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5 ワイルドだろぉ?


 晴耕雨読……いや、晴遊雨読と言った方がしっくりくるかな?そんな平和な生活が2年ほど続いた。先日、新年を迎えて俺とセシルも5歳となったよ。めきめき成長してるがまだまだ幼児だな、せいぜいが小児か……でもね、新たに分かったことも色々あるよ。

 まず、この国はルシアス王国と言うんだって。うん、聞いたこともねぇ。そして今住んでる街オルトレットはルシアス王国の南部に位置する都市で、温暖で気候が良いことで有名な港街だそうだ。この街には良い温泉もあるので隠居した王族や貴族が最期を迎える時はここで、と引っ越してくることもあるみたい。


 温度計が無いから体感だけど、この街の年間の気温は10℃~25℃くらいだろうか。夏が暑すぎることもなく、冬らしき時期もあったけど肌寒いなレベルで過ごしやすいのがありがたい。寒いのは苦手なんだよ俺は。

 あっ、寒い日に部屋の中を暖房でホカホカにしてアイス食べるのは好きだった。暑い日にエアコンでガンガンに冷やしてお布団に包まって寝るとかも好き。反エコだったなぁ……でも皆んなもそんな気持ちは分かるでしょ?


 あとは、今年は王暦435年になるそうだ。そう言われてもよくわからん。へぇ、そうなんだとしか感想が無い。それから地球とは呼び名は違うけど一週間があって一ヶ月は28日で13ヶ月、つまり364日で一年だった。俺だって一年が365日なことくらいは覚えてるさ。と言うことは一年で1日ずれるから閏日があるのかと思ったら、それは無いらしい。地球なら徐々にずれるはずなので暦が未熟なのか、それともやはりここは地球じゃないのか、だな。

 時間は、これまた体感では24時間ぽい……んだけど時計がないから、よくわからん。まぁ時間の体感なんてアテにならないよな。前世で何度寝坊したことか。これも誰しもがわかってくれるだろう?

 お金もよくわからん。わからないばかりで申し訳ないけど、なんせ所詮は俺なんで。俺はただの平凡な歯科技工士であって才気あふれる主人公じゃないんですよ。ああ、お金の話だったね。お札があるのかコインにどんな種類があるのか……お使いに同行して銀っぽいコインと銅っぽいコインは見たけど幼児が触るもんじゃないからさ。その単位はガル。やっぱり聞いたこともない。俺にはドルとポンドとフラン程度の知識しかねぇもん。


 後は……父たちのボスがオルトレットの領主ヴァリート・ラフォルグ公爵殿下というらしい。現在の国王の弟さんだそうだ。封建制度ってやつなんだろうか。ごめん、この辺も分からない。もうちょっと社会や歴史の勉強しときゃ良かったな。

 大人になって思ったもんさ、学校の授業をもっと聞いておけばよかったって。あれは教育のプロが、分かりやすいテキストを見ながら更に板書もしながら丁寧に解説してくれてたワケだよ。しかも基本的にタダで受けられる(厳密に言えば、ほんとはタダでもないけどね)。こんな優良サービスを聞き流してたなんて、もったいないことしてたな俺。

 まぁ良い。封建制度も授業の価値も今の俺には大した問題じゃない。問題は今、俺達が領主の館にやって来ている現状なのだ。


 俺達ってのは俺とセシルだ。正確に言うと俺の父とセシルの父ロレシオおじさんも居るが、この2人はここが職場だからね。居てもおかしくないというか、居ないとダメだ。お父さんの職場見学でもないのに何故俺達がここに。説明を求む。


 なんてね、説明は先日もう聞いてるんだ、実は。


 なんでもな、王子様がこの街に来ることになったんだと。この国の第3王子ってのが居て……第3というには三男坊なんだろうね?その第3王子ってのは随分と身体が弱い子らしい。すぐ熱出したり寝込んだりするんだって。その上母親(王妃ではなく第2夫人だそうだ)が去年亡くなって更に元気を無くしているらしい。そんなこんなで気候の良いオルトレットで養生しようという話になったと。

 要するに都落ちだが後に聞いた話では歳の離れた兄が王位継承において磐石なんで王子と言えど比較的重要視されてないのもあるらしい。

 それにあたって、同い年の俺達が遊び相手として召還されたという話なのだ。めんどくせー気もするが王族とコネが持てたら将来設計も期待できるではないか。これはチャンスなんだよ!よし、頑張るぞっ!















