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107 一万時間の法則

 


 翌日、俺達が帝都に到着して3日目。今日も朝から快晴。清々しい朝ですよ。

 

 そしてクロード達、休日組は朝も早くから嬉々として外出して行った。うん、俺も休日こそ早起きをすべきだと思う。貴重な休みの日を寝坊して過ごすなんて勿体ない。まぁ……俺は休みだろうと平日だろうと早起きしてるよ。そして休みだろうと平日だろうと起きてこないセシルを起こすのが俺の日々の日課なんです。

 起きろ、かわいい幼馴染。こういうのは逆じゃないのか。かわいい方が起こしにきて、ある日ふいに間違いが起こるものじゃないのか。俺達の場合は本当に間違いが起こったら大いに困るけども。

 しかしながら、今日は早起きしてもやることが無いんだよね。クリスが事務官連中と色々と打ち合わせをしたりしてるけど、それ以外は午後のお茶会まで暇なんだな。そして俺達に暇な時間が出来ると何冊もの本を持ったかわいい魔神が現れる。ええ、眩しいほどの微笑みと共に。この人は将来、昭和的な教育ママになりそうだ。俺、学校を卒業してからの方が勉強してると思う。


「時間があるなら、勉強しましょう」


 言うと思った。

 わかってたんだ。

 でも諦めるな。


「ダンスの練習じゃ、ダメ?」

「ダンス?君が?苦手だし大嫌いじゃないの」


 うっせいわ。

 わかってるけど、だからこそだよ。


「まだ何回もパーティの予定はあるんでしょうが。だったら、今後の為にもやっておいた方が良いんじゃないかな?」


 詭弁だ。俺が躍る必要はない。

 だいたい護衛の騎士が踊っててどうするってんだ。

 ………昨日は俺以外の全員が踊っていたけどな。クゥムも含めて。


 ちゃうねん。ここで練習しておけば次回は俺がルーのパートナー役が出来るじゃないですか。パートナー役というか……これでも正式なパートナーだっちゅーの!


「考えてることはだいたいわかるけど良いんじゃないですか、レティシア先生。珍しく本人からやる気を出してきたんだし」

「踊れないのはアレクだけじゃん。ボクらは何するのさ」


 確かに。

 セシルもクリスも既に見事なレベルで踊ることが出来る。

 同じように勉強して育ってきたのに不思議な話だ。


「えーっと……自習?」


 俺には自習は認められていないけど、この2人には時折自習の時間がある。差別だ!パワハラだ!と訴えたことがあるが、「これは区別です」とルーにハッキリと言われた。そう言われたら俺も確かに、と思ったよ。放っておいても自主的に勉強する2人と、監視していないと勉強しない俺の差だ。いや、だって。嫌いなんだもん、勉強。本当に。






 


「まず、姿勢が悪い。なんで君はダンスの時だけ、そんな姿勢になるの!?」


 苦手意識かな。

 我ながら腰が引けてる。

 まさに逃げ腰、へっぴり腰。

 わかってるなら改善せぇよという話だけど。


「こ、こう?」

「違うよ。こうだよ、こう」


 ええい、王子は黙って自習してろよ。

 舞踏スキル持ちめ。


 ……えーっと、こう?こんな感じ?


「もっと膝を真っ直ぐ伸ばして…お尻は内側にキュッと力を入れる感覚で引き締めて。上半身が上に伸びるようなイメージでね」


 お尻をキュッ、か。

 任せろ。下半身の動きには定評がある。


「顎をもう少し引いて…肩を後ろに回して、もうちょっと後ろに引き下げるイメージで首を長くして……天井から一本の糸で吊るされている感じで背筋を真っ直ぐ立つ。この姿勢が基本なんだよ」


 ふむ……なるほどな。確かにクリスやセシル、ルーやクロードもそんな感じだったな。立ち姿が妙に美しいのにはこういう秘密があったのか。


「お前、本当に気がついてないの?」


 セシルに呆れたように言われた。何をだよ。自分は出来るからって、そういう言い方は良くないよ!俺だって真面目にやってるんだよ!


