101 Go to heaven
『ちょっと待ってね。すぐに灯りを付けるから……』
完全な暗闇の中からルーの声が聞こえた。どうやら俺は無事に研究所の中に入れたようだ。なんつーか、変な入り口だよな。ハッキリ言って俺はこういうの、好きじゃないな。誰か知らんが製作者は頭がおかしいよ………その製作者は十中八九、前前世の俺なんだろうけども。
暗闇の中で変に動いて躓きたくないからね、大人しくしていよう。迷子は動くな。暗闇でも動くな、だ。みんなのお約束ってやつですね。じっとしていると、すぐに部屋の中……多分、ここは部屋なんだろうね?が明るくなった。これは……1000年も経過してるのに動力が生きてるのか?耐久性という意味では地球の現代科学をも上回るかもしれない。まさか蛍光灯じゃないだろうけど発光装置も優秀だねぇ。これだけでも充分にチートアイテムなんじゃねぇの?
『ここは基本的に魔力が動力源だったからね、さすがに魔力切れしてたんだよ。今、私が魔力を補充したの』
やっぱりラピュタのようにはいかないか。それでも動力を補充したらすぐに動くだけで大したものだよ。明るくなった周囲を見渡すと、1000年も放置されてた割には……片付いているね。つーか基本的にモノがないとも言えるが、そもそも散らかす人も居なかったせいなのかな。
確かに入り口があれなら、誰も入ってないだろうしね。改めて床を見るとほんの少し、うっすら埃は積もってるけど……これじゃまるででっかいタイムカプセルだな。なんかお宝はないかな?お宝というか、あまり荷物が見当たらないが。なんとも生活感の乏しい部屋だこと。
『研究所という割には……サッパリした部屋だね』
『ここは生活空間だよ。それに言わなかったっけ?当時の君は研究の資料を全く記録しない人だったからだよ。多分、頭の中に保存してたんだろうけど……なんで私にも、あそこまで秘密にしてたの?』
知るかー。
今の俺に言われてもわかんねーよ。メルヴィルの記憶は全く覚えてないんだから。そんなもん本人に聞け……本人に聞いてるんだよね。単純にメルヴィルが変人だったんじゃねーの?それを言うとルーに怒られるから言わないけど。俺の悪口を俺が言って俺が怒られるって意味がわからない話だよな。
それにしても、ここはどういう部屋なんだろ。
ソファーとテーブルと……ここはリビングなのかな。
それと天井がかなり高い。
『私達は、ここで生活してたんだよ。あの奥がキッチンで……向こうがトイレとお風呂で……』
それは本当に1000年前の話?メルヴィル、未来に生きてたんだなー。オーパーツだらけじゃん。それともロストテクノロジーと言うべきなのかな?当時において、これが当たり前だったのか、それともメルヴィルが未来先取りの天才だったのか……。
いや〜、ここへ来れば少しは何かを思い出すかと思ったけどサッパリだな。はじめて見る不思議空間に驚くばかり。こう……ドラマなら例えば写真立てやらを見つけて過去に想いを馳せたりする場面かもしれないが、流石に1000年前に写真は無さそう。あったとしても崩壊してるんじゃない?100年プリントは聞いたことあるけど、1000年プリントはなぁ………あぁ、そういえば俺の思い出探しも個人的には非常に大事な用件なんだけど、今はもう一つ重要な探し物があるんだった。
『それで、ルーのお兄さんはどこに居るの?』
俺がそう聞くと、ルーは本当に大きな溜息を吐きながら部屋の端の階段に向かって歩き出した。背中から嫌だ嫌だ嫌だと伝わるような……背中で語る女だったのか。勉強部屋に向かう俺を客観的に見たら、あんな感じなんだろうな。
この研究所……このリビングにはどうやら階下があるらしい。普段、何をするにしてもキビキビ動くルーがめっちゃモタモタしてる。そんなにか。そんなに嫌か。そんなに何度も溜息を吐く程ですか。そんなにヤベーのか、お兄さん。こんな様子のルーもレアだ。後でケーキを与えて元気を回復させねば。
2人でゆっくりと階下に降りると、そこはさっきのリビングより更に広い空間だった。部屋じゃなく空間というのは、ほとんど何にも置いてないから。元テーブルらしい瓦礫やゴミみたいなのはあるけど。流石に1000年の間に朽ち果てたのかもな。
