108 XYZ
ラウルシュタインの王城は大きく5つのエリアから構成されていて、それぞれに巨大な尖塔がある。東西南北の塔に、中央の塔。なんでこんなものを作ったのか?俺は知らん。知らんけど、多分に深い意味があるんだろう。
そしてラウルシュタインの皇帝や、その家族達が普段住むのは南の尖塔を持つエリアだそうだ。そこが日本で言う所の皇居なんだろうね。そして今、俺達がやってきているのは、まさにその南の尖塔のある城ですよ。つまりは皇族達の居住区域。その一室で開催される皇妃陛下からお誘い頂いたお茶会に来ていますよ。
俺はお茶会というものに詳しくないんだけど……これもお茶会って言うのかなぁ。御呼ばれして来た部屋に待っていたのは皇妃陛下とメイドさんだけ。えーっと……他にゲストは居ないんですか?マンツーマンのお茶会ってのもあるんだね。まぁマンツーマンだの言っても部屋の中には俺達も居るしメイドさんも居る。ところでですね、一部の貴族にとって使用人ってのは石とか木レベルの存在なんだそうだよ。これ意味わかります?要するに人じゃないんだって。マジっすか、と思ったけど、これはこれでしょうがない面もある。なんでもね、大貴族や王族だと常に周りには使用人が居る訳ですよ。当たり前の様に護衛も居れば世話係も居る。これを常に人と認識して気にしてたら流石にノイローゼになっちゃうと。
当然ながら貴族でも1人になりたい時がある、と。しかし実際に1人になれるタイミングが無い以上は使用人を人と認識しない事で心の平穏を保つんです、だって。俺もクレイジーな発想だと思うよ。スゲーよな、貴族。
クリスも王城ではそんな感じなの?と聞いたら、そんな訳ないだろ、バカか!と言われた。そんな人も居るらしいね、とも言ってくれた。クリスは割と常識人として生きているようで安心だな………貴族としては非常識人なのかもしれないけど。あと、バカって言うやつがバカなんだぞ。つまりバカはお前だ。やーいやーい、バーカ!お前の兄ちゃんマティアス!
「オリビア皇妃陛下、本日はお招きに与りましてありがとうございます」
「私の方こそ……来てくださって嬉しいわ。ありがとうございます。どうぞ、おかけになって」
今日の午後は俺とルーが護衛としてクリスに付いてきてるけど、もちろん一緒に座れる訳がない。警護役はクリスから少し離れた位置に立って待機だ。
この人が……皇帝の奥さんか。つまり昨日のパーティで会った皇太子のお母さんであり、クリスがお見合いする予定の姫さんのお母さんでもある。その表情は優しげで穏やかですね。ミルクティーのような艶のあるベージュの髪を豪華な髪飾りで綺麗に纏めている。年齢は…40歳過ぎなのは確実だろう。だって皇太子があの年齢だもんね。でもパッと見は30歳代前半くらいかな、美魔女的に若そうに見えるけど多分、40歳代半ばくらいじゃないだろうか。まるで絵に描いたような貴妃ですな。
関係無いけど御老公は随分昔に奥さんを亡くしてるらしいし、クリスの父さんの奥さん(←ややこしいが、この人はクリスの産みの母じゃないよ)にも俺は会ったことはない。なので、この人が俺が初めて目にする王妃なんだなぁ。だからと言って大した感想は無いけども。肩書きがなんであっても人は人だよ。
クリスと皇妃さんの前に、メイドさんの手により良い香りのする紅茶が置かれた。いやー、お見合い前にお見合い相手の母親に一対一で呼び出されてお話しタイムって。
怖いよねー!
もの凄く上品に因縁つけられるようなもんでしょ。
俺が相手するんじゃなくて本当に良かったわ。
萎縮していないクリス、大したものだ。
流石は実質的主人公キャラだぜ。
「噂通り、本当に綺麗な男性ね。シャルもさぞ喜ぶことでしょう」
「噂は……あまりあてになりませんよ?」
「そうかしら。少なくともクリストファー殿下に関する噂は、本当のようね」
「身体の弱い、出来損ない王子の噂はこちらにも届いていましたか?」
おい!自虐ネタなんてぶっこむんじゃねぇよ。お見合いに来たんだから自分をアピールせんかい!このチェリーが!困った時は、私は例えるなら潤滑油です、って言うんだよ!
「ルシアス王国の王城に、あの神童ルシアン王子を超えるかもしれない若き天才が帰ってきた話は伺いました」
「やっぱり、噂はあてになりませんね」
苦笑してんじゃないよ。知ってましたか、くらい言ってやれよ。それ僕ですよ!ってアピールしちゃえよ。実は剣においても天才なんですよ、とも言ってやれ!それと料理も中々の腕前ですよ、と自慢しちゃえよ!
