110 オーラの泉
他になにか面白そうなモノはないか、とキョロキョロ探しながら市場内を歩いていると絵本を売ってる店、つまりは本屋があった。途端にクゥムが目をキラキラさせているので、スーパー絵本タイムに突入。確変だな。
さぁ、好きなだけ買うが良いよ。大人からすると、ジャケ買いしちゃえよ!面白そうなやつをドサドサッと纏めて買っちゃいなよ!とも思うけど、クゥムは絵本を一冊一冊、丁寧に慎重にチェックしている。そうだね、買い物ってどれにするか選んでる時が一番楽しいんだよね。急かさないから、ゆっくり選びなさい。これがクゥムの宝探しであり大冒険なんだろうね。
「私とセシルは、あそこの酒屋で白ワインを見てくるからクゥムと一緒にここで待っててね。動いちゃダメだよ?」
「はーい」
赤ワインが主流のルシアス王国に対してラウルシュタイン帝国では白ワインの方が人気なんだそうだ。実は俺もどっちかというと白ワインの方が好きなんですよ。期待しているので美味しいのを買ってきてね。さっき迷子になった経験を活かして、じっとしていよう。俺は常に成長しているんだから。
クゥムはまだ絵本に夢中だよ。最初の出会いでは幽霊かと思ってチビりそうになったけど、今となってはクゥムは実にかわいい。ロリコンじゃなくても愛でたくなるほどにウチのクゥムはかわいいんだよ。子役モデルとして芸能事務所からスカウトが来ないか心配だわ。デビューしたらすぐ人気子役になっちゃうよ。控えめに言っても天使だからな、ウチの子は。もうすっかりパパ目線。
「これとぉ~……ねぇねぇ、これも買って良い?」
そんなクゥムに上目遣いで、おねだりされてみ?財布が空になるまで買っちゃうぜ?今、目の前に消費者金融があったら飛び込んで限度額まで借りちゃうね。推しに貢ぐとか投げ銭とかスパチャとか意味がわからなかったけど……今の俺なら彼らと一緒に美味い酒が飲めるかもしれない。
「良いよ。それだけでいいのか?もっと買っても良いんだよ?」
「本当に!?じゃあもっと見てくるね!」
うん、見ておいで。絵本と言うが日本のソレらに比べたら数も少ないし質だってイマイチ、なのにかなり高価なんだよ。この世界この時代、簡単な木版印刷的なモノはあるみたいだけど印刷技術は未熟っぽいからね。転生してすぐの頃はグーテンベルクを見習って活版印刷で無双してみようかとも思ったんだけどね……これはキリヤマさんが既に導入してたわ。あと何年…何十年かもしれないけど、この世界の印刷技術もどんどん発展していくことでしょう。そうすると絵本に限らず本は安くなってくるだろうけど、それはもう少し先の話かな。
そしてそれは文明の発展速度の加速も意味する。この世界でも産業革命は近いのかもしれない。いやいや、不老長寿は手に入れるつもりだけど、のんびり産業革命なんぞ待たないぞ。その前に地球に行く方法を見つけてやる!あっちとこっちを行ったり来たりしてみたいんだよね。
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「待てぇ!コラぁ!!」
ほのぼのと、楽しげに絵本をチェックしているクゥム。それを微笑ましく見ているというのに、そんな平和な雰囲気をぶち壊すような野太いダミ声が市場に響いた。何処からか知らないし誰が叫んだかも知らないけど、こっちに来るんじゃないよ。ウチのかわいいクゥムには聞かせたくない声だ。幼児の教育上良くない。かわいいクゥムの絵本タイムを邪魔する奴は……うん、殺すぞ。
しかし今日も俺の願いは叶わない。いいんだ、ここぞというときにはキチンと叶うから文句は言わないさ。
通りの向こうから小柄な影が走ってきて、素早く俺の背後に隠れた。何故。何故、俺なんだよ。他にも人は多いのに。これも運命の螺旋なんだろうか。
「待てって言ってるだろうがァ!!……ぁあ?なんだ、テメぇは?邪魔すんなァ!!」
なにも邪魔してねぇです。俺はかわいいクゥムが絵本をチェックしているのを見守ってるだけで他に何もしてません。俺から言わせれば邪魔はアンタ達だ。目付きの悪い2人の男が口汚く罵って、天使であるクゥムに悪影響を及ぼしたらどうする。クゥムの教育上の問題になるってだけでも、こいつらは殺していいんじゃないだろうか。ダメか、そうか。
「助けて…!」
背中の小柄な人物からヘルプを要求された。そう言われてもな。実は俺の背に隠れた子が大悪党で、このガラの悪い2人が口は悪いが心清き衛兵なのかもしれない。そうだな……もしかしたら、この2人が凄腕の錬金術師で、愛娘の不治の病を治してくれる秘薬を長年に渡って研究し開発していてだな、この背後の子がその完成したばかりの秘薬を盗んで逃げてきた、なんて事情があるのかもしれない。
まぁ、そんなストーリーがある訳ないと思うけどさ。この世界に生まれ変わって今までに、それくらいの「ある訳ない」を何度経験したことか。
「落ち着きましょう。話せばわかる」
ちなみに今まで話してわかってくれた相手は居ない。ルーにも問答無用で殺された経験を持つ俺なんだ。でも!成功体験は無いけど、これが俺の基本路線なんです。夢を捨てちゃ終わりですよ。
「あぁ?いいからソイツをこっちに渡せっつってんだろがァ!!殺すぞガキ……がっ……!」
大人はわかってくれない。
だから!