「だから、アレクはバカなんだよ」


 ……聞いた?聞きました?シンプルに、真正面からバカって言われましたよ。生まれた時からの付き合いの幼馴染に真っ直ぐに目を見てバカと言われましたよ。これ、訴えたら勝てるんじゃないか?よし、近いうちに法廷で会おう。


「何もスキルも才能を持たない、ドスケベのド変態の大バカ野郎め」


 シンプルに、真正面から怒涛の集中砲火ですよ。あっ、俺泣きそう。ほら、もう涙目になってる!俺、ダンスを習ってるだけですよね?それもまだ初歩の初歩、姿勢を習ってるだけなのに……何故か幼馴染に言葉の刃で切り刻まれてますよ!


「アレクじゃなかったら、お前なんて大嫌いなんだからな」


 そう言って、この世界で最も長く一緒に生きてきた幼馴染が悪戯っぽくウィンクしてきた。


 ………トゥンク。

 これが……ツンデレなの?

 不意を突かれてときめいてしまった。

 クソッ、セシル相手に!











  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










 自習って言われたのに、結局ボクらはアレクにダンスの見本を見せることになった。クリスと2人で、昨日のパーティで踊ったダンスを披露する。


 あぁ、アレクが本気で集中し始めた。子供の頃から何度も見てきた、あの狂気じみた集中力を発揮している。あの目はボクの全てを見通すようで怖くもある。そして、ボクが大好きな目でもあった。




 子供の頃から、アレクは何度も言っていた。

 学ぶは真似る。学習とは模倣から始まるのだ、と。

 そして真似る為には相手をよく見ることが大事だ、と。


 興味の無い事には本当に全くテキトーなくせに、その気になったら、あのバカは人が変わるんだ。スキルを持たない、おそらくは世界にただ一人の存在。ちょっと調べてみたけど過去の歴史上において、そんな人間は居なかったそうだよ。スキルが無い、それはあらゆる事において才能が無い事を意味する。それが7歳になったあの年の水鏡の儀で判明した事実。そう、アイツは何も出来ないはずなんだ。


 そんな何も出来ないはずの男は、後に色々な事を成し遂げてみせた。


 

 スキルを持つボク達と同じように乗馬もこなした。

 スキルを持つボク達と同じように魔法を使ってみせた。

 スキルを持つボク達と互角以上に槍で戦ってみせた。


 子供の頃から、そんな調子だったからボクが疑問に思ったのは割と大きくなってからだったんだよ。



 なんで………出来るの?

 君はそんなこと出来るはず……ないんだよ?


 いつだったか、そんなボクの問いにアレクは答えた。

 スキルは技術だ、と。

 そして技術を学び次代に伝えるのがヒトなんだ、と。


 正直言って、アイツが言ってる事の意味はよくわからなかったけど、あの頃からアレクは変わった………バカなのはあんまり変わらなかったけど。今も心底バカだと思ってるよ。違うんだ、更に飛躍的に強くなったんだよ。武術も魔法も。


 なんで?

 ボクはアレクを観察した。


 そしてわかった。

 答えはそう、観察。


 アレクはレティシア師匠を、クリスを、ボクを、じっと見ていた。あの狂気の集中力で観察し続けていたんだ。そしてそれを真似る。何度も何度もバカみたいに繰り返して真似る。バカみたい、ってアイツはバカそのものなんだけどね。


 そして最後には寸分の狂いも無く再現してみせる。

 そう、本当にスキルを再現するのだ。


 確かに時間はかかるよ。何日も何十日も……モノによっては何年って事もあるらしい。しかし、アレクの集中力は持続時間も桁違いなんだよ。そして、諦めない。出来るまでやり続ける。

 だからね、途中からボクもクリスも、逆にアレクの真似を始めたんだ。レティシア師匠を観る。ただ見るんじゃないだよ。その動きの意味まで考えて、意識して目で追う。


 まずわかったのは、レティシア師匠の凄さだよね。そりゃあ師匠が強いことは最初から分かっていたさ。でもね、ボクもクリスも全然分かっていなかったんだよ。その強さの次元を……そして、その本質を。


 ボク達が認識していたのは、ほんの片鱗に過ぎなかった。師匠の強さを海と例えるのなら、ボク達に見えたのは手のひらに掬った海水のようなものかな。


 最初は強く憧れた。

 その強さに果てがないことを知って更に強く憧れた。

 憧れて憧れて更にその先に訪れたのは、諦め。


 師匠の強さは本当に異次元だ。

 あれは神の領域だと思って諦めた。

 そして後に知ったけど実際に師匠は神様だった……。


 でも、バカは諦めない。何もスキルも才能を持たない、ドスケベのド変態の大バカ野郎だけは諦めないんだ。本気で神の領域に挑む気?


