3 なんてこった、ここは地球だったのか…!
幸せとはなにか?幸せとは痛くなくて寒くなくて、お腹が空いてない事です、と聞いた気もするが。まぁ、あまり深くは考えないようにしよう。幸せは幸せだよ。そして幸せのために絶対必要、とまでは言わなくとも非常に重要なことのひとつが健康である。もちろん世の中には寝たきりであったとしても幸せな人だって大勢居るだろうが、健康と金はある方が選択肢は多い。
そして健康のためには、よく動きよく食べよく寝る。コレ大事。まぁ今も毎日セシルと外を走り回って遊んでるし、ご飯も美味しくしっかり頂いてる。テレビもないから早寝早起きで睡眠もばっちりだ。健康面は現在のところ問題なし。病気に注意くらいか。手洗いうがい励行。
それでも更に向上心を持って筋トレやランニングも始めようと思う。それに加えて、今世での父に武術を教えてもらおうかと思うんだ。ナーロッパ、お約束の世界では子供のころからの修行が定番じゃん?世界最強は分不相応にしても男の子はやっぱ強さには憧れるもんだよ。これぞ浪漫だ。
ここが地球だろうが異世界だろうか過去だろうが未来だろうが腕っ節が強いのは無駄にはならんはず。そして父は騎士やってるんだし、剣なり槍なり多分強いはずだ。
よし、やろうぜ!
……そうやって思い立った時に居ないもんだよな、親父って。まぁ今も我々家族の為に仕事を頑張ってくれてるのだから感謝こそすれだ。とはいえ……これからどうしよう?
「今日は珍しいな、1人なのか。セシルはどうした?」
思案している俺の前にやってきたのは長兄のレスリーだった。確か年齢は15歳のはずだけど3歳児である俺の視点から見れば、ほとんど大人のようなもんだ。父に似たちょっと濃い顔ではあるが母側遺伝子が頑張ったのだろうか、十分にカッコいい兄だよ。
「セシルは……怒って帰っちゃったんだよ」
「なにやらかしたんだよ、お前は……まぁいいや。暇なら海、連れてってやろうか?」
海!?いいっすね兄さん!いや、以前にも父や母と海に行ったことはあるんだけどさ。その時はずっと抱っこされてたし、まだ視力も弱かったからよくわかんなかったんだよね。
「行きたい!おねがいします!」
「よし、ちょっと待ってろ。母さんに話してくるからな」
つくづくナイスガイだぜ、兄。日々の訓練で疲れてるだろうに幼児と遊んでくれるとは……確か父の跡を継ぐべく騎士見習いをしてるんだったよな。これは後日聞く話になるけど、そろそろ見習いを卒業して従騎士になるそうだ。そうなると、誰かどこぞの騎士に仕える形で家を出るのかな?それはそれで寂しい話だが。
「よし、アレク。厩舎へ行くぞ。エノークに乗せてやるよ」
すぐに兄さんは爽やかな笑顔で戻ってきた。よく覚えてないけど多分エノークって兄さんの愛馬なんだろうな。やっぱり騎士と馬は切り離すことが出来ないものなんだね……知らんけど。
「やったぁ!ありがとうございますレスリー兄さん!」
こういう派手目のリアクションも感謝の気持ちの一つだ。せっかく海まで連れ出してくれるっていうんだから、お互い気持ち良く居たいじゃん。俺に出来ることなんて今はこれくらいなんですよ。
厩舎に移動すると兄は手慣れた様子で、黒っぽい馬を連れ出して鞍を付けた。エノーク……こういうのは青鹿毛って言うんだっけ?黒鹿毛だっけ?忘れたけど黒い馬だね。結構デカいしカッコいいな…!
