67 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり
冒険者として初めて挑む、迷宮探索へと足を踏み出した。
まぁまぁ予想通りだ。灯りが必要かと聞かれたなら無くても大丈夫だよと答える程度の明るさ。そうだなぁ、初めて入ったアムブロシアの迷宮を思い起こさせるような明るさだ。まぁ、あそこは迷宮というより広い隠れ家……いや馴染みの修行場、道場って感じだったけどさ。目の前に広がる地面は少し凸凹しているが……うん、戦えないほどでもない。イケる!さあ来い!バケモノ共よ!
「アレク」
なんだよ。
先を急ぎたいってか?
迷宮じゃ、せっかちさんはモテないぜ?
「現実逃避はいいからキビキビ走りなさい。行住坐臥、生きる全てが修行なんでしょう?」
分かってるよ!走ってるよ!夜も明けきらぬうちから迷宮の内部の様な暗さの中、俺はメーヌまでの道のりを元気に走ってますよ。もちろん自分の足で。そして俺以外のみんなは馬に乗っている。予想通り、今回も久々のルーと2人乗りはお預け。わかってたさ。最近ハグしてないし、してもらってないなぁ……。
王都から目的地メーヌまで、およそ30Km。それを一人ずつ交互に走るのでノルマは1人当たり10㎞。だからいつもより楽なもんさ。その分ペースが速い気がするのは気のせいでしょうか。
一番暗い夜明け前にスタートして、トップは俺が走って1時間程でクリスに交代してラストはセシル、のリレー。馬が1頭足りないとはいえ、まだまだこれからも俺達は修行の一環として走らされるんだろう。
いや、走るのは良いよ。
持久力も上がるだろうし。
俺はただ、彼女と2人乗りしたいだけなんだ。
いかんいかん、集中しよう。
なんせ、遂に憧れの迷宮での冒険ですよ。
お前らは子供の頃から迷宮に入り浸っていただろう、とか言わないで欲しい。ほら、あそこはかなり特殊な迷宮だったから。だいたい、迷宮といいながら迷う要素が無かったからさ。俺という人間の人生を迷わせた、という意味ではとてつもない迷宮だったが、構造的には4階層の広い部屋があるだけ。あれは……ダンジョンマスターの性格なんだろうか。その辺に関しても本人に聞いたらわかるかもしれないが、ルーには出来る限り、あの迷宮のことを思い出して欲しくないんだよ。
「ここがメーヌ……結構賑やかな街なんだね」
セシルが、初めて王都に来た時のようにキョロキョロしている。俺は前世で色々旅行もしてるからね。それに比べてセシルは純粋培養の田舎者だから、初めての街だと何かと珍しいのだ。いや、正直に言うと俺も色々と見慣れない異世界の珍しい風景に目を奪われているよ。なんというか、粗にして野だが活気のある街だ。元気な街ってのはこっちの心も沸き立つものがあるよね。そしてここは迷宮が売りの街なので、住人の中でも冒険者の占める割合が比較的高い。その手の連中は金遣いも荒いので娯楽方面もかなり栄えてるらしい。多分、キャバ的なお店や泡系のお店も多いことだろう。というか、多いという情報を既にゲットしているんですよ。ええ、あるんですよ!この街には!あんなこともこんなことも出来ちゃうお店が!英気を養うという意味でも必要ですよね!視察の必要があると思いませんか?思いますよね?たまりませんな!
「まずは、メーヌの冒険者ギルドで迷宮に入る申請手続きをして、食事。その後は食料や消耗品を買う」
久々に漆黒の鎧に身を包んだルーが引率の先生よろしく、今後の予定を発表した。メーヌには、王都で見たことがある冒険者も大勢いる。そして初めて見る冒険者はもっといる。それも紳士的と言うより、かなりワイルドな……ガサツそうというかガラが悪そうな連中がほとんど。だもんでルーの正体を隠してるわけだ。セシルはセシルで、フードを深く被って顔をわかりにくくしている。わざわざ野獣の群に餌を投入することもないもんな。
「宿はどうしますか?」
「宿には泊まらない。君達には迷宮に籠り続けてもらう」
はい、始まりましたよ。ドS師匠のスパルタ修行が。
色々と指導法に物申したくなるわ。
グッバイ、キャバ的なお店や泡系のお店。
「大丈夫、久々に少し死線に近づくだけだよ。短時間で可能な限り多くの経験を稼ぎましょう」
大丈夫ってどの辺が?大丈夫と思える要素が無かったんだけど。恐らく漆黒の鎧の中では笑顔なんだろう。師匠が笑顔で言うこの言葉は提案ではない、決定事項なのだ。色々な意味で訓練された弟子達はそれをよく理解している。逆らっても無駄。効率重視。もしもこの人にMMORPGをやらせたら絶対にガチ勢と呼ばれるだろう。もしくは廃人か。基本的にブレーキをかけない人生なんだよな。
観光ではないのはわかっていたけど、メーヌでの食事は1回……出てきたときに精々2回か。旅の醍醐味は食事なんだけどなぁ。せっかくだから堪能したかったな、メーヌの名物料理。この街にどんな名物があるのかも知らないけど。いや、未練を捨ててレベリングを頑張ろうじゃないか。まずは冒険者ギルドで手続きを済ませよう!
