13 これさぁ、もうパワハラだよね~!
「なるほど……ワイバーンの牙はそんなに高いんだね。流石に僕の一存で買える値段じゃないな。よし、御祖父様に交渉して買ってもらうようにしよう。既にこちらに向かっているらしいんだ。多分、今週か……遅くても来週中には着くだろうって話だよ」
顧客の金で材料を調達……は滅茶苦茶おかしい話でもないんだろうが、コレって俺達が勝手に進めてる話なんだよな。スポンサーの意向次第では全てが無駄になるかもしれないんだよね。大丈夫だろうか、ここはクリスの交渉術スキルに期待しよう。
「クリスのお爺ちゃん……メリニオン大公だっけ、どんな人なの?怖くない?」
「うーん、僕も一緒に王城に居たのは5歳までだったし、しょっちゅう会う人でもなかったからなぁ。昔はルシアスの賢狼と呼ばれてた凄い人らしいよ」
賢はわかるけどよ、狼の要素はどこから来たんだ。ホロか。ホロさんなら良いけどさ。狼呼ばわりされるなんて怖い人確定じゃない?怖い人に営業するのか……俺なら嫌だなぁ。その辺は任せるので頑張れ頼むぞクリス。
ふむ……よく考えたら上手く行かなかったところで、困るのはその賢狼さんだけじゃないか。じゃあいいか!俺達に失うものは無いじゃないの。よし、気楽に行こう。
「アレク、僕は御祖父様に長生きして欲しいんだよ」
「そのおじいさまがお金を出してくれなきゃ話は進まないんだよなぁ……まぁ後はクリス次第だ!」
「それなんだけどさ、アレクとセシルも一緒に会いに行かないか?」
先王に?賢狼と呼ばれた男に?なんで?それは罰ゲームなの?なんで?クリス、怒ってる?パシリばっかりさせてるから怒ってるの?
「御祖父様にも見せてあげたいんだよ……こっちに来て、僕に初めて出来た親友を」
ヤダこの子、健気……キュンとしちゃう。ふざけた事ばっかり考えてたのを恥じてしまうじゃないか。とはいえ俺は出来ることなら、そんな偉いさんには会いたくないんだけどなぁ。やっぱ俺は貴族社会に生きていくとか無理だわ。ワレン君を見ててそう思うよ。あのワレンなら、この話に喜んで飛びつくだろう。
「クリスがそうしたいなら、ボクはいいよ。アレクもそうでしょ?」
「え?ああ……ウン。ソウデスネ。はい、ご一緒します」
ノーとは言えない雰囲気。
ノーと言えない人のイエスには価値が無い、か。
誰が言ったか忘れたけど耳が痛いわ。
これこそ同調圧力…!
これさぁ、もうパワハラだよね~!
全然似てない昔のお昼の司会者の物真似でなんとか耐えた。
さて、クリスのお祖父さんとの謁見までやることがなくなった。
いや、やることはある。いつもと変わらないルーさんとの修行だ。槍の修理を理由に1日くらい休みたいなとも思ったが、カール爺さんは朝一番に仕上げてくれた。さすがだ……その熟練の腕が今は少し恨めしい。もう少し、ゆっくり直してくれていいんやで?
昨日の修行をサボった分で今日、俺は激しく殺されるんだろう。もうそこまでの展開が読める。でも逃げ出さない俺ってえらいよな。ドMなせいかな。美少女相手に激しいプレイ……これはこれで楽しいと言えなくもない。まぁ死ななきゃもっと楽しいんだがな。
「本当に神殿に日参してるんだな。庶民がどれだけ神に祈っても加護は得られないと思うが……」
珍しい人物が神殿の前に居た。誰かと思えばワレン君じゃないか。しかも彼の方から俺に話しかけるなんて珍しい。というか初めての展開だ。何か変なモノでも食ったんだろうか。それとも天変地異の前触れか。天変地異は困るから出来れば変なモノを食ってて欲しいね。
「おお、偶然だね。ワレン君も神殿に用があるのかい?」
「……実に不本意だが用があるのは君だ。アレクシス・シルヴァ」
クリスといい、貴族のお子様たちは頭が良くて子供らしくないねぇ。普段から大人に囲まれて生活してるせいなんだろうか。日本の小学校ならまだ低学年だぞ?君ら。あっちもツルツルだろ?
