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71 20年目のF級

 


 弟子の修行の為に来ただけの、暇で退屈な依頼だと思っていた。


 そして、それは実際正しかったよ。かれこれ1ヶ月近く、ここで淋しく弟子達を待ちぼうけだ。食料も飲み物も魔法の鞄(マジックバッグ)の中に大量に用意してあるし、今まで時間が無くて整理できなかった文献や資料もうんざりするほどある。読んでみたかった論文もたくさん持ってきて、やや退屈ではあるが久しぶりに静かで有意義な時間が過ごせるだろうと思っていた。そしてそれも間違っていなかったな………彼らがやって来るまでは。



 あれは……もう1年近く前の話になるのか、大公殿下からの指名依頼で訪れた南の港街オルトレット。そこで引き受けた、少し奇妙な依頼。


 新しく発見された妙な迷宮(ダンジョン)の調査と、そのダンジョンマスターの封印の解除。


 そして、そこで出会った少年達と元ダンジョンマスターに……まさか、こんなところで出会うとはね。うん、良い子達だと思うよ。素直でよく笑う、元気な子供達だった。安全な街の恵まれた環境に産まれた、普通のお坊ちゃんお嬢ちゃんにしか見えなかったんだが………だが彼らは、うちのバカ弟子共が一ヶ月かかっても未だに到達できない迷宮の最奥まで、わずかな時間で到達した。


 そして今日、俺の目の前で1000体の魔物と戦ってみせた。確かに、このメーヌの迷宮(ダンジョン)は初級者向けで出現する魔物は決して強くはない。でも、あの時のお坊ちゃんお嬢ちゃん達が……今年になって冒険者になったはずだよな。だったら、せいぜいがE級…良くてD級のはず。なのに可能なのか?

 俺?俺は勿論出来るよ?こう見えても俺はこの国で最高ランクの冒険者なんだぜ。キャリアだって今年で20年になる。いわゆる古株だ。その俺が……一瞬、わずかにだが気圧された。初心者と言っていいルーキー達に。見るも無惨な這々の体のくせに……息も絶え絶えに、なんとかギリギリで1000体の魔物を倒した少年達は。なんと更なる魔物の増量を俺に要求してきやがった!揃いも揃ってバカなのか!?まだ挫折を知らない若者特有の根拠のない万能感のせいなのか。



 ……ま、お好きにやんなさいよ。


 元ダンジョンマスター……可憐な少女にしか見えないが彼女は1000年以上生きているそうで、人生の大先輩だ。戦わなくてもわかる。この国では最強クラスの俺でも足元にも及ばないだろう規格外の怪物だ。彼女が見ている限り、そうそう事故も起こらないだろうさ。


 そして翌日、やっぱり少年達は俺の予想通りズタボロになった。当然の結果だな。寧ろ生きていることが奇跡なんじゃないか?なんとか今日も全ての魔物を倒したけれど、今日も3人共立ち上がれないほどに疲弊していた。


 なのに、彼らはやはり当然と言う顔をして口を揃えた。「明日は更にプラス300で」


 こいつらは…本物だ!


 いつ以来だ、本物の……バカがやってきた!思わず俺は口元を隠した。俺は……笑っているのか?こいつらをバカにして?いや羨んでいるのか?それとも過去の自分を見るようで懐かしいのか?


 それともこれが……これこそが本物の才能なんだろうか。平和の街にたまたま生まれた、才能豊かな3人だからこそなんだろうか。







「才能、ですか。アレクは恐らく世界にただ1人のスキルを持たない人間ですよ。才能が無い分、何度も反復練習して……あれは無理矢理、強引に手に入れた強さです」


 彼らがやってきて3日目。今日もなんでもないような顔をして、大先輩は自分の弟子達の激戦を見つめている。他人のスキルを探るなんて冒険者じゃなくてもタブーだが……俺もスキル無しの人間なんて聞いた事もない。いや確かに彼らには才能…スキルの有無なんて関係ないとも思えた。