「すまんな。今、こちらに向かっておられる」


 立派な風貌の初老男性が俺達が待機している部屋にやってきた。最近になって知ったけど、俺の父レオンとセシルの父ロレシオは第1だか第2だか忘れたが、それぞれ騎士団の副長なんだそうだ。

 それを聞いて俺は心底驚いた。スマン、父。そんな偉い人だとは思ってなかったわ。もっと……ポンコツかと思っていた。ほら、普段の家で見る父が雑でいい加減だから。仕事では頑張っているんだね!

 そんな偉い父たちに対する口の利きようからして、あの初老男性はかなり偉いさんだな。強そうだし威厳あるし、もしかしたら彼こそが騎士団長なのかもしれないな。だとしたら、ちゃんと挨拶すべきだったかしら。




「待たせたね」


 左程待つこともなく、えびす顔の割とふくよかな男性と俺達と同じくらいの歳の男の子が入ってきた。その男性に父もロレシオおじさんもすばやく拝礼した。俺も一応お辞儀しとこう。多分、まず間違いなくこの男性が王弟の領主で傍らの男の子が第3王子だろう。


「この子がね、前に話したクリストファーだ。よろしく頼むよ」


 部下の騎士相手でも結構腰の低い方だなぁ。それに続いて父達が俺達も紹介してくれた。こういうのって、なんかお見合いみたいで照れるね。てへっ♪


「レオンの子、アレクシス・エル・シルヴァです」

「セシル・ドゥ・ベルナールです」

「「よろしくお願いいたします」」


 練習したとおりに挨拶ができた。しかし鍛冶屋の爺さんの次は王族に挨拶かよ、スライムを倒したら次は魔王が出てきたレベルの話だぞ。間はないのか間は。一歩目と二歩目の間が股関節を痛めるくらいの距離があるぞ。


「クリストファー・デュ・ラフォルグです。よろしく」


 少し緊張した面持ちで、第3王子が挨拶を返してくれた。ひ弱そうな青白い顔の金髪で蒼い目をした少年……いや幼児だな。白磁の肌、キラキラと美しく輝く黄金の髪。いかにも王子様、て感じするわ~。ザ・王子やん。もう少しヒネリナサイと言いたくなるわ。ベタ。定番。中身がおっさんの俺から見てもかわいい王子やん。


「うんうん、2人とも仲良くしてやってくれな」


 人の良さそうな近所のオッサンのようなノリでヴァリート公爵がニコニコしながら俺達に語りかけてきた。前世が日本人である俺にとって貴族だの身分制度ってのはまだピンと来ない部分がある。最初に会った大貴族がこういう接しやすい雰囲気な人だったのは幸運だったんだろうね。

 ホントお見合いじゃないんだが、後は若い人たちで……的な事を言いつつ大人たちは別室に行ってしまった。若いと言うか、俺達は幼いんだがな。


 メイドさんの案内で王子用に用意されたと言う遊戯室と言おうか、おもちゃ部屋に移動した。メイドもうちに来てくれてるナターシャさんと違って、もっと皆んながイメージするようなメイド服を着ているメイドだ。しかも若い娘のメイドだ。メイド喫茶とか結局行かずに前世は終わったがここで萌え体験ができるとは……人生はわからないもんだね!しかし今はかわいいメイドさんを凝視してるわけにもいかない。したいけど我慢しようぜ。そりゃ内心ではメイド服に穴が開くほど見たいが、自慢の股間のナニもまだまだ水鉄砲だし心の中で血の涙を流しながらも我慢した。慌てるな、いずれ大砲となって活躍する場面はきっと来るはずだ。




 さて、おもちゃ部屋と言っても騎士だの兵隊だのの人形とか木馬とか。色々と用意されているけど、いかにも大人が選ぶ男の子が好きそうなおもちゃ、って感じだ。チェス的なボードゲームやサイコロもあるぞ。いやチェスはまだ無理だろ。我ら幼児ぞ?

