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70 お残しは許しまへんで

 


「おう、お疲れさん。久しぶりだねぇ、お茶でも飲むかい?」

「えーと、何故……貴方がここに?」


 ようやく辿り着いた迷宮の最奥部。そこに居たのは王国の双璧の一つ『深淵の探索者(アビスシーカー)』のリーダーで、この国の冒険者のトップに立つ男。そして俺達の大恩人でもある、ボリス・オスマンが居た。王都に来て以来、全然会えないなと思っていたら……こんなとこに居たよ。




「まぁ、座りなよ。ほら、大先輩も」


 迷宮の奥には似つかわしくない大きく小綺麗なテーブルと椅子。状況は全く理解出来ないけれどボリスさんなら敵なはずもないし……疑問は尽きないがとりあえず、座ろう。


「紅茶でいいかな。まぁ味は期待せんでくれよ」


 そう言って全員の前に紅茶を用意してくれた。いやぁ、どうも申し訳ありませんね。こんな所へ来てまでして紅茶を御馳走になるとは思わなかった。


 ……にっが!!!


 どちゃくそ苦いわ!なんこれ!!

 舌を取り外して洗いたいくらいだよ!

 猛毒だってもう少し優しいママの味がするわ!

 ネタじゃなくて、人生初のリアルにお茶吹いたわ。


「あ、やっぱり不味い?なんでだろうな、俺が淹れるとこうなるんだよねぇ…」


 言えよ。


 それは飲む前に言えよ。味は期待するな、の一言だけでこの味は想定出来ないよ。大騒ぎの俺を尻目に、クリス達はまだ飲んでないし。なんだよ、飲んだのは俺だけですか?見りゃわかるだろ、ってわかんないよ!だいたいな、わかってたなら止めろよ、俺を。3人揃ってかわいい顔して誰一人俺を止めないってどういうこと?なんでお前達はそんなに危機回避能力が高いの?本当にお前らのそういうとこだよ。

 結局、紅茶はルーがもう一度淹れなおしてくれた。紅茶好きからするとボリスさんのこれ以上の蛮行は見過ごせなかったようだ。今度のは間違いなく美味しいんだろうけど、さっきの後遺症で味覚が死んでるから何の味もしねぇよ。


「すみませんね、大先輩。どうも独身男はお茶一つも淹れられなくてね」


 ざけんな。あの味を独身男のスタンダードにするんじゃない。兵器かと思ったわ。このタイミングで毒殺されようとしてるのかと思ったわ。そして、すみませんは唯一の被害者である俺に言うべきじゃないですかね。


「あー、俺がここにいる理由ね、臨時のダンジョンマスターだよ」


 へぇ。


 なんかそれ以上の感想が、無い。そうなんですか、大変ですねとしか言えない。頑張って捻り出しても、お疲れ様ですくらいしか返事を思いつかない。さっきから意外な展開すぎて脳がフリーズしてるのかもしれない。


「臨時って、いつからいつまでなんです?」

「もう一か月くらいになるかなぁ。多分……あと一か月くらいで終わりたいねぇ」


 本当に短期なんですね。夏休みのリゾートバイトみたいなものだろうか。迷宮(ダンジョン)の底がリゾートとは俺も思わないけどさ。意外と静かでゆっくりは出来るのかもしれない。そういえば、あの時のお弟子さん達が居ませんね。


「うん、柄にもなくダンジョンマスターをやってる理由が、そのアインとニックなんだな。あいつらの修行でね、ここまで来いって言ってあるんだわ。そうかぁ君達に抜かれたか~、弛んでるなぁあいつら。途中で会わなかった?ヤンクロットから来てる若い子らと臨時パーティを組んで挑んでるらしいんだけど、どうやら苦戦してるようなんだわ」


 あー………。そういえばリリア達が先輩2人と組んでるって言ってたわ。俺達はお弟子さん達には会ってないけど、その臨時のパーティメンバーの方には会ってきたのかもしれませんね。