 しかしこれは……もはや狂気じゃないだろうか。


 再び、ボロボロになって立ち上がれないほどの3人に「明日もプラス300…いや最後はキリ良く2000でお願いします」と言われて確信した。こいつらは……狂ってやがる!狂ったバカだ。

 なんでそんなことが出来るんだ。なんでそんな強いモチベーションが維持できるんだ。若さ故か。それともやはり狂気か。


「何があっても死にたくないし、どうしても護りたい人がいるんですよ。たまたまその人が世界最強レベルなんで、嫌でも最強程度には強くならないと……あとついでにぶっ殺したい神がいるんで」

「ボクはボクの探し物のためですよ。どこにあるかわからないモノ……あるいはどこに居るかわからない神様を探すには最強程度にはなっておかないと」

「皆の夢を叶えるには……僕は強くあらねばいけないんですよ。それにあの2人に置いていかれるのも淋しいじゃないですか」


 オジサンには理解できない部分が多いねぇ……。

 最強程度、かぁ。


「それに、単純に最強って男の子の憧れでしょ。カッコ良いじゃないですか」


 これには思わず声に出して笑ってしまった。

 まぁ確かにな。

 そうかもしれないねぇ。

 俺もそう思うよ。






 彼らに言うような話じゃないが、俺はこの王国でも双璧の1人と言われている。


 最強の冒険者、ケヴィン・アルノー。

 最高の探索者、ボリス・オスマン。


 俺だって腕に覚えが無いわけじゃないさ。この国でなら最強格の自信がある。それでも10も年下の才能溢れる冒険者……ケヴィンに出会って俺の心は折れた。あの日まで順風満帆で怖いもの知らずだった俺が、ついに才能の壁ってヤツにぶち当たったわけだ。うん、コテンパンにやられちまったんだよ。

 まぁね、俺は元々冒険そのものが好きだ。未知を求めて見知らぬ世界を見たくて冒険者となった。トレジャーハンターとしてなら世界の頂点に立つ自覚も自信もあるし王立ハイナレィ学園の考古学教室に籍を置いて学界でも一目置かれている存在でもある。好きな分野で尚且つ得意、こんな幸せなこともないよな。

 そんな俺が……どうしたこった。自分が最強だと信じていた頃の仲間とは既に別れた。あれから何人もの後進も育ててきた。


 納得してたはずじゃなかったか。

 わかってたはずじゃなかったのか。

 熱いナニカが胸の奥で再び燻り始めていた。

 おいおい、もうガキじゃないんだぞぉ……。


「君達は、壁にぶち当たっても乗り越えられるといいねぇ」これはオジサンから老婆心ながらの応援だよ。挫折や乗り越えられない壁ってのはいつかやってくるもんさ。知らないが故の万能感もそこまでだ。


「壁ですか……今まで数万回以上、高い壁に当たって手も足も出せずにぶっ殺されてますよ」

「それはそれは……心が折れるには十分だと思うけどねぇー?」

「しょうがないんですよ」


 君のしょうがないの使い方、間違ってると思うんだけどなぁ。そんな壁に当たった上で何故立ち向かえるんだよ。無知なせいかと思ってたのに。


「俺の故郷では、しょうがないってのは諦めの言葉ってだけじゃないんでね。やるしかないなら心折れてる場合じゃないでしょう」


 そりゃ君達は、積み重ねた10年をあっという間に抜かれた、なんて経験ないだろうからね。君達は、その後の苦渋に満ちた……自分を騙し続けた10年、なんて経験ないだろうからね。まぁ俺も君達の人生を知らないから多分でしかないけどさ。


 枯れてしまった俺から言うべき事じゃない。

 余計な事は言うべきじゃない。

 年長者として、若人は高く導くべきだ。

 そうさ、当然だ。



 同時に俺を否定するナニカが俺の中に居る。



 俺は間違ってない。これは長年の経験に裏付けられた確かな結論だ。彼らが正しいとは思えない。それは希望と願望と無知に支えられた不安定な結論だ。



 でも。

 それでも、だ。

 どうにも彼らが羨ましく眩しく、好ましく見えた。

 俺は間違っていないはずなのに……なんでこんなに腹立たしいんだろう。


 違うな、これは。

 そうか、俺は今……悔しいのか。

 ああ、悔しくて悔しくてしょうがねぇよ。

 俺は、何をしてきたんだ。

 俺は、何をしているんだ。


 胸の奥に、煮えたぎるような熱と痛みをハッキリと感じている。熱く滾るコレを……誤魔化して生きていくのか?俺が?この先もずっと?