「うん。ぶん殴りたい神が居るんだ」


 意味が、わから、ない。

 何を言ってるの…?

 バカの発言に意味を求めても無駄か。

 

 それから何年も経った時。ふと、師匠を観ていたようにアレクを観た。生まれながらにスキルを持たないバカを観察してみたんだ。


 戦慄した。


 そこにもう1人、異次元の存在が居た。もちろんレティシア師匠には、まだまだ敵わなかったよ。だけど、それでも短時間とはいえ師匠と互角に戦うアレクがいたんだ。


 スキルを持たないアレクが。

 それをスキルを持つボク達が観てるだけで、それで良いの?

 あの幼馴染は……大バカ野郎は既に実行してるんだよ。

 いつのまにかボク達の遥かな先を走っているんだよ。


 だったら、その背中を追うしかないでしょ。才能が無くても出来ることを目の前で体現されて、諦めている場合か!ボクはクリスの尻を蹴っ飛ばしてバカを追い始めた。


 学ぶは真似る。

 まずは姿勢から。


 改めて見てみると、アレクは実に美しい姿勢をしていた。

 レティシア師匠と比べてもどっちがどっちか分からないくらいで。


 その美しい姿勢からボク達は真似を始めたんだ。


 そんなバカの背中を追い続けて幾星霜。

 ボクは……ボク達は今、ラウルシュタイン帝国の城の中に居た。

 そして何故か、バカを目の前にしてダンスの見本を見せている。

 なんでこうなったのか、ボクにもわからないよ。


「姿勢が悪い!なんで君はダンスの時だけ、そんな姿勢になるの!?」


 レティシア師匠から怒られながらも、アレクは手取り足取りでダンスの基本姿勢を教わっている。本人が認めるようにアレクは本当にダンスが苦手なんだよなぁ。そんなに難しいことじゃないのにねぇ……。


「こ、こう?」

「違うよ。こうだよ、こう」


 一向に良くならないアレクを見ていられなくなったのか、クリスが口を出す。どうやらイライラしてたのはボクだけじゃなかったようだ。


「……えーっと、こう?こんな感じ?」


 違うぞ。クリスのどの辺を見本にしたら、そんな姿勢になるんだよ……師匠に見惚れて周りが見えてないんじゃないの?


「もっと膝を真っ直ぐ伸ばして…お尻は内側にキュッと力を入れる感覚で引き締めて。上半身が上に伸びるようなイメージでね」


 レティシア師匠は本当に優しいなぁ……そして根気強い。ボクなら間違える度にアレクの頭を張り倒すけどね。


「お尻をキュッ」


 いちいち口に出すな、大バカ野郎が。

 師匠も「うん、上手く出来たね♪」って甘やかしすぎなんだよ!


「顎をもう少し引いて…肩を後ろに回して、もうちょっと後ろに引き下げるイメージで首を長くして……天井から一本の糸で吊るされている感じで背筋を真っ直ぐ立つ。この姿勢が基本なんだよ」


 一つ一つ、師匠が細かく丁寧にアレクに姿勢を修正していく。


「なるほどな。確かにクリスやセシル、ルーやクロードもそんな感じだったな。立ち姿が妙に美しいのにはこういう秘密があったのか」


 アレクがしきりに感心している。

 本気か、コイツ……!やっぱバカだな!

 いや分かってはいたけどボクの想像を少し超えてのバカだ!


