる?」

「え、日本でなぁ……まずはケーキ屋さんへ行こうか?逆にどこ行きたい?」

「そうだねぇ……甘いものなら、人気のスイーツビュッフェに行ってみたいな。それから図書館とネットカフェで情報収集をしたいしミステリーを沢山読みたいな。映画も観てみたい!大きな絵が動くんでしょう?流行りの服も見てみたいな。あ、化粧品もすごく多いみたいだから試してみたい」


 そのままで完成品みたいな綺麗な顔して、更に何をメイクするつもりなんですか。それにしても好奇心旺盛な人だったんだな。


「そこはもっと綺麗な私を見たいって言ってくれないの?それから……家電製品ってのも見てみたいな。魔導具とは、また少し違うんでしょう?そうだ、夜の街を歩いてみたい。本当に夜でも昼のように明るいのかなぁ」


 そうだねぇ……都市部なら、昼のように明るい場所もあるね。俺が生まれた奈良の田舎辺りだと、この世界同様に漆黒の闇が広がるけどな。神様も異世界には興味津々なんだね。


「忘れちゃったの?私はね、我儘なんだよ。あとは美術館やコンサートもいいな~。異世界文化に目や耳で触れてみたいよ。あ、料理も勿論。東京なら地球の殆どの国の料理を食べられるそうじゃない。東京へ行こう、東京。新幹線ってのも乗ってみたいし。東京の有名なスィーツ巡りしたい。それから名古屋の君の部屋も行きたいな。大丈夫だよ、ちょっとやそっと散らかってても私が掃除してあげるから」


 そこまで散らかしてはないつもりだけど……綺麗好きから見たらそうでもないのかも。大丈夫だったかな?大丈夫じゃないかもしれない。


「もう10数年も経ってるから、俺の部屋どころか家が無いかもよ?」

「メルヴィルが死んで君が日本で生まれ育って、数十年を生きてからこっちに戻った。そしてこちらの世界では1000年が過ぎていた。もしかしたら、この世界と日本……地球とは時間の流れ方が違うのかも。だとしたら、こっちの10数年なんて日本ではあっという間なのかもしれないよ」


 それは……そうかもしれない。そうじゃないかもしれないが。もし時間差があるのだとしたら……これは俺のプラモ等のコレクション、まだ間に合う可能性あるかもな。


「えっちな動画のコレクションも、間に合うと良いね」


 等、で誤魔化した部分を深く掘り下げないで頂きたい。そうですね!とも言いにくいじゃないですか、返事に困るなぁ~。貴女は将来お母さんになったら息子の部屋を掃除してて、その手の本を見つけたら机の上にわざわざ置いておきそうだよな。


 そう言うとルーは「あはははっ」と花が咲きこぼれるように無邪気な屈託のない声をあげて笑っていた。いや、コレは男には笑い事じゃないんだぞ。世のお母さん達、これはマジで。やめようよ。ホントに。


「確かにやっちゃうかも。もっと上手に隠しなさい、ってね。君の息子だから、えっちな子なんだろうね」


 あのね、笑ってますけどね。多分、その子はあなたの息子でもあるんだよ。頑張れ、まだ見ぬ息子よ。父はお前の味方だぞ……無力だけども。


 しばらく、そんな他愛も無い会話とコーヒー&チーズケーキを楽しんだ。さて。そろそろ次の目的地に行こうか。まだお昼前だ。次はちょっと遠出するよ。預けておいた我が愛馬ディープに頑張ってもらうぞ。














『街の外へ出るの?次はどこへ連れていていってくれるの?』

『まだ秘密。そんなに遠くじゃないよ』


 街を出て、今は完全に2人きりだから日本語で会話だ。今日が快晴で良かった。雨は嫌いじゃないが、それでも雨の日に街の外へ遠出はしたくない。目的地は、これまた俺も初めて行く場所だけどね。


 王都の北門から出て、そのまま真っ直ぐ東に向かった先にぶつかった小川。それを上流の方に行くだけだから迷うはずもない。その小川はだんだんと細くなっていく。小1時間ほど上流に上って行き着く先は……そんなに大きくもない泉。大きくはなくとも地下水が豊富に湧き出てるそうで、水は澄み切っていた。

 そういえば岐阜の山奥に、通称『モネの池』って観光スポットがあったなぁ。あそこを思い出した。モネの池も天気が良い日には、まさしく神秘の光景だった。そして、俺達の目の前に広がる光景も天上の光景と言うに相応しいものだった。


