68 ここをキャンプ地とする
迷宮内部は予め聞いていた通り、ほんのりと明るい。そして通路は想像していたより幅も広いし天井まで高さももある。車が楽にすれ違いできそうなほどの幅があるし床……地面も平坦だ。壁は岩だけど床は硬い土だな。
「この迷宮は全部で20階層あります。最下層まで特異な環境の階層は無し。出現する魔物は植物系統の魔物がほとんどです。この地下一階にはファンガスがよく出ます」
解説してくれるルーを見てると教科書を読みながら教室内を歩く女性教師を思い出すね。俺達が目にしているのは、教科書じゃなくて実際の迷宮であり魔物なんですけどね。さぁ実地訓練、開始。
そう。ルーの解説を裏付けるように、既にでっかいキノコのバケモンが3体、俺達に向かってきている。よく出ます、じゃねぇよ。既に出てる。もう目の前に迫ってるっての。早速現れた魔物は1m強の大きさ、キノコの傘の部分は茶色で身体?の部分は白い。でっかいエリンギと言った方がわかりやすいかな。足もあるけど……短いぞ。ちょこちょこ歩く姿はかわいい……いやかわいくはないか。
「ほっ」
軽い掛け声と共に、クリスがキノコ3体を立て続けに一刀両断した。お見事!これもキノコという食材と考えたら料理スキルが働いているんだろうか。横たわるキノコの魔物を見ても食材とは思えないけど。
「……ルー、これって食えるの?」
「食べられるけど、食べたいの?君はジビエが好きだったもんね。よし、持って行こうか」
「いや、要らないっす。さっきキノコ料理は食べたし」
迷宮突入前に食べたメーヌの名物料理ってのがキノコ料理だったんだよ。せっかく来たんだから、と思って怒涛の勢いでキノコを食べてきたんだ。しばらくキノコはいらないくらいに食べたもの。それにコレは……あまり食欲をそそる見た目でもない。グロでもないが…。
無駄話をしている間にセシルが素早くファンガスの魔石を回収した。ちっちゃいなぁ……ゴブリンよりも小さい。相当弱い魔物なんだろう。
「さっき僕らが食べたのもファンガスの仲間らしいよ。既に経験済みって訳だ」
あー、あれがそうなの?やっぱり?普通に美味しかったわ。しかし既に食べたなら、なおのこと食材としては要らんわ。
「さぁ、先を急ごう。目標は明日、ダンジョンコアに到達。その後は最下層付近で戦い続けるよ」
さっきのリリア達は10階でドヤ顔してたのに?
あの子達は2週間以内の最下層到達を目標にしてたのに?
「だから、急ごう?頭と身体を使って頑張れば、君達なら出来るよ」
「「「はいっ!」」」
師匠が出来ると言ったからには実現あるのみ。実際、そこから5階くらいまではあっという間だった。理由として俺達が迷宮に入ったのが、随分遅い時間だという事情も手伝った。
いやね、迷宮というだけあって迷路……かなり簡単な迷路になっているんだけど、既に本日の探索を終わらせた多くの冒険者達が階下から帰ってきているんだよ。だから逆に彼らの来た方に行くと階下に下りる階段があってね。
うん、答えを教えてもらってるようなもんだからね、ここまではスイスイと来れた。しかも彼らも魔物を狩っているので最初、入っていきなりキノコに襲われて以来、ここまで殆ど戦闘もなし。
そして今、先を急ぐ途中に何を立ち止まっているかと言えば……
「この先にあるの、わかる?」
「はい……師匠。ここですね?」
「うーん、見ただけじゃ殆どわからないなぁ……少しだけ土の色が違う?」
罠……落とし穴があったので第一回チキチキ緊急特別講座「迷宮での罠の見つけ方」をやっている。セシルは気配察知スキル持ちなせいか勘がいいのか、早くもコツを掴みつつあるようだ。俺はと言うと、事前にルーに憑依で罠探知スキルを学んでいた。これで罠を見つける事が出来るんだけど……有効範囲が狭い!ここまで近づいたら目で見てわかるんじゃねーの?ってくらい近づかないと発見出来ない。帰るまでには役に立つくらいの範囲まで拡大出来るといいな。
「罠の解除も見せてあげたいけど……落とし穴はシンプル過ぎて解除もなにもないからね。次、違う罠があったら説明します。急ぐけど注意深く観察するように」
そう言いながら、ルーは落とし穴の蓋部分を壊した。他の人がかからないように、だね。おお、底を見ると結構深いな……落ちても死なないかもしれんが簡単には出られないな。子供の悪戯レベルの落とし穴じゃなかった。その穴はそのまま、土魔法で埋めてしまった。力技ですねぇ。こういう罠……解除したりこうやって壊したのはどうなるんだろう。
「いつの間にか、また元に戻るんだよ。不思議だよね」
それが元ダンジョンマスターの台詞かね……確かにアムブロシア迷宮には罠は無かったからな。罠が戻るだけじゃなく数ヶ月単位あるいはそれ以上の間隔で、たまに通路や構造が変化したりする迷宮もあるそうだ。だから一応、地図もあるけど、それがいつまでも正しいとは限らない。それでも地図を買った方が良いんじゃないかな?と提案したけど魔神に却下された。こんな低レベル向けの迷宮でそんなもの要りません!だとよ。
俺達の人生に地図なんて無いのさ!はい、俺も意味なんてわかっていません。テキトーにテキトーなコトを言っただけだ。ま、師匠が大丈夫だと言うなら大丈夫なんだろ。あれ?大丈夫と言ってたっけ?
