7 背中に鬼の貌を持つ男
身体は小児でも中身がおっさんなせいか、時間の流れが早い気がする。色々な準備に追われて、あっという間に新年となった。そして今、もはや通い慣れた感のある領主館の一室のテーブルに俺達3人は座っていた。
実はね、今日からいよいよ家庭教師による授業が始まるんですよ。こういう展開でのお約束は、やっぱりクール系な綺麗で知的なお姉さんタイプの家庭教師だよな。どうしてもそういうのを期待しちゃうよな。あ、かわいい系のドジなロリタイプなお姉さん先生も良いなぁ。お姉さんキャラなのに小さくて、なのに出るとこは出てるタイプとかさ。大事なのはどちらにしても、なのに巨乳。今回のキーワードはこれよ。これはテストに出るよ。声に出して言ってみたい言葉の一つだよな。はい、りぴーとあふたーみー、なのに巨乳。OK、good!
まぁ、俺とセシルは本来おまけなんだけどさ。
だからね、そうそう贅沢を言える立場じゃないのよね。それはわかっていたんだ。わかってはいたんだが……紹介された先生を見て、もう少しどうにかならなかったのかね、と言いたくなった。そこには綺麗なお姉さんというか……肉体言語が得意そうなスキンヘッドのマッチョな先生が立っていた。
巨大なお兄さんやん。小児である俺達とのサイズ感からいって聳え立つと言ってもいいかもしれん。えーっと核の炎に包まれた世紀末の世界から来たのかな?こんなん、もはや綺麗なお姉さんの対義語やん。想像しうる対極の存在やん。合体したら対消滅するぞ。
おかしいな……俺達は、いわゆる国語・算術・歴史と魔法学の座学を学ぶと聞いているんですが。今から米軍特殊部隊の格闘訓練でも始まりそうな雰囲気なんですが。岩のような筋肉の圧がすごい。急に部屋の温度が1℃か2℃上がったような気がする。
「今日から君たちに勉強を教えるモルガン・ドゥ・フィニョンです。よろしく」
「「「よろしくおねがいします!」」」
スキンヘッド&マッチョのモルガン先生は見た目を裏切る穏やかな、しかしよく通る声で挨拶してくれた。めちゃイケボだな…!見た目とのギャップが凄いっす。視覚と聴覚がお互いがお互いを2度見しとるわ。
しかし。そんないらん事を考えているのは俺だけのようで、クリスもセシル(これは正直、意外だった)も真面目に授業を受けている。見た目では効率的な人体の破壊の仕方、とかナイフ一本でジャングルでサバイバルする方法、とかの方が詳しそうに見えるが、モルガン先生は実に分かりやすく丁寧に国語・算術・歴史・魔法学を教えてくれる優秀な、そして優しい先生だった。
俺自身、まだ脳神経系は発達中だが中身は大人だしアレクシスの肉体は記憶力も優秀だ。そしてクリスもセシルも乾いたスポンジが水を吸収するかのように学んでいった。スゲーな君ら。
それだけじゃない。モルガン先生の授業に加えて、領主館の図書室の利用許可も出たので俺の知識は更に大きく増えた。国語や算術は、まぁ余裕ですよ。まだ小学校2年生以下レベルだからね。
興味深いのは歴史ですな。やはりギリシャもローマも登場しないルシアス王国の歴史は400年ほど昔に始祖が群雄割拠の末に建国したとか、これはこれで物語として面白かった。
でも、それよりなにより俺が一番浪漫を感じたのはやはり魔法だよね。それと多少ではあるが、スキルの話も教えてくれた。
まず、スキルな。スキルとは魂の力の発現なんだって。もうね、最初から理解が追いつかないよね。魂の力ってナニ?なんにせよ、この世界においては、全ての人は誰しもが何かしらのスキルを授かって産まれてくるらしい。これは遺伝も大いに関係するようで貴族やら王族はレアスキルや強力なスキルを持つのも珍しくないんだって。え、じゃあクリスもすげーの?と思って何かスキルを見せてと頼んでみたが、まだ使えないそうだ。その授かったスキルを顕現化する儀式が必要なんだと。そしてそれが『水鏡の儀』と言われる儀式だそうですわ。
なんでそんなクソ面倒なシステムになってるんだ、という質問をオブラートに包んで、なるべく品良くモルガン先生に質問してみた。モルガン先生が言うには、この国の建国以前の遥か昔からそうなっていて、そういうものなのだ!ということだそうだ。よくわからないが、それはそれで良いさ。
そんでスキルにはどんなのがあるの?って聞くと剣術槍術騎乗と騎士向きなものから裁縫術や料理、木工や石工に鍛冶術に釣りと生産者向きなスキルまでいっぱいあるんだって。
スキルに関しては多少教えてくれた、と言ったがそれは日本の個人情報じゃないが基本的に自分のスキルって他人に教えない場合が多いそうなんだよ。聞くのも基本的にはマナー違反にあたるようなんだな。
確かに騎士なり戦闘職の人間にとっては自分のスキルがバレるのは命取りになりそうだ。そういう理由でスキル関係の学問研究は未だに遅々として進まないんだって。なんだそりゃ。効率悪くない?上層部だけで情報独占してるんちゃうん?
