1 エンディング?いいえ、これはプロローグ。
さて。
俺、春日井信也の話をしようか。
いきなりか。いきなり過ぎるかな。
でも人生っては結構な割合でいきなり扉が開くものなんだよ。
40代後半でいい歳して独身ではあるが、今まで大きな怪我や病気もなく年齢相応に健康的な極普通のオッサンが俺ですわ。母親は数年前に病気で亡くしたが親父は元気だし、その親父の方は同居してる兄貴が嫁と3人の子供たちと一緒に面倒を見てくれている。
おかげさまで俺は実家の近くに住居兼仕事場を建てて、気楽に1人暮らしを満喫中。仕事は歯科技工士……要するに歯医者さんで入れる銀歯の被せ物や入れ歯とか。ああいうのを作る職人だね。
個人でやってるラボだから仕事量には限界はあるけど、結構良い仕事してると自負してる。取引先の先生達の評判も上々、だと思うよ。多分ね。たまに『明後日までに、この入れ歯を大急ぎで仕上げてくれる?』とか、かなり厳しい日程のスケジュールの依頼もあるけど、先生方にも無理を言うだけの理由もあるだろうからさ。
そして頼まれたら何とかしちゃうのが俺なんだよ。実際に何とか出来る俺ってすごいよね!誰か、もっと俺を褒めてほしい。一人暮らしだと会話に飢えてしまうのよ。
あとは……そうだなぁ。プライベートでは片手で数えられるほどの親友と、両手にやや足りないほどの友人と飲みに行ったり遊びに出たり、たまに旅行に行くこともある。かれこれ5年以上彼女も居ないが寂しくなんかないやい。趣味のゲームやプラモ製作を楽しみつつ、平和で一般的小市民的幸せな生活を過ごしていた。
本当、掛け値なしに普通でしょ?
モブとは言わないでよ、俺は俺で一生懸命に生きていたんだから。
ええ、あの日までは。
確かに、いつもと違う年だったさ。
大陸からやってきたという未知のウィルスが地球上に蔓延するとかどこのSFやねん。おかげで俺の仕事も激減したわ。助成金が貰えるみたいだから我慢するけどさ……しかし、その助成金で買う予定の新型ハードの予約抽選がまた外れた。ついてないときはこんなもんか。全くツイてないよな。俺の前世で積んだ徳が少ないのだろうか。頑張っとけよ、俺の前世。そしてあんまり期待するなよ、俺の来世。
令和2年の晩秋。その日その時、取引先の歯科医院への配達を終えた俺は、いつものように帰り道のコンビニで新作をチェックしたのち、優雅に雑誌を立ち読みをしていた。まだおやつの時間には少々早いが、秋雨前線ってヤツなのか今にも雨が降りそうな暗い空の日だった。
今から帰って一眠りしてから夜中に技工物を作製するつもりだ。うん、基本的に夜行性なんですよ、俺は。夜は静かで集中できるしBGM代わりになる深夜アニメもあるし良い環境なんですよ。この辺は分かってくれる同業者も多いだろう。首をかしげる同業者も多いかもしれないけどね。
(暗いから昼寝にはちょうどいいかもしれないな……)
そんなことを考えながら読んでた雑誌を棚に戻しつつ、なんとなく外に目を向けた。
俺の視線の先に最近話題の電気自動車が県道からコンビニの駐車場に入って、真っ直ぐこちらに向かっているのが見えた。あれは電気自動車か……この辺でもよく見かけるようになったなぁ……俺も次、車を買うときは災害時に電源にもなるらしいし電気自動車にしようかな、とか。それでも2030年代にガソリン車廃止にするとか無理っしょ、とか。その程度のことを考えていた。
そこからのことは実際には……何秒くらいだったんだろうか?