「良き師と、良き友に恵まれた自覚ならありますけどね」
「友好国の皇妃としては噂通りのあなたであってほしいわね」
そう言って、皇妃さんはゆっくりと紅茶を飲んだ。こう見てると優しそうな友達のお母さんみたいなんだけどな。いや、こんな格好した友達のお母さんは居なかったわ。授業参観に気合を入れて来たお母さんでもここまでのドレスは着ないし、こんな見事な髪形もしてなかった。俺はごく普通の公立校の出身なの。
「そして、それ以上に母としても娘を任せられる素晴らしい男性であることを期待していますよ」
だから。お見合い前にプレッシャーかけるんじゃないよ、お母さん。そんな事を言い出したら、おたくの娘さんが地雷物件みたいじゃないの。クリス、頑張れよ!
「はい、その期待に応えられるよう努力致します」
爽やかな笑顔で返答した。
クリスはプレッシャーを感じてないのかな。
こんなん圧迫面接じゃないですか。
「皇室に生まれた以上、思い描くような結婚相手に巡り会えるなど期待するな、と……何度も娘には言ってきたのですけどね」
貴族ってそういうものなんでしょ?俺は知らんけど。そもそも貴族の知り合いもそんなに居ないし。オルトレット時代でならワレンが居たけど……あいつの婚約者だのプライベートなんて聞いたこともない。そもそも俺は生前のアイツと親しくなかったし碌に会話もしてないもの。
「まさか、あなたみたいな御伽噺の王子様のように素敵な相手が来てくれるなんて……あの子はツイてるわね」
だから。圧をかけるのやめましょうよ。ブルドーザーかという勢いで外堀を埋めてるじゃん。この調子で追い込まれてこの話、断れるの?無理だろ。……そもそも最初から両国の力関係から言っても断るなんて無理なのかもしれない。
「もちろん、逆にあなたにもシャルのことを気に入ってもらえると私も嬉しいわ」
シャル、か。さっきも言ってましたね。
それが姫の名前なのだろうか。
気に入ってもらえると嬉しいわ、なんて言って断れない感がすごいよ、お母さん。優しげな見た目の割に強引なのね。いつの時代もどこの世界でも、子の為には母は強しなんだろうか。
「ごめんなさいね、私ばっかりが喋ってしまって。それに今回は結婚相手の顔合わせではないの。あくまで、あなたとシャルのお互いが気に入れば、と言う話ですからね。あなたも気楽に会ってあげて欲しいの」
本当、よく喋りますよねぇ……しかも何とも返事のしにくい話ばっかりをさ。これだけ追い詰めておいて、そんなつもりじゃないの、はないでしょ。これだから貴族連中は……。
「皇女殿下のお気持ちもありますので……断言は出来ませんが」
何も気にしてませんよ、的な笑顔で応えるクリス。
「皇妃陛下に喜んでいただける結果になるように努めます」
さっきも似たような事を言ってたけど……それ以上は言えんわな。だってまだ姫さんに会ってもないのに。それに対する皇妃さんは……先程までと打って変わって真剣な顔でクリスの目をじっと見つめていた。さっきまでの優しげな穏やかな表情はどこへいったんだ。妙な緊張感が漂うその顔は……あの、これお茶会ですよね?
「信じております、クリストファー殿下。何卒、シャルを……娘をよろしくお願い致します」
あの目は……どこかで見たことがあるような気がする。どこだったっけ…?まるで……追い詰められてもう後が無い、みたいな目。そうそう、新宿駅東口の掲示板にXYZとでも書きそうな。そういえば今の新宿駅に掲示板なんて無いんだっけ?じゃあ今はどうやって依頼を出すんだろ。いやいや、それはどうでもいい。知ったところで依頼は出さないから。出さないっつーか出せないから。
クリスを追い詰めてたのは皇妃さんの方でしょうが。被害者顔するんじゃありませんよ!お見合い直前で不安な気持ちはわかるけど、お母さんとしては良くないよ!国家の頂点付近の貴人でも娘の結婚絡みだと普通のお母さんになっちゃうものなのかな。
皇妃さんの必死の眼差しは、すぐに元の優しげなものに戻った。
その後の皇妃さんとクリスは、和気藹々と楽しげな他愛もない会話に終始した。俺には関係ない話ではあるけれど、大国の皇妃さんにも色々あるんですね。願わくばクリスに関係ないと良いのだけれど……そんな訳にもいかないんだろうな。
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本当のところ、皇妃さんにどんな意図があったのかはわからなかったけれど、本日のお茶会は無事終了した。俺から見ればクリスは無難にこなしたと思うよ。皇妃さんも基本的に笑顔だったしね。
そりゃ気になる表情もあったけど、まさか皇妃さん相手にさ、日本酒の一升瓶をドン!と目の前に置いてな。「腹を割って話そう!」なんて言えやしないじゃないですか。俺は北海道に住むヒゲのDじゃないんですよぉ。それに、そもそも俺は当事者じゃないし。
そんなこんなで、本日も特に問題無く終わりそうだった。でも終わらなかった。夕陽が差し込むクリスの部屋に戻ってみると、クロードとガールズも買い物を終えて帰ってきていた。その目の前には、ちょっとした小山のような荷物。え、これ……全部、クロード用の服なの?マジで?