もう昼が近いせいか、メーヌの冒険者ギルド内は混雑してるかと思ったら、意外と閑散としていた。迷宮へ行くには、まず最初にここで申請するようにミシェルさんから聞いているんだけど……お約束な赤髪の美人受付嬢に聞いてみよう。やはり冒険者ギルドの受付には若い女性ですよね!
「すみません。迷宮探索の申請をお願いしたいのですが、こちらでよろしいですか」
「はい、大丈夫ですよ。初めての方ですね?」
そう言って、彼女は手慣れた様子で書類を出してきた。申請書と、みんなが守るべき迷宮探索でのお約束、だそうだ。
迷宮で手に入れた素材や魔石、魔鉱などは冒険者ギルドが買い取ってくれるとか、迷宮内で他の冒険者に危害を加えてはならないとか、もし内部で冒険者の遺体を発見した時は、そいつのギルドカードを回収してくるとか。
普通に冒険者ギルドの規約と殆ど同じだな、と思ったが決定的に違うことがある。ダンジョンコアを破壊してはならない。これが絶対厳守のみんなのお約束。それを破壊したら迷宮は死ぬそうだ。
この街一つ……いや間接的にもっと多くの人を養っている迷宮を破壊した場合、死刑。そりゃそうかもしれん。気を付けようね。
もっとも破壊どころか簡単には近づけないようになっているそうだけどね。
「では、こちらの申請書に迷宮に入られる皆さんの名前を記入していただいて……はい、ここに。登録料として御一人様5000Gを頂きます」
最初の登録の時だけみたいなんだけど、結構な額を取るんですね。更に、これとは別に迷宮の入り口では入山料じゃないけど、入場料金も取られるそうだ。まぁ運営側にもお金はかかるからね。ところでこの迷宮、だいたい何人くらいの人が探索しているんですか?
「はい、だいたい数百人くらいですね。多い時は千人近い日もありますよ」
かなり多いんですねー。ここは初級者向けってことだからほとんどはE級かD級冒険者だそうで。そのうち、迷宮に入って帰ってこない人ってどのくらいいるの?
「……そう珍しい話ではない、とだけ」
美人のお姉さんが魅惑の笑顔のまま、恐ろしいことを言ってますよ。思った以上にプロなんだな、このお姉さん。迷宮内の出来事は一切において自己責任と言う事ですわ。
さて、やることやったら余計な揉め事を起こす前に、さっさと飯を食って準備だっ。
どういう理屈なのか知らないが、ここの迷宮内もそれなりに明るいらしくて内部で灯りは要らないそうだ。なので松明やランプの類は買わなくても大丈夫なんだって。
各自、小さな背嚢に干し肉などの保存食と水筒を用意した。これらは、前に『血塗れの火炎』のリーダー、アルバンさんに教わった通り。俺達は全員、水魔法で水は出せるけど何があるかわからないからね。今後、順調にお金を稼いだらセシルとクリスの分の魔法の鞄も欲しいね。
用意はしたものの保存食は多分、食べない。俺とルーの収納魔法で温かい食事を大量に保管してるからね。しかもルーに至っては携帯用の竈と鍋など、場所があれば迷宮内でも料理する気満々だ。まぁ……食欲が湧くかどうかはさておいて、魔物はその辺にいる訳だし。どんな食材を食べることになるかはわからないけど……まさか迷宮飯を実践することになろうとはな。極論を言えば、塩と水さえあればどんなものでもなんとかなりそうだけど、他にも食材は常に大量に確保しているようだ。そして主食はパン。収納魔法の利点を活かして保存性は低そうだけど柔らかくて美味そうな焼き立てパンを大量購入してある。米は……やっぱり売ってないよなぁ。こればかりはしょうがない。
着替えは……着替える場所と余裕があるかどうかわからんが数日分を持ってきてるから大丈夫。仮に寒い階層があったとしても対応できるぞ。そしてテントと寝袋はルーが持ってる。ヤンクロットの帰りに使った以来だけど、迷宮内宿泊もこれで安心だ………安心か?本当に安心なのか?もう安心の意味を忘れかけているような気がしてきたわ。
「後は……ポーションを買いに行こう」
おお……今まで俺達は使ってこなかったけど回復薬の登場だよ!治癒魔法ほどの効果はないらしいんだけどね。でも無いよりマシだろう。だいたいヒーラー不在のパーティで回復薬も持ってない方がおかしいんだよ。あの師匠、想像以上に脳筋だからな。やられる前にやればいいじゃない、の精神だもんな。
修羅の国のマリー・アントワネットなんだよ。
実はやべー人なんです。