 そんなおもちゃを前にして幼児三人でもじもじしている。なるほどな、王子は初めて同世代の子供に会ったようで緊張しており、そしてセシルも俺以外の同世代に会うのは初めてだ。しかも初めて来た領主館にも緊張している。そして何を隠そう俺は人見知りなんだ、実は。しかし俺は見た目は幼児でも頭脳は大人だ。ここは俺がなんとかせねば。


「えー、クリストファー王子。何して遊びます?いつも遊んでるモノとかありますか?」

「あ、うん。いつもは……1人で絵本を読んでるかな…」


 スマン、君はぼっち王子だったのか。

 初手から地雷を踏んてしまったな。


「じゃ、じゃあセシル!セシルは遊んでみたいのある?」

「ん~……よくわかんないっ。アレクが決めてよ」


 そう言われると。それはそれで悩むなぁ。

 ホントの事をいうと、やってみたいことはある。

 読書だ。


 これだけの館なんだから探せば図書室か書斎かあると思うんだ。そしておそらく辞書や辞典の類もあるでしょう。多分。さすれば今までとは比較にならない膨大な情報をゲット出来るはず。

 でもさ、公爵さんに王子の遊び相手になってくれーって言われて集められたのに初日から読書て。子供3人で無言で読書て。真顔でクスリともせずに読書て。俺があの公爵さんなら明日にでも他の子を呼んでくるね。

 だから今日は読書はパスだ。もっと仲良くなってからだな。そもそも字もそんなに読めないしな。じゃあ……なにしようかな?あ、トランプもあるじゃん。ちょっと俺が知ってるトランプとは絵は違うけど。


「これ、やってみましょう!カード!」


 トランプで子供に最初にやらせるなら神経衰弱でしょ。ルールも簡単だし。さっそくバトルだ!




「これと…これっ!」

「ああっ、ボクが覚えてたヤツとられたぁ!」


 結論から言うと二人ともハマッた。やっぱり競争ってのは幼児でも燃えるよな。途中、メイドさんが持ってきてくれたクッキーを景品としたら更に加熱した。優勝者がクッキー二つ、2位が一つ、最下位はもちろん無しだ。


 そりゃね、幼児相手の神経衰弱だからね。俺が本気になりゃ全勝は容易いよ。ここは多少の接待プレイも必要でしょ。誰だって勝った方が嬉しいし負けてばっかりはつまんないもんな。接待相手の王子とセシルはほぼ互角だね。相手は王子だがセシルに接待プレイを求めるのも無理だしな。

 ゲームをコントロールしながら、俺も結構夢中になりながらキャッキャと遊んでると公爵さんと父たちがやってきた。


「楽しんでるようだな、クリス」

「叔父さま、すごく楽しいです!」


 王子が頬を紅潮させて公爵に神経衰弱で自分がどれだけクッキーをゲットしたか報告していた。微笑ましい光景だ。子供の笑顔ってのはどんな世界でもいいもんだな。


「大丈夫か?顔が赤いが熱出てないか?」


 はしゃぎすぎたかな?ちょっと王子を興奮させすぎたか。


「大丈夫です!」


 王子はまだまだ遊ぶぜ、とそう言うが今日はもうお開きの時間らしい。ホントだ、窓の外を見たら既に夕暮れだ。渋る王子を明日も遊ぼうと約束して宥めて帰宅した。


 しかし、明日も遊ぶと言う約束は果たされなかったんだ………。







 別に死んだわけじゃない。


 やっぱり、はしゃぎすぎて王子は熱を出して寝込んでしまったのだそうだ。お見舞いに行こうか?と父に提案したが俺達の顔を見るとまた興奮するから止めとこうと言われた。寝込みながらもベッドの中で俺達とまた遊びたいと言ってくれてるんだって。それはそれは……随分と気に入られたようだ。




 再び王子と遊ぶことになったのは、それから2日後だった。


「よく来てくれたね!この前の続きをしようよ!」


 おお、初っ端から王子のテンションが高いな……。

 しかし続きも良いが今日は他にもプランを考えてきたんだぜ。


「王子、今日は違う遊びもしましょう。メイドさん、紙と絵の具を用意してもらえますか?」


 メイドさんに頼んで、画用紙サイズの紙と絵の具を出してもらった。最初は似顔絵大会だ。俺→王子→セシル→俺、と互いの似顔絵を描く。絵に関しては俺はホントに自信がない。ド下手の自覚アリだ。案の定、出来上がった似顔絵は……まぁ幼児相手だけど僅差だな。僅差で俺が負けてるわ……。