「俺の事情はそんなもんよ。君達は何しに来たの?」

「俺達も修行ですよ。それでですね、あの、ボリスさん。ここって宿泊可ですか?」

「ああ、別に良いよ。ここまで来たら、ここで1泊して帰る奴らがほとんどだからねぇ」


 俺達は1泊じゃなく連泊の予定だけども。そして太陽は見えないけど、そろそろ日が落ちる時間帯だ。よし、ここをキャンプ地とする。さっそく、俺達子供班はテント設営。そしてルーは今日も携帯用と言う言葉を取って付けたような本格的な竈で料理を始めた。多分、この世界と日本では携帯用という言葉も少し解釈が違うんだと思う。この魔神も一体どこへ向かっているんだろうな。豪華なテーブルと椅子も用意してもらって、快適に美味しい料理を食べられるのはありがたいけれども。

 さてルーの宣言通り今夜はトマト鍋だ。鶏ガラでしっかり出汁を取って……本日の具材はエノキ、茄子、ブロッコリー。野菜は下茹でしてあるし、メインにチキンを骨ごとと、ニンニク少々。その上にチーズもたっぷり。あ、もちろんトマトもたっぷりだ。

 〆はパスタを茹でて投入の予定。ああ、美味しそう。採れたての……多分採れたてで間違ってないだろう?食材たっぷりです。





「セシル、ちゃんと食べなさい。うー、じゃないの。ほら、私がふーふーしてあげるから」


 今度はお母さんとトマト嫌いの幼児の対決だ。子供の頃から一貫してトマトは苦手なんだよ、この子は。ルーでも苦戦すると思うなぁ。今もセシルは半泣きですよ。そんなにか。そんなに嫌いか。美味いのにな、トマト。


「ほら、一口だけ食べてみて。お願いだから。はい、あーん」

「うぅ~………………………あれ!?おいしい!なんで!?」


 火を加えてあるからトマトの酸味が飛んでるんだね。更に甘みも増す。栄養価も増す。セシルの子供舌め。トマトが赤くなると医者が青くなるって言葉を知らんのか。この世界にそんな言葉があるかどうか俺も知らんけど。そして味には関係ないけど。更にトマトがチーズでまろやかになってるから、チーズ好きのセシルが気に入らないはずがないんだよ。ほら、さっきまでが嘘のようにガツガツ食ってやがる。


「なぁ…それ、美味しそうだなぁ。俺もご相伴にあずかるのはダメかなぁ?」

「え…これをですか。えーっと、そうですね…」

「アレクシス、ボリス殿は私の恩人だぞ。この程度のもので良ければ、是非お召し上がりください」


 アレクシス、と俺を呼ぶってことは……何か狙いがあるんだろうなぁ。腹芸の出来ない子供は大人しくトマト鍋を食べていよう。ああ、美味しい。お酒が飲みたくなるよね。


「おおおぉ……これはめちゃくちゃ美味いじゃないの。迷宮(ダンジョン)内のキャンプで食うレベルじゃないだろオイ……」

「ボリス殿。子供達には修行がありますから許可出来ませんが、お酒もありますよ。如何です?」

「申し訳ないですなぁ、大先輩!頂きます頂きます」


 トマト鍋にはイタリアワイン……といきたいけれど、ここは王都で買ったワインの登場ですよ。いいなぁ…こんなの絶対美味しいマリアージュじゃないですか。いいなぁ。羨ましいぞボリスさん。美人局じゃないけど、ボリスさんも目論見があることはわかった上で飲んで楽しんでいるように見える。ベテランのオッサンだしな。







「いやぁ、久々に美味いもので腹いっぱいだよ。ありがとさん」

「我々は数日、ここに留まるつもりですので明日も期待してください」

「まいったなぁ。実にありがたいですが……それで大先輩、俺に何をさせようってんですかね?」


 いつの世もどこの世界でも、胃袋を掴むのは有効な戦略だね。

 そして俺はルーの料理は世界一だと思っている。

 彼女に掴めない胃袋は無いよ!