「……来るよ、4体!多分またファンガス?でも亜種かもしれない」
セシルが小声で皆に知らせる。大声だと他にも魔物を呼んじゃうかもしれないからだ。この4体も俺達に気付いてなかったらスルーしてくれるかもしれないし。
まぁ今回は積極的に倒すのだけれども。なんせ俺達の目的はレベル上げだもの。作戦は常にガンガンいこうぜ!だ。お、俺の気配察知の範囲にも入った。確かに今度のは最初の魔物のそれと似てるけど微妙に気配が異なる。
こちらの陣形はいつも通り、前衛俺、中衛クリス、後衛セシル。ルーはよっぽどの事がない限り手は出さない約束ですよ。うん、俺達はここにレベルアップする為に来たのであって迷宮踏破は目的じゃないからね。最下層まで行くのは手段であり、ことのついでだよ。
「《炎槍》」
先頭のキノコを俺が放った炎の槍が貫いた。焼きキノコだな……後方のキノコはセシルが風魔法で切り裂いていた。残りはクリスがこれも聖剣で一刀両断。よし、圧勝。
「アレクぅ~!焼いちゃダメだろ~!」
終わってキノコを回収中にセシルに怒られた。忘れていたけど、ついでだからとギルドで依頼をいくつか受けてきたんだった。その中に、このキノコの捕獲収集もあったのだ。ごめん、うっかりしてた。
倒してから確認、これはホワイト・ファンガスだそうです。柔らかくて……非常に美味しいらしい。これを食うのか……人間ってすごいよな。アーヴァンクを食った俺に言われたくないだろうけど。
アサイチなら魔物も数を期待できるんだろうが、もう午後の時間帯では……やっぱり少ないな。罠の講習の続きもやってほしいけど罠も解除されたり壊されたのばっかり。もっと下まで行かなきゃ話にならないね。時々、魔物……キノコ等と遭遇しながら階下へ階下へとどんどん降りる。現在、8階。まだ半分も来てない。それでも、ここまでが順調過ぎた。
ようやく手付かずの罠が少しずつだけど増えてきたよ。踏むと弓矢が飛んでくるとか炎が出てくるとか槍が出るとか。ベタですな。罠あるある。いや、俺達も罠を見たのはこの迷宮が初めてだけどさ。ベタにして多彩。これらの罠を3人で交互に解除しながら進んでる。
「なんだかアレク、いきいきしてるね」
分かる?そうなんだよ。実は罠解除がかなり楽しい作業なんだ。俺だけかな。前世の職業柄か、細かい作業は嫌いじゃないしプラモ製作とかも好きだったし。更にこれはパズル的な要素もあるしね。罠解除アプリとかあったら日がな一日やってそう。そしてライフの回復待ちに魔物を倒したりしてな。
「あー!ごめん!」
セシルのミスに反応して今度はギロチンみたいな刃が天井から降ってきた……でも大丈夫、刃が最初から見えてたからな。解除は難しかったけど避けるのは簡単なパターンの罠だった。なんでも出来る器用なセシルだけど罠解除は苦手なのかな。罠を見つけるのは早いのにね。見た目と違って攻撃的な性格してるせいかもしれない。血の気が多いというか。
「失敗しても良いんだよ、セシル。今は練習してるんだからね」
練習じゃなく実際の迷宮なので今は本番だと思うけど……落ちてきた刃はルーがしっかと受け止めていた。手、斬れないのだろうか。実際に触ってみても、白くて柔らかい小さな手でしかないのに不思議だ。ほら、ぷにぷにしている……。
「アレク、ハンドマッサージは嬉しいけど先を急ごう?」
はっ!?我を失っていた。だって楽しいんだもん。美少女の手なんて、いつまでも触っていたいでしょ。
その後。更に数度、罠に遭遇して、その3倍ほどの回数の魔物との戦闘。うん、基本的にキノコばっかり。ここはキノコの迷宮なのか。菌パラダイスか。それらを経て9階への階段を見つけた。
序盤に比べたら格段に魔物の数が増えた。まぁでも……そんなに強くはないかな。リリア達が到達したという10階まであと少しだぞ?そんなに大変だったのか?