「………おい、聞いているのか!」
「え?ああ、俺に用事ね。クリスじゃなくて?」
「まず、そこだ。貴様ごときの存在が恐れ多くも殿下の名をを気安く呼ぶな。無礼だろうが」
「そうは言われましても。俺も最初はクリストファー殿下って呼んでたんだよ?そしたら本人がクリスと呼べって……それとも王子直接の命令を拒否しろとでも?」
「庶民は貴族への口の利き方を知らなくて困る。殿下のご意向であっても、そもそもお前が殿下の側に居なければ良い話だ!」
「困らせてごめんね」
「馬鹿にしてるのか!いいか!そもそも、お前たち庶民が殿下に近づくな!仰ぎ見ることすら烏滸がましい!庶民は庶民なりに相応の人生を生きろ!」
ワレン君は本当に一生懸命に生きてるのなぁ。これで俺に関わってなければ、俺も応援するとまでは言わないが黙って見守りたいんだが……言いたいことを言ったワレン君は俺の返事も待たずに馬車に乗って去っていった。う~ん………結局、何しに来たんだろう彼は。テンプレ的な傲慢貴族キャラだな、とは思うよ。まぁ正確には貴族の子弟だけど。差別的で傲慢不遜で自己中心的ではあるが、実はこの時代この国ではスタンダードな考え方なのかもしれないしな。
人は皆平等だ!令和の時代に生きていた俺が正しい、ワレン君は間違ってる!というのも等しく傲慢だろう。本音言うと………どうでもいい、なんだよなぁ。どうもオッサンからすると、ああいうのも微笑ましく思えちゃうのよ。そんなに心底悪い子じゃなさそうだし。まるで子供が背伸びしてるみたいでさ、微笑ましいじゃないの。そんな子供を相手に怒るとか大人気ないでしょ。まだ7歳の俺はツルツルですけども。中身はボーボーですから。ええ。
このあと、ルーさんにぶった斬られる頃には、もうワレン君の来襲のことはすっかり忘れていた。
◆◇◆
今日はクリスお爺ちゃん到着の朝だ。
早い時間から、うちの父も護衛として出かけていった。
街はお祭り騒ぎだ。今日は学校がある日なんだけど休校です。みんな、大公を見たいのだ。だって先王だよ!有名人なんだよ!こんな時代の数少ない娯楽なんだろうさ。賑やかで楽しいけど……あー、謁見のことを思い出すと憂鬱だわ。せっかくのお祭りなのに、なんだかお腹が痛くなってきた気がする。
クリスも今日は重要な立ち位置なんで、俺達と一緒に見物という訳にはいかない。あいつは出演者側だもんね。お爺さんと一緒に入場?入街?するために街の外まで迎えに出てるよ。
俺とセシルは、俺の母と一緒に買い食いしつつパレード待ち。たまのお祭りは、みんなの貴重なエンターテイメントでストレス解消なんですよ。あちこちから酒の匂いも漂っている。そういえばルーさん、お酒は飲むんだろうか。今度届けてみようかな。
「あっ、見えた!来たよ!」
「どこ~?ボクも見たいよー」
母はさすがに大人なので視点が高い。そして周囲の人々のざわめきも一際大きくなってきた。いよいよ偉い人達が馬車に乗ってやってくるよ!パレードだ!エレクトリカルでもないしネズミのキャラクターは居ないけどね!