ウチのクゥムがその口調を真似したらどーする。
そのデカい声で夜泣きしたらどーする。
かわいそうだろうが。
お前達では責任取れないだろうが。
だから排除させてもらう。
収納魔法からカールの槍を取り出して、石突の方でガラの悪い2人の鳩尾を続けざまに痛打。よし、沈黙化に成功した。
一応、生死を確認しておきましょうね。えーっと……うん、こっちのデカい方は大丈夫だな。もう1人は……………おい!やべぇ、脈がない!息もしていない!!ウッソだろ、やり過ぎた!治癒魔法師はどこだ!!ああ、俺だった。急いで治癒しろ!おい、何処の誰だか知らんが行くな!そっちじゃない!帰ってこい!……おぉ、心臓の鼓動が復活した!良かったぁ…!治癒魔法が使えるようになってて本当に良かった!マジで焦ったぁ…!
まだ身内を1人も癒やしていない治癒魔法使い、それが俺だ。しかも全部マッチポンプ。そして治したのはおっさんだけ。おっさんパラダイスの住人としてはしょうがないだろ。しばらくして意識が回復したガラの悪いおっさんズは這々の体で逃げ出した。臨死体験の感想を聞いてみたかったけど…まぁいいか。
「あ、ありがとうございます!」
「とりあえず、事情を説明してもらえます?その上で君が悪いと思ったら、申し訳ないけど衛兵に突き出すよ」
既にめちゃくちゃしちゃったけど、俺は善意の第三者ですから!善良な市民ですからね。さっきのチンピラ2人を倒した理由は、うちのクゥムに静かに絵本を読んでもらいたいからですよ。かわいいクゥムの絵本タイムは誰にも邪魔させない。何処の誰かも知らん君の為じゃないよ。
「私がこの金時計を換金しようとしたら、さっきの2人が1万Gで買い取るって……あまりに安すぎるから他でも聞いてみる、って言ったら……急に寄越せ!って追いかけてきて…」
やっぱりね。
ある訳ねぇじゃないですか、秘薬とか。
なんだその設定は。バカか!
金時計か……俺は鑑定士じゃないから、それがボッタクリかどうかもわかんないからな。それでも無理矢理寄越せは良くないよね。この子が言ってる事が本当なら、だけどさ。言っておくけど俺は簡単に騙されるからね。疑り深いクセにチョロい。それが俺だ。
「えーと、君の名は?」
改めて、背後に隠れていた子に聞いてみた。
いや、あの映画を意識して言ってないから。
「フィンリー……です」
「俺はアレクシスです。悪いけど、このまま少し待ってくれる?もうじき仲間が戻ってくるはずなんだ」
白ワインを買いに行った酒豪2人が戻ってくるはず……なんだけど遅いな。俺はさておきクゥムを待たせて試飲でもしてるのか?だったら俺も飲みたいんですが…!