「彼女達には申し訳ないが、彼女達と君達とでは強さの格が違う。彼女達が3人掛かりで挑んだとしても君達の誰か一人に勝てないよ」
少しも申し訳なさそうには見えない顔で、ルーが説明してくれた。相変わらず俺達以外にはドライだ。
「本当は少しだけ心配してたんだ。王都へ来てからの君達は対魔物より対人戦の方が多かったから」
過保護魔神め、とは思わない。対魔物と対人では戦い方は少々異なるんだよねぇ。騎士団が魔物相手にした場合、冒険者ほど役に立たない理由はこれだそうだ。役に立たないは言い過ぎにしても、騎士より冒険者の方が魔物に強いのは確かだ。どっちにも強いウチの父とかが普通じゃないんだよ。
だからルーは、俺が冒険者になりたいと言い出した幼少期から魔物を召喚して対魔物戦を教えてくれていたんだ。最初は組手をしてたから割合で言うと6:4くらい。それが最近では対魔物と対人の割合は2:8くらいだと思う。もっと魔物が強い地域だと人型で知能の高い魔物も多いらしいので無駄じゃないだろうけど。
いかんいかん、ルーに心配をかけてたまるか。どんどんこい、キノコめ。片っ端から食材にしてくれる。
しばらくして、ついにリリア達と並ぶ10階に到達。ちょうど真ん中だけど中ボスもなにも居ないらしい。そういや迷宮だけに宝箱はないのか。それもお約束ちゃうんか。
「もっと高難度の迷宮には宝箱があったりしたよ。ダンジョンマスター次第では、ここにもあるかもね」
「変じゃない?なんで宝箱を用意されるの?」
「人間が、ソレにつられて来るからじゃないの?餌だよ、餌」
諸説あるらしいけど……やっぱり浪漫だよな、宝箱。ああ、ミミックもちゃんといるらしいぜ。それはいらないんだけどな。
「よっしゃ、宝箱も目指してガンガン行くぞぉ!」
「やる気になってる所に悪いけど、今夜はそろそろ休むよ。あ、ここをキャンプ地とする!」
得意げに宣言されても……そんなネタ、この世界では俺しかわかんないでしょうが。あ、もしかしたらキリヤマさんはわかるかも。今度、どうでしょう好きなのか聞いてみよう。
それにしてもここでキャンプって……安全地帯なの?ここは。セーフティゾーンってやつ?