「見えたっ!クリスもいたよ!」
おっ、俺にも見えた!屋根のない豪華な馬車の上で、ご老人とクリスが沿道に手を振ってる。アレが……あのお爺さんがレイモン・ラフォルグ……いわゆるメリニオン大公でありクリスのお爺ちゃんなんだろう。なんとなく80歳以上の老人なイメージだったけど意外と若そう。見た感じ、痩せてはいるが60歳前後、て感じで日本ならまだバリバリ働いていそうだ。
「ほら、お父さん達もいるよ。わかる?」
「ホントだ!あれ、後ろに居るの父様とレオンおじ様だっ!」
「おおおぉ~!クリスぅ~!父上ぇ~!わぁ~!頑張れ~!」
「……頑張れって何を頑張るの?」
うるさいな、ついだよ。勢いだよ。なんだか箱根駅伝の沿道応援を思い出してしまった。なんかこう……テンション上がるよねぇ!そしてクリスも俺達に気づいて、こちらに向けて手を振ってくれた。なんか皇族の祝賀パレード見てるようだ……って王族のパレードなんだからそのままじゃないか。なんか俺も思いっきり舞い上がってるようです。父も普段見ない正装でカッコよかった。母も見惚れてたよ。
もしかして来年、弟が出来た!とかならないだろうね?前世での家族で兄は居たが弟は居なかった。今世で姉が居るのも嬉しいが弟も……いいかもしれない。一番の上のレスリー兄さんももうじき二十歳だ。もう既に結婚の話も出てるようだし、もしかしたら同時期に孫と息子誕生となったりしてな。その辺を言い出すと、来年は姉も学校卒業だ。女の子だと卒業してそのまま結婚する、てのもよくある話らしい。すげえなー父よ。前世の俺よりもまだ年下なのに、近いうちにお爺ちゃんデビューするかもしれないのか。シルヴァ家の将来は安泰だな!
「どうしたの?」
「うわあっ!!」
近い。母上、顔が近い。この年齢になっても自慢の綺麗な母ではあるけども、そんな近くで見つめられたら心臓止まるかと思ったわ。ここで死んだら蘇生出来ないんだよ?
「いや……父上がカッコよかったな~と…」
その後に派生した妄想の部分は、流石に母にも恥ずかしくて言えなかった。
謁見……嫌なことはさっさと済ませたい主義の俺には生殺しな日々が続いた。まぁ連日キッチリ物理的に殺されてもいるんですけどね!そっちはそっちで納得もしているけれど、謁見の方はマジで嫌なんですよ。
幸か不幸か、クリスの爺さんは、クリスも含め歓迎パーティやら挨拶やら連日出掛けていて、なかなか時間がとれないみたい。あー、そういえば謁見の服装も考えなきゃダメ?ダメだろう、庶民の普段着じゃなぁ……しかし父や母に謁見の事を言うと大騒ぎになるだろうし。
その辺りをルーさんに相談したら、
『材料を用意してくれるなら、服を仕立ててあげよう。但し私に任せると1000年前の正装になるぞ?』
『当代風でお願いします』
『無理難題を言うな。私も知らないものは作れない』
困った、この人には技術があっても情報がない。1000年前の正装か……それは日本で言うなら十二単を着るような感じ?男なら束帯だっけ、ひな祭りのお内裏様のあれ。……めちゃくちゃに浮くなぁ。そんなもん仮装でしかないな。いっそワレン君に借りるか。さぞブチギレてくれて面白いだろうが時間の無駄だな。
結局、クリスに借りることにしたよ。
日本の学生なら制服でいいのにな。
そして、ついにやってきたよ謁見の日。謁見っつっても今日は庭でティータイム中のお爺ちゃんのところに、本当にプライベートタイムにお邪魔する形だ。クリスを先頭に俺とセシルは後ろをおずおずと付いていく。さぁ、もう逃げられないな。
「そんな正式な場じゃなくて、プライベートな顔見せ程度なんだから緊張することないのに」
「無理。俺は大人しくしてるから、全部クリスに任せるよ」
「そうやって普段からそうやって大人しくしてれば、少しは女の子にモテるかもよ」
なにおう!まるで俺が女の子にモテないみたいにいうな!ただ、近くにクリスという太陽がいるから一等星であっても目立たないだけだ!そう、俺は真昼の星なのさ。
「月は昼にも見えるよ」
「じゃあセシルは月でいいよ」
「やったぁ」
セシルのアホかわいさに癒されたよ。
いつまでも、そんな君でいてほしい。
「御祖父様、お疲れのところ失礼いたします」
「クリスか、お前こそ連日よく頑張ってくれたな。後ろの2人は?」
「はい、僕の親友です」
「メリニオン大公陛下。御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。アレクシス・エル・シルヴァと申します」
「セシル・ドゥ・ベルナールと申します」
何度も練習した甲斐あって、噛まずに言えた!よし、ミッションクリア!しかし俺もついに先王に挨拶するようになろうとはな、出世したものだ。その先王、つまり大公さんは一見好々爺、て感じなんだけど……隠れて見上げると、めちゃくちゃ怖ぇえ~……目が笑ってない。目が怖いんすよ。正面から見たら石にされそうな気がする。
これが賢狼か。なるほど、狼ってか。誰が呼び出したのか知らんが、ナイスネーミングだよ。すげえ的確だね。現に俺はブラッドウルフに睨まれたあの日を思い出してるもん。ホントに食が細くて身体が弱ってきた老人なの?
