56 苦しいこともあるだろう
夜明け前に王城まで戻ってきた魔神は、本当に改めて門外に出てキチンと手続きを済ませて正門から帰ってきた。意外とそのあたりは律儀なんだね。
「それにしたって、レティシア先生。ちょっと……というか、異常に早過ぎませんか。昨日の今日ですよ?」
「だから急いだと言ってるでしょう。ちゃんとワイバーンも狩ってきたよ、3体」
王城の一室で朝食後に優雅に紅茶を飲みながら、あまり優雅ではない……むしろワイルドな話題で盛り上がっていた。急いだら往復800kmが半日で終わりました、ってこの世界の誰が信じてくれようか。飛行機はもちろん自動車も電車も無いんだぞ。通常なら2週間以上かかるはずなんだ。魔神に通常が適用されるはずもないけどさ。
「それにしても何故3体も。せっかくだから、のオバちゃん精神?」
「目的地の山を登る途中で小さめのワイバーン1体に遭遇した。山頂付近で眠っていた大きいサイズを1体。そして山を降りる途中に希少種が襲ってきたのを返り討ちにしての3体だよ。そしてクリス王子、私をオバちゃん呼ばわりしたアレクに不敬罪を適用したいのだが」
「ええ、情状酌量の余地無し。有罪ですね。即日処刑しましょう」
余計なこと言ってしまった。不老の魔神でも年齢は気になるらしい。ルーが帰ってきたから嬉しくて、つい油断したわ。不敬罪、この世界でこの時代でも当然と言うべきか結構重罪だ。御老公が本気になれば、俺なんて今までに10回くらい処刑されてるわ。これでも努力はしてるつもりなんだけどさぁ…。
「3体分の血抜きに少々時間を取られてね……でもこれで君たちにワイバーン解体のレッスンも出来るよ」
E級冒険者、ワイバーン解体レッスンを受ける。色々順番がおかしいが何も言うまい。俺は常に学習する男なのだ。これも師匠の特別レッスンだよ、文句あるか。
「冒険者ギルドの解体場が空いている時間を聞いて予約しよう。後でみんなで行こうか。でも、その前にアレクは課題の試験をしましょう」
本気でやらされるのか、試験。
冗談かと思っていたのに…。
いや、気にはなっていたんだ。
……何故、俺だけ?
セシルもクリスも試験して然るべきではないか。なのに2人とも俺の試験が終わるまで弓と剣の自主練習に行ってしまった。解せぬ。これじゃ、まるっきり補習じゃないか。放課後、教室に残されてプリントやらされていた学生時代を思い出すなぁ。大好きな女教師と2人きりなのは嬉しいけど。
「あの2人は試験する必要がないくらい、普段から自主的に勉強してるの」
おお、これには反論できない。耳が痛い。知力の差がこういう風にも表れているのかもな。勉強の能力差の前に、学ぶ意欲として。俺の仮説…あると思います!逆に意欲を、やる気を出せば知力が上がるのかもしれないな!なんかバカの発想って気もするけど、根拠はないけど、ここはアクセルを踏むべきだ。俺の本能は上級国民なのかもしれない。ブレーキを踏んだつもりなんだけど…とか言いながらアクセル踏むタイプの本能。意味は、俺もわからない。
待てよ、やる気を出すには御褒美が手っ取り早いよな。
そうじゃありませんか?師匠よ。
なにか素敵な御褒美をください!
「御褒美、ねぇ…………えっちなことじゃなかったら、いいよ」
えー!えー!!えー!!!そりゃないぜ!
えっちな事……それ以外になにが御褒美足りえると言うのか。
金か。地位か。名誉か。物か。力か。
そんなのより欲しいモノがあるからこその御褒美でしょうが!
