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31 冒険者セシル誕生

 


「さぁ、 レッドボアの炭火焼とカレーを作るよ!」


 レティシア師匠の号令の下、アレクとクリスが作業に入った。みんな、頑張ってー!ボク?ボクは待機中だ。うん、これも適材適所ってやつだよ。ボクは昼間にレッド・ボアの解体も頑張ったしね!今日はボクだけ走ってないから2人には少し申し訳ないけども……でもボクには料理なんて出来ないよぉ。だから食べる専門なのだ。そもそも師匠の料理もアレクの料理も美味しいし。ボクが作る理由なんてないんだよね。




 小さな村内は夕焼けで赤く染まっていたのが、少しずつ暗くなっていく。そんな夕暮れの中をボクは一人で散歩する。なんだか子供の頃、アレクと遊んでいた毎日を思い出すなぁ。あの頃のボクは夕焼けは嫌いだった。もっとずっと遊んでいたいのに、夕焼けは終わりの合図だったから。


 そんな昼と夜の合間の時間。


 目の前の家の影に居たその子が目に入ったのは、ボクが子供の頃を思い出していたせいだろうか。それとも、何か他の理由があったんだろうか。


「お姉ちゃん達は冒険者なの?」


 まず、ボクはお姉ちゃんではないし、まだ冒険者でもない。しかし、ボクも長年ボクをやっていない。自分が周りの人達からどう見えるかくらいは知ってる。ここで正直にノーと返事してもいいけど……今更ながら説明が面倒だ。


「冒険者見習いってとこかな。なんで?」

「俺も冒険者になりたいんだよっ!冒険者になって強くなって、父ちゃんを馬鹿にした村の奴らを見返してやるんだ」

 

 事情は知らないけど、あんまり穏やかな志望理由じゃない。初対面のボクに会ってすぐに言うにしては、かなりヘビーな理由だよね。アレクが冒険者になるから、なる。ボクの志望理由も偉そうに人に言えたもんじゃないか。まぁいいさ、それでボクに何か御用かな?


「どうやったら、強くなれるかな?」


 そんなの、ボクが聞きたいよ。強いと評判のベルカーンの連中が相手でもボクは負けなかった。でも、ボクの周りにいる人達はボクより強い人ばっかりだもんなぁ。


 強くなりたい……というかボクは、強くありたい。

 ボクの大好きな人達に相応しくありたい。


「ちなみに、君の父ちゃんは……なんで馬鹿にされたの?」


 なんとなく恥ずかしくて話をすり替えた。アレクが相手なら「質問に質問で返すなぁーっ!!」と怒られるやつだ。たまにアレクは面倒になる。あれはかなり鬱陶しいんだよな。


「ほら、あそこに大きな木が見えるだろ?あの下にすごく古い祠があってね。その中は洞窟になってて、一番奥にある英雄カイネウスの像に祈ると願いが叶う、なんて言い伝えがあるんだよ」


 そう言って少年が指し示す方に、確かに一本だけ飛び抜けて大きい木が見えた。あの下に洞窟ねぇ。よく聞く、でも俄かには信じがたい言い伝えだね。御伽噺でありそう。子供の頃、アレクと一緒にそういう絵本をいっぱい読んだな~……というか、それと少年の父親とどういう関連が?君も話をすり替えているのかい?


「俺の父ちゃんは冒険者だったんだ。俺がもっと小さい頃に、カイネウスの謎を解くんだって言って旅に出て……それ以来帰ってこないんだよ。それで村のガキ共が俺の父ちゃんはオカマになって帰ってこないんだ、とか言われてさ」


 なんでオカマ……どこからその発想が。田舎の子って怖いな。それとボクから見たら、君も十分にガキなんだよ。いくつくらいかなぁ、10歳くらい? 


