怠け者の末吉
ある所に、末吉という男がおったそうな。
この男、極度の怠け者で、仕事をしないのは当たり前、のんべんだらりと寝っ転がったまま何日も寝返り一つしなかったんだとか。
挙げ句、喉が渇いたけど汲み桶まで行くのが面倒だと、天井から夜露が滴り落ちてくるのを口を開けて待つ始末。
まだ親の残した遺産を食いつぶしている間はそれでも良かったかもしれないが、その銭も底をつき、いよいよ持って生活が苦しくなってしまう。
このままでは死ぬだろうと心配した村人達があれこれ世話を焼くも、当の本人である末吉は文無しとなった事など気にせず、ぐぅぐぅとイビキをかいて眠りこけるだけであった。
その、ぐうたらぶりに皆は、ほとほとあきれ果ててしまう。
やがて壁の隙間から入り込む風だけが末吉の家を訪れるようになっていた。
ある晩、家の戸が叩かれた。
末吉は返事をするのも面倒だったので無視を決め込んでいたが、偶然にもその時屁が出てしまった。
それを合図だと勘違いした1人の男が、家の中に入り込んできたのであった。
「誰だ、おめぇ」
「夜分に御免、旅の僧でございます。歩いていたら、この地から何か嫌な気配を感じたので訪ねた次第でございます」
「あー、坊主か。とっとと帰れや、俺は手を合わせるのもめんどくせぇんだ」
「そう言わずに、私の話を聞いてください。本当にこの小屋に居ては危険なのです」
「胡散臭い坊主だな。もしかして俺を厄介者だと思ってる村人に、小屋から追い出してくれと頼まれたのか? 何が何でも出て行くつもりはねぇよ」
「……どうなっても知りませぬぞ」
末吉には話が通じないと思ったのか、僧は諦めて小屋から出て行ってしまったのだった。
次の晩、家の戸が叩かれた。
と思ったら、スーっと壁を突き抜け、末吉の両親の生霊がやってきたのである。
末吉は屁をしつつ二人を出迎えた。
「お盆にはまだ早いぞ」
「私達は末吉、貴方のことが憎い。あれだけ手塩にかけて育ててきたのに、あんまりじゃないか。それが親にすることかい。世間様には怠け者と罵られ、私達の顔に泥を塗るだけじゃ収まらず、村人達にも感謝の一つもしないなんて信じられないよ。どうかこの家を離れて、何処か遠い土地でやり直しておくれよ」
「化けて出たと思ったら、そんな話か。俺はここから出て行くつもりはないし、恨み辛みはあの世でやってくれ。聞いてるだけでも面倒だ」
「ああ、なんて子だい」
悲しみに耐えられなくなった両親の生き霊は、泣く泣く家を後にしたのだった。
またある晩、家の戸が叩かれた。
人間から骨だけとなった髑髏が、末吉の家を訪ねてきたのである。
「誰だ、おめぇ」
「名など無い。ここは我らの土地だ、早々に立ち去るがよい。でなければ、末代までお前の一族を呪うぞ」
「何だか知らないがお手数なこって。めんどくさいんで、呪うなら呪って、早めに帰ってくれよ」
「孫がどうなっても良いというのか?」
「だから、そんな事はどうでも良いと言っているだろう。呪われようとも、俺はここで寝るだけだ」
「なんという人間だ」
呆れた髑髏はカチカチと歯を鳴らし何処かへ消えてしまったのだった。
またまたある晩も、家の戸が叩かれた。
今度訪ねてきたのは貧乏神らしく、末吉の小屋に勝手に入り込むと、金目の物を探して台所やら神棚を開け始めたのだった。
だが、とっくに有り金が尽きていたので、何も出てくるはずもない。
呆れた貧乏神は末吉に訪ねた。
「お前さん、金は全く無いのか?」
「ねぇな」
「こりゃ野晒しと変わらんぞ。飯はどうしてるんだ?」
「腹が減ったら、そこら辺に生えてる草とか土を食べてるよ。金なんか持っても面倒ごとしか増えない。そんだったら、俺はいらねぇよ」
「……ワシが叱られるとは世も末だな。くわばら、くわばら」
哀れんだ目をした貧乏神は、小屋から駆け足で出て行ってしまった。
その後も、吸血鬼やら狼男、悪魔に妖精と言った類のモノまで訪ねてくるが、全員が何だかんだと理由を付けて、とんぼ返りしてしまうのであった。
普通では考えられない種類に富んだ面子が集まるも、末吉は特に関心を示すこともなく、藁の上で寝ころんだままボーッとする日々を送っていた。
もう誰が来ようと、この小屋から出て行くことはないとさえ思えた。
だが翌る日、怠け者の末吉が村里まで降りてきたのである。
今まで無かったことだけに、村人は心配そうに駆け寄った。
「おい、なんかあったのか?」
「それが、福の神が現れてよ、俺を幸福にするもんだから次々と贈り物が届くんだ。今じゃ小屋の中に、荷が溢れかえって寝床も無い始末さ。福の神に追い出されたなんざ、洒落にもなってない話じゃねーか」