15 女が急に泣き出した場合、何か甘いものを手渡してやる
『私のケーキ、は………?』
『さっきマドレリアで注文してきました。クリスのお爺ちゃんがケーキを全部食べちゃったから今日、持ってくる分が無くなったんですよ。明日には持ってきます!』
『ほほぅ、私の……この私のケーキを………そうか、奪ったのはメリニオン大公なんだな』
やめてね?大剣の柄に手を置きながら殺気を漂わせないで、ルーさん。貴女がこの迷宮から出られないと分かってても、お爺ちゃん逃げてー!と思ったよ。先王がケーキの恨みで殺されたら、後の歴史書になんて書かれることか。
『アレクシス、私にはもう時間がないかもしれないんだ』
『どーゆー意味ですか』
『………そう遠くない未来に死ぬかもしれない』
『ここは不死のダンジョンだって自分で言ったんじゃないですか。ケーキ食えなかったからってそこまで言うか』
『だってぇ』
『だってじゃありません。明日学校が終わったらすぐ買ってきますから。いい子だから我慢してください。買えるケーキは全種類買ってきますよ。お金は今回の仕事で結構貰えましたからね。今の俺、金持ちですよ』
『……子供がそんな大金を持ち歩くのは良くないと思う』
『中身は大人ですけども。じゃあいいですよ、ケーキ代以外はルーさんに預けておきます』
『そうか、私に家計を預かれと言うのだな。さては遠まわしなプロポーズだな?思っていたより亭主関白なんだな、お前は』
『そういうのは、あと10年ほど待ってください。きちんと夜景の見えるレストランで、小さな箱をパカッてしますから。片膝突いて花束持ってやるつもりですから』
俺の台詞に、ルーさんは嬉しそうに……或いは少し悲しそうに微笑んだ。その笑顔は息を飲むほどに美しいんだけど、同時になんだか泣きそうになってしまった。なんでだよ。なんでかな…。
女心は難しい。俺は前世も込みで、未だに正解がわかんない。そして、この天使の微笑の数分後には恒例の地獄体験が待ってるわけですよ。俺の感情もフリーフォールかバンジーか、てな感じの高低差に悲鳴を上げそうだ。
飴と鞭のバランスが、な。釣り合いが取れてないねん。我々の業界ではご褒美です、ってこういうときにも使うんだろうか。俺はその業界とは畑違いなんです。もう少し優しくしてほしい………まぁこれはこれで、確かにそこまで嫌いじゃないんですけども。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日もアレクシスを5回ほど打ちのめした。この迷宮の不死のシステムは、そんなに生易しいものではない。ここに私が封じられたのは、およそ1000年前。最初の頃、心の弱っていた私も何度か自死しようとしたことがあったが、魔神の私であっても耐え難い苦痛を味わうことになった。人間の身で何度も耐えられるものじゃない……耐えられるはずがない。
なのに。私がさせていることではあるけれど、アレクシスのそれは異常だ。常軌を逸しているとしか言えない。ヒトならざるバケモノの私から見ても信じられない。
どうして、ああやって何度も立ち上がれるんだろう。
どうして、あの人は絶対に諦めないんだろう。
何があそこまで彼をそうさせるモチベーションになっているんだろう。もしかしたら……私の為なのかもしれない、というのは少し自惚れだろうか。それとも私のせい、と言った方が正しいのかもしれないが。
私は遠い昔に命を失い、そして命を救われた。しかしその代償に何よりも大切な最愛の人を失ってしまった。あの日あの時、私は茫然自失のまま、この不死の迷宮に封印されてしまった。孤独の中にあっても彼の魂は常に私と共にあるのだからと、寂しいとは思わないようにしていた。それは所詮慰めのような思い込みにすぎなかったし、死ねないこの場所で、誰も居ない誰も来ないこの場所で、無為のままに過ごしていた。私の精神は少しずつ硬質化して、まるで仮死のような状態になっていたのだと思う。
これは神であることを捨てた、私への罰なんだろうか。
最早なんでもいいし、どうでもいい。
もう私がこの世界に生きる希望は存在しない。
もう私がこの世界に生きることに意味はない。
長い長い時間が過ぎたけれども、それすら私には無意味だ。
それは永遠のようでもあったし一瞬のようでもあった。
7年前、そんな私の心に小さな……本当に小さなさざ波が起こった。この1000年間、逢いたくて逢いたくて恋焦がれた、あの人の気配がかすかに感じられた。一切が完全な凪だった私の世界に、無色無音の世界に僅かな光が差した様な気がした。
信じられない。
あれからどれだけの時間が過ぎたのかはわからないけど、人間が生きていられる時間でないのは間違いない。あの人のはずがない。でも、あの人以外であるはずもない。他の誰にも分からなくても、私には……私だけには分かる。