「お姉ちゃんは知らないのかよ。カイネウスは元はかわいい女の子だったのが男になったっていう英雄なんだぜ」


 へぇ〜……悪いけどそんなのボクは知らないよ。


 女の子が男になって、更に英雄にもなって……カイネウスの人生は波乱万丈だねー。そのうえ、こんな田舎の村で人々の願いを叶えているなんてね。実に奇特な人だ。そんな少年の話に感心していると、ボクがよく知ってる奇特な幼馴染がボクを呼びに来てくれた。


「おぉ~い!!セシぃルぅ~!ご飯が出来たぞぉ~~!」


 あのバカ、でっかい声でボクの名前を呼ばないでよ……恥ずかしいじゃないか。


「そんなことより、ボクの仲間が美味しい料理を作ってくれたみたいだから君も一緒に食べようよ」


 そういって、ボクは少年の方を振り返った。


 ……もう居ない。まるで最初からそこには誰も居なかったように。こう見えても、ボクは気配察知のスキル持ちなんだけどな。あの少年は何者だったんだろう。そういえばアレクが昔、言ってたなぁ、昼と夜の合間の時間。二ホンの言葉でオウマガトキ。どういう意味だったっけかな……ふと、そんなことを思い出した。












              ◇◆◇











「あー、お腹一杯だぁ。なるほど、レティシア師匠が夢中になるだけはあるね!」

「ああ、すげぇ美味かったなぁ!セシル、またレッドボアを見つけたら絶対倒そうぜ」


 本当にすごく美味しい肉だった…!あの肉の繊維のきめ細やかなこと。赤身と脂肪がくっきりと分かれているんだけど赤身部分もすっごく柔らかいんだよ!そしてそれらを同時に噛むと、お肉が口の中でとろけるように肉が消えていって……同時に美味しさを濃縮したような肉汁がジワ〜っと溢れてきて……ああ、食べた直後なのにまた食べたい。そしてレッドボアの肉はカレーとなることで更に本領を発揮するんだよ!カレーのスパイシーさと、レッドボアの濃厚な旨みが相乗効果を生み出すんだ!もっと辛味があっても良かったと思うけど、この村の人達は辛さに慣れていないということで、辛さ控えめカレーだったのが少し残念。今度、師匠にお願いして辛いカレーを作ってもらおう。知らなかったよ、魔獣の肉は家畜の肉とは全然違うんだね!


「また食べたいけど……最近は滅多にいないって言ってたし。あんまり期待し過ぎないでよ」

「食べたら僕はもう眠いよ……明日は走るのはセシルと僕だろう?」


 そうだった。ボクが一番体力が無いんだから早く寝ないと。そのままアレクとクリスと別れて、ボクが宿泊予定の民家に入った。この家のおじさんおばさんに挨拶をすると、ここは客間なんだろうか、一応個室をあてがってもらえた。こう見えてボクも人見知りなのでありがたい。良い人達そうだったけど、この家のおじさんおばさんと同じ部屋での就寝は……多分ボクは眠れないと思う。

 そうか。今日ボクは生まれて初めて、ひとりぼっちで寝るんだな。オルトレットでは自分の部屋だったけど父様母様と同じ屋根の下だった。そして昨日までは師匠と同じ部屋だった。


 旅立ったんだなぁ、ボクは……近くでアレク達が寝てるだろうから温い旅立ちだなぁ。でも、そのお陰でボクは安心して眠ることが出来る。
















 もう随分と長い時間、ベッドで横になっているのに…………全然眠れない。みんなと別れて何時間がたったのかな。もうすっかり夜も更けたのに目が冴えている。なんだろう、ボクってそんなに淋しがり屋だったのかな?まぁ……少しはその自覚があるけどさ。


 どうしよう………少し深夜の散歩でも行こうかな。


 どうにも眠れないベッドの中でそう思い立ったボクは、この家のおじさんおばさんを起こさないように、そっと部屋を抜け出した。こういうときも便利だね、気配察知。

 外に出ると、思った以上に月が明るく輝いていた。辺りには、もちろん誰も居ない静かな夜の村。本当に……静かだ。まるで世界にボク1人になっちゃったかのようだ。今は冬だけに虫の声もしない。怖いほどに静かな世界。