しかし、これで一体なにを研究していたと言うのか。機材も資料も何にもないじゃないの。少し埃っぽいのはさっきのリビングと同じだね。
『君はいつもここで色々と研究していたんだよ。今は当時の研究機器も無いけど……そして私は、あの日、ここで死にかけたの。もっと正確に言えば……死にかけたというか、死んだの』
『めちゃくちゃ強いルーがそこまでやられるってのが、まず想像出来ないよ』
『確かに私も油断していたし、なんと言っても相手も神だったからね』
自分が死んだ話をそんな風に、ついうっかりしててね、てへっ♪と苦笑いで済ませるのはどうかと思うんけどな。俺だって前世、コンビニで車に突っ込まれて死ぬ瞬間を笑い話には出来ないわ……まだ。流石は魔神なのかな。それともルーが変人なのかな。多分、両方だろう。
それより昔も今も俄には信じがたいけど、ルーは本当にここで一度死にかけた……いや死んだらしい。そして俺……つまりメルヴィルから魂を移植されて命を取り留めた……いや復活した、と言うべきか。それ自体も簡単には理解しがたいが、この天下無敵の魔神にそこまでダメージを与える存在ってのが……俺の想像力にも限界はある。
コワモテの極みと言うべき王都のギルドマスター、ジル・モルガンがニチアサでやっていそうな可愛い魔法少女のコスプレするのと互角レベルに想像出来ないわ。後者は想像したくない、というのが正しいか。
『覚えている?私が君に……アレクシスにはじめて逢った日。私は「私達が死にかけていた……」って話をしたでしょう?あの日あの時、ここで死んでいたのは私と、私の兄の2人だよ』
………言ってたっけ?
あの日あの時はいきなりアナタに殺された直後だからさ。目の前に居たのは問答無用に襲ってきた狂気に満ちた殺人犯って認識だったからなぁ。冷静に話を聞くどころじゃなかったんじゃないかな。イマイチ覚えてないけど多分、言ったんだろう。なんとなく思い出したような気もしてきた。
おそらく言ったんだろうけど俺とルーの、私達かと思ってたわ。でも確かに俺も死にかけていたのなら魂の移植なんて無理か。自分の魂がゴートゥーヘヴンしてる最中にソレを移植ってな。そんな余裕は無いでしょ。
『そして君は、私と兄に魂を移植して……力尽きた』
ここだけ、ルーが少し悲しそうな顔をしたので、黙って抱きしめた。バカヤロウ、自分が死んだ話なら平気な顔してたくせにさ。それは復活した自分と死んだままだった俺の差だろうか。いや、彼女は昔も今も俺を愛してくれているんだよ。
『そんなに強くされたら、私でも苦しいってば』
『ダメだ、離さない』
『……はい、離さないでください』
落ち着かせようとしているのは、ルーなのか自分なのかわからなくなってきた。それはそれとして、この子は抱き心地が最高なんだよ。今なら隕石が落ちてきて世界が滅んでも許せる気がする。
そうか。今更、どうでもいい気もするけど俺はここで死んだのか。それは……さぞかし無念だっただろうな、俺よ。しかし当時の俺が頑張った結果、1000年かかるけどルーと再会してキチンと結ばれたよ。
無駄じゃなかった。無駄じゃなかったんだ。
前前世の俺よ、お前の人生に意味はあった。
好きな女の命を救えたんだ、本当によくやったよ。
……その代わり、1000年待たせたせいで再会した瞬間に彼女に殺されるけどな。前世で他の女の子と仲良くしてたせいでも何度か殺されるぞ。日本での女遊びはほどほどにしておいた方が良いぞ。その他にも、たまに喧嘩したりしても八つ当たり的にも殺されるぞ。お手軽に、かなりポップにカジュアルな感じで殺されるよ。もはやドライブスルー感覚というか、おつまみ感覚だよな。俺もアレはいまだにどうかとは思ってるけど、その辺は覚悟しておけ。俺は弁護してやるけどお前が悪い。
『……手の動きがいやらしいよ』
抱きしめていたら、手が自然と色々動いていました。不思議だよね!だってこの人、色々やわらかいしさぁ!良くないぞ、この手!悪いのは右手か?それとも左手か!?