「………どれだけ考えても、三千世界にルー以上の御褒美が見つからない」
「また君は、さらっと私が照れるような台詞を…」
あー…。
確かにかなり恥ずかしいこと言ってるな。
照れるルーもかわいいので、お得な気分だ。
「アレクシスがしたい事は、ルーもしたいの。だから、それは私への御褒美にもなってしまうからね、他を考えなさい」
言ってることの意味はよくわからんが今の言葉がもう、御褒美でした。御褒美先払いパターンってのもあるんだね。もう俺は幸せの中に居る。単純ですか?それなりに自覚はしてる。
試験、めちゃくちゃ頑張った。
貰った御褒美に見合った結果を出さなきゃな。
おうよ、結果は全問正解。
我ながら、俺って御しやすいわ。
◇◆◇
この国においては最高峰の魔物であるワイバーンを解体する。それ自体は別に悪いことをしてる訳でもないんだけど、誰かに見つかったら物凄く面倒な話になりそうじゃないですか。ただでさえギルドマスターにお前達は要注意を通り越して要警戒なパーティだ、なんて認識されてるからね。
ワイバーンの解体現場なんて見られたら……どうやって狩ってきた、いつどこで誰が狩ってきたんだ等々、様々な質問が始まってしまうかもしれない。あの怖い顔のギルマスが迫って来たら質問で済まずに尋問になってしまうだろう。拷問を覚悟した方が良いかも。
平和に穏便に解体を済ませる為にも、ミシェルさんに冒険者ギルドの解体場の予約について相談してみた。案の定「はぁ?アンタ達は何を言っているの?」という呆れ果てた言葉をいただいた。
「解体のレッスンをしてもらうんだ。誰も居ない時間を数時間程貸し切りに出来ませんかね?」
「あのねぇ解体場の貸し切りなんて、あるわけないだろ?何をしたいか知らないけど人に見られなくないなら、まだ誰も来てない早朝にやるんだね」
なるほど、基本的に冒険者が獲ってきた魔物を解体するんだから朝イチなら誰かが使ってる事もないか。よし。じゃあ早速明日の早朝、解体しましょう!
次の日の朝、早起きして夜明けと共に最速でギルド内解体場になだれ込んだ。当然まだ誰も人は居ない。さっさとやる事をやろうか。
「さて、それではワイバーンの解体を始めるわけだけど……君達はどれを解体したい?」
選択肢は……A.3m弱の小ぶりなワイバーン、B.6m強の大きいワイバーン、C.10mを超える希少種ワイバーンの3つ。
どれを選べば良いのかな。
そもそも今回の目的は食材なんで、一番美味いやつでよろしく!
「だったら希少種かなぁ」
全部が全部そうではないけれど、基本的に魔物の肉は高位であればある程、美味しい傾向があるそうだ。もちろんゴブリンなんてホブゴブリンやゴブリンロードやゴブリンキングであっても大して美味くもないだろうけど。レッド・ボアの上位か希少種なんてのが狩れたら……めちゃくちゃ美味しいのかな。美味しいんだろうな。レッド・ボア自体がレアなのに、更に上位種なんて宝くじレベルかもしれない。
いかんいかん。今、ここに無いレッド・ボアの上位種に気を揉むより目の前のワイバーンを美味しくいただこうじゃないか。では、ワイバーン希少種を解体してみましょう。
「ちょ、ちょっと待ってください!先生!この場所でそのサイズは……入らないんじゃないですか?」
クリスが慌てるのも無理もない。ここの解体場は広いと言えば広いけどそんな10mを超える程の魔物を解体するにしては……ちょっと厳しいかな。もしやるとしたら、もっと色々片付けてスペースを確保してやるものだろう。それも大人数で。今、ここで10mクラスを出したら周りの道具やらとっちらかりそうだ。
実際にこれくらい以上に大きなサイズの魔物だと街の外で解体したりするらしい。これは後に教えてもらった。
「じゃあ大きめのワイバーンの方にしよう。好みにもよるけど、こっちも美味しいよ」
そして収納魔法から出される6m強のワイバーン。どーん。充分にでかいがな。コレが…飛ぶのか?確かに翼も大きいけど。まさに恐竜だね…なんて言うんだっけ、翼竜?ああ言う感じ。実物は見たことないけど。
それにしても、このワイバーン……傷がほとんど無いな。これは獲物として上質なんだろうな。本当に傷は少ない。少ないというか、たった一つだけだ。首が、スッパリと切り取られている。他に格闘や激戦の痕跡がない。間違いなく一撃で終わらせたはず。えー、コイツはこう見えてもこの国では最強最高の魔物なんでしょ?それが手も足も出ずにやられたのか……。
「本当は頭が付いていたほうが重宝されるらしいんだけど、こいつは血抜きが楽なように首を落としたんだ。ワイバーンも竜種の端くれだから素材としては捨てるところは殆ど無いんだぞ。勿論、血も保存してある」