 うん?無意識なのか……弓矢も持ってきちゃったな。ホントに無意識?ボクは自問自答してみる。いや、本当はわかっているんだろう?ふぅ………そうなんだろうな。色々誤魔化して考えてはみたけど……多分、ボクが眠れない理由はあの少年に聞いた話なんだろう。


 かわいい女の子が男になって英雄と呼ばれた、かぁ。


 ああ、もう!何かしでかすのはアレクの仕事だろう!?どういう感情なのか、ボク自身にもわからなくなってきたよ。大人しく戻って寝たらすぐに朝だよ!明日はボクが走る番だよ!

 でももう既にボクの足は月に照らされた、あの大きな木を目指して歩き出していたんだ。自分でも何を求めているのか、どうしたいのやら。














「これか……」


 確かに大木の近くに、月明りに照らされた古い祠のようなものがあった。大きいな……アレクでもかがまずに中に入れそうなくらい。

 あるわけない。英雄が願いを叶えてくれるだって?それが本当なら村の人が、この村が発展しますようにとか祈ってそうなもんじゃないか。なのに、この村が今も小さな寒村であるのが嘘の証拠だ。


 あるわけがない。


 ……でも、祈るだけなら別に減るものでもないしね。誰に対してなんだろうか、ボクは必死で言い訳を考えながら祠の中に入っていった。



 中に入ると、そこは入り口から想像する以上に大きな洞窟だった。奥はもちろん真っ暗。月の光もここまでは届かないよね。なんとなくアムブロシアの迷宮(ダンジョン)を連想した。

 もしかしたら、これも迷宮(ダンジョン)…?まさかね。お爺ちゃんが言ってた。迷宮(ダンジョン)は冒険者ギルドの管理下にあるって。もし、そうだとしたらジャンさんがここの存在を知らないはずはない。ジャンさんが何も言ってなかったからには、やっぱりここは迷宮(ダンジョン)ではないんだろう。

 気配察知でも何にも反応がない。えーと、奥の像だったよね。………あ。ここまで来て、松明をもってくるの忘れた!月明りがあったから思いつかなかったんだよぉ……ここにアレクが居なくて良かった。こんなドジなとこは見せられない。


「お願い、シルフ!」


 精霊魔法では色々な精霊と契約出来たりするらしいけど、相性なのか未熟なせいなのかボクが契約出来たのは風の精霊シルフだけだった。レティシア師匠は、いずれ他の精霊とも仲良くなれるよと言ってくれたけど。

 シルフが一抱えくらいの小さな光球を作り出してくれた。光球がボクの周囲をぼんやり照らす。明るくなるのは、本当に近くだけで洞窟の奥の方は暗いまま。それでも助かった…!シルフ、ありがとう。精霊魔法、便利。そしてボクはシルフの光球を頼りに奥へと進む。

 

 何もいないとわかっていても、気味が悪い。

 結構歩くんだね。これ、どこまで行くのぉ~………あ。

 これかな?かなり大きな広い空間に出た。

 大きな……立像がそこにあった。

 これは壁の岩をくり抜いて作ってあるのかな。

 手に持ってるのは……剣、か。

 これが元女の子ねぇ…?

 面影が微塵もないじゃないの。

 むしろボクが憧れるマッチョタイプじゃないか。

 でも、うん、まぁでも……お祈り、しようかな。

 せっかくここまで来たしね。

 願いごとが叶う……ボクの願いごと。

 ボクの願いは………。





 「………ッ?!」


 慌ててその場から飛び退いた。

 大きな錆びた剣が、ボクの居た場所に叩きつけられる。

 さっきまで気配なんて無かったのに?