「クリスは本当に身体が弱くてな。水鏡の儀はおろかオルトレットへの旅路にすら耐えられんと言われていた欠陥王子でな。このように無事に大きくなって俺も驚いとるよ」
笑ってるけど、だからその目が怖いって。
俺がちびったらどうする!?
帰りたい。今すぐあたたかいおうちに帰りたいよぅ。
ここから逃げ出したいのに、残念ながらそうもいかなくなった。
なんで?って、そりゃアンタ……意地だよ意地。
ビビりでバカでも俺にも意地があらぁな。
「俺もクリスは一番下の孫だけに特にかわいいのだ。これからも末永く奉公してやってくれ」
「………僭越ながら、末席より申し上げます大公陛下」
「おい、アレク?」
クリスよ、スマン。許せ、友よ。
しょうがないんだよ。
「陛下は今、入れ歯をお使いになられていると伺いましたが……ご満足されておりますでしょうか?」
クリスは交渉術のスキルを持ってる。それが百戦錬磨である国のトップだった爺さんに通用するのかどうかは知らんが……今さっき、かわいい孫だって言ってたし、爺さんの為に頑張ろうとしているんだからクリスが言えば何の障害もないはずだ。それはそれで頭では理解出来てるんだけどねぇ……。
「クリストファー殿下に一任していただければ、最高の一品を御用意いたします」
「……と彼は言ってるがクリス?」
「は、はい!御祖父様に必ずやご満足していただけると思います」
「クリス、幾ら必要だ?」
「1000万G、お願いします」
「よし、わかった。おい小僧……俺に喧嘩を売るからには、覚悟は出来てるんだろうな?」
「担保でも御用意致しましょうか?」
ビビんな、俺。
笑っとけ笑っとけ。
足がガクガク震えそうだけど。
あー、やってしもうたー!
「小僧のお前に何が用意出来ると言うんだ?」
「失敗したら、今後2度とクリスに会わない近づかない……なんてどうでしょう?」
「それで俺に何のメリットがあるんだ?」
「俺が陛下に提示できる最も価値あるものはクリスとの友情ですから」
「ほぅ……それがお前の覚悟か」
「ええ。それが俺の覚悟です」
いいだろう、そう言って爺さんは嬉しそうにニヤリと笑いやがった。なんだろうね。全部相手の手のひらの上で踊ってる気がしてきたわ。まぁね、俺に政治やら駆け引きなんて無理ですよ。出来ないし、する気も無い。後のことは後で頑張ろう。
「―――!!―――!!!」
あー、うるさい。クリスが王子らしからぬ大声で俺にお説教タイムだ。こんなに大きな声が出せるまで逞しく育ったんだなぁ………分かってる、悪かったよ、うん。ごめんて。だって、しょうがねーだろ。
「ちょっとだけ、アレクの気持ちわかるよボクも。でもちょっとだけだよ?」
セシルは今日も良い子だよ。
俺の味方はセシルだけだ。
怒られてる最中だけどセシルの頭をなでなで。
「ボクの想像以上にバカが加速してたね。今日のアレクは限界突破バカだったよ」
あのね……幼馴染をバカバカ言うんじゃないよ、バカって言うヤツがバカなんだからな。バーカバーカ。
「言っちゃったもんはもうしょうがないでしょー!?どっちみち最高の入れ歯を作って満足してもらう予定なんだから大丈夫だ!俺を信じろ!」
「はぁ~~~~~~~~……全くもうアレクは…」