『そういうところは変わったよね。昔は手も握ってくれない純情な君だったのに』
『え?そっちの方が良い?』
『それは……そんなことは言ってないでしょ』
魔神の割に、人間の3大欲求に忠実だよね。
普段、クールなだけに照れると尚更かわいいね。
『そして君から魂を受け継いで復活した私は、ここで目を覚ましたの。君が居なくなった世界に』
今度はルーの方がぎゅっと抱きしめてきた。
大丈夫だよ、今はここに居ますよ。
『あの時は、全てが信じられなくて一人で何日もボーッと過ごして……この研究所の中を少し片付けて……君がまだ居るんじゃないかとあちこちを探して……そうしたら、また邪神がここへ来たんだ。奴は「面白い事を考えた」なんて言ってたな。まだ力が殆ど回復していなかった私は大した抵抗も出来ずにアムブロシアの迷宮に連れていかれた、と。こうして私はあそこに封印された訳だ』
殺すより絶望を引き出した方が良い、と判断したのか。ああ、俺が死んでルーは、とてつもなく深く深く絶望していただろうから。魔神の、それはそれは極上の絶望だっただろうさ。そのまま養殖しようとしたってか。本当にムカつくヤロウだな…!それに加えて間接的にだが俺を殺した相手でもある。
感謝しろ、邪な神よ。大いなる神の如き慈愛でもって人間である俺が、俺自身の死に関する件に関してのみ許してやろう……今は、な。だが、この人を絶望させた罪は決して許されない。許せない。許さない。いつか絶対に滅ぼしてやるからな。
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『えーと、それでお兄さんはどうなった?』
『もう、どうでも良いじゃない。色々と話してスッキリしちゃった。どこかで美味しいものを食べて、みんなの所へ帰ろうよ』
本当に爽やかな笑顔で言われたから、一瞬俺もそうですね、と言いそうになったわ。いや、ダメだろ。もし連れて帰れなくても、ここに居るんならせめて挨拶くらいはしておこうぜ。
『…………アイツ、嫌いなんだよねぇ』
うん、それは随分前からわかってる。わかってるから出来るだけ気を遣って話を進めてたつもりだったんだけどな。豪快にぶっちゃけられた。ハッキリと言われてしまった。もう少し濁してくれても良かったのに。気休めでもいいからオブラートに包んで欲しかった。この世界でもオブラートの発明が待たれる。ちなみに、あの薬を包む膜のような柔らかいオブラート。アレを発明したのは日本人なんだぜ!
『ちなみに、嫌いな理由は?』
『ウザい』
理由が短い。単刀直入。
アカン、これ本気のヤツや。
フォローのしようがない。
俺、もしくはセシルやクリス相手なら限度がわからないレベルでなんでも受け入れてくれるし、甘やかしてくれるのに。この人にウザいと言わせる兄………どんなキャラなんだろう。会いたいような会いたくないような。
『その兄にも、俺の魂が移植されてるんだろう?会っておこうよ』
『本当になんで君はアイツに魂の移植なんてしたのかな。ほっとけば良かったのに…!』
知らんがな。記憶にない事で怒らないでよ。その後もブツブツと不満を言いながら、更に奥への扉を開ける。その向こうの部屋には更に階段があって下に降りられるようだ。意外と広いんだね、この研究所は。
『この研究所はね、元は小さな迷宮だったんだ。もうダンジョンコアは無いけど、今でもこの下には龍脈が走ってるんだよ』
そんな話を聞きながら連れて行かれた最奥の部屋。
これまでの部屋に比べたら大きな扉のある部屋だった。
なんでも、ここが龍脈とやらに最も近い場所らしい。
…………龍脈って何?て聞きたいけど聞けない雰囲気だ。帰ったら誰かに聞いてみよう。賢者クラウディアなら知ってるんじゃないかな?なんせ賢者だし。アホの子でもあるけれど。