 今は……何かがいる。

 それも……沢山!

 そう考えたと同時に、多くの剣・槍・矢が。

 無数の攻撃が四方からボクに襲いかかってくる。

 途切れない容赦の無い攻撃。


 でも、ボクを仕留めようというなら……足りない!

 アレクの槍はもっと速い。

 クリスの剣はもっと鋭い。

 師匠の剣も槍も矢も、更に更に速く鋭く強い。


 闇の中からボクを襲う攻撃を避け続ける。見るというより、感じて避ける。避けながら、気配を探る。多分、この薄い……というか違和感のある気配、これが敵なんだろう。まぁ敵なのかどうか、わからないけど……これだけ攻撃しておいて味方だ!はないよな。


「そこだッ!」


 反撃だ。謎の気配に次々に矢を射る。たぶん……この相手はアンデッド。気配が普段、魔物に感じるモノと全然違う理由はソレだ。怒涛のような同時の攻撃、普通なら相打ちでもなりそうなものだ。


 アンデッドだから、そんなもの恐れないんだろう。

 なんでココにアンデッドが?

 なんでボクを襲う?

 疑問が浮かぶけれど、誰かが答えてくれる訳もない。

 まずは、生き残る!

 矢だけじゃない。

 矢にも限りはあるから、魔法も撃ち込む。

 もはや機械的に相手の攻撃を避けながら矢を、そして魔法を撃つ。


 少しずつ、ボクへの攻撃が少なくなってきた。

 シルフの光球が最後の一体を照らし出した。 


 暗闇の中から照らし出されたソレはボクの身長より遥かに大きな骸骨だった。その骸骨は既に大剣を振りかぶっている。これはスケルトン・ソルジャー、とでも言うんだろうか。


「しつこいよ!」


 ボクの射った矢がスケルトン・ソルジャーの頭を砕く。大剣の落下音が派手に鳴り響いた。その後は、まるで何も起こらなかったかのように沈黙が戻ってきた…………はずだった。








「見習いって言うから、どうしてどうして。お姉ちゃん強いじゃん」

「弱いとも強いとも……言った覚えはないよ」


 ――――夕方の少年がそこに居た。


「どんな願いごとしたの?叶うと良いねー」


 今日……もう昨日の話かもしれないが、夕食は大宴会と化していた。クリスが、この国の王子様が食材持ちで来訪したのだ。しかも、貴重な魔物の肉を大量に。実際、それは美味しかった!あぁ、今思い出しただけでもボクのほっぺが落ちそう。そして当然ながら村人は総出でボク達を歓迎してくれた。総出と言っても二十数軒しかない小さな村の話だからね、人数もしれたものだ。

 

 その中に………この少年は居なかった。




「君は……何者なのかな?」

「質問したのは俺の方だよ」

「質問すれば答えが返ってくると思ってるうちは、まだガキなんだってさ。ボクの親友が言ってたよ」


 見た目は少年でも……普通な存在じゃないんだろうね。だって今ならわかる。この子の気配は……ヒトの気配じゃないもの。それはさっきまで何度も味わった、あの違和感のある気配に似ていた。


 そう、それはヒトならざるモノ。知性を持つアンデッド。へぇ、今まで遭遇した魔物とは格が違うってことなのかな。


「あぁ、もう!こういうの惹きつけるのはアレクの役目だろう!?」

「何を怒ってるの。女のヒステリーは勘弁してもらいたいね」

「……騙されてノコノコとこんな所に来た自分の馬鹿さ加減が嫌になっただけだよ」

「一応言っておくけどね、俺、嘘は言ってないぜ?英雄カイネウスの像もあっただろう?昔、この辺りに馬鹿な冒険者がいたのも本当だし、俺が強くなりたいのも本当さ」

「ああ、そう。じゃあ頑張って強くなってね。ボクは通りがかっただけの旅人なんでね、もう帰って寝ることにするよ。じゃあね」

「つれないこと言わないでよ。俺が強くなるにはさ、お姉ちゃんの協力がいるんだ。知ってる?吸血鬼(ヴァンパイア)って」

「知らない。それに協力する気も、ないね」


 吸血鬼(ヴァンパイア)?この少年の正体なのかな。あー、魔物についてもう少し勉強しとけば良かったなー。オルトレットには魔物の教材が少なかったんだよ。王都なら冒険者ギルドでそういう勉強も出来ると思って油断したぁ。