「前向きに行こう。お金も調達出来て、これで計画は動き出すよ。それにしてもクリスよ、1000万って吹っかけすぎなんじゃない?」
「まぁね。多分数百万は残ると思うよ。残金はアレクへの仕事料さ」
クリスさん…素敵!これがスキル交渉力なのか。それともイケメンだからか。日本円に換算したらナンボか知らんが俺の仕事料、前世を含めて間違いなく史上最高額のお仕事だ。
こうして資金を調達した俺達はワイバーンの牙、レッドスライムのスライムゼリーや、寒天等。必要な材料はその日のうちに買い集めて、全てを一旦ルーさんの部屋に集めた。話が早い?その方がいいでしょうが。
加工が必要な材料もあるけど、しかし俺には加工とか出来ないからね!寒天だって、寒天を使って型を取ることは出来るけど海草からドロドロの寒天にする方法なんて覚えてないもん。
そこで、未来から来た猫型ロボット……ではないが万能魔人にお任せ。出会いが出会いだけに、最初は怖い部分もあったけど今は頼めば大体なんでもしてくれる、頼りになる綺麗なお姉さんだ。
『よし、これで準備は出来た。もう一度手順を確認するぞ。まずこの蝋を枠として調整しておいたから、これに寒天を流し込んで印象採得だ。添加剤で可能な限り溶解温度を下げておいた。これなら多分、火傷はしないだろう。硬化したらすぐに石膏を流して、ここへ持ってこい。模型上での製作は、お前の分野だな』
『俺が知ってるやり方とはだいぶ違いますが、なんとかしてみます』
『事が上手く済んだら、頼むぞ……マドレリアのケーキ』
『想像してる日本のケーキと違うかもしれませんよ?』
『私の時代にはそもそもスィーツが無かったからね、フルーツと蜂蜜以外』
あの恐ろしい魔人がスィーツを楽しみにしてウッキウキで草生えるわ。この人が全力でケーキを楽しみにしてるのを見ると、俺も嬉しくなってくるね。
さぁ、綺麗なお姉さんの笑顔の為にも。
この仕事、失敗出来ないな。
「お前さぁ……あんだけ啖呵切ったらさ。普通、次に会うのは完成品を持ってきてじゃないのか?」
「全くもってその通りです……ですが、作る品の性質上、正確に採寸をしないとですね…」
「小僧……そんなんじゃ将来、女にモテんぞ」
「俺は少数精鋭派なんで。陛下はさぞかしモテたんでしょうね?」
「当然だろ。王で、しかも俺だぞ。今でも現役でモテる男だ」
うっせぇよ。合わない入れ歯でフガフガしてる割には枯れてないな、爺さん。クッソ、殴りてぇ。よし、そんな不毛なトークをしつつも用意は出来た。口と同時に手も動かす、だ。
「じゃあ口の中の型を取りますよ。ちょっと熱いでしょうが我慢してください」
「あっつ!」
ほら我慢だ。俺は技工士であって歯医者じゃないから、こうやって型を取るのも初めてなんだぞ?あんまりジタバタすると、もう一度やることになるからな。ほら、動かない!我慢しなさい!上顎が終わったら次は下顎だ!俺も頑張るからアンタも頑張りなさいよ!ほらベロを上に上げて!
「はい、お疲れ様でしたー」
「おい、相当熱かったぞ……初めて聞くやり方だが、これで本当に上手くできるのか?」
「大丈夫です。最大の難関は今終わりましたし。2日後には出来上がりますので食べたいものを用意しとくといいですよ」
多分、大丈夫。俺の予想よりもずっと綺麗に型は採れたし、石膏も上手く流せたと思う。イケる!そうだ、おれは出来る子だ!