「違うよ。テントが張りやすいし護り易い地形ってだけだ」
「魔物が来たらどうするんですか?」
「大丈夫だよ、クリス。君達が寝てる間は私が不寝番するから。本来、私は寝る必要も食べる必要もないのだからね」
そう。ルーは毎日寝てるし、甘いものをはじめ食べるのもお酒も大好きなんだけど、それらは全て娯楽としてなんだな。趣味なんだよ、趣味。
さて、ヤンクロットの帰りに『血塗れの火炎』のアルバンさんと組み立てた以来のテント設営である!前回と違ってアルバンさんが居ないからな、俺達3人で手際よく……とは程遠い感じでテントを組み立てた。
その間に、ルーは携帯用の竈で料理を作ってくれている。携帯用というけど、かなり本格的な竈だよねぇ……食べる必要がない人の持ち物とは思えない。つーか竈に携帯用なんてあるの?俺は竃業界について詳しくないので知らんけど。きちんとテーブルと椅子まで配置してある。優雅にテーブルクロスも掛けて、こんなん迷宮の中の食事じゃないっすね。
そして、本日のメニューはブラックバイソンのステーキとマカロニグラタン。ブラックバイソンは一応魔物らしいけど牛だ。見た目も味も、ほぼほぼ黒毛牛。日本で食う牛肉ほどサシは入ってないけど、十分に美味しいよ。そして付け合せにはキノコのバターソテー。
「このキノコって……」
「さっき倒した舞茸のファンガスだよ。食べたかったんでしょ?」
確かに俺は前世から奇食というか珍しい食材は好きな方だったけど。熊やタヌキ、アナグマやカンガルーやラクダも食った。沖縄へ行った時はヤギの金○の刺身とか。いや、好奇心で。あれはあれで美味かったよ。
まぁそれはいい。舞茸のファンガス……その正式名称は知らんが確かに見た目はでっかい舞茸だった。もうええっちゅうねん。この先、松茸もでてくるのか?どこまでキノコ好きな迷宮なんだよ。
そうは言いつつも、結構手ごわかったよ舞茸ファンガス……決して食いたいとは言ってないが。案外、この世界の人間もこいつを倒したら嬉しくて喜びのあまり舞いあがってたりしてな。舞茸は好きだったけど、あのデカイのを見た後では食欲が……いや食うけど……。
「…………美味いがな」
予想外です。見た目だけでなく歯応えや味も舞茸そっくり!やっぱり舞茸と肉とバターは相性がいいね!かぁ~っ、これを酒無しで食えと言うのは酷な話だぜ。美味いだけあって、これも収集依頼が出ていた。こいつはノルマを達成しても余分に獲って帰ろう。
美味しい食事にお腹も満たされて、各自食器を水魔法で水出して洗う。ここだけを見れば、のんびり普通のキャンプ生活に見えるけど、ここは迷宮のど真ん中ですからね。
更に良い匂いも漂わせているから、そりゃ魔物も来ますわ。余裕があったら俺達も武器を持ってダッシュするんだけど、ほとんど全ての魔物はルーに瞬殺されていた。
それなりに手強かったんだけどな、俺達には……。わかってる。俺達と彼女とでは、まだまだ途轍もない差があるんだ。でもね、わかっててもくやしいんだよな。
「明日も早いから、食べたら寝なさい」
あのな、お母さん。さっきまでバトってたのに急に電源オフに出来ないよ。迷宮初日だったんだからな、まだ興奮してるんだよ。修学旅行の初日みたいなもんじゃないだろうか。違うか、そうか。でも好きな子を言い合ったりしてキャッキャしたくない?ダメですか、はい。
「いつでもどこでも眠れるってのも戦士に必要な素養だよ。それとも私が添い寝しなきゃ無理?」
不寝番してくれるって人に添い寝してもらうわけにはいかんでしょう。添い寝はして欲しいが黒鎧のままなら、俺も萌えられないし。中身オンリーの添い寝を希望したいが、そうもいきますまい。不承不承と寝袋に入る。所詮、今日はまだ序章なんだ。明日からが本番だからな。
「消音の結界を張るから、静かに眠れるはずだよ。もう子守唄が必要な年齢じゃないでしょう?」
ルーの子守唄か。
それはそれで聞きたい。
需要はあると思いますよ。
「3人とも、まずは瞼を閉じて、ゆっくりと深呼吸しなさい。そして顔じゅうの筋肉から力を抜くの。次は腕だよ。ゆっくりと肩の力を抜いて続いて上から下へリラックスさせて。意識を集中させながら片腕ずつやってね。両方の腕が済んだら、胸、腹、太もも、ふくらはぎと、身体の中心部を上から下へと緩めてゆきなさい。これで全身がリラックスできるよ」
静かに囁くルーの声が耳に心地良い。
恐ろしく強い魔神だけど優しい癒しの声だ。
子守唄には程遠い内容だけどな。
「身体の次は、脳を休めましょう。頭の中を空っぽにして、何も考えない、考えないと繰り返して………さぁ、いい子だからおやすみなさい」
催眠術にかかったかのように、3人まとめて寝てしまった。
添い寝もなしなのに我ながら他愛もない。