 朝になったら師匠に教えてもらおう。

 ……ボクが生きていたらね。


吸血鬼(ヴァンパイア)はね、乙女の血で大きく力を増すのさ!」


 ………ほほぅ。それでボクを狙ったっていうの?本気か?ははぁん。さてはこいつ……バカだな。ベラベラと自分から喋るし。なんだか勝てそうな気がしてきた。


「何も死んでくれ、なんて言わないよ。血を吸わせてくれたら、それでいいんだ」


 魔物と取引、か。

 血をあげるから命は見逃して、ねぇ。

 魔物が約束を守るのかな。守らないんじゃないかな。

 そうでなくても、乙女の血が欲しいんでしょ?

 だとしたら血をあげても絶対、こいつ怒るよね。

 ボクが騙したわけじゃないのに理不尽な話だ。

 これがアレクなら、怒らせたとしてもかわいいんだけどな。


「ボクは帰って寝るって言ってるんだよ。聞こえなかったのかな?」

「へぇ~……もしかしてお姉ちゃん、俺に勝てるとでも思ってる?本気で?不死の王ともいわれる吸血鬼(ヴァンパイア)に?」


 だから知らないっての。以前アレクに、ボクは血の気が多いって言われたけど……確かにそうかも。その偉そうな口の利き方、気に入らないね。欲しけりゃ奪いに来な。ボクはもう覚悟を決めたんだよ。返事の代わりに呪文を詠唱し始めた。


「――……――《水槍》!」


 会話の間に魔力を練って、水槍3本連続発射!避けられるものなら…!


「なっ…!?」


 少年の驚いた顔を残したまま、彼の右上半身の大半を吹き飛ばした。先手必勝。アレクが好きな言葉だ。そしてボクはアレクほど優しくない。少年が相手でも躊躇はしないよ。


「なんてね♪倒したと思った?言ったでしょ、不死の王だって」


 なにこれ……上級の治癒魔法?いや、違うみたいだね。不敵に笑う彼の身体は、見る間に再生していく。どういう魔法なのかサッパリだけど、確かに不死らしい。


 ああ、そう。なら、何度でも。

 何度でも滅ぼしてやるさ。




















「はあっ、はあっ、はぁっ……はっ!」


 どれくらい時間が過ぎたのだろう。ほんの僅かな短い時間のような気もするし、もう夜が明けそうな程の時間が過ぎたような気もする。あれからずっと動き続けて喉が……いや肺が裂けそうだ。最後の渾身の力で少年の眉間・心臓をほぼ同時に矢で射抜いた……けど、これが吸血鬼(ヴァンパイア)…!


「10回からは数えてないけど……たった1人にこんなに殺されたのは初めてだよ」


 数万回も殺された友人がいるだけに返答に困る。多分、ボクも結構な回数を死んでるしね。だからってボクが上には上がいるよ、と言ったところで少年としても理解も納得もできないだろう。


「でも、そろそろいい加減にしてもらおうか……血をヨコセぇ!」


 少年の両手に魔力が集中し、そのまま魔力の弾として放ってくる。かろうじてかわすが、それでも掠めた左腕の皮膚がヒリヒリと痛む。

 こんなのが当たったらボクの柔肌が裂ける……どころか全身バラバラだよ。バラバラになったボクからは血、吸えないんじゃないだろうか。本当に余計な心配をしながら、さっきからボクは防戦一方だ。地面をはいずり回って避けて、それで精一杯。


 もう体力と魔力と矢が殆ど残っていない。

 つまり、ボクは既に限界。


 それに比べて少年は火球水球風刃と多彩に魔法をも放ってくる。地面を転がるようにして、なんとか直撃だけは避けたけど……マズい。ついに壁際まで追い込まれた。呼吸が……喉が本当に裂けそうに苦しい。喉の奥から血の味がする。ああ、自分の呼吸がうるさい。今は集中したいんだ、静かにして…!