 幼児共は何が面白いのか、これだけでもきゃっきゃと笑ってる。しかしこれはまだ序章にすぎないのだよ。次は俺→セシル→王子→俺でもう一回お絵かきだ。そして出来上がった2枚の絵を、下手なほうの一枚は目・鼻・口を消して……更にもう一枚から目・鼻・口を切り抜いて、日本の伝統である福笑いの完成だっ。3人で順番に目隠しして遊んだが、これも王子はいたく気に入ってくれた。


 結果。

 翌日の王子は、はしゃぎすぎて再び寝込むことになった。








「……ま、ほどほどにだな。また頼むわ」


 父に注意?された。


 いや、俺も申し訳ないと思ってるんだけどさぁ……俺の想像以上に王子は貧弱なモヤシっ子で、更に想像以上に王子が楽しんでくれているようでね。元気づけて楽しく遊んでくれと召還された俺達だが成果を上げすぎたようだ。


 次に遊びに行ったのはまた2日後。王子のおもちゃ部屋にサイコロがあったので、今日は双六を作ることにした。最初はシンプルに2マス進む、とか1回休みとか。ちゃんとゴール前には振り出しに戻るマスも用意したよ。

 これは王子も楽しみつつ、しかし顔を赤くするほど興奮もせず、上手くいきそうと思われた……が、またしても俺達は調子に乗った。徐々にマスを増やして、ココに止まったらお菓子が食べられるとかご褒美系や、止まったら語尾にニャを付けて話をする罰ゲーム系のマスを作ってしまった。ちなみに罰ゲーム系はセシルがほとんど考案した。意外とドSだね君……俺は別に構わないが王子も参加してるんだぞ?

 結局、その日も最終的にはまた王子が寝込むコースだった。父よ、すまんニャ。




 俺も王子が飽きないように色々遊ぶメニューを考えたリニューアルしたり。いつも間にか遊ぶ・休む・休むがワンセットになってきた。叩いて休んで休んで、叩いて休んで休んで。はい、言って。

 そんなペースで遊んでいると、数ヶ月もすれば王子もさすがに寝込まなくなってきた。そういえば、笑いがもたらす健康効果って以前ネットニュースを見たことあったな。免疫機能がアップするとかしないとか。もしかして効果があったんだろうか…?


 この頃には、王子は俺をアレクと呼ぶし、俺とセシルも王子じゃなくクリスと呼ぶようになっていた。やっぱり子供同士の会話に堅苦しい敬語とか、それは無理があるって。他の貴族の子とかどうなってるんだろうね?子供でもちゃんとしてるんだろうか。俺もセシルも、クリスでさえも、そう言う類の常識は無かったしさ。ほら、この王子もぼっちだったからね。

 クリスが普通の男の子並みの健康を取り戻すに連れて、身体を動かす遊びも増やしていった。かくれんぼ、ケンケンパとか鬼ごっことかね。何度もやってると室内だと物足りなくなって気がつけば俺達は庭に飛び出していた。王子を勝手に屋外に連れ出したり庭を荒らしたら公爵さんに怒られないかな〜?とちょっと心配だったが、


「あの寝込んでばかりだった子が庭を走り回るとはなぁ……」


 と、公爵さんもクリスの元気さに感心してるようだ。近頃じゃ食欲も出てきたそうで、以前に比べて格段に量を食べるようになったよ、と甥の成長を喜んでくれている。ホント大貴族の割に良い人だ。











 その日も3人で鬼ごっこで走り回った後、広い芝生の上で寝転がって休憩をしていた。元気になったとはいえ、まだクリスは俺とセシルに比べてもスタミナが少ないから小まめに休憩しなきゃなんだわ。