フィンリーと名乗った子は……見た感じは中学生くらいかな。ちょっと目つきがキツいが中性的な顔立ちと声で、男の子なのか女の子なのか……多分、女の子っぽい気もする。俺の幼馴染は誰がどこから見ても女の子だけど男の娘だし。あの前例というか例外があるせいで、この子の性別判定も全く自信が無い。直接聞いてみるか?これってセクハラか?案件か?通報されたらマズいぞ。
「あの、アレクシスさんは……お強いんですね」
「師匠が良いのでね。そこそこ人並みには強いかもしれないなぁ」
ルシアス王国では、冒険者ギルドでも負け無しだけどラウルシュタイン帝国は軍事大国だからね。この国では俺程度なんて普通なのかもしれない。セシルじゃあるまいし腕試ししてみるつもりはないよ。
「………………………………」
「…………………………………………」
気まずいな……だって俺は人見知りだもの。フィンリーの性別も分からないけど、かわいい女の子だったとしても小粋で素敵なトークなんて出来ない。早くルーが戻ってきてくれないかな。画面のどこかをマウスでクリックしたらストーリーが進行しないかな?もう会話コマンドをクリックしても無言なんだよな。調べるをクリックするの?そんなんどこにあるのよ。
「……誰?その子は」
「うわぁああ!びっくりしたぁあ!」
心臓が止まるかと思ったぞ…!
早く戻ってきてとは考えたけど、なんでいきなり背後に回るかな。
「やましい事を考えているからじゃないの?私との買い物中にナンパしたの?死にたいの?」
考えてません。ナンパしてません。死にたくありません。俺はクゥムの買い物を見てただけなのに、何故このような事になったんだろうな。無実の罪でヤキモチを焼かれてはたまらない。セシルは巻き込まれまいと、さっさとクゥムの方へ行ってしまった。あいつも本当に危機回避能力が高いな!
全てが唐突だったので説明が非常に難しかったけど、一から成り行きを説明した。裁判長、俺は無実なんです!
「ふぅん……確かにこの金時計は真っ当に売れば100万G以上はするだろうね。この子は嘘を言っていないと思うよ………あなた、名前は?顔をよく見せてくれる?」
そうか、嘘が無いならいいや。さっきの2人が悪者なら問題無し。臨死体験までさせちゃったのに無実だったなら申し訳ないからね。
そして…ルーが人に名を尋ねるなんて珍しいな。身内には異常に愛を注ぐけど、それ以外の他人には相当無関心な魔神なのに。だいたいの他人の呼び名なんてアレとかコレで済ましたりするのに。
「あ、はい。フィンリーと言います」
「そう、フィンリー。姓は?」
「フィンリー・クロゥ……です」
いきなり俺はルーに胸ぐらを掴まれた。信じられる?俺より身長が20cmは低い女の子にネックハンギングツリーで持ち上げられてるよ。苦しい…!死ぬ!だから、裁判長。俺はいつだって無実ですってば!
「どういう事だ…?君は独身を貫いた筈だろうが!」
俺が聞きたい。どういう事?なんの話?何が起こってるの?俺、なんで怒られているの?確かに日本でも独身でしたが!それがなにか?
「私を裏切ったのか…?いや、メルヴィルがそんな事をする筈は無い。他のどんなバカな事をしでかしたとしても、それだけは絶対に無い!」
なんかルーの瞳孔が開いている!めちゃ顔が怖いよ。裏切ったとか……穏やかじゃないなぁ。いや、俺じゃなくメルヴィルの話か?まぁメルヴィル=俺なんだけどさ。俺がルーを裏切る事なんて、ある訳ないでしょうが。落ち着いて?また暴走して俺を殺さないで?
あ。フィンリー・クロゥ?
クロゥ……メルヴィル・クロゥ?