「残念だったねー。最初から素直に血をくれてりゃ命だけは助かったかもしれないのに。そうすりゃ……英雄カイネウスが願い事を叶えてくれたかもしれないよ?何を願いに来たんだっけ?まさか、お姉ちゃんもカイネウスみたいに男になりたかったとか?」


 下衆な笑顔で能弁に語る。ご機嫌だね?

 そのよく動く舌に最後の矢を射ち込む。うん、ただの嫌がらせ。


 ……お前なんかにボクの願いを教える訳、ないだろう?


「クッ…!いちいちお前はッ!本当に死んだらどうすグバキャヒュ!」


 少年の台詞は途中でカットされた。

 こんな光景、前にも見たかも。

 最期を覚悟していたけど、ボクはボクの命が助かったことを知った。











「私のかわいいかわいい弟子に何をしてくれているんだ…!セシル、大丈夫?」


 大丈夫、あいつの攻撃は殆どかわしてます。ただ疲れ果てただけ……。それより、師匠に伝えなければ…!


「レティシア師匠、気をつけて……アイツ、生き返ります!」

「ほぅ……吸血鬼(ヴァンパイア)だったのか。懐かしいな……バケモノはバケモノ同士、仲良く()ろうじゃないか」

「痛いなぁ……やっぱりね。お姉さんの血も欲しかったけど……普通じゃないよねぇ。そんな気がしたんだ。だとしても……本気で不死の王と闘うつもり?」


 返事の代わりに、師匠は黒い大剣で奴の左腕を切り飛ばした………なのに、再生しない?さっきまで何度も何度も再生してきたのに!


「な…!?なんでだ!?なんで治らない!」


「セシル、覚えておきなさい。知らない人……いや知らないバケモノと口を利いちゃいけませんし、勝手について行っちゃいけません。そしてアンデッドには聖属性です」


 師匠……ボクもうそんな子供じゃありません。いや、今夜のボクはまるっきり子供か。そんな会話をしながらも、師匠の刃は奴を寸断していく。そしてやっぱり少年の身体に再生は起こらない。


「や、やめ…死…俺が!?なんで、死にたく……助けて!」

「無理を言うな。私がそんな無理を聞く相手はこの世界に4人だけだ。諦めろ」


 ボクには倒し方すらわからなかった吸血鬼は、あっけないほどに切り刻まれて、最後は灰となって消滅した。その場に血のような赤い魔石を残して。





「セシル」


 師匠に名前を呼ばれて思わず身を硬くした。

 叩かれる…!

 今日のボクは叱られて当然だ。その自覚はある。


 それでも……ちょっと怖い。







「………無事で良かった」


 師匠はそう言ってボクを優しく抱きしめてくれた。

 あー……これはダメだ……。

 これは、どんな言葉で叱られるより激しく叩かれるより……痛くて厳しい。


「ごめんな…さい。ごめんなさい、ごめんなさい!」


 ボクは泣きながら、そう叫んでいた。子供の頃、アレクが魔物と闘って大怪我したときも、こんなに泣かなかったのにな。生まれ故郷を旅立つことになって父様や母様との別れでも泣かなかったよ。不死の王に殺されかけても泣くことはなかったのにね。