 この芝生は領主館の東の端のほうになるんだが、ここは俺達のお気に入りの場所だ。この領主館は少し高台にあるので、ここからの景色も綺麗だし風が気持ちいい。


「なぁ、アレクもセシルも家に居る時はどんなことしてるの?」

「んー、朝起きて天気が良かったら俺は槍でセシルは弓の練習をしてるだろ。そんで剣の練習もしてぇ…雨の日は母上に字の読み方書き方を教えてもらうんだ」


 以前は昼まで2人で遊んで午後修行だったんだけどさ。最近は午前に修行して午後はクリスと遊ぶようになったんだ。


「2人ともすごいなぁ……ぼくと同い年なのに剣の修行かぁ…!」


 修行って言っても父や兄達から見たらお遊戯レベルだと思うけどな。それでも褒められると嬉しいもんだ。自然とドヤ顔しちゃうよね。それほどでもぉ~?いや大したことないんだよ?マジでマジで。ドヤァ!


「ねぇ、今度来るときに剣を見せてよ」

「えー…良いけど父上に聞いてからな」


 人知れず内緒で武装して王子に会いにいくって暗殺者のやることだからな。『クセになってんだ…音殺して歩くの』とか言いだしちゃうぞ、俺の中二病の病巣が。

 それに見せるなら槍だな。俺の愛槍・げいぼるぐ(笑)の出番だ。げいぼるぐ(笑)は必中の魔槍だ。そう、必ず狙った所に当たる。というか、当たった所を最初から狙ってたんだと言い張ることで、因果を操る魔槍とも言える。良いんだよ、俺は結構楽しんでるんだから。


「よし、ぼくからも叔父さまに頼んでみるよ」


 そんなにか?そんなに見たいのか?小さいがクリスは利発な子だ。ちゃんと根回しの重要さを理解している。領主であるヴァリート公爵を説得すりゃ確かに父も断れまい。そしてヴァリート公爵はクリスに相当甘いからな。王子だから、じゃなく、あの人は多分に子供好きなんだろう。虚弱だったクリスが剣術でも何でも、身体を動かすことに興味を持ってくれたことが嬉しいようだ。確かに最近は徐々に減りつつあるが、クリスがこの街へ着てからも半分以上は寝込んでるからな。……その主な原因は俺達だが。確かに原因ではあるけれど、俺達に罪は無い!と思いたい。




 そしてクリスの策略は見事に成功した。父は『え?武器を持って来させるとかマジで?』的な不満顔を隠そうともしてないが、王子と領主の希望とあってはね。父の気持ちはよくわかるが、今回は目をつぶって欲しい。












「はッ!」


 槍は良い。


 げいぼるぐ(笑)は短槍だけど、それでも剣よりは間合いが長い。その分だけ敵からの恐怖を薄めてくれる。まぁ、恐怖も何も俺は敵と戦ったこともないんだけどな。俺もセシルもまだ剣や槍の握りと基本の構えを教えられただけで素振りの毎日だ。昔読んだマンガの知識でいくと、槍の基本は突くと払う、らしい。


 そして今、セシルとクリスの前で槍を披露しているわけだ。

 ド素人の突きを。

 ドド素人の払いを。

 それでも凄い、凄いと感心してくれるクリスは良い観客だよなぁ。


 ある程度、突きを繰り返してから俺もクリス達の近くに座り込んだ。今日も初夏の風が気持ちよい。ホント、平和だよねぇ。このまま3人で仲良く大人になって、クリスの護衛騎士でもやるのもアリかもな。公務員的安定……確かに浪漫はやや少ないが、これはこれで日本人的幸せに近いんじゃないか。案外、俺は既に幸せの青い鳥を捕まえているのかもな。


 何気なく、かわいく欠伸をしているセシルの方に目をやった。


 ゆっくりと動く()()が、セシルのはるか後方に見えたのは偶然だったのか必然だったのか。俺が見たのは、黒い四足の獣だった。大きさは……1メートルくらい?幼児である俺達と大差無いくらい。つまりは、結構大きいってことだ。




 なんじゃありゃ。最初は犬か?と思ったが犬なのかもしれないし狼なのかもしれない。あんまり動物に詳しくないから特徴を知らないんだもん。いや、この際そんなのはどっちでもええわ。