「ルー、この子は前前世の俺と何か関係があるの?」
「私が聞いているの!姓はたまたまだとしても、この子の顔立ちも……魂の色も、よく似ている」
似ている……話の流れからするとフィンリーはメルヴィルに似ているんだろうか。よく似た顔、よく似た魂、そしてクロゥの姓。確定では無いけど……寧ろ凄く強引の部類だけど、フィンリーは俺の関係者?1000年後の子孫なのか?え、俺の子孫?つーか、神の眼は魂の色まで見えるの?オーラか?オーラの泉が見えるのか?俺のは何色なんだろう。
「あの、私はもう行って良いですか…?」
名前を聞かれて、突然大声を出されてフィンリーもドン引きしてますよ。そりゃ立ち去りたいよな。元々、たまたま出会っただけなんで引き止める理由も無いんだが……どうしたものかな。あなたは俺の子孫ですか?って聞いてもチンプンカンプンだろう。俺だって意味がわからないのに。
「またさっきみたいな連中に襲われる可能性もある。フィンリー、あなたも私達と一緒に行きましょう。あなたは何を買いに…それとも、その金時計を売りに来たの?」
他人には無関心魔神が珍しくにっこり笑顔でグイグイ行ってますね。流石にフィンリーにちょっと引かれてるけど……しかし、さっきの2人組の野郎どもが相当怖かったのか、話し合いの末に俺達が同行することになった。確かにこの子は悪い大人に簡単に騙されそうだ。今、現在進行形で魔神に言いくるめられているしね。
「あの!わ、私は奴隷市場を見に行きたいのですが……良いですか?」
フィンリーが緊張の面持ちで目的を話してくれた。へぇ…奴隷を買いに来たんだろうか。少年か少女かまだわからないけど、俺達より小さい子供なのに奴隷ですか。意外ですね。最近の流行りなの?奴隷の存在しない令和の地球と違って、この世界では奴隷も珍しくはない。多分探せば、その辺にもいっぱい居るんじゃないかな。別におかしな話でも犯罪でもない。車を買うとか冷蔵庫を買うとかの、同じレベルの話なんだろうさ。ああ、個人的には大いに気に入らないよ。俺は大嫌いだね、奴隷制度。
「そう。じゃあ、一緒に行きましょう。場所はわかる?」
ルーが、さっき俺の胸ぐらを掴んだ表情とは全く別の優しい笑顔で話しかけたら、フィンリーも落ち着いたようだ。
お約束の異世界ではお馴染みの奴隷市場。異世界で決して裏切らない存在って言ったら奴隷だよな!もちろんルシアス王国にも奴隷を取り扱う店はあるらしいけど行ったことはない。ラウルシュタイン帝国は国も大きいし他国と戦争もしてるから奴隷市場はかなり大規模で活発らしいよ。
期待しても、どうせかわいい女の子の奴隷なんて居ないだろうし、そもそも俺達には奴隷を買う必要も無いからね。ここで断言しておくけど、これまでもこれからも俺は奴隷を買うことはない。万が一、とんでもなくかわいい女の子の奴隷が居たとしても、だ……まぁ本当に美少女が居たら検討くらいはするかもしれんが……まぁ無い話ではないかもしれん。あんまり奴隷市場なんてクゥムには見せたくないけれど……しょうがない、行こうか。
セシルは、フィンリーを紹介するといつものようにすぐ仲良くなったようだ。楽しそうにトークしているセシル達の後ろを、ルーと並んで歩く。俺はなんにもしてないのにスゲー気まずいよ……誰か助けて。
「アイツに……クロードに確認させるか…」
さっきからルーはずっと怖い顔してブツブツ言ってる。
魔王はご立腹のようだ。どうしよう?どうする?
「もし、万が一君の子孫なら、メルヴィルがどこかで浮気でもしていたとするならば……今の君に責任を取ってもらうしかないか」
「あのね、これは参考までに聞きたいんだけど……どうやって俺は責任を取るの…?」
「捥ぐ。君の悪さした部分を」
……思わず己の股間を押さえた。
もがないで!
まだそんなに使ってないのに!
「私も捥ぎたくはない。せいぜい祈りなさい」
さ、裁判長ーっ!
俺は無実です!
頼むぞ、メルヴィル…!どこぞで隠し子なんぞ作ってるんじゃないぞ…!だいたい、もし仮に子供が居たとしてもルーと出会う前の出来事なら不可抗力だと思うんだよなぁ。そんなの、この裁判長には言うだけ無駄なんだけど。この状況を逆転してくれる弁護士、この世界に転生してきてくれていないかなぁ。
次回は13日(水)更新の予定です。
今日はプロ野球のドラフトですよ。
運命の日なんですよ。
流石に指名されるとは思ってませんけど。
ペナントレースよりドラフトの方が好きなくらいに楽しいイベントですよね。
やきゅつくシリーズの新作が出ないかと今でも待ってるタイプなんです。スマホ版じゃなくて。