のちに図書室にスキル一覧的な本を見つけたけど薄かった…。薄い本として一部の人には大ウケするんじゃないかってくらい薄かった。これも不満だが、そういうものだと言われたら納得するしかない。
「スキルは後天的に授かるというか身につけることは出来るんですか?」
「アレクシス君、いい質問ですね。諸説ありますが後天的にスキルを授かることは可能です。それ自体はさほど珍しい話でも無いのですが、しかしまだ、その正確な法則を未だ見出せていないのが現状なのです。或る人はひたすらに剣を振るったことで剣術のスキルを身につけたそうですが……同様にしても終生剣術を得られなかった人も多いのです」
ふうん…スキルねぇ……今は強力なチートスキルを授かっていますように、と神に祈るのみか。ちょっと期待したいのは、前に魔物にトドメを刺したときに時が止まったように感じた、あの感覚。あれがスキルなのかも。時を操る系?だとしたら結構期待が出来るんじゃないの?他にも思うところはあるが、今は様子見だな。1年後の水鏡の儀を楽しみに待とうじゃないか。
お楽しみの魔法学に関しては、もちろん基礎の基礎からスタートですよ。座学として火魔法・水魔法・風魔法・土魔法とかの分類の話を聞いた。
基本の4魔法はメジャーだがレアなものとして生命魔法(治癒魔法はコレに含まれるそうだ)や光魔法や闇魔法もあるそうだ。これまたスキルと密接に関係してるそうで未知の部分も多いらしい。雷魔法もあるんだろうか……あれか、風魔法に含まれるパターンだろうか。
夢が広がりんぐ!だが最初は魔力を認識することから始めよう、だって。これは正直言ってめちゃくちゃ緊張した。果たして俺にも出来るだろうか。だってね、クリスやセシルは魔法に対して何の疑いも無いし素直だ。それに対して俺は前世の常識が邪魔をしてくる。魔法への強い憧れと、魔法とか常識的に考えてあるわけないじゃん!という存在の否定とが入り乱れてるからな。色々と魔法らしきモノを見ていても、まだ半信半疑なのも事実なんですよ。
「まずは感じてみてください」
モルガン先生はクリスの手を取った。そしてクリスの両手を小さく前習え、な感じで胸の前辺りに手のひらを20センチほど開けさせた。そしてその両手の甲に先生の手を添えた。
「今からゆっくりと魔力を流しますよ。この感覚を忘れないでください」
「………あっ!わかります!先生、この感じですね」
「こんな感じで、まず右手から左手へ魔力を伝えてみましょう。次、セシル君やってみよう」
同様にして先生の手がセシルの手の甲を包む。
「セシル君、わかるかい?」
「……んっ!なんか……ぶわっとした…しました」
セシルも最近敬語を覚えはじめた。うん、今度公爵さんに会ったときもそうしようね。いつぞやの食事会の時は俺の肝も冷えたわ。多分あの子供好きな公爵夫婦は多少フレンドリーな態度であっでセシルを怒らないだろうけどさぁ……。
「今は私が手伝ったけど、次は一人で魔力を流してみましょう。こういう魔力操作の練習は少しずつでも良いので、この先ずっと続けると良いですよ」
2人ともめちゃくちゃ順調だな。順調過ぎて最後の俺はプレッシャーだわ……2人がやっていたように同じように手を開く。クソっ、緊張するぜ。
「アレクシス君、いきますよ」
…………?よくわからん。
「先生、魔力って暖かいとかそんな感じですか?」
ほら、左右両方の手のひらを1センチくらいまで近づけると暖かい感覚がするよね。それが気孔だ!って言う人も居たが単純に手のひらの体温を感じてるだけだろう。
「いえ、今流してるのは魔力そのものです。熱は感じないはずですよ」
………………………………?なんか?変な感じが…これかな?