 優しい人の優しい一言で、ボクは人生で一番泣いていた。


 ボクはこんなにも弱かったのかな。それとも弱くないと思い込みたかっただけだったのかな。あの頃より少しは強くなったはずだけど……まだ全然強くは生きられないようだ。ボクはもっと強くなりたいし、強くありたい。

 










「願い事をしにきたんだ?私もお願いしてくれば良かったなぁ」


 まだ暗い村への帰り道、そう言って笑うレティシア師匠にボクはおんぶされてる。恥ずかしいよぉ……夜で良かった。でも師匠の背中は、良い匂いがするせいなのか、安心する。ああ、ボクは生きて無事に帰れるんだ。


 なんでも出来る、すっごく強い師匠でも願い事、あるのかな。どんなこと、願うのかな。


「えーと、私とアレクとセシルとクリスとお父様が健康で幸せでありますように、とか。美味しいものをいーっぱい食べられますように、とか。私はね、我儘なんだよ」


 かわいい人だなぁ。この人がボクの幸せも願ってくれることが、嬉しいな。


「セシルはどんな願い事したの?あ、秘密でもいいよ」

「………レティシア師匠。さっき見た、あの英雄像。元は女の子だったのが男になったんだって。そんなのあり得ると思う?」

「滅多にある話じゃないねぇ。逆に言えば……極稀にあり得る。神の奇跡だよね」


 え…?神様じゃなきゃ、無理なの?じゃあ……やっぱりダメじゃん。聞いた事ないよ、神様に会った人の話なんて。本当にいるのかどうかもわかんないよ、神様なんて……。


「いや。いるよ、神は。現に私は魔神だよ?天から堕ちて受肉した、これでも私は神の端くれなんだよ」

「え?アレクが師匠は魔人だって…」

「あのバカは……はぁ~~……あのね、日本語だと同じ音だからね、魔神と魔人は。残念ながら私には奇跡は起こせないけれど」


 今夜、ボクに奇跡を起こしてくれたのに。声に出さずにボクは心の中で反論した。きっと師匠はボクの女神なんだね。


 そうなんだ……世界には本当に神様は存在するんだ!?

 だったら、ボクの願いも叶うのかもしれない。

 僅かな可能性だけでいい。

 それだけでボクは前を向いて生きていける。

 叶うのか叶わないのか……結果は知らない。

 でも、やるかやらないかは今ここで決めた。

 決めたなら、もう迷わない。


 いつか、ボクの努力は間違っていなかったと証明してみせる。きっと。


「明日は……もう今日か。クリスと君が走る番だったけど、アレクに代わって貰おうか?」


 確かに身体はクタクタだ。

 体力を限界まで消耗してる。

 代われと言われたらアレクはさぞ文句を言うだろうな。

 そんなアレクを見てみたい気もするけど。

 アレクは怒らせると、かわいいんだよね。


「レティシア師匠、ボクは走ります」

「無理、しなくてもいいんだよ?」

「無理、したいんです。叶えたい願いが……目的が出来ました」

「そうか………私に何か手伝えることはある?」

「ボクをもっと強くしてください。奇跡を起こす神様に会えるくらいに」



 ボクは冒険者になろうと思う。


 アレクがなるから、なる。

 そんな理由だったのは昨日までだ。


 ボクはボクのために、セシルの願いを叶えるために冒険者になる。今日、そう決めた。ボクの人生に目的が出来た。今日、冒険者セシルが誕生した。ここから冒険者セシルが始まるんだ。


 少年。どうやったら強くなれるか、だって?決意だよ。迷いや躊躇いは人を弱くする。出来るかな、強くなれるかな、なんて迷いながら生きるじゃなく、必ずやってみせる!と決意するんだよ。ボクはいつか絶対に夢に叶えてみせる。ボクはきっと、今よりもずっと強くなってみせるよ。


 少年、ボクは君が大嫌いだけど……会えて良かったとも思ってる。ほんの少し、だけどね。


 ……名前くらいは聞いてあげれば良かったかな。




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