 ……その為には、どれだけの言い訳が必要なんだろうな。俺は十分に頑張ったんだと慰め続ける人生か。諦める言い訳を考え続ける人生……うん、無理だな。あぁ、認めよう。もう俺の心の中に火が点いちまったんだ。このバカヤロウ共に火を点けられたよ。どうやら俺も、お利口さんな生き方は無理らしい。


 もう十分に後悔はしただろう?まだ間に合うかどうかは知らないが、もうこれ以上の後悔はしたくないよな。


 俺も、足掻くぞ。

 俺はまだ終わっちゃいない。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇












 今も初日が終わったのと同じようにぶっ倒れている少年達。




 やった!やりやがった!

 

 ついに今日も全ての魔物を倒しやがった。初日の倍の数を相手にして。信じられない!有り得ない!しかし同時に俺は期待もしていたんだ。こいつらなら、本当にやってくれるんじゃないかと。俺の中の錆び付いた常識を打ち砕いてくれるんじゃないかと。そして正しく少年達は俺の密かな期待に応えてくれた。


 だったら次は、俺が俺の期待に応える番だろう。






「あー……大先輩。毎度のお食事、感謝のしようもありませんなぁ」

「遠慮なさらず。ボリス殿は私の大恩人ですから。今夜が最後となってしまうので申し訳ありませんが……」

「いやぁ、これほど美味いもん食わせてもらってこれ以上を望むのは贅沢がすぎますわ。アレクシスは素敵な嫁さんを貰って羨ましいねぇ」


 その言葉に「聞いたか!?アレク!ボリス殿は本当にわかっておられる方だ」と無邪気に喜んでいる姿を見ると、見た目相応の少女にしか見えないなぁ。だが……彼女は、かつて遠い昔に俺の心を折った壁よりも遥かに強大で、途轍もない高みにいる。


 だからこそ、だ。


「大先輩……最後にひとつ、この哀れな後輩に一手御教授お願いできますかねぇ?」


 結果は問うところではない。俺の中の錆び付いた常識、その残骸を全て燃やし尽くして欲しい。それに……もしかしたら有り得ないことが2度続く日になるのかもしれないぜ?やるからには俺だって勝つつもりでやるよ。


「構いませんよ。遠慮なさらず……いつでも何処でもどこからでも受けて立ちますよ」


 大先輩はドキリとするような妖艶な微笑のまま、俺の挑戦を受けてくれた。


 ちぇっ、こっちも笑うしかないな。

 断られもしないし理由を聞いてもらえないでやんの。

 俺だって非常識なお願いしてるの分かってるんだぜ?

 彼女からすれば俺なんて赤ん坊が戯れてる程度、なんだろうな。

 オジサンが赤ん坊扱いってのも新鮮な話だよなぁ。





 大先輩と見学の少年達と共に隣のボス部屋に場所を移動した。少し距離をとって、彼女と向かい合う。大先輩は初めて会った日のように黒い全身鎧に身を包み、人の身長ほどもありそうな大剣を持って立つ。


 俺は愛用の炎金狼の皮鎧を着込んで、右手には自慢の戎之彼槌の龍髭。


 うん、俺は鞭使いなんだよねぇ。よくわからないけどアレクシスは「やっぱトレジャーハンターは鞭ですよね!」と興奮していた。何を言っているんだろう、彼は。うん、意味がさっぱりわからん。


 いやぁ~……向かい合って立つとホントに恐ろしいねぇ!これでも大先輩は力を抑えてくれているんだろう。気配と言うならば、むしろ今から美味しい紅茶の一杯でも差し出してくれそうな穏やかで自然な佇まい。