「焦らなくても大丈夫ですよ。少し感じ取れたようですね?」
「……正直自信はありません。でもなにか……不思議な感覚がありました」
「感じ方は人それぞれです。アレクシス君なりの感覚を大事にしてください」
言ってることも言い方も丁寧だし優しいんだけどなぁ……どうしても見た目が。ビジュアルが。なんつーか背中に鬼の貌がありそうなんだもんなぁ。地上最強の生物と呼びたくなるんだよなぁ。魔法?とりあえず筋トレしてから考えようぜ!とか物理で殴るこそが最強だ!とか言いだしそうなタイプ。ええ、全て俺の偏見ですよ。
「魔法において最も重要なのはイメージです。そして集中。この二つを忘れないでください」
魔法の実技に関して現段階でできることは、この魔力を認識して操作する。ここまでだった。実際に魔法を使用するには授かったスキルを見てから、だって。魔力は人間誰しもが持つそうだが魔法が使えるかどうかはスキルの有無で決まるらしい。なんだ、スキル無しじゃ魔法は使えないのかよ。
……ふぅん。スキル、ねぇ。
魔力の感覚を掴む、これには苦労したよ。
コレか!と思ったら見失う。
掴んだ!と思ったらひらりと逃げていく。
まさしく幻のように手ごたえが無かったけど、それでも2週間くらいでやっと、ようやく感覚を掴めた。ええ、何故か掴めたの。既に初日でコツを掴んでいたセシルとクリスに追いつくためにもベッドの中とか暇さえあれば魔力操作の練習してる日々だ。
こんな感じで勉強と努力の日々を送り、良き友とよく遊んで、よく学んで、よく食べて、よく寝た。日本での日々に匹敵するような山も谷もない、穏やかで平和な一年が過ぎようとしていた。
もう一ヶ月もすれば、運命の水鏡の儀だ。
そして、それが終わればついに学校が開始される。
「……俺さぁ、実は前世の記憶があるんだよ」
天気の良い冬の午後。春が近いのでそんなに寒くもない、むしろ温かいくらいの日だ。小春日ってやつかな?いつもように3人のお気に入りの芝生に寝転んでいた。そう、あのブラッドウルフに襲われた公爵邸の庭の東端だよ。少しだけだが海も見える見晴らしの良い場所だ。あの事件直後はトラウマになった、とまでは言わないがここへ来ると少々緊張を覚えたのも事実だ。今はもう以前と同じ、のほほんモードだけどね。
「へぇ~!お前の前世はどんなやつだった?どんなことしてたんだ?」
クリスと知り合って1年…半くらいか。もやしっ子だったのが、かなり逞しくなったなぁ。ふとオッサン視点で微笑ましく見てしまう。もう彼も最近は激しく動いても寝込むことがなくなった。体力的にはまだ俺とセシルには負けるけど、一般的な男の子レベルには強くなったと思う。
「絶対変なやつで変なことしてたんだよ。ボクにはわかる!」
セシルは結構弓を引けるようになってきて、最近は弓の練習に夢中だ。そして順調にかわいく育っている。もし俺が芸能事務所を経営していたらすぐに子役かモデルとしてスカウトするだろう。上手く売り出して搾取してやりたい。
しかしお前らね、少しは疑えよ。普通ないだろ前世とか。ある訳ないだろ……頭がおかしいバカの言うことだぞ、前世とか。世の中ってのは嘘つきばっかりなんだからな……俺以外は。
それからセシルは俺をなんだと思ってるの?小一時間問い詰めたいわ。ちょっとだけど泣きそうになってるからね?今、電話で誰かが優しいことを言ってくれれば、涙だって流してたよ。
「どこにでもいる普通のおじさんだったよ。今の父上よりも歳上で……そうだな、アルセンさんくらいだったかな?そんで『歯科技工士』っつー仕事してた。あ、そもそもココとは違う世界に生きてたよ」
「その『歯科技工士』ってどんな仕事するのさ?」