「さっきの隣の部屋にダンジョンマスターの権能において様々な魔物を召喚していただきたい。明日から、この子達が戦いますので。目標は……とりあえず初日は1000体」

「……それは無謀じゃない?多いって。無理だと思うよ。止めときなよ」

「この子達なら出来ます。きっと」


 当初の目標どおり、そして師匠の宣言通りにダンジョンコアにも到達したしね。なるほど、自然に沸く魔物では足りないと。そのためにここを、いやダンジョンマスターを目指したのですね。1日1000体かぁ……仮に10時間戦うとしたら1時間当たり100体、一人当たり30強。1体に2分弱かぁ。もちろん10時間も戦闘を継続出来ないから、もっと短時間で倒す必要がありますね。

 大変だなぁ……でも俺達なら出来るんだぁ…俺も無謀だと思う方に清き1票を投じたいがルーがきっと出来ると言っちゃったからなぁ。この大好きな師匠に嘘を言わせるわけにはいきますまい。この師匠が出来ると言ったからには実現あるのみ。弟子達が奮い立つには十分すぎる理由だ。

 












 元日本人から言わせるとね、戦闘のコツなんて未だによくわかんないって。それでも連戦に必要なものと言われたら少しは想像つくよ。なるべく疲れないように、更に少しでもダメージを受けないように。

 この迷宮で呼び出される魔物、ミックスベジタブルズ(勝手に命名した)は確かに強い魔物じゃあない。それでも休み無しで1000体…1000個?を倒すのは容易くない。

 動きを無駄なく最小に、体力魔力の消耗も可能な限り少なくする。まぁ言うのは簡単だよねぇ……ここでも、重要なのは失われた俺の強さを取り戻すこと。レベルアップと同時に過去の強さを思い出す作業でもあるわけだ。もっと。もっとあの頃に立ち戻れ。




「ウゴオオオォォォ!」


 うるせぇ、ジャガイモのバケモン。揚げるぞ?頭の中でピロリ、ピロリ、ピロリ♪とポテトが揚がった音がする。久しく食ってないなぁ。そのうちルーに頼んで再現してもらおうかな。いかん、余計なこと考えてる余裕は無いんだった。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」


 もう腕が上がらない。

 もう足が動かない。

 もう息が続かない。


 だから野菜の急所なんて知らねぇって。やっぱり芯の部分なのかな。ジャガイモなら芽か。あれは毒なだけだったか。いつだったか、ルーに作ってもらった魔物の参考書にもこいつらは記載は無かったなぁ。あれは魔物の教科書であって料理本じゃなかったもん。そういう問題じゃないか。

 だから今、倒していく中で弱点を探す。あるいは魔物共通の弱点、魔石を砕く。ルーから教えてもらった察知・探知シリーズの急所察知があるんだけど今回に限っては大した仕事をしてくれない。なので今この瞬間に、ここで攻略法を探して編み出して更に実行するしかない。

 あの師匠は相変わらず無理難題を言うよねぇ……でもやるんだよ。もっと効率良く。もっと無駄無く。もっと合理的に。会話?そんな酸素の贅沢が出来るか!


 大丈夫だ、クリスならここで攻撃してくれるはず。

 大丈夫だ、セシルならここに撃ってくれるはず。


 ほらな。考えるまでもないし言うまでもない。あの2人は常に俺が望む最高の仕事をしてくれる。そして大丈夫だ、ここは俺が槍を繰り出して敵を屠る。俺も2人に期待される最高の仕事をしなきゃね。ほら、どんどんこい。まだか!もう息が…!


「次来いッ!まだか?!」

「……今ので1000体目だよ。よくやったなぁ。信じられないが大先輩の言った通り、ほんとに出来たね」


 そんなボリスさんの言葉をかすかに耳に聞きながら意識が一瞬、途切れた。脳に酸素が…!空気くれ、空気。あー、美味しいな空気。好きなだけ邪魔されることなく呼吸ができるって幸せだ。寝転んだまま、首を捻るとクリスとセシルも精根尽き果てていた。どのくらいの時間戦っていたのか、しばらくそのまま動けないでいた。


 これが……よくやった?

 こんな体たらくで?よくやった?俺達にしては上出来だってか?


 ………違うだろう。

 この程度か。

 俺達は……こんな程度なのか!?