まず俺が考えたのは、事故で周りの景色がスローモーションになって見えるってのは本当なんだなぁって事で、その次にダイナミック入店は本当にあるんだって事だった。しょうもなくて申し訳ない。こんなのね、ネタとして動画サイトで見る分にはまだ良いけどさ、自分に向かって車が急接近というのは何というか、その、困る。やめて欲しいよね。
緊急事態において脳が異常に活性化してるのか、俺に向かって突っ込んでくる電気自動車の運転手のお爺ちゃんの表情までが良く見えた。
めっちゃ焦ってるやん。まぁお爺ちゃんより俺の置かれた状況の方が焦るべきではあるんだけどさ。お爺ちゃん、絶対にアクセルとブレーキを踏み間違えたでしょ。スピードも加速もすげぇよ。電気自動車の加速はトルクがあるのでガソリン車のそれより高性能らしいけど、こんな形で、しかも自分自身で体験したくなかった。
聞こえないけど、お爺ちゃんの顔がもう「あっ!?」って言ってるやん。後でブレーキを踏んだのに止まらなかった、とか言わないでよ?もしお爺ちゃんに声が届くなら、『お爺ちゃんも元官僚で勲章でも貰ってるのかい?』とでも言ってあげたいが生憎と彼は車内で俺は店内だ。よしんば声が届いたとしても、『お』で死ぬ。ここは投手が投げて打者が打つまでに長尺の台詞が言える世界じゃないのだ。いや、呑気な事を言ってる場合じゃない、逃げよう。アレを避けないと俺が死ぬ。だけどここで愕然とする事実。
身体が、動かない。
いや、動いてはいるんだろうけど脳が処理速度を加速してるのに比較したら止まってるも同然。
9秒の時点で時を止められて承〇郎に背後を取られたDI〇の気分はこんな感じだったんだろうか?だとしたら主人公とはいえ、酷いわ承太〇さん。水面で呼吸しようとした瞬間に足を掴まれて引きずり込まれる気分ってこれか?なるほどな!これは焦るよ。
そこからの俺はまさに地獄でした。だって超スローモーションでゆっくり死ぬわけだよ?俺の集中力って凄かったんだな、と妙な感心もしたが、こんなのは勘弁してほしい。仕事やめて、脳!もうゴールしてもいいよね?ていうかゴールしようよ。
おかげ様で、ゆっくりじっくりたっぷり痛くて苦しくて辛い!殺す気か!いや、まぁ死ぬんだろうけど……ほぼ即死は即死とはかなり違うもんなんだな!そりゃ即死した人の体験談を聞く機会もなかったし。俺も誰かに、この体験を言う機会も時間も無さそうだけどさぁ……呑気に言ってるけど、この瞬間も激痛だからね。泣きそうな程痛い。泣いても良いんだよ、俺。
心残りもたくさんある訳だし家族や友達に言いたい事や伝えたい事も山程あったが、やはり今の俺には時間も手段も無かった。現実は非情ですね。
ハードディスクの中身……具体的に何とは言わないが、あの秘蔵のコレクションを処分して欲しいー!友人に『お前の家の2階はプラモデル屋の問屋か?』と言われた程買い集めた、あの積みプラモも頼むー!出来れば同じくプラモが好きな人に格安で譲ってあげて欲しい。間違っても転売なんかするんじゃねぇぞ。ちゃんとνをニューと読める人に売ってね?
ああ、やっぱり人間、死ぬときゃベッドで大往生が一番だよな。
……死にたくなかったなぁ。
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そしてどのくらいの時間が経ったのか、わからない。
ぼんやりと光を感じた。
誰かすぐ近くに人が居るような気がした。
それだけなのに、ひどく安心した。
やっと逢えた気がした。
こんな状況なのに俺は幸せだな、とさえ思った。
……おめでたいよな。
俺もそう思うよ。
何かが聞こえる気もするがよくわからない。
なんだか明るいけど周囲はぼやけてよく見えないし意識自体が寝起き直後のようにぼんやりとしていて頭が全く働かない。とりあえず大声を出してみるが、その声も自分でよく聞こえないし、まるで夢の中でもがいているようだ。それでも俺は心地よい暖かさに包まれていて、そして不思議と懐かしいような泣きたくなるような安らぎの中で……俺は再び意識を手放した。
とにかく……眠いんだよ。
拙い小説ですが読んでくださり、ありがとうございます。
この小説を読んで少しでも面白いと思ってくれた、貴方or貴女!
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