『こちらが、我が愚兄クロード・ヴァロアです』
『な……!』
大きな扉を開けた部屋の中に居た…いや、あったのは巨大な水晶の塊。ぼんやりと発光しているその水晶の中に……まるで眠ってるかのような人が居た。その紫っぽい髪はルーのソレを思わせた。あー、確かにルーと兄妹と言うだけあって、顔立ちはどことなく似ていると言えなくもない。いや、かなり似てると思う。それを口に出せば確実にルーが怒るだろうから言わないけど。
かなり髪が長いな……お姉さんではなくて、お兄さんなんだよね?神はみんなこんなんばっかりなんだろうか、これまた容姿端麗だなぁ。そっちのケは無い男の俺から見ても美しいと思った。よし、コイツはおそらく俺の敵だな。まぁそれはさておき、だ。
『な………なんで名前が違うの?』
姓は無いのか。
ルーの一家の姓は。
『そこが気になるの?私が神である父様母様から頂いた名前はリュシオール。あなたから貰った名前が、ルー。お父様から貰った名がレティシア。そしてコイツの場合は、最初の名前はヴァロア。君がクロードの名を与えたんだよ』
なんでコイツなんかに名前まで……とかまだブツブツ言ってるけど知らないよ。そもそも名前をあげたことも覚えてないもん。それにしても、なんで全裸なんだ……全裸で水晶に閉じ込められた美形。確かに絵にはなるかもしれんが、俺の趣味ではない。柱の男、はマンガで見たけど水晶の男はなぁ……。
『そして………なんで、このクロード・ヴァロアはこんな状態で居るわけ?ルーは1000年前から活動しているのに』
『それは君からの愛情の差でしょ。君の魂は何より愛する私により多く移植されて、コイツ如きの分は不足していたからじゃない?」
言葉の節々に、兄へのトゲが。
チクチクしておるわ。痛い痛い。
『その不足した分を補う為に、一応こうやって龍脈の近くに置いてあるの。いずれは目を覚ますんじゃないかな」
置いてある、て置いたのはルーでしょうが。俺は既に死んでたし兄は動けないなら、ここにこの水晶を置いたのはルーしか居ない。なんだかんだ言っても、ちゃんと兄が蘇るように配慮してあるんじゃん……なんだツンデレかよ。ウチの嫁、兄にはツンデレ。
しかしそうなると、このクロード・ヴァロアも当時の俺のスキルを引き継いでいるんだろうか。
『多分ね。私が君の転移や治癒魔法を持っていない以上、コイツが持っていった可能性が高いよ。元々コイツは持っていた癖に!』
そう言ってルーはガン!と水晶を蹴っ飛ばした。
八つ当たりは……やめようね。
俺に八つ当たりするよりは良いけれども。
『万が一、と思って来たけどやっぱり無駄足だったね。ごめんなさい』
俺もここに来る事でメルヴィルの記憶が蘇らないかな、と思って来ただけだからね。後の事は全てついでだから別に良いんだよ。しかし、これ……本当に生きてるの?こんな水晶の中じゃ息、出来ないじゃん……触ってみると水晶は氷のようにめちゃくちゃ冷たいし……うわっ!!
『目が……!目が開いた…!!』
俺が水晶に触れた瞬間、そのクロード・ヴァロアの目がカッと開いた。怖っ!!!ホラーか!これ、全部が固体じゃないのか?中は液体なのかな?つーか怖っ!シンプルにキモい!うわっ!うわわっ!!
『コイツ……起きてる…!』
次の瞬間には、水晶に無数のヒビが走った。
これ、割れるのか…!?
咄嗟にルーを庇ったが、背後で眩しい光と水晶が砕ける音が響いた。これはタイミングが良かったのか、偶然なのか、それとも俺が接触した事がトリガーになったのか……案外、さっきルーが蹴飛ばしたせいなのかもな!
前前世の俺の魂の移植相手、もう1人が復活したようだ。
このルーがウザいと嫌う存在……!
今更、俺の魂を返せとは言わないが仲良くなれるだろうか。
不安だ………人見知り的に。