沖縄では豚は鳴き声以外全て食べる、なんて話を思い出した。竜種もそんな感じ?まぁこっちは全部を食うわけでもないけど。牙や爪など、血に至るまで色々なことに使われるんですよ。
気を取り直して大型のワイバーンをミスリル製の解体用のナイフで各部解体していく。ちなみにこのナイフは、御老公から俺達3人への旅立ちに際しての贈り物のひとつだ。その出所を聞くと少々ムカッとするが道具に罪はない。忌々しいが次に会ったら御老公に礼を言うしかないなぁ。実際、このナイフはワイバーンの鱗皮でもすんなり切断できる。おっそろしい切れ味だね。
翼皮、翼爪をルーに指示してもらいながら丁寧に処理していく。大きい方が見えやすい分、作業しやすい場合もある。よし、頭部は俺がやろうか。あー、口の中には、これは懐かしのワイバーンの牙だ。御老公の入れ歯を作る時には、これを手に入れるために東奔西走していたのも今や遠い昔だな。あの時の牙より大きいのもある。あの時の牙は1本で500万Gくらいだったかな。それが20本くらい生えているよ。牙だけでざっと約1億か。そう思うと…このワイバーン一体でどのくらいの値段になるんだろう。ジェロム兄さん、実はめちゃくちゃ高価なサプライズになりそうです。
「さぁ、内臓も取り分けるぞ。これだけ大きいとかなり重いからな、男の子2人が頑張ってくれ」
正しく言うなら、ここに居るのはルー以外は全員が男の子なんだよ。まぁ言わんとすることは伝わるので、いちいちツッコミを入れない。俺とクリスが頑張りますよ。だいたいステータスの数字でいうなら、一番の力持ちは唯一にしてリアル女の子であるルーだ。
しかしな、心粋なんだよ。こういう力仕事・汚れ仕事をするのが男だろうよ。男の子が意地と見栄を忘れちゃ終わりなんだよ。
苦しいこともあるだろう。
言いたいこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣きたいこともあるだろう。
これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。
な?山本さんは良い事言うぜ。まぁ女だってそうだよ!と言われそうだな。うん、俺もそう思う。生きていく、って男だろうが女だろうが大変だもんね。男も女も頑張ろうぜ。でも、ここは男の子の俺達に任せてくれよ。さぁ、カッコつけようぜ!
ワイバーンに限らず、魔物の解体で一番嫌われる作業はだいたいな内臓系だ。そもそも見た目がグロいし毒があったりもするし生物なので内容物もある。要するに、ウ○チですよね。
だいたいからして魔物の糞は臭い。そしてワイバーンの糞はその中でも臭い方だそうだ。肉食だもんね。腸の内容物も想像通り。それでも、まだこれは良い方ですよ。本当に最悪なのは魔物にもよるけども中から人間らしきものが出てくる場合。それも消化途中のやつ。そんなの見ちゃったら夢に出ちゃうでしょうが。トラウマになるわ。そんな作業なのに王子が文句の一言も言わないのは偉いよなー。最悪の汚れ仕事なのに、こいつが文句言わない以上俺に言う資格なし。やってやるさ!
俺達が2人掛かりで地獄のような内臓処理を終えるころに、セシ・ルーの方もワイバーンのその他の部位の解体を終わらせていた。その後も4人がかりで頑張って、なんとか他人に見つからずにワイバーンの解体を終わらせることが出来た。疲れた……もう今日は何にもしたくないくらいには疲れた。
「思ってた以上に上質の肉が確保できたね。これだけの量があれば結婚式には充分すぎるでしょう」
ワイバーン、空を飛ぶ生物だけに肉は案外少ない。それでも相当な量のブロック肉に出来たので結婚式どころか数百人分くらいの腹を満たせそうだ。
「ついでに逆鱗も見つけたよ。これは色々加工できるし、お守りとしても人気があるんだ。これは……セシルにあげましょう」
「ありがとうございます!レティシア師匠っ」
あれか。
鯛の中の鯛、的なものだろうか。
あれなら俺は見つけるの得意だったんだ。
伝説の竜の逆鱗も魚の骨扱いは失礼か。
まぁ、これでジェロム兄さんの結婚式の準備は整った。
さぁこい、結婚式。
その前に、早く来い父と母よ。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
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(人>ω•*)お願いします。




