阿蘇の叫び
失恋したら、お仕事に精を出すのって一種の逃避ですが、乗り切る一つの業ですよねぇ。
今って黒板使わないのかな???
分かっている。いや分かっていた。
俺では彼女と釣り合わないことくらい。
だがしかし、何かアクションを起こしていたら何かが違ったのか?もし一声かけていたとしたら・・・。
「先生?」
躊躇いがちな声が聞こえる。しかしそんな声も今の俺の心に響かない、カツカツ音を立てて黒板にチョークを走らせる。
「先生!すみません!字が小さすぎて読めません」
女子学生の必死な声に俺、こと阿蘇佳宏は我に返った。予備校に勤める割りと名の知れた日本史の講師である。
彼の書く字は左から右に進むにつれどんどん小さくなっていた。自覚はしている。落ち込んでいるときの彼は字も声もアクションも小さくなるのだ。
そう、雨に打たれた焚き火のように。
時計を見る。講義はまだ5分ある。目の前には名高い日本史の講師である彼の言葉を待っているのだ。
ここは皆に大切なことを伝えねばならない。人生の先輩として。
「お前たち!」
阿蘇が生徒たちに声を張り上げた。そう俺は振り切ったのだ、乗り越えたのだ、生きていれば心に傷を負うものだ。しかし人生の後輩たちにはそれを知って乗り切ってもらいたい。彼はそう信じていた。
「受験と恋愛は同じだ!」
「はい?」
明らかに生徒たちは困惑している。それでも阿蘇は気にしなかった。
「何もしない奴には結果はついてこない。結果が欲しければ行動を起こせ」
「先生・・・」
「後からあの時やっておけば、とかあの時声をかけておけば、って思っても時は戻ってこない。今が行動を起こす時なんだ」
黒板を叩かんばかりの勢いで彼は生徒たちを見つめた。真剣そのものの表情で。
「先生」
ついに彼の目の前の女子が声を発した。
「フラれたんですね」
言葉がグサリとささるが、彼は屈することはなかった。
「断じてフラれてなどいない」
彼は事実を述べた。そう彼はフラれてはいない。
「告白などしていないからだ」
「・・・あっそ」
「いいな。幸せを掴みたかったら行動を起こせ」
いいタイミングでチャイムが鳴る。
「次からは気合いいれて飛ばすからな。予習忘れないように」
彼は自分の荷物をまとめ颯爽と教室を去った。
「説得力ない」
「身をもって教えてくれたなぁ。俺は頑張ろうっと」
ざわざわと生徒たちも次に受ける講義のため、名高い講師のありがたい体験談を忘れ去った。
そんななか、心配そうに講師の消え去ったドアを見つめる女の子がいたことを彼は知らない。
「これは、チャンスかも」
もちろん彼には聞こえない呟きであった
青春時代懐かしいなぁ。
ちょっと落ちることがあれば、上がる出来事の前兆です。
前向きに生きましょうよ!
本編もよろしくお願いいたします。
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