「なんでこうなったかな……アレクと御祖父様の会話を聞いてると胃が痛いよ」
「そう?ボクは仲良さそうだな~としか思わなかったよ」
やめてよね。爺であってもイケメンは敵だよ。そうでなくても国家を運営してきたちゃんとした人だろ?ああ見えても。テキトーを自認する俺とは水と油だよ。多分、基本的に相性が良くないんだと思う。
慎重に模型をアムブロシアの迷宮へ運び込んだのは、まだ日の高い時間だった。傷ひとつ付けないように……万が一模型を壊してまた、あの爺さんのところへ型を採りに行くのは勘弁して欲しいからね。
「来たか。もう全ての準備は整えておいたぞ」
そういうルーさんの目の前のテーブルの上には前世で俺が仕事でよく使っていた人工歯そっくりな歯が100本以上並べられていた。もはやワイバーンの面影はゼロだね。上顎前歯、下顎臼歯……よし、全部揃ってる。
「完璧じゃないですか!細部まで綺麗に……色はちょっと白過ぎるけど、あの爺さんなら逆に喜ぶでしょう」
「アレク、僕もここに居るんだけど。御祖父様を爺さん呼ばわりする子供はアレクだけだよ?」
うるさい。黙れ、王子め。
ジジイと言わないだけ理性的でしょうが。さて、ここから歯を一本ずつ排列する作業だ。非常に繊細で集中を要する作業をするの。だからホント言うと2人とも邪魔………とまでは言わないけど、居なくてもいい。静かにそっとしておいてほしい。でも帰れとも言えないわな。
「大丈夫、ちゃんとボク達が応援するから!」
「ありがとう。頑張るよ」
純粋な2人の子供を邪険には出来ないなぁ……でも、本音を言うと集中させてくれたらそれが一番の応援だぞぉ。
「この柔らかいスライムゼリーに微弱な魔力を流すと……ほら、ほんの少し硬くなって粘土みたいに形成できるでしょう?この上に歯を排列すれば完成だ」
なるほどね。その理論は全く分からんけど作業方法は分かった。前世とは勝手が違うので戸惑いそうではあるけど、最終形態を知ってるのでなんとかなりそう。てゆーか、なんとかするしかない。さぁ久しぶりに昔を思い出してやってみるか。
「…………………………………………………………」
「がんばれーっ、アレク」
「その調子だっ」
うん、ありがとう。声援はすごく嬉しいけど集中させてくれ。これね、めっちゃ地味で精密な作業なんだよ。しかも長年のブランクありなんだからね。確かに絵にならないったらありゃしない。でも世界ってのは、多くの場合こういう地味なお仕事で構成されているんだぞ。
「よし、アレクシスが作ってる間に2人とも前回の修行の続きをやろうか」
ありがたいです、ルーさん。2人をよろしく。俺は基本的に毎日ここへ来てるけどセシルは週に5〜6回、クリスはせいぜい週に2~3回だからね。ちなみに最初の2人の来訪時、ルーさんは黒いフルプレートアーマー姿で出迎えたが、今はもう普通に素顔を晒している。後で聞いたら素顔は恥ずかしかったらしい。なんというか、この人の恥ずかしいの基準がよくわからない。多分、この人もちょっとおバカなんだと思う。
「………よし、できた」
夕方。ついに入れ歯が、完成した。それまでルーさんに修行で扱かれてハァハァ言ってた2人がダッシュで寄って来た。なんだよ、まだ元気じゃん。
「コレが入れ歯……なんかキレイだね」
未使用だからね。あと、ルーさんの仕上げがすごいんだよ。丁寧に研磨して艶々に仕上げてくれた。これは……見た目だけなら前世の仕事を含めても俺の最高傑作かもしれない。こんな作業環境で、俺って意外とスゲーのな。
「でも、これで終わりじゃないんだ。あと2セット作る」
「なんで?」
「上手く咬めるかどうか、いくつかサイズ違いを用意しておきたいんだよ」
従来の入れ歯作りにはね、咬み合わせを記録するっていうめちゃくちゃ重要な課程があるんだよ。でも、それは歯医者の仕事であって俺はやったことないし装置も作れないから無視しちゃったの。それにもう一回あの爺さんに会いに行くとか無理ぃ!絶対にまたちくちく嫌味を言われるじゃん。
だから数で勝負だ。ちょっとずつ咬みあわせ変えて複数のパターンを準備。俺か太公さんの運が良ければどれかが合うだろう。テキトー過ぎる?自覚してます。慎重で冷静な大人だけど、時にテキトーに生きるのが俺だ。憧れのジュンジ・タカダほどじゃないが。
一日で全部完成は無理だったんで、翌日の夕方までかかって3セットが完成した。久々だったけどかなり良い仕事が出来たんじゃないの、コレ。前世の俺も、なかなかやるじゃないか。
さぁて、あの傲慢なジジイを驚かせてやる。
クリスを……お前の孫を、舐めるなよ。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
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