そして、その人の弟子だけに俺達も大概なんだよ。
回復が無いならしょうがない、頑張って怪我しないようにしよう!……え、終わり?それで対策会議は終わりなの?これって解決法ですか?ホントに脳筋パーティ。その時は俺も、それは良い考えだ!なんて言ってたからね。セシルはセシルで、さすがクリスだね!とまで言ってた。深夜のノリか。もう全員が酒でも飲んでいたのか。酔っ払いの雑談かよ。そろいもそろって頭がおかしい。この世界にもバカにつける薬は無いんだよ。
「あれ……?リリアじゃないか!なんでここにいるの!?」
回復薬を探して歩く途中でセシルが見つけたのは、白く輝くプラチナヘアが目立つハーフエルフのリリアだ。冒険者として俺達の同期とも言える。最近王都で見かけないと思ったら、まさかこんなところで出会うとはな。
「セシル?あなた達こそどうしてこの街に!?」
「ボク達はここの迷宮に挑戦しにきたんだよぉー」
「オマケのノーマンとモーリックは?あ、そういや俺、ヤンクロットでリリアのお姉さんに会ったよ」
「誰がオマケだよ。俺から言わせりゃお前らこそセシルのオマケなんだからな」
おお、居たのかノーマンにモーリック。そうそう、こいつらも順調にE級に昇格しているよ。ノーマンも口は少々悪いが、根は良いやつだ。この3人の三角関係は、その後どうなっているんだろうなぁ。その辺もちょっと知りたい。
「それに迷宮に関しては俺達の方が先輩だぜ。既に10階層まで攻略が進んでるからな」
ノーマンがドヤ顔を披露している。10階層……それが。どのくらいすごいのか全くわからないのが申し訳ない。でもきっとかなり良いペースなんだろう。ちゃんとそれに見合ったリアクションをしてやらなきゃな。
「それはすごいな!くっそー、俺達もすぐ追いつくからなー!」
「ハーハッハッハッ!俺達は頼りになる先輩2人と一緒だからな!この調子なら2週間以内に最下層まで到達して見せるぜ」
ほほぅ……少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。
でも、俺達の場合はルーがいるから大丈夫だ。
「………そうなの!この前のヤンクロットの事件でもアンヌお姉ちゃん無事だったの!本当に良かったぁ…」
「ボクはちょっと挨拶しただけだったけど、リリアにそっくりで綺麗なお姉さんだよねっ。あ、アレク。そっちのつまんなさそうな話は終わった?」
あのな、俺かてどうせならかわいい女の子とトークしたいわ。なんで俺がオマケ担当やねん。その無事だったリリアのお姉さんを助けたの俺だぞ。まぁ俺の身体を使ってルーが助けたんだけどさ。
そんなリリア達3人の本日は休養日らしい。ついでになので、回復薬購入に付き合ってもらった。そして彼女達におススメのお店で良く効く回復薬を教えてもらって、1人につき5本ずつ購入。ピンキリらしいけど、高いよ回復薬。1本で1万Gもした。日本円に換算するといくらくらいなんだろう。多分、すごく高い。
いや~、経験者がいてくれると買い物もスムーズですね!リリア達にお礼を言って、また会おうと挨拶して別れた。
「これで……準備は全て完了、かな」
「最後にこれを皆に渡しておきます」
………なにこれ。
携帯用のツールバッグ?
何に使うの?これ。
「罠解除用の工具セット。この迷宮には多くはないらしいけど罠があるからね。これで罠の発見・解除の練習もしようね♪」
素敵な笑顔で言うけど……どんどんハードルあげてますね。そろそろハードルをくぐる事を考えてしまいそうだ。オッケー、やってみせちゃる。
「先生、僕も多少は調べてきましたけど……メーヌの迷宮に関する情報はないんですか?」
「あるよ。でも要る?私もこんな初心者向けの迷宮は初めてだけどね、君達なら普通にやれば大丈夫でしょ」
1000年前の俺が言ったらしいけど、ホント貴女は指導役に向いてない。でもしょうがない部分はある。シンプルに彼女は強すぎる。俺達の指導者として役が大不足だ。どちゃくそ不足している。幼稚園児のお遊戯会の演技指導にアカデミー主演女優賞受賞者を連れてくるような……責任は寧ろ俺達にあるのかもしれない。
まぁいいさ。俺に必要なのは手取り足取り教えてくれる指導者じゃない。ルー・レティシア・リュシオールその人なのだ。さぁ、いつもの4人で初めての迷宮探索だ。
よぉし、行くか。