 まだまだ。魔神の弟子がこれしきでどうする。


 美しき魔神はかつてこう言った。


 限界は超えるものではない。超えてもいけない。高めていくものだ、と。もっとだ。もっと力を高めるんだ。そう思って全身の力を振り絞って立ちあがった。しかし遅かった。俺達3人の中で、もっとも血の気の多い幼馴染は既にボリスさんの目の前に立っていた。ああ、疲労困憊のままで。参ったな、先を越されちゃった。


「ふーっ、ふーっ…ボリスさん……たったこれだけじゃあ、ちょっとボクには物足りないから………明日は更にプラス100体、いいかなぁ?」

「ハァッ、ハァッ……バカだなセシル。100じゃ少ねぇよ……プラス200だろ」

「ゼェ…ゼェ…ゼェ……セシルもアレクもよく考えろ。プラス300でちょうど1人当たり100増えるんだぞ」


 情けない。

 キリが悪いから2000…いや万を出せと言えない俺達が不甲斐ない。

 ちくしょうめ。ちくしょうが…!

 許せないよな、セシル。

 このままで良い訳がないよな、クリス。


 身体は悲鳴を上げているけど、精神は猛っている。

 認められるか、こんな現状を。

 見てろよ、俺達は……まだまだこれからだ。


















「はい、今日の夕飯はパイアのしょうが焼きとレバニラ炒め、カボチャの肉あんかけだよー」


 さっきまでの激戦が嘘のように日常系の光景が広がった。その落差、数千メートルか。ああ、本当に美味そうな匂い♪パイアは、魔物だけど見た目も味もほぼ豚だよ。二本足で立つオークよりも更に豚に近い。そして美味しい。

 疲労回復目的なメニューでしかも美味しいの。地味に宣言どおりカボチャも入ってるけど俺は別に食えない訳じゃないからね。残さず食うよ。お残しは許しまへんで。

 ハードな戦闘の後に食うには少々ヘビィ過ぎる気もするけど食わないと回復しない。疲労だけじゃない、流石に1000体と戦うとなると俺もクリスも、ほんの少しではあるが傷も負った。マジで掠り傷程度だけどね。セシルは後衛だけに無事だったよ。初ポーションで傷は治癒したけど血も減ったから食うべし。あぁ、しょうが焼きにはご飯が欲しいなぁ。米、また買えないだろうか。どこに売ってるのかなぁ。


「無謀と言うか……無茶苦茶だなぁ。王子殿下にこんなのやらせてると王城の連中が知ったら卒倒しちゃうよ」


 そういいながらもボリスさんは、のんびりした表情でしょうが焼きを頬張っている。どうですか、今日も美味いでしょう。酒のツマミとしても優秀な美味さだろう。しょうが焼きには白ワイン、ということで今夜のボリスさんは白ワインで晩酌している。ウチの魔神は迷宮(ダンジョン)に来るのにどれだけのお酒を用意したんだろうな……。ちゃんと美味い料理を食わせているんだから、ここで見た事をヨソで喋るんじゃないぞ、ボリスさん。


「これを明日もやるっての?頭おかしいね君達…」

「私のかわいいかわいい弟子達は、この程度の試練は鼻歌交じりで乗り越えてくれますよ」


 師匠、それは言いすぎだ。今もなんとか飯は食ったが死屍累々の有様だぞぉ?でもね、愛する師匠がそう言うのなら実現するんだよ。ええ、俺達が。


 美味しい夕ご飯を食べ終わったらルーがタオルを濡らしてクリスの背中を拭いてくれている。ドS師匠は修行が終わると次は全力で甘やかしにきてくれるんだ。おい、クリスよ…正面は自分で拭けるだろう。王子だからって、どこまでやってもらう気だ。ズルいぞ、代われ。セシルは恥ずかしいから自分でやるって言ってテント内で一人で綺麗綺麗にしてる。なんなの?女子なの?


 流石に迷宮の最奥に風呂は無かった。あるはずもないから清拭で我慢。さぁスッキリして、ゆっくり休んで明日に備えよう。


 あぁ、明日だ。

 今日の俺達の仇は。

 俺達の復讐は明日、俺達が行う。




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