「ほれ、ここに乗って……ここを持ってろよ。離すなよ?」
優しいぜ、兄。惚れてまうやろ。親切に手取り足取りで馬に乗せてくれた。しかし乗馬か……前世でほんのちょっと体験乗馬したことはあったけど、ほぼ初体験みたいなもんだよ……おお、視点高けーなー!エノーク、ずいぶん大人しい馬のようだ。きっと利口さんなんだろうね、さすがは我が兄が鍛えた馬なだけはある。
感心している俺の後ろに兄も滑らかに乗り込んだ。さすが騎士見習い、スムーズだわ。騎士にとっては馬は手足の一部みたいなもんだろうしね。
「最初はゆっくり行くからな。怖くなったら言うんだぞ」
そういうと、兄はエノークを促して歩かせ始めた。セシルと遊ぶのもほとんどがお互いの家の庭だから遠出も久々だなぁ。成長して視覚聴覚や思考が前世並みに回復してから、という意味では初めての遠出でもある。せっかくなので色々とこの世界を観察しようぜ。兄は幼児である俺を気遣ってか、あまり揺れないように歩かせてくれるので助かるわぁ。それでも馬って結構早いのね。大人の早歩きくらいの早さかな。
さてさて……改めて我が家の周囲を見ても、こりゃ日本じゃないよなぁ……目に入るのは石造りレンガ造りの街。テレビや写真で観たヨーロッパの世界遺産の街並みを思い出すような美しさ……と言ったら大袈裟が過ぎるかもしれないけど素朴できれいな街だね。
新しい俺の故郷、これはこれで悪くないんじゃない?うん、気に入ったよ。天気が良いのも気持ちいいなー。そういえばここに産まれて3年と少々。日本のような厳しい寒さの冬を体験してないなぁ。子供だから体温高いとか?どこの世界でも子供は風の子なのか?それとも赤ちゃんだったからヌクヌクに包まれてたのか?猛暑も経験した記憶がないから常春の国なのかもしんない。
「レスリー兄さん、ここは何ていう町なの?」
「この街のことか?ここはね、オルトレットって言うんだ」
おお、新情報。
聞いたことない街の名前だわぁ。
もうちょっと聞いてみよっか。
「このオルトレットに王様とかいるの?」
「王様は王都にいるに決まってるだろ?ここにいるのは王弟殿下だよ。ヴァリート・ラフォルグ殿下だ」
ラフォルグ王家……うん、やっぱり知らん。そもそも王家なんざデンマークやスペインであっても知らんわ。いかん、単純に俺の教養レベルが足りてない!バカは無力だ。質問の無駄遣いだ。知ってること聞いたほうがいいな。
「『ローマ』とか『ギリシャ』って聞いたこと、ある?」
ここが地球なら絶対知ってるはずだ。ヨーロッパの起源みたいな国だしな。仮にタイムスリップしてたとしても全く知らないって事はないだろ。
「う~ん、ごめん知らない。アレクはそれが欲しいのか?虫か?花の名前とか?」
いかん、優しい兄をローマの征服者にしてしまう訳にはいかんぞ。発音が違うのかマジで知らんのか……国名って発想もないんだな。更にここが地球じゃない可能性が増したなぁ。騎士見習いで歴史の教育を受けてないはずがない。詳しい知識は知らないにしても名前すら学んでいないってのはあり得ないか。
「ああ、うん、大丈夫。聞いてみただけ。あっ……あれ海じゃない?兄さんあれ海でしょ?」
無理やり誤魔化しとこう。
ちょうど海が見えてきたし。
海は我が家から結構近いんだな。
だいたい4~5キロくらいかな?少し潮の香りがする。
地球じゃないかもしれんが、海はやっぱりしょっぱいのだろうか。
おお、結構大きな砂浜に出たよ。
砂浜と言ってもサラサラの白い砂浜じゃなく結構粒子の荒いザラザラの砂だな。
でも十分に綺麗な浜だ。ここで兄に馬から下ろしてもらった。遠くに船が見えた……あれは漁船かな?何隻か見えるけどエンジン音はしないな。日本の海なら定番のプラスチックごみやビニールごみも無い。
ここで半壊した自由の女神像でも見つけたら、『なんてこった、ここは地球だったのか…!』とでも言って膝から崩れ落ちるトコなんだけどな。そりゃもう全力で絶望感溢れる演技をやってやるよ。次にリメイクするなら監督に「君…やってみないか?」と誘われるレベルの良い演技をしてやるわ。
でもね……むしろ、ここは地球じゃないんだよなぁ、多分。そして現代でもなさそうだし。しかし久しぶりに見る海はいいなぁ!どんな世界でも海は壮大でちっぽけな悩みも消えうせる。まぁ今現在、悩みも大して無いんだけど……つーか異世界かどうかはちっぽけな問題でもないが。悩んでもしょうがない問題ではあるかな。
そうだ、将来は海に出るのもいいかもな。海賊王に、おれはなる!………つもりはないが冒険の日々っての憧れるよね。これも浪漫でしょ。でも船じゃお風呂は毎日入れないな……多分。知らんけど。あと船酔いしそう。船に酔っても仕事さえ出来りゃ問題無いのが船乗りらしいが船酔いは嫌だな。溺れるのもちょっと怖いしな。よし、船乗りは却下だ。
そうやって海を見ながら自分の将来を真剣に模索してみたが、それは傍から見れば海を前にどうしていいのか、わからんように見えたらしい。そんな愚弟に優しい兄が提案をしてくれた。
「アレク、あっちで食べられる貝の採り方を教えてやるよ」
砂浜から少し歩いた磯で兄から貝についてレクチャーを受ける。貝か……貝を採るなんて前世で子供の頃、潮干狩りした以来だな。この白浜で採れるのは小さな巻貝がほとんどだったが、これは茹でると美味しいとかこれは母が好きなヤツとか色々な種類を教えてもらった。もう少し大きくなって1人でも来られるようになったら、これらを採ってくると母が喜んでくれるぞということだ。
鮑とかサザエはないか……もし、あるとしたら潜水すれば、だな。デカくて新鮮なのを醤油で焼いて一杯呑みたくなるが……どうやらこの街には醤油も日本酒も無さそうだ。鎌倉時代や室町時代相当ならあってもおかしくはないが、そもそも米があるのかないのか。そもそもと言うならば日本酒があっても呑めねぇよ、3歳児。
酒はさておいて。3歳児の肉体に精神も引っ張られてるのか、磯遊びも楽しいな!いや、多分おっさんのままであっても楽しんでたかもしれない。はい、俺はお気楽なんです。なんだかんだで結構夢中になってしまったが、優しい兄にそろそろ帰ろうと呼ばれて帰宅の途についた。はぁ〜、来て良かったよ。穏やかな海はどんな世界でも気分の良いもんだ。
「レスリー兄さん、もっと早く走ってみせてよ!」
帰り道、ちょっとだけ乗馬に慣れた俺はすぐ調子に乗った。前世では普通に自動車や電車に乗ってたんですよ?時速100キロ以上の世界なんて珍しくなかったんだから。こう見えても実は国内B級ライセンスを持ってたこともあるんだからね。更新しなかったからすぐに失効したけど。
「大丈夫か?ほんとに怖くないのか?怖くなったら大声出すんだぞ?」
この兄はほんとに優しい。
すぐに徐々にだが速度を上げてエノークを走らせてくれた。
競馬で見たような全力疾走ではないが、パカラッパカラッてな感じで……おお、結構揺れるね。大丈夫、ぎり大丈夫だ。兄がホールドしてくれてるからね。だいたい原付くらいの速さかな、視点も高いし楽しいね、乗馬!