 もしもアレがここの飼い犬ならクリスはずっと前に俺達に紹介してるはずだ。それがなかったということはアレは野生の可能性が高い。犬か狼か知らんが、遠目にも雰囲気は殺し屋だよ……どこからどう見てもアレは危険だ。間違いなく子供に近づけてはいけない存在だ。

 そして俺達は、いつもの庭の東端の芝生にいる。俺の背の方には領主館がありセシルとクリスは俺の向かいに座っていているので、あの獣に気付いているのは俺だけだ。そして武器を持っているのも俺だけ。だったら俺がなんとかするしかないよな。


「セシル、クリス。何も言わずにゆっくり立って」


 2人にそう言いながら、俺もゆっくりと立つ。?という表情があからさまな2人だが、それでも素直に立ってくれた。


 さて、どうする?まずは落ち着け、慌てるな。まだ慌てる時間じゃアワワアワワ………落ち着くんだ、俺。ゴールは俺達3人そろって怪我も無く平和に今日という日を終えることだ。

 俺達の武器はげいぼるぐ(笑)だけ。それでも領主館に辿り着けば戦力にはならないがメイドさん達がいるし、何より警備の騎士もいるだろう。今、俺達が居る地点から領主館まで約50m。走れば2人の足なら遅くても20秒前後で到達出来るはず。そこから30秒以内に大人が来てくれる……といいな。そんな希望的観測込みで約1分間の時間稼ぎが成功すれば、なんとかゴール到達の可能性が高い。



 よし、やるか。











「2人とも。今だけは何も聞かないで。そして館に戻るぞ。ゆっくり歩いて……でも俺が走れって言ったら思いっきりの速さで走って。そんで大声で大人を……警備の人を呼んできてくれる?」

「な……うん」


 うん、2人とも疑問を飲み込んでくれてありがと。そう言ってる間にも獣は俺達に気付いたようで、ゆっくりとだがこちらに近づいてきた。その距離は……もう100mは無いだろうなぁ……全く広い庭だぜ。羨ましい。

 なるべく獣を刺激しないように、俺達はゆっくりと移動を始めた。正直に言うと、俺の最優先は俺の命だ。俺は絶対死にたくない。そりゃもう絶対だよ。でもさ、唯一武器をその手に持ってて、中身は大人でだよ?幼児二人を見捨てて我先に逃げ出したら恥ずかしすぎるでしょ。それで気持ちよく明日が生きられるかい?胸を張って格好良く気分良く生きたいんだよ、俺は……もちろん俺が死なない範囲でね。


「そう……そんな感じでゆっくりな。これもゲームな。喋ったり後ろ向いたらお前らの負けだぞ」


 内心の焦りを隠して笑顔でそう言いながら、二人を先行させる。

 俺は殿(しんがり)の位置で、獣をジッと見ながら後退した。


 怖ぇ…!めちゃくちゃ怖ぇよ…!

 あの獣が死神にしか見えねぇよ。


 獣は明らかに俺達を意識してる。だって、さっきからずっとこっち見てるよ。俺達が移動を始めたのに合わせるように、ほんの少しだが獣の歩く速度が早くなった気がする。

 それにしても、なんだよアレ……昼間なのに目が赤く光ってるように見える。それに元々が黒っぽい犬?なんだが薄っすらだけど身体に黒い煙みたいなのを纏って……もしかして世紀末覇者なのかな?それとも救世主の方か?


 俺が知る限り、あんな犬いねーよ。

 犬じゃなくてもあんな動物は知らんわ。

 ム〇ゴロウさんなら知っているんだろうか。

 ムツ〇ロウさんなら知っていて欲しい気がするよね。


 そんなどうでもいいこと考えてたら、かつて友達の飼い犬に咬まれた前世をも思い出してきた。その飼い犬は小型犬だったが、俺は激しく吠えられたんだよな。『大丈夫、コイツは吠えるけど咬まないからさ』とか言うから、吠え続けるのをそのままにして背中を見せたら脹脛を思いっきり咬まれた。ジーンズの上から容赦なく咬みやがって、その後何年も傷跡が残ったぞ。俺がグラビアアイドルだったなら損害賠償請求するところだったわ………更にどうでもいい話だったな。

 小型犬であの痛さだったから……目の前の獣は大型犬レベルで結構デカイ。アレに咬まれたら痛そう、というか痛いで済まなさそうだな。嫌なことを思い出しちゃったな。過去の経験を活かしてヤツに背中は見せまい………あ、セシルとクリスが背中を見せてるわ。3人中2人がどちゃくそ背中を見せとるわ。


 そんな俺の思考が聞こえたかのように獣は走りだした。不味い!