『これは………!』


 ルーも、まさに感動感激といった表情。

 ミシェルさん情報も今回は大成功だ。

 確かに綺麗な場所だし、オマケに人が誰も居ない。

 たまぁ~に魔物が出るらしいが……今日は出ませんように。


『さて、お昼はお手製のサンドウィッチだよ』


 小さいけどピクニック用の敷物も持って来た。

 飲み物は、ここで紅茶を沸かして淹れる。

 今日は徹頭徹尾、俺が接待してやるんだ。

 今回は愛情もたっぷりトッピングされているはず。

 市場には売ってないから自家製の愛情だ。


『うん、美味しいよ。次はそのハムサンドください』


 料理の師匠も合格点をくれているようだな!どうだ、料理スキルがなくても出来るんだよ!早起きして、宿の厨房をお借りして頑張った甲斐があったってもんだ。俺は辛い物以外に好き嫌いは無いが、ルーは更に激辛でも平気だ。なんでも食べられるって素敵だよね。いっぱい食べる君が好きだ。うん、今日のサンドウィッチは我ながら美味しく出来たな。


 いやぁ、ホント平和ですよね。











『……どうしてここに連れてきてくれたの?』


 食後の一休み中。いつも膝枕してもらうけど、今日は逆に俺がしてあげる番。俺の膝の寝心地が良いとは思わないけどな。


『好きだったでしょ、こういう泉のほとり』


 水が湧き出る音、流れていく音、風で吹かれて葉が揺れる音。木漏れ日の下。ルーはこういう場所が好きだったはずなんだ。三日三晩、頭の中から搾り出すようにして、なんとか少し思い出した。今回も記憶の欠片だけどな。


『うん、好き。私は(リュシオル)だからね』


 ………それは何語?御存知の、って感じで言われても俺は知らないんですが。もちろん空気を読んで、下手なことは言わない。そんな俺の心理を知ってか知らずか、左手薬指の指輪を木漏れ日にかざしてニコニコしている。プロポーズした時に送った婚約指輪……通称アレクシスの指輪だ。青い石……ブラットウルフの魔石なんだけどキラキラと光が反射してるのを見て楽しそうだ。


『ルーの家族ってどんな人?』

『神族の父や母のこと?父様は私もあまり会った事はなかったなぁ……最高神だから。母様は優しかったよ。慈愛の女神だからね』


 最高神って日本で言うとこの天照大神、ギリシャで言うとこのゼウス、エジプト神話ならラーかな。俺の知識じゃそんなモノ。む?天照は女神か。天之御中主神ってのが居るんだったかな…?それはどうでもいいか、あなたは姫じゃなくても貴種なんですねぇ…。


『兄弟とか姉妹は?』

『……兄が2人いる。あんまり私は好きじゃないけど。特に下の兄は』


 兄の話題になったら、ほんのり殺気を放ってる気がする。あの、お兄さんなんですよね?仲が悪いんだろうか……この辺は余り触れない方が得策かもしれない。話題を変えよう。


『俺と…メルヴィルと出会ったのはどこでどんな風に出会ったの?』

『それは、自分で思い出して。私が改めて語るのは恥ずかしいし……淋しいよ』


 うむ、それはそうだな。すみません。

 しかし、本当に聞いたらなんでも答えてくれるなぁ。


『じゃあ、えーと血液型は?』

『そんなの知ってどうするの…ABO式ならAB型』


 流石だな神眼。自分の腕を見ただけで血液型までわかるんだ!ちなみに俺はO型だそうです。多分、この世界では初めて血液型を知った2人だろうな。血液型診断の相性も知らんから全く意味は無いけど。どうせ血液型診断なんてアテにならんよ。


『次はそうだな。生年月日は?』

『神として産まれた日なら覚えてないね。ヒトとして受肉した日を生誕というなら…緋の月の17日』


 もうちょっとしたら、だな。

 誕生日にセシルとクリスとでケーキを作ろう。

 プレゼントも用意しなきゃね。


『好きな料理はなんですか?』

『なんでも好きだけど、肉料理だよ。それとスイーツ!』

『休日は何してることが多い?』

『ずっと一緒にいるじゃない……洗濯して買い物して、最近は物件を見て回っています』


 最近、暇があると3人で……たまにクリスも加わって新居を探して不動産巡りしてます。まだ予算が決まってないから漠然と見て回ってるだけなんだけどね。これも良いね、あれも素敵だねと見て回るのは楽しいんだよ。


『趣味は、なに?』

『私はこれから壷か絵でも買わされるの?こう見えても神の端くれだから新興宗教はちょっと…』


 売らないよ。

 ちなみに俺は買わされた事もないぞ!