おぉ……君達、人の金だと思って結構買ったみたいだね。ほんの少しイラッとするレベルの量の衣服だぞ!ガールズが可愛くなかったら、3人共正座させるレベル。オイ、残金はいくらだよ……今朝、100万Gを渡したんだぞ。それって日本円に換算したらいくらだろう?3000Gで飯付きの安宿に宿泊が可能なことを考慮したら数百万円くらいに相当するかもしれない。
「うむ、全てを使い切った。クロード兄様は何を着ても似合うので……アレもコレも、となってな。ああ、足りない分は私達が支払ったので気にしないでくれ」
剣聖クレアよ、比較的常識人である君だけは仮に賢者や聖女が暴走しても止めてくれると思っていたのにな?ちゃんと委員長をしてくれると期待していたのにな?一緒に突っ走ってしまったのだな?マジで全額使い切ったの?足りない分は君達が自腹を切ってくれたの?それはありがとうと言っていいのか、バカじゃないの!?と怒鳴ったらいいのか、俺には分からなくなってきたよ。
「アレク、クレアを責めるでない」
賢者クラウディア……俺はクレアを責めてないよ。
責めるとしたらクレアだけでなく、お前ら3人をだよ!
「敢えて誰がか悪いと言うなら……何を着ても似合うクロード師匠が悪い」
めちゃくちゃな理論を言うんじゃありません、聖女ティナ。そして自分の師匠(仮)をあっさり生贄に差し出すんじゃないよ。
「アレクシス、お金は私が返しますので彼女達を許してあげてください」
「いや、別に怒ってないよ。そして金は返さなくていい。クロードには昔から世話になってるはずだし、これからも世話になるだろうから。これは俺からのお礼だよ」
まぁね、所詮金は使う為のものだ。必要ならば、また稼げばよろしい。余る程の金がある……という訳じゃないが迷宮でのレベルアップついでに結構稼いでるからね。それでも無駄遣いされたのなら怒るけど、これは必要経費でしょ。イラッとはしたけども。
「流石はアレク、太っ腹!」
「豪気だな、素晴らしいぞアレクシス殿」
「すごーい。金持ちぃー。カッコいいー」
君ら、3人ともお世辞が下手だな。100万G分とは言わないけど、もうちょっと気分良くさせてくれ。ドンペリ10本入れたレベルの出費だぞ?3人からのキスがあってもいいくらいだ。
「それより、明日はクリスの護衛をよろしく頼むよ」
明日のクリスの予定は夜にラウルシュタインの貴族主催のパーティに出席、のみ。それまで暇になる。じゃあ、またお勉強になるのかと言えば違うんだな。明日は俺とルー、そしてセシルとクゥムが休暇なのだよ。休暇と言っても夕方迄には帰って来ないといけないけれど。たまには羽を伸ばしても良いでしょう!俺はあんまり羽を畳まない人生を生きてるけどね。あんまりというか、全く畳んでないわ。シワひとつない羽だったわ。
その間、クリスを護衛するのはクロードと賢者・剣聖・聖女達だ。魔神とA級冒険者にB級冒険者2人。護衛の戦力的には十分過ぎるはずだよ。
「やっと外出だよ!どこ行こう?ボクは美味しいものが食べたいよ!」
はしゃぐな、セシル。俺もはしゃぎたいのに我慢してるんだぞ。とりあえず行かなくちゃいけないのは帝都の冒険者ギルドだ。大量に死蔵させているグリフォン素材を売却せねば。問題はそこでどれくらい時間がかかるか、なんだよな。結構、量があるから想像以上に時間がかかるかもしれない。そうなると他に行く時間が減るんだけど……こればっかりは行ってみないとわからないなぁ。
「休暇は明日だけじゃないから、行きたい所を色々考えておこう。ルーはどこへ行きたい?」
「市場と酒屋。あればスィーツのお店にも行きたい」
返事に迷いがないな。そしてブレもない。その気になればこの国を燃やし尽くす事も可能な魔神は今日も食欲旺盛ですね。平和万歳。
「次の休暇の時には、クレアかディアかティナか……誰か一緒に来てもらうべきだな。店の場所がよくわからないから効率が悪くなりそう」
次回の休暇までの課題ですな。
「アレクっ!アタシもお出かけしたいのっ!」
「あー……そうだな。クゥムはどこへ行きたい?」
「絵本!アタシね、新しい絵本が欲しいよっ」
そうか、勉強熱心で偉いぞ。その横で美しき魔神が「クゥムでもこんなに勉強好きなのに、どうして君は勉強嫌いなの…」とブツブツ呟いてますけども。あーあー聞こえない。俺だって小さな頃は絵本は好きな子だったっつーの。クゥムだって将来は勉強嫌いになるかもしれないからね。
「縁起でもない事を言うなっ!」
セシルに殴られた。
失言でした。訂正してお詫び申し上げます。
さぁ、明日は帝都見物に行こう。
次回は金曜日の予定です。
好きな言葉は予定は未定、です。