海で遊んで馬に興奮して、今日はすぐ寝ちゃうなこれは。
「アレクはすごいな!俺が始めて父さんに乗せられたときは怖かったもんだけど…」
スピードを上げたせいで帰りは、行きの半分くらい時間で帰ってこれたよ。馬、ほんと速い。最高。
「兄さんが一緒に居てくれるから怖くなかったよ。ありがとう!また海に連れてってください!凄く楽しかったです」
これは本音でそう思った。もし俺が日記を書いていたとしたら、今日は楽しい一日でした、と書くよ。
「そりゃ良かったよ。じゃあ俺はエノークを戻してくるから、アレクは母さんにこの貝を持っていってくれるかな」
「はい!」
貝を採るのが目的じゃなかったから大量でもないが、これくらいあれば今夜の夕食には十分だろう。喜んでくれるかな、母。早速、母の元へ走る。
「ただいま帰りました!母上、貝を採ってきたよ!」
その割合は兄8割俺2割くらいのモンですけどね。
言わなきゃわからないことは言わない。
「おかえりなさい。怪我しなかった?お~、頑張ったねぇ!ありがとう、これは早速今晩にも頂きましょうね」
末っ子には過保護になりがちだよな。でも怪我もなく大丈夫でしたよ、うん。母は俺達が採ってきた貝をメイドのナターシャさんとどんな料理にするか相談しながら台所の方へ消えていった。
そうなんだよ、実はメイドさんもいるんだよ我が家。期待を裏切って申し訳ないけど通いのオバちゃんだけどな。多分30歳代後半くらい。お手伝いさんといった方がしっくりくるかも。格好もメイド服じゃなく自前の普段着だし。人の良さそうなオバちゃんだ。
本日の夕食は俺達が採った貝のスープと煮魚、そしてパンだ。煮魚っても醤油でこっくり煮たタイプじゃなくアクアパッツァ的なヤツ。塩煮っていうの?それを俺専用に魚を解してもらってるしパンはスープで軽く煮て柔らかくしてある。本日の、って言うけどほぼ毎日同じような料理だよ。多彩なメニューが出てくる現代日本とは違うのだよ。それでも海辺の街で素材が新鮮なのか母たちの料理の腕が良いのか、味も美味しい。
今食卓に揃ってるのは父と母、そして4人の子供たち全員だ。他所のお宅はどうなのか知らないがシルヴァ家では食事は家族全員が揃って頂く。ナターシャさんは夕食を作ったら帰宅してるよ。
前世の家族や人生に不満があったわけじゃないが、1人暮らしが長かったせいもあるのか皆で食事ってのが楽しい。凄く楽しいと言っても良いだろう。
母の料理が美味しいおかげもあって意識してないが俺は自然とにこやかに食事してるようだ。たまに母や姉に指摘される。幼児が美味しそうに一生懸命食べてると周囲も雰囲気が良くなったりするし会話も増えるってなもんだ。
つくづく、幸せな良い家庭に産まれたなと思うよ。実際のとこな、初めは正直ちょっと他人行儀というか一方的にだけど養子に貰われた子のような気持ちで居たんだよ、内心では。申し訳ないけど。なんせ前世の記憶と今世の記憶の割合は9:1どころじゃないからね。
でもこんなに良くしてくれる家族にそんな心持ちでいるのは失礼だと思いはじめた。この父と母は俺を一生懸命育ててくれてるんだ、ならば俺も一生懸命生きるのが筋ってもんでしょう。
そして一生懸命な人生を生きるために、俺は父に言わねばならぬことがある。何を、って?それは次回までの秘密♪
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
是非とも感想、レビュー、ブクマ、評価、頂ければこれに勝る幸せは御座いません
(人>ω•*)お願いします。