「走れッ!」


 俺は獣から目を離さずに叫んだ。ここで2人の方を見てるわけにはいかなかったが、走り出す気配はわかった。結局、ゆっくり移動出来たのは十数メートルくらいか。後は俺が今から1分間の時間稼ぎをすれば…!


 頼むぞ、げいぼるぐ(笑)。こうなってはお前だけが頼りだ。獣と俺の距離はテキトーに見て80mくらいだったろうか、その距離は5秒も経たずに追いつかれた。めっちゃ速いよコイツ!

 ムツゴ〇ウさんが居たなら犬や狼ってどのくらいの速さで走るんですか、なんて色々質問をしてみたいが、今はそんな時間も無さそうだ。めちゃくちゃ速いし、しかも迫力が凄いよ。

 友好的な雰囲気が微塵もないわ。コイツは確実に俺達を噛み殺しに来てる。ソレにあっけなく俺はビビッてしまった。いや無理を言うなよ。俺は今まで荒事なんてしたことないんだからさ。短槍といえど槍なんだから穂先で突くなり迎撃して牽制でも出来たら良かったんだが、それすら出来なかった。

 ふぃいい…!と情けない悲鳴を漏らしながら、それでも柄で獣の突進を防御出来たのは俺にしては上出来の部類だ。防御出来た、といえば聞こえは良いが数mは吹っ飛ばされていたので、どのように表現するかは各自の見解によるだろう。


「「アレクっ!?」」


 セシルとクリスの声が聞こえた。ああ、俺が悲鳴を上げてたからこっち見ちゃったのね。殿(しんがり)担当はこういうとき無言でいなきゃダメなんだね。次回への反省材料だな……今回が最終回になりそうな勢いだけどな。5歳で打ち切りなんて、そんなに視聴率が悪かったのか?せめて20歳くらいまではシリーズを続けて欲しい。今回もしくは次回が最終回とか、それは困るぞ。まだ、つるつるな股間のナニだって未使用なのに!チェリーのまま死にたくないぞ。それでは次回、「アレク死す!」お楽しみください……そんなモン楽しまれてたまるか!


「は、走れ…!早く人を呼んできてくれ!」


 そうしないと死ぬ、ぼく死んじゃうよ。吹っ飛ばされた衝撃で碌に息も出来ないが無理矢理叫んだせいで喉が痛い。1分の時間稼ぎ!?いやー我ながら無理言うわ。経過時間ってまだ10秒くらいじゃね?クソっ、時間稼ぎだけじゃなく倒してしまっても構わんのだろう?とか言ってみたかったけど言わなくて良かったよ。


「グルルルル…!!」


 獣が唸り声を上げている。もっと和気藹々と平和的に話し合いでも出来ないもんかね?初対面でこんな攻撃的な態度ってどうよ?なんにせよコイツをセシル達の方へ行かせる訳にはいかない。痛みはアドレナリンのせいか、そんなに感じないけど身体中が熱い。どこか出血してるのかもしれないが確認してる余裕もない。

 あかん、これ死にそうだな。無理ゲーか。実はこれは負けイベントで、コイツにやられても死なないとかないかな?この期に及んでも現実逃避したくなるが、黙って殺されるわけにはいかない。2度と死にたくないんだよ、俺は。健康に長生きしてあんなことやこんなことやエロいことしたいんだよ。特に最後のあんなこと!

 げいぼるぐ(笑)を持つ手に力が入る。吹っ飛ばされても槍を手放さなかった俺、えらいぞ。これはドド素人の俺の私感だが、だいたい競技において熟練者の真髄ってのは攻撃より防御にあると思うんだよ。それは攻撃が簡単とかそういう意味じゃなくてな。


 何が言いたいかというと、この獣の攻撃を凌ぐとか俺には無理だってことだよ!そんなの習ってもないし練習もしてない。孫子も言ってた攻撃は最大の防御、でいくしかないな。

 よし、狙うは殆ど全ての動物共通の弱点、鼻だ。鼻を突くんだ。ドドド素人のクセに、そんなちっちゃい的を狙っちゃうんだぜぇ?ワイルドだろぉ?自分でも分かってるよ、もうヤケクソですよ!