「う~ん、説明が難しいな。こう…人間の歯を作るんだよ。抜けた部分とか。そういうのを作る職人だった」
この世界に無い仕事だけに伝わらないだろうな。どれだけ説明しても、この子達には想像のしようもないだろ。
「ここと違う世界ってどこ?どんなとこなの?」
「『日本』って国でな。ここと似たような世界だけど、ここより何百年も未来の世界だなぁ。魔法はないけど代わりに科学ってもんが発達してて凄く便利なんだぞぉ。部屋の中が夜でも昼のように明るくなったり夏でも涼しく冬でも暖かく出来たり、絵が動いたり馬車より早く走る乗り物があったり大勢まとめて空を飛んで移動したり。すげー遠くの人と話が出来たりな」
「よくわかんないけど凄そうだね。今そのカガクは使えないの?見せてよ」
「科学はなー、基本的に道具が必要なんだよ。俺はその道具も作れないしな。だから今はなーんにもできないの」
「な~んだ。ざんねん」
そりゃ俺だって現代知識でチートだ無双だとやってみたいけどさ。定番の火薬ですら作れないわ。えーと硫黄と硝石と炭だっけ?それぞれ、どこくらいの量をどういう手順で混ぜるのかもわからん。カレーですら無理だ。もちろんカレールゥがあれば作れるがカレー粉の材料がわからん。そして、そもそも火薬はこの世界にも既にある。俺はただの無知な現代人、実に無力だ。
「すごろくとか福笑いとかカルタは『日本』で覚えた遊びだぜ」
「そっか~アレクは前は大人だったんだ……だから色々と知ってたんだね。よく変なことも言ってたし」
人を変質者みたく言わないで欲しいな、セシルくん。この世界での語彙が少なかったから、ついつい日本語が出ちゃっただけだよ。
「まぁね。でもだからって大したことも出来ないしな………というかお前たち、俺が嘘を言ってるとか思わないわけ?」
「アレクが?ボクに嘘を言うの?」
「いや、嘘じゃないけどさ」
「アレクがボクに嘘を言うわけないじゃん。ボクのことが大好きなのに」
そりゃ言わないけどさぁ。セシルは小悪魔だなぁ……10年後なら押し倒しちゃうね。俺がロリコンじゃなくて良かったな。
「でもアレクはそんな秘密を僕達に話しちゃって良かったのかい?」
クリスがほんの少し心配の色を浮かべながら尋ねてきた。全く疑わないのね。君達、マジで最高の友だな。危うくキスしそうになったわ。
「うーん、お前らになら言ってもいいかな~って思ってさ。なんとなく」
実際、大した秘密でもない気もする。何が出来るわけでもないし、もし他の人に言っても信じてもらえないだろうしバカな変人と思われるのがオチだ。うん、言う意味が無いだけだ。じゃあなんで言ったかって?だからなんとなくだよ。意味も何もない、単なる雑談ですよ。今日は天気も良いしな。
「ボクはアレクを信じてるし、前からすごくバカで変だとも思ってるよ」
モノローグに返事するなよ……そんな天使のような笑顔で言われてもな。かわいいんだけど流石にイラッとしたのでセシルを捕まえてほっぺを左右に引っ張ってお仕置きだ。おお、伸びる。覚えておけ、バカっていう奴がバカなんだぞ。
「信頼の証、と受け取っておくよ」
少し涙目のセシルを見てキャッキャと笑いながらクリスがそう言った。小学校低学年くらいなのに大人びた台詞だな。まだ、もう少し子供でもいいのに。
「そりゃ信頼してるさ。俺のたった2人の親友だからな」
そうさ。こいつらならきっと裏切らないだろうし……もし裏切られたとしても、だ。まぁ、いいさ。その時はその時だ。多分、そんなに後悔しない気がした。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
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