時を経るごとに彼の気配はほんの少しずつ強くなる。おそらく、この近くに住んでいるんだろう。生まれ変わり、というものは本当にあるんだろうか。あるんだろうな………教えてはくれなかったが、彼なら実は理論も構築していたのかもしれない。彼なら、そういうことをしでかしてもおかしくないけれど……そんな話、聞いた事もない。そういうことは本当に、全く、一切説明しない男だった。あれは……面倒だったのかな?未だによくわからない。そんな彼だったので、よく2人で喧嘩をしたものだ。そんな幸せだった日々の記憶を思い出して、本当に久しぶりに……私は微笑んでいた。
そして、ついに少年は私の前に現れた。
その日、迷宮に現われたのは、メルヴィルとは似ても似つかない中性的で優しげな風貌の幼い少年だった。
でも。
それでも、私が愛した彼と同じ瞳をしていた。私がそれを見間違えるはずはない。そして。その瞳を見た瞬間、私の感情は爆発していた…………この時は悪い方に、だが。
この時のことは……うん、アレクシスには、その、悪いことをしたと思ってるよ。ちょっとだけど。本当に本当に。少しは反省してる………後悔はしていないけれど。
そして、この日この瞬間から私の世界は一変した。無味無臭無色無音だった私の世界に再び美しい彩りの光が輝いた。アレクシスは私の姿を見て、涙を流してくれたのだ!そして、あの頃と同じように「ただいま」と私に言ってくれたの!1000年も待ちわびた、ずっとずーっと私が聞きたかった言葉をくれたのだ。
本当言うとね、あの時泣きたいのは私の方だったんだよ。記憶を無くしているのに、彼は私をわかってくれた。ずっと昔に約束した通り、私の元に帰ってきてくれた。嬉しかった!私が変わらず彼を愛しているように彼も変わらず愛してくれている。それだけで私の1000年は満たされた。生まれてきて良かったと思えた。私はずっとずっと、幸せだったのだから。
アレクシスとの日々は本当に楽しくて楽しくてしょうがない。アレクシスの親友であるセシルとクリストファーも、本当に良い子だしね。セシルは私から見てもすごく可愛い女の子なので、ほんの少し思うところがあるけれど……この世界は一夫一妻制ではないようだし大丈夫でしょう。でも今から心の準備だけはしておこうとは思う。
大丈夫、私は大丈夫だ。
第一夫人、これはこれで素敵な響きではないか。
そんなアレクシスとの幸せに溢れた日々を送ると同時に、私は確信する。
今の私にはもう、1000年の孤独には耐えられない。
もう、無理だ。きっと、無理だ。この今の幸せを失って再び一人の世界に閉じ込められたら……きっと私の心は壊れてしまう。居心地の良過ぎる今が、少しずつ私を追い詰めてきて手足をそして喉を締め上げてくる。幸せすぎて怖いの、なんて古い日本の歌か小説にありそうだけど今の私には笑えない。
怖い。本当に怖いんだ。
アレクシス……私は本当に臆病なんだよ。
もう、君が居ないと生きていけない存在なんだよ。
助けてアレクシス…!私をここから出して…!
彼に、もう時間がないと言ったのは半分は本当だ。アレクシスが思うほどに、私は強くはないんだよ。二度とここから出られないのではないか、という恐怖が頭から消えない。もう耐えられない!私を救い出して欲しい…!
君ともう一度、一緒に太陽の下で歩きたい。
君ともう一度、一緒に月の光に照らされたい。
あの頃は願いでもなんでもなかった事を毎日、夢に見ている。
彼と一緒だった、あの平穏な日々に帰りたい。
しかし強く願えば願うほど、同時に恐怖も忍び寄ってくる。
ダメだ、考えてはいけない。
私の命は……私の幸せは彼から貰ったもの。
私はただ、彼を信じるのみ。
アレクシスの日本での記憶によると、『泣き出した女には甘いものを』と言ったのは太宰治らしいが確かに今の私は泣いている子供なのかもしれない。楽しみにしていたケーキをお預けされて、八つ当たりの気持ちがあったのも……否定できないかも。
ごめんなさい、アレクシス。
私はね、我儘なんだよ。
私が甘えられるのは君だけなんだ。
スキルを全て失ったくせに……すっかり弱くなっちゃったくせに諦めることを忘れたかのように何度でも立ち上がる彼を見ていると、私は心密かに尊敬の念を抱いてしまう。
私には彼ほどの勇気はないのだ。
私はね、臆病なんだよ。
大丈夫、彼は絶対に諦めない。
そして彼が諦めない限り、私に諦める権利も資格もない。
まだ雲を掴むような話でもあるけれど、彼ならきっと私を救い出してくれる。ここから連れ出してくれる。私は誰よりも何よりも、君を信じている。
お願いしますね、私の勇者様。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
是非とも感想、レビュー、ブックマーク、評価を頂ければこれに勝る幸せは御座いません(人>ω•*)お願いします。