「とぉっ!!」


 素早く動く獣の鼻を突く、どう考えても無理だけどやるしかないからね。俺は渾身の突きを放った!…が次の瞬間、右足の脹脛に衝撃と熱さを覚えた。奴に咬まれたのか爪で抉られたのか、さっきまで目の前に居たはずの獣は背後から俺を攻撃してきた。


「………っ!」


 今度は声は、声だけは我慢できた。

 それだけでも誰か褒めてください。

 褒めて伸びる子なので。

 まぁ今の俺に伸びる時間があるかどうかも怪しいんだけども。

 俺にそんな未来があるんでしょうか……なきゃ困るよ!

 

 全く見えなかった!


 何が起こった!?状況はサッパリわからんけど俺の右足に大ダメージを負った。熱い!痛い!これ、セーブしてあったっけ?どの時点でセーブしたかな?セーブしてないかもしれんね……。

 ちくしょう、そういや前世で友達の飼い犬に咬まれたのも右足だったな……俺の右足からは犬用のフェロモンか美味そうな匂いでも出てるのか?ヤバい。俺の想像以上にこの獣は攻撃力が高い。


 割とのん気な俺にも濃厚な死の気配が感じられてきた。死ぬ。殺される。主人公だから死なないだろう、とか甘かった!俺が主人公かどうか知らんけどな!

 そんな深い絶望が俺の心を侵食しつつある中、反発するように俺の中にもうひとつの感情が産まれていた。なんでこんな突然に死ななきゃいけないんだ…?こんな理不尽に殺されてたまるか!

 前世でも突然で理不尽な死だったがな。しかし、あの時は碌に感じなかった怒りとも殺意ともいえるようなマグマのように熱い感情が突如として湧き上がり全身を支配していった。おかげで恐怖と痛みが治った……ような気がした。


 こんなところで死んでたまるかよ…!

 殺されるくらいなら……ああ、コロシテヤル!


 獣は俺の機動力を奪ったことで油断したのか安心したのか嬲るつもりなのか、ゆっくりと正面から近づいてきた。自分の心臓の鼓動がうるさいほどに良く聞こえる。

 集中しろ。一度だけ大きく深呼吸を出来た。ああ、それだけでも上出来だ。そして獣が一足一槍の間合いに入ったと同時に低く飛び掛かり、その獣の鼻に渾身の突きを繰り出そうとした瞬間。




 時が止まった。




 いや、正確には止まったわけじゃないな。

 俺も獣もゆっくりと、本当にゆっくりとだが動いている。

 あ、これ前に経験したやつだな。

 

 そうそう、前世で死んだときだ。脳が限界突破したのかゾーンに入ったのか、理屈はわからんが俺は再び死に際の集中力を発揮出来たようだ。ほんの少し驚いたが、今はそんな事をしてる場合でもない。なんとか生き延びてから後で思う存分に驚こうぜ。

 獣は俺の動きに合わせたかのように飛び掛ろうとしていた……が、さっき背後を取られた時は姿を見ることすら出来なかったのが、今はまるでストップモーションだ。今回も俺自身が速くなったわけじゃないから俺もゆっくりとしか動けないんだが、既に加速もしてるし槍も突き出そうとしてる。後は微調整して的に当てるだけだ。

 獣は大きく口を開け、その牙で俺に襲い掛かろうとしていた。だったら鼻じゃなく大きく開けてくれた喉にぶち込んでやるよ。さぁ貫け!俺のげいぼるぐ(笑)!

 両手に獣の咽頭を貫く嫌な感触を覚えた次の瞬間、時は再び普通に流れ始めた。その後のことは、よくわからない。なぜなら、俺はもう一度吹っ飛ばされて、今度こそは意識を失ったからだ。


拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。

この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!

是非とも感想、レビュー、ブクマ、評価を頂ければこれに勝る幸せは御座いません

(人>ω•*)お願いします。


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