 なのに、俺の本能が危険!無理だ!早くここから逃げ出せ!と最大限の警戒を発している。全身がガッタガタ震え出しそうなのを抑えるのに必死だ。うるさいな、そんなのわかってんだよ。たまには我儘に付き合ってくれよ、俺の本能。


 心は猛っている。まさに血湧き肉躍るとはこの事だ。

 なんだ、俺もまだまだ若いじゃないか。





 合図はない。


 隙だらけに見えるし、でも全く隙が無いようにも見える。いつでも何処でもどこからでも、その言葉に偽り無し。先手は譲って頂けるようだ、ありがたい。しかし鞭を甘く見ないで欲しいねぇ……この世で最速の武器は鞭だ。しかも俺の鞭は槌の破壊力を併せ持つ。静かに、戎之彼槌の龍髭に風の魔力を纏わせる。


「《嵐刃》!」

 

 効くとは思ってないが、魔法で牽制だ。

 案の定、大剣で軽く払うように搔き消された。

 その間に、間合いを詰めた。

 多分、チャンスは一度だけ。様子を見てくれてる今が最大のチャンスだ。


「貫けッ!豪嵐龍!」


 狙うは右足。彼女の機動力さえ奪えれば距離を取って戦える俺の勝利だ。必中の間合いで、俺自身が見失う程の速度の鞭の先端は空を切り裂き……そのまま壁を大きく抉った。


 今のを………避けた?剣や盾で躱すでもなく身体ごと消えグフッ!!


 半分以上……いやほとんど勘で身構えたが背後からとんでもない衝撃を受けて吹っ飛ばされた!蹴りか?拳か?大剣で斬られなかったのは先輩の温情だろうな。追撃は、ない。まいったね、とことんまで俺を受け止めてくれるってのか。ああ、彼我の差は十分わかったよ。もう多くは求めない。まずは一撃!せめて、一撃!左手にもヨララウノスの鞭も持つ。最速の攻撃ですら避けられる相手なら両手持ちで。

 360°上空にすら隙の無い双竜鞭の結界で、根限り攻め続けてやる。全力全開。こんなの対人戦でやるこっちゃない。効率の悪いこと、この上ない攻撃だ。冷静に間合いさえ取っていれば勝手に俺がスタミナ切れを起こして終わるだけだもんな。



 ああ、信じていたさ。


 大先輩は双竜鞭の結界に躊躇うことなく、まるで舞うように入ってきた。その見惚れるような動きと共に稲妻の如き斬撃で瞬時に左右の鞭を断ち切られた。ケヴィンにすら未だ嘗て破られたことのないこの結界、きっと大先輩なら破ってくれることを信じていた。

 

 だからこそ放てた、最後の切り札。


 彼女の死角から、隠し持ったレマの氷剣での一突き。己の必敗を覚悟したからこそ放てた、絶対に避けられないはずのその一撃。今までの俺の全てを込めた一撃は……優しく激しく弾かれた。あぁ、無念。


 そして鳩尾に信じられない程速く重い一撃を食らった。

 意識が途切れていく中、俺は神に感謝した。


 ありがたい。

 今度は、本物だ。


 言い訳なんてしたくても出来ないくらい、完膚なきまでに古い俺を叩きのめしてくれた。古びた汚ったねぇ壁が壊れた向こうには手が届きそうにない美しい青空と無限の地平が広がっていた。


 それでいい。

 それがいい。


 生まれて初めての完膚なきまでの完敗だ。みっともないってのに、少年達の目の前だってのに、そんなこと気にもならない。


 そりゃそうか、今の俺の心持ちはF級冒険者ボリス・オスマン。

 彼らと同じ挑戦者だ。

 完敗した?それがどうしたよ。

 確かに今の俺は指一本すら動かせやしねぇ。

 でもな、冒険者になって初日のように血が滾ってやがる。

 


 誰も言ってくれないなら、俺が言ってやるさ。

 まだまだ、これからだ。

 お前はここから強くなる。

 お前の全盛期はこれからやってくる。

 ああ、俺が保証してやるよ。



 ボリス・オスマン、カムバックだ。


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