「お前、本当に気がついてないの?」

「何をだよ」


 ボクもクリスも、お前の……アレクの立ち姿を真似してやってるんだけど。アレクが褒めてるのは鏡に写った自分だってこと……わかってないのかな?ああ、こいつはバカだもんな、わかってないんだろうな。今まで音楽にもダンスにも、まるで興味を示さなかったもんなぁ。そして興味の無い事には本当に全くテキトーだもんね。


「……だからアレクは、バカなんだよ」


 師匠も大変だなぁ。

 よく好きになったもんだよ、こんなバカ。

 どこがいいんだろ、こんなバカ。


「何もスキルも才能を持たない、ドスケベのド変態の大バカ野郎め」


 こんなバカを好きになるのは、世界でもボクだけだと思ってたんだけどな。まぁ師匠なら、しょうがないかな。師匠もボクも、多分少しバカなのかもしれない。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











 クリスとセシルの見事なダンスを観察する。

 姿勢の次はステップを覚えなきゃ。

 その為には見本が必要だ。


 上級者の動きを見て覚えよう。2人の動きを脳内に録画。脳裏に刻み込むんだ。今まで、何度も繰り返してきた事だよ。勉強は大嫌いだけど記憶力だけは優秀なんだよ、俺は。

 2人には自習に戻ってもらって、俺は一人で目を閉じた。さぁ、今度は脳内再生だ。最初から何度も何度も再生して動きを解析。同時に頭の中でシミュレーション。


 わかってるさ、俺に才能が無いことくらい。その分は反復練習でカバーするんだよ。ただの反復練習じゃないよ。俺には意図して鍛えた死に際の集中力があるからね。ゾーンと呼んだりもしてるけど、自分で言うのもおこがましいが、とにかく尋常じゃない集中だよ。その集中力でもって脳内時間を加速する。ほら、一万時間の法則ってあるじゃないですか。どんな事であれ、一万時間の勉強や訓練で、その分野の一流になれると言うアレ。あの法則がどこまで本当か知らないけど、それを脳内で実行するんだよ。

 剣聖の斬撃ですら止まって見える程の集中力で、脳内時間を加速して短時間で修行する。セルフ精神と時の部屋だよ。脳内だけなんで、所詮はシミュレーションなんだけど1時間であっても10倍に加速すれは10時間、一万倍に加速すれば1万時間達成だ。まぁ1万倍加速はかなり無理があるけど、それでも最近では数百倍くらいの加速が出来るようになってきた。今の俺には、1時間もあれば数百時間相当の練習が可能なんだよ。

 こうやって俺はスキルを再現してきたんだ。意外と努力の人なんですよ、俺って。そして多くの場合、努力は人を裏切らない……こともある。









「ルー、踊っていただけますか?」


 長い瞑想から覚めて、淑女(レディ)をダンスに誘ってみました。多分、セシルとクリスに見本を見せて貰ってから2時間くらいは経ったのかな。換算すると脳内でなら400時間近い練習時間だろうか。


「はい、喜んで」


 定型文とは言え、好きな人が喜んでくれると嬉しいね。ルーの手を取り、彼女の腰に手を回してダンスをスタート。本来はお互いがお互いに合わせる作業が必要なんだろうけど、俺はまだクリスのステップを再現するので精一杯。その分、ルーが上手に合わせてくれた。見本としたクリスのダンスのレベルが高い分、俺の再現したダンスのレベルも高くなる。ダンスパートナーのレベルも高いので、周りから見ても上手く踊れているんじゃないかな?

 ひとしきり踊ったら、クリスとセシルが拍手してくれた。この2人のお眼鏡にかなったのなら十分でしょう。


「良いんじゃない?ずいぶん上手くなったね」

「頑張ったからね」


 なんせ、ここで頑張れば次回のパーティでルーの相手役になれるかもしれないしね!護衛任務中だとしても彼女のパートナーは俺しか居ないでしょ。


「頑張ったのはわかるけど、踊り終わったら手を離しましょう?腰の手もね」

「そうだ!先生に対して失礼だぞ!」


 えー。俺はずっと密着していたいんですけど。

 なんなら、一生このままでもいいんですけど。


「ほら、師匠。ドスケベのド変態の大バカ野郎でしょ?」


 こういうのは相手によるんだよ!

 セシルは勉強してなさい!


 ………あ、もうそろそろ約束の時間なのか。

 クリスがラウルシュタインの皇妃殿下とお茶会の約束でしたね。


 さぁ、行きたくないけど行きましょうか!

 


次回は10月6日(水)の予定です。



パソコンのキーボードが壊れました。

慌てて近所の家電量販店で買ってきましたよ。

一番安いの買ってきました。


前に使っていたのと同じキーボードでした。


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