『趣味…趣味と言われると………料理とか君やセシルの服を作るとかかなぁ?』


 お母さんか。

 あれ、もっと彼女が自由に出来る時間を作らないといけないかもな。


『もっと好きな……やりたいことはないの?』

『あるよ。君が好きで…こうやって抱きついて君の心臓の音を聞くのも好きだし、落ち着くの。ずーっとこうしていたいな……今はドキドキしてるね。少しは緊張してくれてる?』


 誰も居なければ、結構くっつき虫な魔神なんだ。俺もそうだからWin-Winですわ。少しどころか、めちゃくちゃ緊張してる。でも、すごく安心して落ち着いてもいる。矛盾してる?この世界でのそんな言葉は習ってないなぁ。


『もうアンケートは終わった?』


 いつだったか、セシルにも色々質問をしてたな俺。

 それで何がわかるもんでもないだろうに。

 次、何問目?とでも聞いてやろうかな。



『えーと、じゃあ最後に週何日くらいシフトに入れますか?土日祝日も大丈夫ですか?』

『これは就職面接だったのね。君と一緒なら週7日、いつでもいつからでも入れます』


 なんの面接なのやら。


『私は…君の伴侶として採用されますか?』

『それなら明日から…いや今日からお願いします』


 これまでも一緒。

 これからも一緒だ。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇









 油断した。



 そのまま2人でポカポカ天気の午後、ガッツリ昼寝をしてしまった。『天空の八竜閣』の予約の時間は……まだ多分大丈夫だけど、少し急いで向かった方がいいかな。寝なくても大丈夫なはずの魔神まで熟睡しちゃうかね。安心しちゃってくれてたのかな。


『……ホントに私達、お泊りしちゃうの?』

『予約はしてあるけど、お泊まりしちゃってもいいかな?』

『そうやって聞かれると返事に困る……Yesと言うのも恥ずかしいよ』


 帰り道のルーはいつになく大人しい。

 緊張しているようだ。

 今日だけで色々な表情を見せてくれるね。


『ホントのホントに……シちゃうの?』


 何を、とは聞かない。

 うん、今晩は色んなことしちゃいます。


『やっぱり怖い?止めておこうか?』


 何を、とは言わない。うん、何をとは言わないが、彼女がしたくないことを無理にしようとは思わないからね。その代わり一緒のベッドに入って俺は血の涙を流してるだろうけどな。それはそれで一興でしょ。


『私は初めてなんだから……優しくしてね』


 それはもちろん。

 俺の最上の宝物なんだから丁重に扱いますよ。


 やがて『天空の八竜閣』が見えてきた。

 流石に最高級の宿、デカいし豪華だ。

 愛馬はそのまま厩舎の係員に預けました。


 中へ入って普段の愛すべき安宿とは異なる見事な造りのフロントでチェックインして一旦、今日の宿泊の部屋でお着替え。


 なんでもここの客は基本、お貴族様らしいのでドレスコードというか相応の服に着替えたよ。部屋は奮発して、スィートルームにあたる最高級の部屋だよ。目ん玉飛び出るくらいの金額だった……D級昇格試験の時に捕獲した盗賊を換金してなかったら足りなかったかもしれない。連中を皆殺しにしなくて良かったぜ…!言ってる内容が野盗そのものですな。


 さて、ドレスに着替えたルーをエスコートしてレストランの席に着いた。ちょい緊張するけど、もう今の俺は王さんとの会食すら経験済だからな。アレに比べたら大丈夫だ。それに目の前のルーしか目に入らないから。

 そして出される料理は、いつ考案されたのか、それともキリヤマさんや昔の転生者が持ち込んだのか、キチンとフルコースの料理だった。すごいな、王城で頂いた料理以上に美味しいよ。100点に近い美味しさだよコレ。

 ルーの料理が100点なので感動して泣くほどではないけれど、初めて食べる料理もあって飽きないなぁ!気に入った料理は今度、ルーに作ってもらお。

 ワインも美味しいんだけど……さっきからルーがめっちゃ緊張してる。食事よりも今夜のことで頭がいっぱいなんだろうな。本当にかわいい人だなぁ。最後にデザートが運ばれてきた。大好きなデザートを前にして、緊張していた魔神もようやく笑顔を取り戻していた。








 さて、この後……この素敵で大切な夜について、翌朝まで微に入り細を穿って詳細に記載したいが残念。真に驚くべき愛の物語をお伝えしたいが、それを伝えるには余白が狭すぎる。

 

 待て、しかして希望せよ。外伝を………嘘。



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